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【第14話】出来損ないは蘇る

 ──俺は無力だ。


 自分の姿さえ確認できない暗闇の中で、朝霧はふと、そんなことを思う。いや確認できないのではなく存在自体無いのかもしれない。まるで思考だけが残っているような感覚は、朝霧にそんなことを思わせる。

 これが死後の世界なのだろうか……。

 そう考えると泣きそうになる。別に死んだことが怖くて、などという理由ではない。


 ──目の前の少女を救えなかったから。


 たったそれだけの理由。

 だが、昔の自分と同じ境遇にあった少女を救おうと決めていた朝霧にとって、たったそれだけの理由は、心を切り裂くような思いにさせられた。

 けれど死んだ今、朝霧にできることは何もない。

 そう何も……。

 つまり、彼は単純に無力だった。


「悔やむ暇があるのなら目を覚ましてはどうですか?」


 そんな声が、いきなり聞こえたかと思った瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。

 思わず目を閉じるが、段々と慣れはじめる。手で光を遮りながらうっすらと目を開ける。

 このとき違和感が朝霧を襲う。

 実体がある……。

 こんなことを実際言ったらお前頭大丈夫か? と、言われそうだが、自分が死んだとばかり思っていた朝霧にとって、実体があるというのは、かなり衝撃的だった。


「死んだはずじゃ……」


 そう朝霧は呟く。と、目の前から女の声が聞こえる。


「まぁ、私が呪いを解かなければ死んでいましたね」


 女の声は、確かにそう聞こえた。普通に解釈すればこの女が助けてくれたことになる。しかしこの女は、朝霧を利用して殺そうとしていた張本人だ。朝霧を助ける理由も義理もないはず。

 当然朝霧は怪しんだ。段々と視界がハッキリとする。そこで女が、朝霧の隣で正座しているのが見えた。


「呪いを解いた? なぜそんなことを?」


 言いながら、朝霧は女の目に視線を置く。眉間にシワが寄る。拳に力が入る。目に光が灯る。

 そんな警戒をしまくる朝霧を前に、女は考える素振りすらなく答えた。


「私の考えは間違っていた、とでも言いましょうか」

「間違っていた? 敵のお前が俺の言葉で心を打たれるとは、思えないが」


 朝霧は、自分の言葉が他人の心を打つと考えるほど、自惚れていない。だからこそ死んだとばかり思っていて、疑わなかった。朝霧は全身にも力を入れ始め、いつでも立ち上がれるよう準備しようとする。が身体が痺れているのか、力が入らない。身体の状態が気になるが、女から視線を外すようなバカな真似もできない。朝霧の身体にはただただ緊張が走るばかりだ。

 しかしそんな朝霧の心配もよそに、女は正座の状態からまったく動かず、ただただ呆れたような顔で口だけを動かす。


「そもそも敵ではありません。私はバハムート王族の家臣……つまりファンロン様側の者です」


 それは、意外な返答だった。

 そのためか朝霧は数秒間、理解に時間を要した。だが理解はしても信じられない。


「……じゃあなぜファンがお前のことに気づかなかった。普通家臣だったら顔くらい分かるだろ」


 この女は嘘をついている。

 直感がそう告げるが、女に嘘をついている素振りはなかった。表情を変えずに女は返す。


「……ファンロン様は記憶をなくしておられます。竜王様、つまりファンロン様のお父様が、黒龍と呼ばれる竜に殺されたショックで。一部の記憶こそ残っているみたいですが、思い出がことごとく消えているのはまず間違いない」


 『記憶が消えている』。その言葉を、どこかで聞いた覚えがある。

 朝霧は思考を巡らした。その間にも、女は言葉を紡いでいく。


「ファンロン様は、黒龍の部下に襲われ、危機一髪のところで下界へと……つまりあなたの生きるこの世界へと逃げました」


 黒龍?

