次女と王妃
読んでいただいてありがとうございます。
案内された庭は確かに美しい場所だった。
庭師たちによって整えられたその場所はぱっと見はごく普通の庭園だが、薬師として見ればあちらこちらに薬草が植えてある。大きな木も葉が痛み止めに使われるものだ。さすがにガーデンほど珍しい薬草はないが、何となく一通りは揃っている。薬草と観賞用の美しい花が妙にマッチしている庭園だ。
その庭園に設置されたガゼボの中にお茶のセットが用意されて、セレスは王妃と向かい合って座った。ルークはセレスの隣だ。
「ここはね、歴代の後宮の住人たちが思い思いの草花を植えた場所なの。誰がどの草花を植えたのかは知らないけれど、歴代の王たちは一度植えられた物を大切にしてきたのよ」
途切れさすことのないように枯れても同じ場所に同じ植物が植えられた。なぜか?決まっている。彼らの大切な雪月花たちが植えた草花だからだ。雪月花に出会わなかった王たちでさえ大切にしてきた。この庭を見た王妃たちの心は穏やかではいられなかったことだろう。
「この庭を見ると嫉妬してしまうわ。それほどまでに王たちに愛された雪月花たち……どうして彼女たちなのだろう、と。貴女はどう思う?」
同じ『ウィンダリアの雪月花』だが、当事者たちでないので何とも言えない。ただ、ルークに執着された身としては、何となくだが違うのだ。自分の望みとルークの望みは交わらない。同じようにきっと王と雪月花の望みは一致しなかったのだろう。
「……王族の方々と雪月花の間には私たちには分からない絆があるのかも知れません。その絆ゆえに苦しむのでしょうか……」
最初の王と雪月花、伝えられた物語ではない何かがあったのかもしれない。セレスは『ウィンダリアの雪月花』だが、異世界の知識以外何も持たない。王族との間に何かを感じるかと言われればそれもない。
何となくだが自分が今までの雪月花たちとは違うのかな、と感じてはいる。
「そう。貴女たちはそうやって無自覚に連れて行ってしまうのよね」
王妃の言葉にあれ?と思って彼女を見ると、どこか遠くを見ている。まるで何度も見てきたそんな状況を思い出しているかのようだ。
「王妃様?王妃様は何をご存じなのですか?」
魅了の香水を息子に渡したり、雪月花のことを知っているかの様子にセレスは王妃が何者なのか疑問を持った。
「何も知らないわ。それを信じるかどうかは貴女次第だけど」
うふふ、と笑顔の王妃は誰がどう見ても絶対に何かを知っている。セレスがルークの方を見るとルークも困惑しているようだった。
「母上、一体どうしたのですか?」
「……何なのかしらね。わたくしはただ好きな方の傍にいたかっただけでしたのに……。ねぇ、セレスティーナ、せっかく好きな方と結婚しても振り向いてもらえないのはつらいのよ。まして旦那様が違う女性を好きになるのを見るのはね」
「そうですね」
そこは共感出来る。絶対に恋愛感情がいるとは言わないが、政略結婚でも夫婦となった以上、お互いに歩み寄りは必要だと思う。好き勝手して全く見もしないのはさすがにどうかと思う。
「でも貴女たちはその全てを超えて奪っていくの」
雪月花と王族が出会った時、その王族は妻や子供たちを放置しても彼女たちに夢中になった。彼女たちしか見えなくなった。雪月花と王族の出会いはおとぎ話のように綺麗な表面だけではないのだ。
「奪う……王妃様から見て『ウィンダリアの雪月花』とは悪女のような存在でしょうか?」
「王妃という立場からすれば夫である王をたぶらかす存在よ。でも国にとっては何よりも大切にしなければいけない女神様の愛娘。国を思えば貴女たちを優先するのは当り前なの」
女神の愛娘を蔑ろにすれば国全体で罰を受ける。かといって妻として夫を奪っていく雪月花は憎むべき存在。歴代の王妃の中には国のことなどどうでも良くて、ただ雪月花を憎んで傷つけようとした者たちもいた。世間一般から見れば、どちらが悪女なのか分からない。置き去りにされてきた王妃はどうすれば良かったのだろう。
「おやおや、何やら深刻そうな話をしていらっしゃいますね」
にこにこしながらガゼボに来たのは見たことのない男性だった。
