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【第23話】黒龍会の刺客

 朝霧は、驚きながらその水柱を見上げる。だが、眩しい太陽の光に視界を妨げられた。

 彼は太陽の光を手で遮りながら水柱の上の方を再度見上げる。と、そこには、女が立っていた。

 顔こそ見えないものの女の着る黒い服は、白龍やヴィシャップと同じ物だと直感する。

 黒龍会……ッ!!

 二度目の驚きが朝霧を襲う。


「はやて……」


 ファンがそう心配そうに呟く。

 この呼びかけは、逃げようという意味なのだろう。が、朝霧には逃げる気など全くなかった。


竜の神翼(ドラゴン・ウィング)か。まさか力が使えるとは……めんどくせぇな」


 女が、そうふてぶてしそうに呟く。その声の質は汚い言い方に似合わず、綺麗なものであった。

 と、次の瞬間水柱から水の飛礫つぶてが、とんでもないスピードで射出される。

 ──ッ!!

 朝霧がとっさに力を発動させようとするが、間に合いそうにない。

 このままじゃ……。

 朝霧は、手を顔の前でクロスさせ防御をとる。だが、衝撃が全く伝わってこないことに気がついた。

 彼は恐る恐る目の前を確認する。

 と、そこには氷の壁(アイス・ウォール)が出現していた。


「これ以上この国で暴れるのなら、私達公安委員会が許しませんよ……?」


 後ろからそんな声が聞こえる。その声も能力(氷)も結月のものではない。

 その声は、公安委員会副委員長『黒崎 氷花』のものだった。

 彼女は、学級委員長でありながら公安委員会に所属している。

 学級委員なのに公安委員会にも入っているの? と、思われがちだが東京国の委員会は大きく分けて二つある。

 一つは、学校の運営している委員会。つまり学級委員会や生徒会本部がそれに入る。

 二つ目は、国が運営する委員会。結月や黒崎の所属する公安委員会はこれに入る。

 もともとは、警視庁公安部が能力者の逮捕に特化していき、最終的には警察と分離したものらしい。

 なぜ高校生がそんな組織に入れるかというのは、中学生と高校生が一番能力者のいる世代だからだ。

 東京国は、それを逆手にとり中高生でも公安委員会に入れるようにしたのだ。

 そうすれば極悪な能力者でも対抗できる。バカな朝霧でも、まさに合理的だと感心する。

 まぁ、そんな合理的なシステムのなか中高生の死者もでている状況なのは容認し難いことなのだが……。


「公安委員会? そんなものに用はない。私はバハムートを──」


 女が黒崎に対し口を開く。それは誰が聞いてもめんどくさそうな声であった。

 だが、そんな適当そうな声と裏腹に女はとんでもないことを言い出す。


「──殺しにきただけだ」


 ファンがびくり肩を震わせる。と、同時に周りの空気が凍てついた。

 もちろん、物理的に凍てついたわけではない。朝霧達を飲み込むかのような、ただならぬ殺気がそうさせたのである。

 そんなものに支配された睨み合いが、何秒間ほどか続き──そして唐突だった。両者の均衡を崩すかのように、バンという音が鳴り響いた。それとともに水柱が、二本ほど生成される。


 水柱はクネクネと揺れだす。それは、まるで蛇が標的に照準を定めるかのようにも見えた。

 と、次の瞬間、水柱が朝霧達を襲った。が、黒崎が前に出て水柱を手で受け止める。水柱が刹那で凍りついた。


「……そういえば、こういうのをエタノール・フォール・ブルドーザーというでしたっけ?」


 水柱が完全に凍り、これ以上動かないことを確認したところで、黒崎が危機感のないことを言いだす。


 ──それを言うなら『エターナル・フォース・ブリザード』ですよ。

 ──黒崎さんのじゃ『エタノール(薬品)・フォール(堕ちる)・ブルドーザー(重機械)』になっちゃいますよ。

 ──まぁ、それはそれで黒歴史っぽいけど。

 ──てか、今はそれどころじゃ。


 少し場が和んだのもつかの間、二つ三つと水柱がどんどん生成されていく。水柱は絶えずクネクネと動いていて、いつ不意に攻撃してくるか分からない。


「私がここにいる限り、凍らせても無意味だぞ。これが最終通告だ。おとなしくバハムートを渡せ」


 女の言葉とクネクネ動く水柱に、ファンは身体を小刻みに震わせ、不安そうな顔をのぞかせる。そこへ──、


「大丈夫」


 朝霧のそんな気楽な声が響いた。そして、朝霧はファンの頭に手を置くと、軽く撫でた。

 ファンは一度肩を大きく震え──いや跳ね上げさせたが、それっきりで少し落ち着いたらしい。


 朝霧は震えが無くなり始めたのを肌で感じると、手を離し、ファンの少し前に出た。


 そして、顔を上げ、そっと人差し指を女に向ける。

 あのときの……あの不思議な、光る力を使う感覚を思い出しながら、全身に力を入れていく。


 程なくして、バチバチという音が聞こえてくるのが分かった。それはまるで、セーターを着たときに聞こえる静電気の音のよう。

 ──否、電気が弾ける音だった。人差し指の周囲に稲妻が走り始める。これは朝霧にとって予想外だった。しかし、やることが変わったわけではないので、そのまま電気を溜め続ける。


「フン、隙だらけだバカが!」


 そんな朝霧に、一本の水柱が猛スピードで襲いかかる。しかしそれは砂浜に届く前に止められてしまった。


「そちらこそ、いくら攻撃しようと、私が凍らせるまで。さっさとお縄につきなさい」


 目前まで迫った二つの水柱は、黒崎の能力によってカチカチという音をたてながら凍りついていった。それを見ながらチッ、と女が舌打ちをする。が──、


「ファンを殺す? ざけんじゃねぇぞテメェ」


 朝霧の憤怒した声に、女のいら立ちはかき消された。

 それどころか、女は朝霧の声に、少しだけ震えた。

 目に宿っていた殺気の色はひき、周囲を包み込んでいた凍てつく空気は消え去った。


 それほどまでに、朝霧の声は底冷えしていたのだ。

 そうなっている理由は、本当に純粋で単純な『怒り』だった。


 まだ幼く、か弱い少女を殺そうとする、目の前の女。

 そんなことを命令する黒龍という人物。


 そんな鬼畜な輩がいると考えただけでも、怒りが頂点に達しそうになる。いや、事実いるわけだから、すでに朝霧の全身は、怒りという怒りに飲み込まれていた。


 そしてやがて、その怒りは朝霧の人差し指の先へ集中し……光となって爆発した。


 二つの凍った水柱の間を縫うように、朝霧は、人差し指から力を放った。それは、比喩でもなんでもなく、正真正銘の雷だった。

 辺りを光で包み込み、轟音を鳴り響かせ、雷撃は女をめがけて真っ直ぐに飛んでいく。そして直撃する──はずだった。


 朝霧は見た。突如現れた分厚い水の壁に、雷撃が吸収され海へと流れいくのを。

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