次女とお父様
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セレスを妹のように可愛がってくれているエルローズによく似た男性。オルドラン公爵と呼ばれていたのでまず間違いなく四大公爵の1人だと思うのだが、なぜか義娘とか言われて正直どうして良いのか分からずに途方にくれてしまった。
そんなセレスにオルドラン公爵はにっこり笑った。
「いやー、君からしたら僕は不審者だよねぇ。改めて自己紹介するね。僕はオースティ・オルドラン。公爵の1人でエルローズの兄だよ。君のことは妹とそれからユーフェミア嬢から聞いているよ」
「ローズ様のお兄様?」
「そうそう。あー、お父様も良いけどお兄様も捨てがたいなぁ。ローズのようにちょっと勝ち気な妹が兄に対して甘えてくる感じも良いけど、君みたいにふわっとした感じで呼ばれるのも捨てがたい。二種類のお兄様呼びもいいなぁ。ああ、どうしよう、娘として引き取るか、妹にするか」
……弟を持つ身として、ちょっと共感してしまいそうになった。セレスも大概ブラコンだが、この方には負ける気がする。でも、シスコン度ならディーンも負けていない気がする。
「あの……えっと、お兄様?」
本人がお兄様呼びをお気に召した様子だったのでそう呼びかけてみた。
「うん、妹として引き取ろう」
どうやら正解(?)だったらしい。
万が一、娘として引き取られても、お兄様呼びの方が良い気がする。
「ユーフェミアさんから聞いたってどういうことでしょうか?」
「ああ、ユーフェミア嬢とは10年来の友人なんだ。君が王宮に連れて行かれたから保護して欲しいと連絡が来てね。たまたま今日は王城に来ていたから急いで探したんだよ。間に合って良かった」
セレスがいた場所は王族か四大公爵の人間しか入れない。ユーフェミアがセレスの保護を頼んだのが自分だったから良かったものの、そうでなければ王妃の思うままだったかもしれない。
「ユーフェミア嬢は僕のお気に入りの1人だから頼まれると嫌とは言えなくてねー。僕とユーフェミア嬢が繋がっていると知ったらアヤトが嫌がるかと思うとぞくぞくするよ」
さっきから思っていたのだが、この方、少々性格に難がある気がする。
「うちの師匠のことはお嫌いですか?」
「うじうじ兄弟だからねぇ。僕のお気に入りと大切な妹に対して変なこじらせ方をしてくれてるから嫌いだったんだよ。で、今はお気に入りを奪っていったヤツとこじらせが過ぎて奪われそうになっているヤツだから嫌い」
現在進行形で嫌いらしい。お気に入りがユーフェミアなので、奪っていったヤツがアヤトなのは分かるが、エルローズに対してこじらせてる方というのはアヤトの弟だと教えてもらったリヒトという方のことでいいのだろうか。ユーフェミアから名前を聞いただけなのだが、本人より先に嫌っている方に出会ってしまった。
「あの、義娘、というのはどういうことですか?」
「ルーク殿下がね、君のことをウィンダリア侯爵家から離してどこかの養女にしようとしていたんだ。その時に僕が君を養女にするって言ったんだよ。セレスティーナ・ウィンダリア、君は当代の『ウィンダリアの雪月花』だ。下手な人間には任せられない」
クセが強めの性格の持ち主である公爵だが、国を支える者の1人として雪月花の重要性は分かっている。だからこそ、何も知らない王子様がセレスの養女先を探し始めた時、真っ先に手を挙げた。
本人は隠していたようだがエルローズの周囲にいる人間のことは調査済みなので、セレスが『ウィンダリアの雪月花』であることは分かっていた。ならば下手なところには行かせられない。そして王家の自由にさせるわけにも。そう思っていたのに、セレスは貴族令嬢らしからぬ早さで逃げ出し、なぜか見事に国王陛下を釣り上げた。
それに彼女を中心に10年前の事件の関係者が続々と集まっている。ユーフェミアやパメラなんてこの10年、滅多に花街から出てこなかったのに久しぶりに表に出てきたと思ったら、魅了の香水まで出現した。
「いくら君が女神の愛娘であるとはいえ、君自身はただの少女だ。守ってくれる大人は必要だよ。僕みたいな権力者をあごで扱き使えばいいんだよ」
