王と王妃⑦
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アルブレヒトは王妃の部屋に入るのを医師に止められたが、さすがにジークフリードが止められることはなかった。
ヨシュアを扉の外に残し寝室に入ると、ユリアナはベッドの上で上半身を起こしていた。
ジークフリードも久しぶりにこの部屋に入った。
夫婦ではないので基本的に入らないようにしているが、過去に何度か必要に駆られて入ったことはあった。
もちろん、ユリアナと子供たちのことなどを相談しただけで、男女間のアレコレは一切ない。
部屋の中は、ユリアナの好みに合わせて白を貴重とした上品な家具で纏められており、少しだけ甘い花の香りが漂っていた。
その匂いにしても、強烈だった魅了の香水のようにねっとりと纏わり付くような感じではなく、本当に軽く匂う程度の良い香りだった。
「倒れたと聞いたが、大丈夫なのか?」
「まぁ、陛下。心配してくださるのですね?」
「あぁ、もちろんだ。貴女は兄上の妻だった人で、アルとルークの母だからな」
「ふふ、陛下らしいお言葉ですわね」
ふわりと微笑むユリアナの顔色はそんなに悪くない。
もし、毒を飲んだのだとしても、この様子だとそこまで強い毒ではないのだろう。
「毒の可能性があると聞いたが」
「わたくしも医師からそう言われました。ですが、わたくしを狙ったところで、何の意味もないと思いませんか?」
「貴女は王妃だ。意味はあると思うのだが」
「いいえ、ありませんわ。わたくしが死んでも、すでにアルブレヒトがいますし、陛下の愛する方は別にいますものね」
「それは……」
「仕方ありませんわよね。彼女は『ウィンダリアの雪月花』、王家の男は惹かれずにはおれませんもの」
ふふふ、と笑うユリアナは、セレスに対して何の悪意も抱いていないように見える。
けれど、彼女は幼い頃から将来王妃になるようにしっかり教育されて育っている。
笑顔なのに心の中では全く逆のことを思っていることなど、当たり前の世界で育った女性だ。
「……ユリアナ」
「ジークフリード様は、フィルバート様がどうして彼女に惹かれたのだと思いますか?彼女は『ウィンダリアの雪月花』ではなかった。思いっきり甘やかされて育ったただの子爵家の少女。それでも、フィルバート様はあの子と共にあることを望んだ。自分がそのために王になることも出来ず、命を落とす可能性があると理解していても……」
「ユリアナ?」
フィルバートは、ユリアナの夫だったジークフリードの兄の名前だ。
そうである以上、ユリアナの言う彼女とはリリーベル・ソレイユになる。
だが、何故、急にそんなことを言い出したのか。
突然始まった兄に対するユリアナの想いの吐露のような話に、ジークフリードは嫌な予感に襲われた。
けれど、この場を離れることは出来ない。
それをしてはいけないのだと、本能がそう言っている気がする。
「フィルバート様にはわたくしという妻がいて、二人の子供たちもいた。王太子として責任感を持っていらして、次期国王として何の落ち度もなかった方でしたわ」
その通りだ。
ジークフリードがかつて活躍した先祖にそっくりだからという理由で彼を推す勢力もあったが、フィルバートは王太子に相応しい人物だった。
フィルバートが次代の国王となることに何の不安もなかった。
「けれど、フィルバート様はあの女の傍を離れなかった。あのなり損ないの傍を。それこそ、王家の呪いのような想いが為せることなだったのでしょうね」
「なり損ない?リリーベル・ソレイユが?何のなり損ないだというんだ?」
ドクリドクリと心臓の鼓動が聞こえてくる。
これはきっと、兄が陥った状況の真実の一つだ。
何故ユリアナがそんなことを知っているのか。
ユリアナが十年かけて調べた結果なのか、それとも十年前に関わっていたからこそ知っていることなのか。
疑問は色々あるけれど、それは全て後だ。
今は彼女の一言一句を何一つ聞き逃さないように、ジークフリードはユリアナの言葉に集中した。
その姿を見て、ユリアナの心の中は歓喜に沸いていた。
ジークフリードが、決してユリアナを見ることのなかった愛する男性が、今この瞬間だけは彼女のことだけを見ている。
ユリアナの言葉だけを聞いている。
それは何て心地良くて、嬉しいことなのだろう。
一度知ってしまった以上、決して失いたくない。
「ふふ、ジークフリード様、『ウィンダリアの雪月花』は時代が下がることに、本家から遠ざかった分家の血筋に生まれることが多くなっていってることはご存じでしょう?」
「……あぁ」
「ナーシェル様も、そして、アリス様も」
「アリス嬢のことも知っているのか」
「もちろんですわ。先王陛下と王太后様が隠していらしたようですけど、それでも、秘密というものは漏れますもの。ノクス家は一応、四大公爵家の一つですわ。もっとも、あの方は幼くして亡くなられたから、あまり問題にはならなかったようですが。そのお二人は、ウィンダリア侯爵家からは遠い分家の分家のそのまた分家みたいな家に生まれたわ。本家が管理出来ていた分家はともかく、その血筋ごと行方不明になっていた家だってあったのでしょうね。中には愛人との間にこっそりと子供を作っていた者たちだっていたようですし。ふふ、いくら雪月花が生まれる家だといっても、彼女たち以外はしょせん普通の貴族でしかないから、やることは他の貴族たちと一緒なのよね」
「何が言いたいんだ?」
「肝心なお話はここからですわ。自分がものすごく薄くでもウィンダリア侯爵家の血を引いているなんて知らない女性の一人が、とある男性と恋に落ちた。家は誰もが知っているくらい大きな商売をしていて、最盛期に比べるとその規模は落ちてきているけれど、生涯に渡って彼女を養っていけるくらいのお金持ちの子爵家。婚約者がいようが、彼の祖父が反対しようが二人の気持ちが通じ合っていたから、逃す気はなかったみたいですわね。そもそも婚約者の女性とは上手くいっておらず、彼は彼女の依存するようにべったりになったわ」
「まさか……」
「彼女には娘が一人いて、その娘を男は可愛がってくれた。それはもう溺愛するほどに。やがて男は母娘に夢中になり、彼の妻が亡くなった後、すぐに再婚して正式な妻となったのよ。彼女は子爵夫人となり、娘共々、豪華な子爵の家で暮らし始めた」
「それがソレイユ子爵家で、その娘がリリーベルか」
ユリアナは肯定も否定もせずに、その話の続きを話し始めたのだった。




