次女とアリスお姉様②
読んでいただいてありがとうございます。10月25日に2巻が発売されます。よろしければそちらも読んでください。よろしくお願いします。
自分の感情が本物なのかどうかが分からなくなって身体が震えていたセレスに、アリスは優しくしゃべりかけた。
「セレスティーナが今、戸惑って怖がっている感情もちゃんと本物だよ。たとえそれが学習からきているものだとしても、セレスティーナがその感情をちゃんと学んで身につけたってことだから。えっとごめんね。上手く説明出来ていないかもしれないけれど、とにかく、セレスティーナの感情はちゃんとあるから」
アリスがそう言ってくれたので、セレスの身体の震えは幾分か治まった。
自分の感情はちゃんとある。こうして震えるのも怖かった証みたいなものだ。本当に分からなかったら身体が反応なんてしない。
「セレスティーナは一度、他の世界に降りているせいか、私たちと違ってそれなりに感情は取り戻せてるんだけど、正真正銘の女神であるお母様の呪いは強いわ。お母様がいくら後悔していようが、私たちにはどうしても影響が出る」
『ウィンダリアの雪月花』は女神の娘ではあるが、神ではない。強力な力を持つ神にはどうしても負ける。ましてや相手が自分たちの母なる女神なのだから、無傷なんてありえない。
「エレノアお姉様が言っていたわ。セレスティーナはまだ深い部分で封印されたままだって。私たちがあまり感情を出せなかったせいか、雪月花にしては感情を持っていると思われているかも知れないけれど、根っこの部分は一緒だって」
感情豊かに見えるけれど、まだ浅い。母のように、思いをぶつけることで呪いを植え付けるような深さはないし、なりふりかまわず誰かを求めるような激しさもない。
「お姉様、その呪いというか封印というか、は解けるのですか?」
「解ける、と私たちは信じてるわ。上ではそれで盛り上がってるし」
「盛り上がってる?あ、いちゃいちゃ?」
「そうよ。エレノアお姉様とアレクお義兄様なんて特にそうね。貴女たちと外見がそっくりだから、自分たちだったら、何て言って盛り上がっていたわよ。手を出せなかった最初のヘタレのくせに」
アリスの言葉にセレスは、あー、んー、とか濁した感じでごにょごにょっとした。
エレノアが最初の姉なので、アレクというのがエレノアの相手。
あれ?アレクさんてどこの人?さっきの話の中で、アレクという名前は出なかった。
「アレクお義兄様って、ウィンダリア家の方ですか?」
「違うわ、王家の方。王家の人間が私たちに執着する元凶。本人は守護のつもりだったんだけど、エレノアお姉様を奪われたという気持ちが強すぎて、二度と奪われないように自分のすぐ近くに置いておきたいっていう執着に繋がったのよ」
あの時、近くにいれば絶対に守ったのに。離れたばっかりに奪われてしまったという後悔が、何がなんでも手元に置いておきたいという呪いのような執着に繋がった。実際、その後の王族の者が雪月花を見つけた時には、彼女が瀕死の状態だった、なんてこともあった。
心の底からの後悔が、王家に呪いをもたらした。
願うのは、雪月花の安全と幸せ。
本来なら彼女たちがどこにいても、誰と一緒にいようが幸せならばかまわないはずなのに、自分の傍にいてそれを成し遂げてほしいと願い、でも怖くて手が出せなくて。
「不文律を出した方は頑張ったのよ。私たちが傍からいなくなるのってどういう状態になるのか聞いたら、常に心が飢餓に陥っているような感じになるんですって。何をしても満たされない、ずっと飢えた状態。相手が亡くなっていれば、まだ女神のもとに帰ったんだって納得出来るらしいけど、生きてる状態で傍にいないのは気が狂いそうになるんですって」
「出会わなければ良かった、という思いにはならないのですか?」