オースティの言葉にセレスはくすくすと笑ってしまった。四大公爵の1人をあごで扱き使え、なんて言われても出来るはずがない。それを当たり前のように言われたので笑えてきた。
「オルドラン公爵をあごでなんて使えません」
「他人行儀な呼び方だね。ちょっとお父様と呼んでくれないかい?そっちも捨てがたいからね」
「お父様、ですか?うーん、人生で一度も使ったことのない言葉です」
実の父に対してだってそんな風に呼びかけたことはない。父親という言葉は知ってはいるが、セレスの中で実父は父親ではなく侯爵という存在だという認識が強い。それにさっきは「お兄様」呼びがお気に召していたのに、今度は「お父様」呼びがよいらしい。
「もったいないねぇ。こんな可愛い子に「お父様」と呼びかけられないってことは、人生を無駄にして生きているよ」
セレスがどうやって成長してきたのかも調べてある。衣、はともかく食住は侯爵家から安定して供給されていたようだが、それだって普通の貴族令嬢のものではない。衣はエルローズがこっそり良い物を使って仕立てているが、動きやすさ重視の服でドレスではない。侯爵夫妻にとっては次女は存在していない者なのだ。彼女がどれほど特殊な存在だろうが関係なく、セレスティーナ・ウィンダリアという名の少女に心を寄せたことはない。
「まぁ、おかげで僕が一番最初にお父様と呼ばれる権利を得られたけどね」
たしかに年上の人を「お姉様」「お兄様」呼びをすることはあるが、「お父様」と呼びかけたことはない。
「あの、お父様??」
「……いいね。やはり娘として引き取ろう」
さっき妹で決定していなかっただろうか。妹か娘かは分からないが、オースティはセレスを引き取る気満々だ。ユーフェミアも引き取ってくれると言っていたが、養父になったとしてもアヤトを「お父様」なんて呼べない。あくまでアヤトは「お師匠様」なので、そうなると確かにオースティしか「お父様」呼びが出来ない気がしてきた。
「僕の子になれば堂々と警護も出来るから安心安全の生活を送れるよー。うちは代々武官の一族だから、そういう系のが得意なヤツラが多いからこのお父様に全て任せていればいいんだよ」
セレスには王家の影が割と堂々と護衛に付いているが、オルドラン公爵家の娘ともなればその警護は段違いに厚くなる。不文律に従いなるべく自由にさせてあげたいが、セレスの安全が第一条件になる。王妃が敵対して何か仕掛けてこようがオルドラン公爵の娘になればそう簡単には手出し出来ない。
「何にせよ、今日は我が家においで。王妃様はしつこいから万が一ということもあるしね」
「はい。よろしくお願いします」
「素直な良い子だねぇ。アヤトの弟子とは思えないくらいだ」
セレスの安全が確保出来たので、国王陛下も安心するだろう。好きな子の傍にいる為に一生懸命やっている姿は好感が持てる。うじうじ兄弟ー特に弟の方ーもあれくらい必死になってくれていればまだ待ってやろうと思えたのだがいつまで経っても進展しないので、そろそろ可愛い妹の嫁ぎ先の選定に入ろうと思っていた。そんな時に候補の1人がこの国に帰ってきたので、このまま何事もなければ彼に許可を出そうと思っている。
「あ、そういえば魅了の香水のことですが」
「さっきも言った通り心配ないよ。国王陛下が魅了の香水は回収すると言っていたから」
「陛下はご存じなのですか?」
「うん。あの方もね、兄君を魅了の香水絡みで亡くしていらっしゃるからそのあたりは厳しく取り締まると思うよ」
「え?陛下もお兄様を亡くしていらっしゃるんですか?」
「一般的にはあまり知られていないけどね。王族の死因としてはちょっと外聞が悪いから。君も内緒にしておいてね」
「はい、もちろんです」
魅了の香水絡みで国王陛下の兄君が亡くなられているとは知らなかった。被害を考えるとやはり現物を確認して解毒剤を作っておきたい。ただ、それが国王陛下の元にあるとなると一介の薬師である自分が触れるかどうか……。
「君の元にも行くように手配はするから大丈夫だよ」
何も言っていないのだが、お父様に娘の考えは筒抜けになっていたようだった。