 先ほども出てきたワードだが、誰なのだろう……。疑問が浮かぶ。──が、そいつが何者だろうと、ファンを狙う者だということは、いくらバカな朝霧でも理解できた。

 女の言葉と朝霧の記憶が一致していく。


 ファンと出会ったとき。

 ファンの着ていた服はこれ以上ないほどボロボロで、しかも記憶喪失だった。

 つまりこの女の言う『黒龍』とやらに襲われ服がボロボロに……記憶喪失も父親が殺されたショックなら辻褄があう。

 ここで、何本もあった事実が、ようやく一つに纏まった。だとしたら、この女は本当に家臣ということだろうか。


「私共、家臣の一部は黒龍の味方のふりをして潜入しました。それ以外生きる道はなかったので……。黒龍の襲撃があったとき、私はその場にいなかったため、すんなり受けいれられましたよ。その後、怪しまれないように組織の邪魔をするのが大変でしたけどね。さて、それはさて置き。私は黒龍からファンロン様を捕まえてくるように命令されました。おかげで不自然なくファンロン様を迎えに来れました。契約者あなたという想定外を除けば、本当によく事が運んだのですが……」


 ここで、朝霧は『回収しにきた』という言葉の本当の意味が分かった。

 つまりこの女は敵でも何でもない。嫌々敵のふりをしたファンの味方なのだ。そして、ここに逃げてきたファンを迎えに来ただけなのだ。


「本題ですが、あなたを助けた理由は、二つ。一つは、あなたの言葉を聞き、余計なお世話をしていたと気づいたのです」

「……?」

「なぜ私が、あなたを殺そうとしたのか。まずはそれを説明しますね。ファンロン様は黒龍会の者達に殺されかけ、最後の力を振り絞って下界へと逃げました。ただそのとき、力を使い果たしてしまったため、卵となってしまった。それをあなたは孵化させて──つまり覚醒させてしまった。おかげであなたは、望まぬ契約を交わしてしまったわけです。違いますか?」

「まぁ確かに、気づいたら契約してたらしいな」

「でしょう? しかも契約者というのは、黒龍にとっては厄介な存在です。ファンロン様を守る兵士のようなものですから。しかも契約は解除できない」

「でもだったらなんで俺を殺そうと? 黒龍にとって厄介なんだろ?」

「厄介だからです。黒龍はあなたも抹殺対象にするのは必至。あのような者に痛めつけられて殺されるくらいなら、私の呪いで安楽死させようと思った。けれど……あなたにはあなたの考えがあった」

「…………」

「もう一つは、これは私個人の感情なのですがね。ファンロン様があなたの胸でずっと泣きじゃくっていたので……。君主が泣く姿は、もう見たくありませんから」


 それを聞き反射的に胸元を見る。そこにはファンの姿があった。ずっと泣いていたのか頬には涙の痕が残っており、なんだか申し訳ない気持ちにさせられる。


「……さて契約者。私は貴方の考えを尊重することにしました。それで、良いですか?」

「良いってなにが?」

「あなたは殺されるかもしれない。それでも良いですか?」


 朝霧は少し考える。契約しているということは、そのうち殺されるかもしれないということ。けど契約を解除することはできない。苦しみから逃れるには、楽な方法で命を落とすしか道はない。

 ハハッ、どうせ死ぬんじゃねぇか。だったら、どうせ死ぬなら、誰かのために──、

 朝霧は女の目を見据える。


「──やってやるよ。この命かけてやる。その黒龍とやらを倒してやる。……文句あるか?」

「……いいえ。では、ファンロン様を頼みます」


 そう言い残すと女は部屋から出て行こうとする。朝霧が起きるまで寝ていなかったのか、フラフラとした足取りだった。


「お前これからどうすんだ?」


 朝霧は女の背中を見つめながら訊く。


「兼ねてから下界に潜入していたバハムート王族の家臣『アデス』と合流し、かくまってもらおうと思います。きっと黒龍達には裏切ったことがバレているでしょうから」


 女はさも平然と答える。朝霧にはなぜ女が平然とそんなことを言えるのか少し疑問だった。

 スパイをしていたことがバレたということは、いつ殺されてもおかしくない状況ということだ。普通は慌てるところだろう。


 ──それとも、この女も俺と同じなのか?

 ──俺と同じように……。

 ──アレ、どこ行った?


 気がつけば、女は廃墟から姿を消していた。

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