次女とお父様とお母様②
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クリスティーンに連れていかれた部屋にはたくさんのドレスが用意してあった。
「こんな可愛らしい娘が今日、出来るって分かっていたのなら、もっとちゃんとした物を用意したのに。旦那様の連絡不足ね、叱っておくわね。ここにあるのは私とローズの若い頃のドレスなの。私はもう着なくなってしまったけれど、時々、こうして必要になるから置いてあるのよ。そうねぇ、セレスちゃんは少し可愛らしい系のドレスがいいかしら。ローズ、のは無理ねぇ」
エルローズのドレスがどれかなんて一目見ただけで分かる。きっと若い頃からいわゆるドレスが似合う体型だったのだろう。そして趣味全開のギリギリっぽいドレスが奥の一角にある。
「ローズ様のは……色んな意味で無理です」
ちょっと落ちこんでもいいだろうか。
「そうなのよねー。私なんて若い頃はずっとローズと較べられたの。でもね、私にはあっち系の服は似合わないし、趣味じゃないから較べられたところでねーって感じだったかしら」
クリスティーンは何でもないことのように言っているが、当時は相当言われたのだろうと思う。まして彼女の夫となったのはエルローズのシスコン兄だ。
「旦那様の目にとまったのもローズに全く興味を示していなかったからだそうよ。最初は自分の可愛い妹を無視する人間がいるなんて、って思って近づいたんですって。ひどいわよね」
ぷんぷんと怒っているが、大変良い笑顔だ。オースティがクリスティーンの魅力に虜になっていく様が思い浮かぶ。魅了の薬なんて使わなくても、こうして自然に人は惹かれ合うことが出来る。そうでなくちゃ、今頃、人類はいなくなっているかもしれない。
「えっと、クリスティーン様」
さっきはノリで「お母様」と呼んだが、本当にそう呼んでいいのか分からず、セレスはクリスティーンを名前で呼んだ。養女の届け出を出してくると言っていたが、どういう関係性を築いていけばいいのかよく分からない。
「まぁ、さっきはお母様って呼んでくれたのに名前で呼ばれるのは寂しいわ。あ、でも実のお母様もいらっしゃるのよね。じゃあ、クリスお母様とかどうかしら?」
「実の母とはそんな風に呼び合う仲ではないので、一度もお母様って呼んだことはないです。じゃなくて、一応、養女の件はオースティ様にお伺いしましたが……」
王家、それに今は王妃から身を守る為にオルドラン公爵家の養女になる。今日は本当に色々なことが有り過ぎて流されるままにここまで来てしまったが、これで本当によかったのだろうか。
「セレスティーナ、本当は貴女を守るのはご両親の役目のはずだけれど、貴女のご両親はあのような方々だから貴女を守れないわ」
残念ながらその通りだ。『ウィンダリアの雪月花』が生まれる血脈である以上、他の貴族たちだってウィンダリア侯爵家に手を出すのはためらう。まして、当代の雪月花がいればなおさらだ。本来ならば、両親がセレスを守らなくていけなかったのだろう。……放置されすぎていて、そんな光景は想像も付かないけれど。
でももし本当にそうなっていたら、今の自由はなかったわけで、それはそれで困る。
複雑な顔をしたセレスにクリスティーンはくすくす笑った。
「今のティターニア公爵家は政治の中枢に近すぎるの。それで貴女まで保護してしまったら、他の貴族の反発を招くだけ。王妃様の実家であるノクス公爵家は問題外。シュレーデン公爵家は王太后様の実家で、今の陛下に近いから却下。幸い我が家はここ何代か王妃を出していないし、それほど政治の中枢に食い込んでいるわけでもないから、貴女を養女にするには最適なのよ」
第二王子に言われたから、とかではなく、最初からセレスティーナ・ウィンダリアはオルドラン公爵家で引き取るつもりでいた。
エルローズの可愛い妹分としてセレスの存在を知り、アヤトが情報が漏れないように守っていたが肝心のセレス自身が割と自由に過ごしていたので、早い段階で彼女が『ウィンダリアの雪月花』であることは分かっていた。今まで手を出さなかったのは、彼女が市井で楽しそうに生きていて、大半の貴族たちが当代の『ウィンダリアの雪月花』の存在を知らなかったからだ。
だが、ルークがセレスを表舞台に引きずり出した。
学園内でセレスに執着を見せているだけだったのならば、あの血に惹かれている、くらいで済んだのだろうが、その行方を必死で探し、どうしても手にいれようとしている姿を見れば、誰だって疑問を持つだろう。
そうまでして、王家の男が探すウィンダリア侯爵家の女性。彼女は、まさか……、と。
先代のアリス嬢は王家がうまく隠した。
その存在を知らない貴族たちは、先代(実際には先々代)から考えればそろそろ次が生まれるはずだと考えるだろう。そんな中で第二王子がウィンダリア侯爵家の次女の養女先を探したのだ。それだけで貴族の中には気が付いた者もいるはずだ。
セレスティーナ・ウィンダリアは当代の『ウィンダリアの雪月花』である、と。
セレスに手を出していないのは、近くに色んな意味で怖いティターニア公爵家の当主の兄がいたこと。そして、オルドラン公爵家が彼女を保護しようと動いたからだ。四大公爵家のうちの二つを敵に回す度胸のある者はさすがにいなかった。
そして今は違う意味でも彼女の保護が最優先となった。
