紅薔薇様と一緒①(200万PV記念)
読んでいただいてありがとうございます。皆様のおかげで200万PVに到達いたしました。記念のそろそろ進展して欲しい2人の話です。
セレスとジークフリードが王都に戻ってくる少し前、エルローズは私室に置いてあるソファーに座りながら手にしたチケットをどうしようかと悩みながら眺めていた。
久しぶりに会った友人が直筆の手紙と共に寄こした観劇のチケット。
指定された日時は本日の夕方で、お店のお針子たちによると今王都で最も人気のある物語なのだそうだ。
素直になれない幼なじみの男女の想いがすれ違って一度は離れてしまったけれど、再び出会って結ばれる、簡単に言うとそんな感じの内容とのことだった。
「……リドはわたくしに何の恨みが…?」
よりにもよってそんな内容の劇を見知らぬ男と一緒に見てこい、という王命が下った。
手紙には、男性の名前こそ書かれていなかったが、彼に会うことがエルローズの将来の為になる、絶対に見に行け、と書いてあった。
無視しても怒られないだろうが、国王陛下のある意味心遣いを無視するようなマネはしたくない、でも、ジークフリードが何か企んでいそうな気がしてならない、という葛藤をここのところずっとしていた。何度もチケットを手に取っては何となく揺らしてみたりもしたのだが、全く意味のない行動でしかない。
「この手の劇だとカップルの方が多そうですわよね」
しかも夕方からの部なので余計に男女で来ている人たちが多そうだ。そんな中で独り身の自分が、相手の男性が来なくて1人で見ていても、見知らぬ男性と2人で見ていても社交界に小さな波紋の1つくらいは立ちそうだ。
それなりにいい年齢なので、もはや行き遅れと言われても否定はしないが、行き遅れなりに自分の身を守る術は心得ている。まず第一に、見知らぬ男性と2人っきりにならないこと。見知った男性でも必ず侍女は付けること。思わせぶりな態度を見せないこと。
今まではそれらをきっちり守って、全ての求婚や告白は断ってきた。
「仕事が楽しくて当分、そちらに集中したいんですの。それに、わたくし、結婚してもお仕事を続けたいんですの。幸い、国王陛下も応援して下さっておりますし」
笑顔でさらっとそう言えばほとんどの男性は逃げ腰になって近寄っても来なくなる。言葉の中に入れた国王陛下の4文字は害虫駆除的にはいいのだが、結婚相手を探すとなると0点の言葉だ。
「……仕方ないわね」
あまり乗り気にはなれないが、せっかく国王陛下が用意してくれたチケットなのだ。誰が来るのかは分からないがジークフリードがエルローズの不利になるようなことをするはずがないので、ほんのちょっとの好奇心と共にエルローズは劇の時間に間に合うように仕度を始めた。
「……まさか誰も来ないとは思いませんでしたわよ、リド」
劇場に着くと知り合いが何人もいたので劇が始まるまではそういった人たちとおしゃべりをしながら待っていた。多くは恋人や家族で来ていて1人で来ているのはエルローズくらいだったので、気を遣った人たちがエルローズを1人にしないようにずっと一緒にいてくれたのだ。だがそれも劇が始まるまでで、劇が始まったらエルローズはボックス席に1人でポツンと座っていた。
劇の内容がそれなりに面白く、役者たちも上手な人たちばかりだったのでまだ良かったが、帰ったらジークフリードに絶対文句の手紙を送りつけようと決めた。
ようやく劇の幕間の休憩時間が来たのでロビーに出ようと思い、ボックス席の扉から出たところでエルローズは懐かしい声に呼び止められた。
「おや?エルローズ嬢ではありませんか?お久しぶりですね」
そこにいたのは背が高く、どちらかというと筋肉質な肉体を持つ青年だった。
「まぁ!本当にお久しぶりですわ。お元気でしたか?ストラウジ卿」
「はは、見ての通りです。貴女は相変わらずお美しいですね」
「お上手ですわね。貴方もますます精悍になられて…!」
そこまで言ってお互いに小さく、ぷっと吹き出した。
「あはははは、ローズはともかく、俺にこんな言葉使いは似合わないなぁー」
「そうでもなくてよ。マリウス、貴方、学生時代よりはまともになったのではなくて?」
エルローズにとって、マリウス・ストラウジは学生時代に同じ生徒会の役員として活動していた友人の1人だった。家は子爵家だったはずだが、ストラウジ家は手広く商売をしている裕福な家だった。それも当主や一族の者が男女問わず自ら新規開拓と称してあっちこっちに行ってしまう家らしく、学園を卒業した後はマリウスもどこかに商売をしに旅立ったと聞いていた。