だが身に纏っている服はいかにも上等な物だし、なにより彼の真紅の髪と瞳はとても見覚えがあって、セレスを妹のように可愛がってくれている女性によく似ていた。
「オルドラン公爵。なぜここに?」
「もちろん、僕の可愛い義娘を迎えに来たのですよ」
にこやかに笑うオルドラン公爵はセレスを見てそう言った。初めて会った男性に義娘と言われたセレスの方は意味が分からなかった。誰かの養女に入った覚えはない。それに王宮に来る前はユーフェミアに未来の義娘と言われたばかりだ。
知らないうちに義理の父母がどんどん増えていっている気がする。
「ルーク殿下、貴方が彼女の養子先を探している時に言いましたよね。うちで引き取りますって。なので彼女は僕の義娘ですよ」
言われてルークは思い出した。確かにセレスを引き取ってくれる家を探している時に彼が真っ先に手を挙げてくれたのだ。オルドラン公爵家は四大公爵家の一つなので当然ウィンダリア侯爵家より格上。家族から忘れられていたセレスを引き取ってもらい、そこから王子妃へと、そう思っていた。
「そういうわけで王妃様、ルーク殿下、セレスティーナは連れていきますよ。何せ僕たちは家族になったばかりなので、お互いよく知り合わないと」
ルークの隣に座っていたセレスを当り前のように立ち上がらせ、オルドラン公爵は優雅にセレスをエスコートしてその場を立ち去ろうとした。
「あら?行ってしまうの?でも魅了の香水はいいのかしら?」
セレスがここに来た一番の理由はそれの回収だ。あ、と思ったが、オルドラン公爵が王妃に対して笑顔で返答をした。
「今頃、陛下の手の者が回収していますので問題ありませんよ。それと、王妃様、確かに一部の方々は『ウィンダリアの雪月花』を憎んでいらっしゃったようですが、そうでない方もいらっしゃいましたよ。一部の方だけの話を彼女にしてそれが全てだと思わせるのはいかがなものかと。あと、ご自分のことはご自分で決断なされると良いでしょう」
「……オルドラン公爵!」
ゆったりとした雰囲気で接していた王妃がオルドラン公爵の言葉を咎めるように強い口調になった。
「陛下と貴女はご夫婦ではない。最近は王宮内でもそのことを忘れている者、知らない者が多くなっているようですが、陛下はあくまでも独り身です。陛下がどのようなご決断をされても貴女には関係のないことだ」
オルドラン公爵の言葉にルークとセレスが同時に「え?」という言葉を発した。
「おや?ルーク殿下もご存じないのですか?ああ、貴方は昔から陛下に懐いておられましたから、誰が父親なのか分かっていらっしゃらなかったのですね」
哀れむような目でルークを見たあと、オルドラン公爵はセレスの手を引いてガゼボから出て行ってしまった。残されたルークは、オルドラン公爵に言われた意味が分からなかったが。
「母上、どういうことですか!?父上が本当の父ではない?母上と父上が夫婦ではないとはどういうことですか!?」
咎めるような強い口調になったが、今まで当然だと思っていたことが違っていて、しかもそれを王宮内の多くの人間が知っているとはどういうことなのか。ひょっとして自分は王家の血さえ引いていないのかもしれないと思うと怖くなった。
「ルーク、貴方は小さかったから覚えていなかったのね。それに赤子の頃からどちらかというと陛下に懐いていたものね。貴方の実の父親は陛下の兄君なの。若くして亡くなられた先の王太子殿下よ」
ということは王家の血は引いていて、父だと信じていた国王は叔父ということになる。だが、そうなると王と王妃という関係は何なのだろう。
「陛下と私はあくまでも、王と王妃という役割を果たしているだけに過ぎないの。本当の夫婦ではないわ」
母が寂しそうに言った。その表情でルークは、母が叔父のことを好きなのだと悟った。好きな人の傍にいたかっただけ、先ほど母が言った好きな人とは叔父のこと。だとしたら、全てを乗り越えて奪っていく、と言ったのは……
「聡い子は好きよ、ルーク。あの子は知らないわ。けれど、もうあの方の心はあの子にあるの。そしてあの子も……」
その言葉は毒のようにルークの心の中に染みこんでいった。




