次女と12の月の25日
クリスマス番外編なので本編とは関係ありませんが、よければ読んで下さい。
「…寒いと思ったら…」
年の瀬も近づいた12の月の25日、布団の中から窓の方を見ると、空から白い雪がはらはらと降っていた。
「寒い、布団から出たくない…」
もぞもぞと動いて布団を被り直した。今日は何も予定が無い日なのでいつまでも布団の中に籠もっていても問題はないはずだ。
この世界では異世界と同じように1年が12の月に分かれていて、1ヶ月の日数は一律30日になっている。そして毎年12の月の25日頃から1の月の5日くらいまでの10日間がいわゆる年末年始のお休みとなっていて、必要なお店以外は休んでいるところが多い。薬師たちはこの期間は大抵休んでいる。もちろん薬師ギルドはやっているので急に薬が必要になった人たちはそちらに行けばほとんどの薬が手に入るが、一般の薬屋はお休みにしているところが多い。冬の季節はそこまで薬草も採れないし、本格的な冬に入る前に薬師たちは薬を作っておくので年末年始はゆっくりお休みしている人が多いのだ。セレスも明日は当番でギルドの方に行かなくてはいけないが、本日はお休みだ。なのでもう一度寝直そうと思って布団の中にもぐり込んだのだが、正直なお腹がぐぅっと鳴った。そろそろお腹が減る時間なので致し方なくセレスは起き上がることにした。
「……気合いだぁ?」
覇気の無い声で言っても気合いは一切入らないが、それでも頑張って布団からそろりと一歩を踏み出す。
「うぅー、本当に寒い」
温かい上着を羽織り窓の外を見ると、そこは一面の銀世界だった。
「だいぶ積もったんだねぇ。後で雪だるまでも作ろうかな」
王都でも毎年雪は降っているが、ここまで積もるのは珍しい。窓の下では子供たちが楽しそうに雪合戦をやっている。この辺りは知識の中の異世界と同じだ。どこの世界でも子供は雪玉で遊ぶものらしい。
「姉様、おはようございます。起きていますか?」
コンコンと扉がノックされて部屋の外からディーンの声が聞こえた。
「おはよう、ディ。すぐに行くから下で待っていて」
「はい。居間の方はもう暖まっていますから安心して下さいね」
出来る弟は寒がりの姉の為に居間にある暖炉に火を入れて部屋を暖めておいてくれたらしい。
弟に感謝しつつ急いで着替えて下の居間に行くと、ディーンが簡単な朝食を用意してくれていた。パンと温かいスープ、それに紅茶。スープは昨日、『ガーデン』に来る時に家の料理長が持たせてくれた物らしく、温めるだけでオッケーの野菜スープだった。
「相変わらず美味しそう…、料理だけはちっとも成長しないのが悲しい…料理長みたいに作ったのに何か違う物が出来るんだよねー」
「確かに…なんでしょうね?入れる物は一緒なのに味の再現は難しいですね」
この家に寝泊まりするようになってディーンも料理長から料理を習うようになったのだが、どうしても満足のいく出来の料理が出来ない。改めて2人して料理長の有難さを実感したところだ。
「姉様は今日は何も予定は無かったですよね?」
「うん。あっても雪が酷くなるようなら外には出られないかな」
今はまだそれほど酷い雪の降り方はしていないが、さすがに出かけたくない。
「なら今日はゆっくり家の中で過ごしましょう」
「うん」
料理長が作ってくれた料理はまだあるし、外に出る用事もない。ならば今日はあそこで一日中寝っ転がっていてもいいわけだ。ちらりとセレスが見た先にはこの世界には本来なら存在しないはずの物が置いてあった。
その名は、こたつ。
食事は流石にテーブルで食べているが、居間にはくつろげるように厚手の絨毯の上にこたつが置いてある。と言っても異世界のこたつその物はさすがに再現出来なかったので、テーブルの足を切ってローテーブルにしてその上に大きめの毛布を被せてさらに天板を置いた物だ。熱源として火を出すほどの威力のない、普通ならクズ魔石として廃棄されてしまうようなちょっとだけ温かい熱を放つ火の魔石を下の天板に穴を開けて吊したハンモックの中に入れてある。温かさの調整とかは無理だったが、ゆるーく温かいのでいつまでも入っていられる物が出来上がった。