「いつ王都に帰っていらしたの?」
「3日くらい前だよ。それまではずっと砂漠の国で新しい店を出したり商品の仕入れに行ってたりしたんだ。そうそう、砂漠の国でもローズのドレスは話題になっていたよ。ローズにはあっちの国の民族衣装や布地をお土産で買ってきたんだ、明日にも届けさせるよ。ちょっと量が多いかも知れないけれど、地域で形や模様がけっこう違うからついつい面白くて色々買っちゃったんだよね。ローズのお眼鏡にかなう物なら仕入れようと思っているからぜひ感想を聞かせてくれ」
この辺りのやり方はとてもスムーズだ。お土産はエルローズの負担にならないように商売に結びつけているし、断る隙も与えずにエルローズの元に届くように手配しようとしている。
どっかの誰かとは大違いだ。
ジークフリードからのお土産を持ってくるはずの宰相閣下はまだ姿を現さない。
1つ年下の青年は、お土産を渡すという簡単な任務でさえ出来ないでいる。それでも国王陛下の信頼の厚い出来ると評判の宰相閣下か!と言いたくなってしまう。
「ところでローズは1人なのか?」
「ええ、そうよ。リドが席を用意してくれたんですけど、ここでリドのお知り合いの方と待ち合わせだったんです。ですが、相手の方にすっぽかされてしまったようですわ」
「へぇ、リドの斡旋によるお見合い?」
「どうかしら?わたくしの将来の為になるから必ず行け、という手紙が来ましたの。それともリドが用意したわたくしの相手は貴方なのかしら?」
偶然の出会いだと分かっているからこそ言える言葉だ。もし、ジークフリードが用意した相手がマリウスならばもっと話はスムーズに進むだろうし、まず第一に屋敷まで馬車で迎えに来てくれていただろう。
「残念ながら、俺も妹に急遽付き合わされてきたんだ。婚約者が急な用事で来れなくなったらしくてね。帰ってきたばかりだというのにこうして駆り出されたわけだ。そのおかげで久しぶりにローズにも会えたから、まあ、付き合って来て良かったよ」
「おほほほ、わたくしの方は待ち人来ず、というやつですわ」
「……本当に誰も来ないの?」
急に真剣な顔をしたマリウスがそう聞いてきたので、エルローズは「え、えぇ」といって頷いた。
「そう…なら、俺でもいいんだよね」
「?何がですの??」
マリウスの言葉にエルローズは意味が分からない、という表情をした。そんな風に表情が豊かなところは昔から変わらない。特定の誰かさんにだけ『愛しい』という感情が隠しきれていない表情を見せていたのに、そいつがいつまで経ってもうじうじしているのなら、その感情をこっちに向けてもらえるように努力してもいいわけだ。
「ローズ、よければこの後、一緒に食事でもどう?」
マリウスの誘いにエルローズは「もちろん喜んで」と答えた。
エルローズにしてみれば、久しぶりに会えた友人、それもつい先日まで外国にいた友人の誘いを断る理由などないし、このまま誰も来ないのならば劇が終わればさっさと帰るだけだ。ここのところ仕事が忙しくてあまり外食もしていなかったので、息抜きにもちょうどいい。
「よかった。なら後で迎えにくるから席から動かないでくれ」
約束をしたところで係の人間が席に戻るように促している声が聞こえたのでそのままエルローズとマリウスは一度別れた。少し離れた場所でマリウスが小柄な女性と合流していたので、恐らくその女性が妹君なのだろう。
「うふふ、相変わらず面倒見の良い方ですこと」
1人でボックス席に戻ると、エルローズはマリウスのことを思い出して笑ってしまった。たった1人で劇だけ見て帰るのもつまらないと感じていたところだったのでマリウスの誘いは嬉しかった。
エルローズが1人で思い出し笑いをしているとすぐに劇の後半が始まったのだが、この後の約束があるせいか先ほどより楽しんで見れるようになった。
やがて、クライマックスのシーンが近づいてきて、すれ違う男女に周りの人間たちがやきもきしているシーンに入った時、エルローズがいるボックス席の扉が静かに開いた。
あら?今頃ですの??
どうやらジークフリードの言う、エルローズの将来の役に立つ男性とやらが到着したらしい。エルローズが静かに振り向くと、そこにいたのは忙しいはずの宰相閣下―リヒト・ティターニア公爵が驚いた顔をして立っていたのだった。




