次女と後輩君②
お休み中でしたので連続投稿です。
それからしばらくは特に何事もない日々が続き、花街からの知らせでもコルヒオは特におかしな動きはしていないようだった。さすがにずっと籠もってばかりだと退屈になってきたので、ヨシュアを護衛に買い物に出かけるくらいならOKという許可を貰った。
「あら、お嬢ちゃん。買い物?」
久しぶりの買い物にちょっとだけ浮かれて歩いていたら、ラフな格好で歩いていたユーフェミアと市場近くの道で会った。
「ユーフェさん。ユーフェさんもお買い物ですか??」
「えぇ、お気に入りの紅茶を買いにきたのよ。あら、ヨシュアじゃない、お久しぶりですわね」
ヨシュアはユーフェミアと学園で同じクラスだった平民の青年。リヒトの友人だった彼は確か王宮に勤めたと聞いている。恐らくセレスの護衛だろうから、間違いなく命じたのは国王陛下だ。
そう言えば、彼は確かパメラの幼なじみだと聞いた覚えがある。
「本当にユーフェさんとお知り合いだったんですね。同じクラスだったって聞きました。パメラさんは幼なじみだって」
「そうみたいね。私もそう聞いたことがあったわ。最近、パメラにはお会いになって?」
「お久しぶりッスー。…あの時以来、パメラには会ってないッス。そもそもパメラも行方不明になってたッスから」
「あら?あー、まあ、そうでしたわね」
思わずユーフェミアは苦笑してしまった。そう言えばそうだった。パメラも賠償金の支払いの為に花街に売られたのだが、当然、吉祥楼で買い取った。それからは花街で生きる為に上役たちに隠されて教育されていたので表に出てきたのもほとぼりが冷めてからだし、普段からパメラは裏方の人間なのでそうそう出てこない。
「パメラはうちで教育係のようなことをやってくれているからあまり表には出てこないけれど、訪ねていらしたらいいわ。その時はちゃんとパメラを捕まえておくから」
いたじゃない、パメラにもいい相手。そんな相手はいないときっぱり断られたが、パメラのことを最後まで気にしていたのは彼だけだった。うふふふふ、と大変良い笑顔で笑うと、ヨシュアが若干引いた感じを見せた。
「ユ、ユーフェミア嬢、何か笑顔がアヤト先輩に似てきたッス」
「そうかしら?あんな風に企んでる感じはなかなか出せないと思うんだけど。それから私はもう貴族じゃないから気軽に呼んでちょうだいね」
「…夫婦は似てくるって言うッス…。後、気軽に呼んだら間違いなくお仕置きされるんで、せめてユーフェミアさんって呼ばせて下さい。お願いします」
「誰が夫婦なのよ。アヤトと一緒にしないで」
あんな風にいつでも企んでますっていう感じの怪しげな笑顔は持ち合わせていない。それとお願いの使い方がおかしい気がする。とは言え、アヤト絡みだとどこでどう彼の癇に障るのかがちょっと謎なので危険を冒したくないのはこちらも同じだ。久しぶりに再会した自分よりはヨシュアの方がその辺りについて良く分かっていそうなので呼び方については了承した。
「ありがとうッス。それとユーフェミアさん、アヤト先輩は貴女のことになるとものすっっごく心が狭くなると思うので気を付けるッスよ」
「…何だろう、ちょっと否定出来ないわね…」
アヤトのお気持ちをしっかり教え込まれた身としては残念なことにヨシュアの言っていることが理解出来てしまう。
そんな2人をセレスがクスクスと笑いながら見ていたら、不意にどこかから見られているという感覚を覚えたので周りを見渡した。
雑踏の中、帽子を被った少女がこちらをじっと見つめていた。
綺麗な金の髪の少女は、着ている服から考えても貴族だろう。だが、その顔立ちはどこかで見たことがあるような気がした。
「あの…貴女、は…?」
「お嬢ちゃん、下がっているッス」
いつの間にかセレスの前に出たヨシュアが剣の柄に手をかけながら片手でセレスを制した。
ユーフェミアもセレスを守るように傍に寄ってきた。
少女はセレスより2、3歳くらいは年上だろうか。少女というべきか大人の女性と言うべきか迷うところだ。周りに護衛らしき人はおらず、たった1人でこちらを見て佇んでいた。少女がゆっくりとこちらに向かって歩いてきたので、ヨシュアは剣を抜こうとしたのだが、それにセレスが待ったをかけた。
「待って下さい、ヨシュアさん。多分…大丈夫です」
セレスがそう言ったので、ヨシュアはいつでも剣を抜けるようにしつつ、少女が近づいてくるのを待った。少女は、セレスたちの前に来るとほっとしたような顔をした。
「…貴女が……貴女が無事で良かった…」
呟かれた言葉はセレスの無事を喜んでいた。
「貴女に何かあれば、私は本当にあの方々に何と言ってお詫びすれば良かったか…危ないことはなさらないで下さい。お姉様方のお望みは貴女の無事なのですから。全く、あの方の子孫はあの方同様、一歩遅い。もし貴女に何かあればどうするおつもりだったのか…まあ、私が言えたことではありませんが…」
くすり、と少女が笑った。
「今日は貴女の無事を確認しに来ただけです。どうか、お気をつけ下さい」
そう言うと少女はくるりと背を向けると雑踏の中に向かって歩き始めた。
「待って下さい。貴女は一体?」
慌ててセレスが声をかけると少女は一度だけ振り向いて綺麗な礼をしてから人の間に消えて行った。
「…今のは一体…?」
セレスが呟くとユーフェミアは少し考えるそぶりをした。その間にヨシュアがちらりとどこかを見ていたので、影が少女の後を追って行ったのは間違いない。ついこの間、似たような話をパメラから聞いたばかりだ。……パメラの兄のことと言い、ソニア・ウィンダリアのことと言い、案外こちらの方が重要な情報を握っている気がする。
「セレスちゃん、ちょっと聞くけど、貴女のお姉さんって貴女に似ているの?」
「?姉、ですか?私と弟は良く似ているそうですが、じいたちに聞いた限りではあまり似ていないそうです。姉は母に良く似ていて…金の髪の持ち主…まさか、今のって??」
「ええ、そう思うわ。昔、パメラがソニア嬢に10年前の出来事を示唆するようなことを言われたって言っていたの」
セレスとユーフェミアは顔を見合わせた。
「ええ!?何ッスか!?その情報!!何でこっちが知らない情報握ってるんッスか!!」
「ヨシュアさん!師匠に今の出来事を話してきて下さい。私、ちょっと追いかけます!」
「あ、待つッス!お嬢ちゃん!!」
「貴方はアヤトかリド様のところへ行って!私が一緒にセレスちゃんと行くから!!」
「ちょっと待つッス2人とも!!あー、こんな時に限って誰もいないッス!!」
走って行ったセレスとユーフェミアについて行こうと思ったが、ここで誰かがジークフリードやアヤトに伝えないといざという時、助けられない。全員、行方不明とかシャレにならない。
一緒に付いていた影は金髪の少女を追いかけて行っている。まさか少女の正体がこっちで予測出来て、守るべき2人が走って行くとは思ってもみなかった。とは言え、彼女たちの予測通り今の少女がソニア・ウィンダリアならば行く先はウィンダリア侯爵家だ。追いかけて行った影もそちらに向かうだろうし、あそこにはセレスの味方である執事や使用人たちがいる。最悪の事態は回避出来る、と信じたい。
「仕方ない」
チッと舌打ちしてヨシュアは先輩たちのいる場所に向かって全力で走り出して行った。