「出会えない不幸に較べたら、苦しくても出会えた方がいいのだそうよ」
寿命の関係で、どうしても彼らを置いて先に逝ってしまうことが多い雪月花には未知の感情だが、誰もが口を揃えてそう言っていた。
「そろそろ目が覚める時間ね。ここでのことはあまり覚えていられないと思うけれど、私たちは貴女のことをずっと思っているわ。それだけは忘れないでね」
「はい。あ、お姉様、最後に一つだけ聞いてもよろしいですか?」
「なぁに?」
「お姉様は魅了の薬について何かご存じですか?」
セレスの時代に急に現れたものではないはずだ。ひょっとすると姉の誰かが関わっていなかっただろうか。
「魅了の薬?ああ、たしか、アレクお義兄様が潰したはずの薬ね。あれに関しては、私たちより貴女の今の姉……えっとちょっとややこやしいけど、姉の中にいる方に聞いた方がいいわ」
「姉の中、ですか?」
「そう。あの方も律儀な方で、お姉様たちへの償いだからって自分から彼女の中に入っていったのよ。普段はあまり出てないはずだけど、何かのきっかけで出てくることはあると思うの。その時に聞いたらいいわ」
恐らく、あの時の女性は、もう一人の人格が出てきていた姉なのだろう。屋敷にいた頃、あまり顔を合わせたことはなかったが、母によく似ていた。姉の中の人はセレスのことを心配していたようだったし、雪月花の方の姉たちの知り合いでもあるようだ。
「分かりました。お姉様、会えてうれしかったです」
「私もよ、セレスティーナ」
名残惜しいが、そろそろ目覚めの時間だ。
「そうそう、貴女の寿命は別に短くないわ。だから、安心して好きなことをすればいいわ」
「はい」
何となく意識がここから離れていくのが分かる。肉体が目覚めかかっているから、意識が呼び戻されていく。
「またね、セレスティーナ」
アリスの言葉と共に風がざっと吹いて、セレスの姿は消えてなくなった。
一人残されたアリスは、満足そうな顔をしていた。
目を開ければ、やはりあまり見たことのない部屋が目に入った。
「……ここ、どこ?」
ようやく夜が明けた頃なのか、うっすらとした光しか差していない部屋だが、見える範囲に見覚えはない。ゆっくりと上半身を起こして周りを見渡すと、ソファーでディーンが寝ていた。
「ディ?」
どうして弟は、ソファーで寝ているのだろうか?
最後の記憶は何だったかな?
「あ、そっか。オルドラン公爵家に来たんだった」
怒濤の一日だった昨日の出来事をようやく思い出した。
王宮に行って王妃に会い、その後、ここに来て、それから……記憶がないということは、気を失ったくらいしか思いつかない。
それならディーンがソファーで寝ている理由も分かる。心配性の弟が、同じ部屋で寝る、とでも言ったのだろう。平日だから学校にも行って疲れていただろうに、こうして一緒にいてくれる弟にセレスは小さな声でお礼を言った。
動き回ったらディーンが起きそうだったので、そのままもう一度寝転がると、夢の中の出来事を思い出していた。といっても全てを覚えているわけではない。
姉に会って、色々と言われたのは覚えているが、内容を事細かに覚えていない。
ただ、姉たちがセレスのことを心配してくれているのは、しっかり覚えている。
「お姉様」
大丈夫、そんなに心配しないで。
セレスには弟もいるし、周りには心強いお兄さんとお姉さんたちがいてくれる。今までの雪月花たちのようにはならない。
自分が最後だと言うのなら、雪月花の評判など気にせずに好きなように精一杯生きよう。
きっとそれが、姉たちの見たい姿のはずだ、と思って、ふと思い出した。
「……お姉様、誰といちゃつけばいいですか……?」
いちゃいちゃが見たい、という姉たちの願いだけはっきりと思い出したセレスは、なぜそこだけはっきりと思い出しだのだろう、と何となく落ち込んだのだった。




