次女と香水①
読んでいただいてありがとうございます。ちょっとずつしか進まないかもしれませんが、お付き合い下さると幸いです。
セレスとその同期の薬師仲間たちは、ギルド長に直談判をして、見事にギルド長直々の香水作り教室の開催にこぎ着けた。
当日、ぞろぞろと若手の有望株たちが香水作りの道具を持って調合室に入ってきたのを見て、そこで香水を作っていた見習いたちが不思議そうな顔をしていた。
自分たちは飽きるほど香水を作っていて、何なら早くそこから卒業して薬作りをしたいと言うのに、先輩たちがそれはそれは嬉しそうに香水作りの道具を丁寧に並べていっている。何をやってるんだろう?という疑問を持ってしばらく見ていたら、ギルド長がやってきて香水作りの基本講座が始まったのだ。
え?今更習ってんの??あの人たちにはもう要らないのでは…?などと思って聞いていたのだが、受講生もギルド長もものすごく真剣な表情をしていた。午前中が座学で、午後から実践で作っていっていたのだが、香水なんて匂いの元になる花や草を液体に混ぜて作るだけ、と思っていた見習いたちとは違い、彼らは次々に「あれ入れてみようぜ」とか「こっちの薬草、この間、この液体に入れたらすっごい匂いがしたんだよ」とか言いながら、今までに入れた事のない薬草や匂いのある花や草を次々に投入して二度と再現出来ないのでは…!?と思うような香水を次々に完成させていった。
ギルド長も交じって真剣に香水作りをしている先輩たちを見て、今までいい加減な気持ちで作っていた自分たちは恥じ入るばかりだった。
「あ、やっぱりこっちで正解だった」
香水作り教室からしばらくの間、セレスはひたすら家で香水作りをしていた。しばらくは急ぎの薬の納期もないので、毎日いかにして良い匂いを引き出すか試行錯誤の日々だった。おかげでセレスが身につけるには大人っぽい匂いの香水やちょっとエキゾチックな匂いのする香水などいくつかの試作が出来たので、今日はユーフェミアに試食ならぬ試香をしてもらう事になっている。
今作っているのは、幻月の花の香水だった。大量に匂いを嗅ぐと死者が見えてしまうが、花粉をきちんと取って花びらから香水を作るくらいなら全く問題はない。問題なのは、一つ一つの匂いが薄すぎてなかなか精油が作れない事だった。村では花は必要ないので、自然に生えていた幻月の花と村からもらった花を使って精油を作ろうと思ったのだが、他の草花と違い、精油作りに一番手間暇がかかった。
基本的に群生している花なので、外では自然に香る匂いが爽やかな感じがして良かったのだが、潰した時には少しむせるくらい強い匂いを放った。だが精油にしようと思ったら今度は匂いが少し甘い感じに変化して、しかも薄いので何というか中途半端な匂いになった。
一回では匂いがほとんど出なかったので、どうしたものかと試行錯誤した結果、幻月の花の、一度乾燥させた後、水に入れておくとその水を吸って元の瑞々しさを取り戻すという謎の特性を発見した。そこで作った精油をポーションに混ぜて幻月の花専用の精油ポーションを作り、そこに乾燥させた幻月の花を一晩入れて精油ポーションを吸わせて、その花からまた精油を作って、というのを10回ほど繰り返してようやく幻月の花の匂いがしっかりと入った精油が出来上がった。それを調香していくつかの幻月の花がベースの香水が出来たので、花街のお姉さんたちにちょっとお試ししてもらおうと思っているところだ。
「姉様、そろそろ出かける時間ですよ」
ひょいっと顔を出したのは、本日学園がお休みになったというディーンだった。休みの度にディーンはセレスのいる『ガーデン』に入り浸っている。一度、家の方は大丈夫なのか聞いてみたところ、相も変わらず両親の関心は長女にしかないので問題無いとの事だった。自分も家出した身なのだが、ディーンも両親や姉の事は放置、というか家族としては見ていない気がする。
今日はセレスが花街にある吉祥楼まで香水や薬を持って行くというので一緒に行って挨拶をしたいのだそうだ。
「ここ数日ですごい匂いになりましたね。ちゃんと換気をして下さいね」
容赦なく窓を全開にして空気の入れ換えをおこなっている姿を見ると、どっちが年上なのかわからなくなる。一応、こちらが年上のお姉さん、のはずだ。
「ソレ、何ですか?」
ディーンがセレスが手に持っている小瓶に興味を持ったのか中身を聞いてきたので、セレスは少しだけ左の手首に香水を垂らした。
「幻月の花を使った香水なの。でも、どちらかというと大人の夜の女性向きな気がする」
花の香りに混じって少しねっとりした感じの匂いが纏わり付く。幻月の精油は、混ぜるものによっては完全に匂いが消える場合がある。匂いを消さないように色々な物で試したうちの一つなのだが、これは花の香りの中にどろっとした感じを受けるので、昼間向きの匂いではないかな、夜向きかな、と思った香水の一つだった。
「……?昔、どこかで似たような匂いの香水を嗅いだ事がある気がします。ただ、ちょっと嫌な感じの匂いだったかな、というような記憶があるのですが…」
「これと似たような匂い??でも、幻月の花の香水は売ってないはずなんだけど…。ディが嫌いならすぐに落とすね」
「あ、いいえ、姉様。この匂いは別に大丈夫です。似たようなものですが、もっとねちっこくてどろっとした感じで纏わり付いて…執念、というかそういったものを匂いにしたらこうなるんだろうな、という感じです…すみません、多分、あまり記憶にもないくらいの幼い頃だと思います。ただ、匂いの感想だけ覚えてるって感じなので、気にしないで下さい。僕としては、姉様にはこの香水は似合わないかな、と思います。姉様は、もう少し控えめな華やかさと静かな感じの匂いがする香水がいいと思います」
「さすがに自分でもこの香水は似合わないとは思ってるよ。こういう香水は華やかな人が身につければ匂いに負けないと思うけど…私だと匂いに負けちゃう」
セレスは自分の左の手首の匂いを嗅いだ。この幻月の花の香水を作る時に頭の中に思い浮かべたのは、エルローズやユーフェミアなどその場にいるだけで華やかな雰囲気を持つ人ばかりだった。あと、アヤトとか。でも実際に作ってみたら、もっと感情が深い人が付けるような香水が出来上がった。なかなかイメージ通りの香水を作り出すのは難しい。
「さ、姉様、そろそろ仕度なさって下さい。約束に遅れてしまいますよ」
「そうね。少し待っててくれる?この匂いも落としてくるから」
調剤室から出かける準備の為に出て行ったセレスを見送ってからディーンはさきほど嗅いだ香水の事を思い出した。
「付けていたとしたら、母上かそのお友達か……ソニア?」
嫌な記憶しか残っていない匂いだが、なぜか同じようにまだ子供だったはずの長姉の姿が思い浮かんだ。