暖炉とこたつ、最高。
セレスはこの冬をとても快適に過ごしている。
これを作った時はちょうど来ていたヨシュアがテーブルの足を切ってくれたのだが、最初、ヨシュアは意味が分からないけどお嬢ちゃんが言うなら、という感じで切ってくれた。その後、こうして出来上がったこたつにセレス以外で一番最初に入る栄誉をもらい、しばらくこたつから出られなくなった。
「お嬢ちゃん、これ最高ッス」
普段扱き使われて疲れ切った精神と足が癒やされていく気がする。セレスに指示を受けたとは言え実際に作ったのはヨシュアなので作り方は覚えた。自分の家にも早速作ろう。
しぶしぶこたつから出て家に帰る途中でテーブルなどを買って帰り、すぐに設置した。
その事を翌日、友人や先輩相手に自慢しまくったところ、なぜか先輩から笑顔で膨大な量の仕事を言いつけられた。
解せぬ。
後輩に仕事を振り分けた先輩の方はと言うと、時間が空いた時にセレスの家まで来てこたつを堪能していった。
異世界の男性がこたつでくつろぐ姿にセレスは笑ってしまったが、セレス本人がすでにこたつから出られないのでその気持ちは良く分かった。
「姉様、必要な物は用意してからこたつに入りましょうね」
ディーンもこんな寒い日は一度こたつに入るとなかなか出にくいのが分かっているのでいそいそと飲み物などをセットした。
姉弟でこたつを堪能していると、窓の外の雪が朝よりもどんどん降り積もって来ていた。
そういえば、今日は12の月の25日。
異世界の知識によれば『クリスマス』と呼ばれる日だ。
「ねぇ、ディ、ここではない場所ではね、12の月の25日にはサンタクロースと呼ばれる赤い服に白いおひげのお爺さんが子供達にプレゼントを配ってくれるのよ」
「へぇ、どうやってですか?街角にそういう方がいるんですか?」
「ううん。寝ている間に枕元にプレゼントを置いてくれるの。靴下を置いておくとその中に入れてくれるのよ。ちょっと大きいものだと靴下には入らないから置いてあるだけだけど」
「…姉様、そのサンタクロースとやらはどうやって家の中に入って来るのですか?」
「煙突から入って来るの」
「……なかなかの不法侵入ですね。それに煙突から入って来るとなると煤で真っ黒になりませんか?」
サンタクロースに思い入れが全くない弟は、侵入方法を聞いて現実的な問題を言った。言われてみれば確かにそうなのだが、ファンタジーな方なのであまりそういったことは考えたことが無い。というかそもそもセレスの知識の中の異世界では暖炉と煙突がある家は珍しい時代になっていたのでどうやって家に入って来ていたのかはさらに謎だ。
「そうだねぇ、ひょっとしてこの時期に入る前に煙突掃除をしましょうってことなのかな?」
「ああ、確かに。真冬に入る前に煙突の掃除はしたいですから」
煤が付いた煙突掃除は専門の業者がやってくれるのだが、屋根に登ったりして危ないので雪が降る前には終わらせている家が多い。この家もつい先日掃除してもらったばかりだ。
どちらにせよこの世界にはサンタクロースはいないのでプレゼントが届くことはない。ちょっと寂しいがこうして弟とこたつに入って雪を眺めているのがある意味、プレゼントのようなものなのでセレスはへにゃりと幸せそうに笑った。
ーおまけー
「雪がうざいな」
「先輩、落ち着いて下さいッス!ってか何でこんなに書類があるんッスか?」
何故か駆り出されたジークフリードの執務室で書類と格闘しながらジークフリードを落ち着かせるという作業をこなしているヨシュアは、同じ作業を淡々とこなしているリヒトと共に今日も今日とて先輩に扱き使われていた。
「うぅ。お嬢ちゃんのこたつが恋しいッス」
「…ヨシュア、これ追加だ」
「は!?え!?なんでー!!?」
ちょっとのつぶやきでさらに仕事が追加された友人にリヒトは冷たい視線を送った。
「バカめ」
不用意すぎる友人に送る言葉はそれだけで十分だった。