本当は今日、オースティはその話をしに王宮に行ったのだが、なぜかセレスを連れて帰ってきた。このまま娘にしてしまえば堂々とオルドラン公爵家で守れる。もちろん、セレスの今の生活を変えてもらうつもりはない。ただ、何かあった時にオルドラン公爵家の名は役に立つ。
「セレスちゃんを縛るつもりはないの。たまーにこうして家に帰ってきてくれればいいのよ。そして、出来ればわたくしと母娘コーデをしてくれると嬉しいわ」
「どうしてそこまで私を守ってくれるのですか?」
一番の疑問はそれだ。セレスはエルローズがオルドラン公爵家の人間であることは知らなかった。今まで公爵家に関わったこともないのに、なぜ養女にしてまで助けてくれるのか。
「旦那様曰く、感謝と贖罪の為ね」
「感謝と贖罪、ですか?」
「ええ、そうよ。この家に嫁いできた時に真っ先に言われたわ。オルドラン公爵家は『ウィンダリアの雪月花』に対して大きな借りがあるのだと。雪月花を守ることはこの家の最優先事項なのだそうよ」
「何があったのですか?」
大きな借り、と言われてもセレスではないので、過去の雪月花の誰かのことなのだろうが、記憶を受け継いでいないセレスではどの時代のことかさえ分からない。
「ふふ、それは旦那様が帰ってきてからゆっくり話しましょうね。まずは着替えてお茶にしましょう?」
「……分かりました」
どうやら着替えは絶対のようなので、セレスは諦めて近くにあった明るい青色のドレスを手にした。デザイン的にもおとなしめだし、瞳と同じ青系統なので着ても似合わないということはないだろう。
「どうせなら髪の色も銀色に戻しておくべきでしたか」
「そうねぇ、髪の色が銀色だったら、瞳と同じ深い青色のドレスでも映えて綺麗だったでしょうね。時間もあるし、髪の色、戻しちゃう?」
「え?……大丈夫でしょうか?」
「うふふ、大丈夫よ。この家に勤めている者は秘密を漏らすことはないわ。それに最近は、王都の若者の間で髪を染めるのが流行ってるの。中には銀色の娘さんもいるわ」
薬師ギルドが開発した染め粉は、ただ今、王都で大流行中だ。オースティも「さすがにあれは薬師ギルドの長じゃないと出来ないねぇ」と感心していたほどだ。
「わたくしもこの間、旦那様とお揃いの赤色にしてみたのよ。髪の色一つで気分が変わる感じがして面白かったわ。その時の落とし粉もあるから、戻してみない?帰ってきた旦那様を驚かせて差し上げましょう」
「そうですね。せっかくドレスを着る機会をいただいたので、染め粉を落としたいと思います」
基本、関心があるのは薬草関連なのだが、セレスもお年頃の女の子なので、せっかくドレスを着るのならば素の自分で着てみたい、という気持ちは持っていた。
「ぜひそうしましょう。お風呂場はこっちよ。ついでにお肌も磨いてもらうといいわ」
今にも踊り出しそうな感じでクリスティーンが喜んでいた。
「ふざけるな。何だこの書類は?」
差し出され、さっさと署名しろと言われた養子縁組の書類を見てジークフリードは、その用紙を握りつぶしそうになった。
「見ての通り、僕と可愛い娘の縁組みだよ。そこに陛下の署名をもらうだけでいいんだけど?」
「なぜ、セレスをオルドラン公爵家の養女にしなくてはいけないんだ」
「なぜって、本当に思ってるのかな?陛下。セレスティーナが僕の娘になるのは貴方にも都合がいいはずだよ?何せ、堂々と公爵家の私兵を動かせる、他の貴族が横槍を入れられない、何より身分が釣り合う、の良いことづくめだよ」
オースティの言葉にジークフリードは、チッと舌打ちした。
分かってはいるのだ。ジークフリードだって一度はセレスの養女先としてオルドラン公爵家を考えた。
考えた、が同時に義理とはいえオースティが父親になるというデメリットにその考えを捨てた。
「アヤトのとこはダメだよ。君たちは近すぎる。シュレーデン公爵家はそもそも貴方が継ぐし、ノクス公爵家はもっとダメ。となれば、うちしかないでしょう?」
その通りだ。セレスがオースティの義娘になれば、全てが綺麗に片付く。ただ、この義父が厄介すぎる。
「ほらほら、おとなしく署名して。仕方ないじゃないか、あの両親では彼女を守れない」
「……仕方ないな」
諦めてジークフリードは、養子縁組の書類に署名した。これでセレスは、セレスティーナ・オルドラン公爵令嬢となった。
「はい、ありがとう。さぁてと、家に帰って家族と夕食でも食べようかな。あ、そうそう、うちの奥様がはりきって娘のドレスを選ぶって言ってたから、家に帰ったら着飾った娘が見られるかも。楽しみ」
笑顔のオースティに、ジークフリードは何かを投げつけたい衝動に駆られた。
「俺でもまだ、セレスのドレス姿とか見たことないんだが」
「父母の特権だよ。あの子はまだデビュー前だし、婚約者でもない男性に娘の姿は見せられないな」
「婚約者ならばいいんだな?」
「娘の婚約者になりたければ、この父を倒してからだよ」
義父が難敵すぎる。だからこそ、これで下手な貴族はセレスに近づけない。ついでにジークフリードも近づけない。
「ふふ、ご安心を。セレスには、今まで通りの生活を送ってもらいますよ。あの子がそれを望んでいる以上、僕たちは邪魔出来ない。もちろん護衛は付けるし、何かあればオルドラン公爵家の名を出すように言っておきます」
つまり、身分を隠して外で会う分には、許可を出すということでいいのだろう。
「陛下が僕の娘に、一人の男として見てもらえる日が来ることをお祈りしておきますよ」
はっはっは、と上機嫌に笑いながらオースティは帰って行った。




