王と王妃⑤
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王太子であるアルブレヒトは、ユリアナが原因不明で倒れたと聞いてすぐに母の部屋へと向かった。
だが医師から、万が一アルブレヒトまで倒れたら大変なことになるから、と言って母に会うことを止められた。
毒であった場合、部屋にまだ残っている可能性もあるから、と。
息子ではあるが同時に王太子でもあるアルブレヒトは、自分の重要性をよく理解していた。
確かにここで自分まで倒れるわけにはいかない。
そして同時に、今現在王宮を不在にしている国王に戻ってきてもらわなくてはいけないことも理解していた。
アルブレヒトの友人である少女と出かけている国王だが、さすがにこのまま不在はまずい。
いくら少女が王家が一番に考える『ウィンダリアの雪月花』であろうとも、戻って来てもらわなければ。
そう思い、急いで宰相室に行くと、宰相のリヒト・ティターニアと一緒にヨシュアがいた。
叔父の色々な面を気軽に教えてくれる青年だが、いつも叔父に怒られている青年でもある。
「宰相、ヨシュア、話は聞いているか?」
「はい。王妃様が倒れられ、それが毒かも知れないという報告が上がって来ています」
「あぁ、母上の元に行ってきたが、万が一があるかも知れないと医師に止められて会えなかった」
「殿下には申し訳ありませんが、医師の言葉通りです。我々も殿下に万が一があってはならないと考えます」
「……そうだな。私ももし同じ状況になったら、そう思うだろう。それは仕方がない。母子であるが、私は王太子だからな。だが、叔父上に、国王陛下にお戻りいただかなくてはいけないと思う」
「はい。ですから、今からヨシュアを走らせます」
リヒトがヨシュアを見ると、ヨシュアがにへらと笑った。
こんな時に不謹慎かもしれないが、いつもと変わらないその姿に、アルブレヒトは少しだけほっとした。
「頼む」
アルブレヒトの言葉に、ヨシュアはいつも通り軽い言葉で返答した。
「はいはーい。最速で飛ばして行ってくるッスよ」
「セレスは……」
「もちろん、置いてくるッス。ある意味、お嬢ちゃんが向こうにいてくれて助かったッス。ヒルダ様に任せておけば、身辺は安全ッスからね」
ヒルダの名前にピクリと反応したのはリヒトの方だった。
「リヒトはヒルダ様、苦手だもんなー」
「うるさい。私は文系の人間なだけだ」
「剣を使えないなら文字通り盾になれって言われてたもんな」
どうしても剣を扱うのが苦手だったリヒトに、笑顔で、いざという時はその身で陛下の盾になりなさい、と言ったのがヒルダだった。
苦手と言ってもそこそこは使えるはずなのだが、ヒルダにしっかりしごかれた後に言われたのが、その言葉だった。
「あの剣術バカ……失礼、剣に生きるような方からすれば、ほとんどの人間が使えないだろう。お前はそれなりに認められていたんだから、一人で行け」
「わお、おーぼーだー。まぁ、一人の方が気楽だからいいけど。ではアルブレヒト殿下、すぐに陛下のとこに行って来るッスよ」
「気を付けて」
「優しいッスねぇ。誰かさんたちと違って。ああ、なんでその優しさのほんのちょびっとでも先輩たちに備わってないんッスかねぇ?」
「とっとと行け」
「友人にも備わってなかったッス」
おどけた態度を取ると、ヨシュアは元気に宰相室から出て行った。
「これで陛下にヨシュア、セレスティーナ嬢にヒルダ様という護衛が付きました。殿下には」
「私は要らない。通常の護衛だけでいい。おそらく、私には手を出してくることはないだろう。『ウィンダリアの雪月花』、その関係者から私は除外されている。何せ、ただの友人枠だからな」
「それが良いことなのか悪いことなのか……少々、複雑な気持ちになりますね」
「女神に選ばれなかった男ということにもなるからね。だが叔父上やルークを見ていると、もし私までセレスに恋をしていたら王家そのものがどうなっていたのか分からないよ。だから、これでいいんだ。私は凡庸な王族でいい」
「凡庸、ですか」
その言葉からはほど遠く思える王太子なのだが、叔父であるジークフリードが国王になるまでの経緯が激動過ぎたのと、騒動を収めるために行った諸々のことを考えると、それを間近で見ていたアルブレヒトが自分を凡庸だと思っても仕方がないのかもしれない。
当代が優秀すぎると次代が苦労する。
かつてリヒトが同じような思いを味わった。
何を考えているのか理解しづらい父と女装趣味の兄、それでいて二人とも自分とは比べものにならないくらい、ある意味天才と言える人物だ。そんな二人を家族に持ったリヒトは、彼らと自分を比べていつも自己嫌悪に陥っていたものだ。
ヨシュアにグーで殴られて、いくら優秀でも俺はあの二人とは友達になれねーよ、お前だから友達になったんだ、と言われて、初めてちょっとだけ自分を好きになった。
言った本人は、こんなこっぱずかしセリフ言わすなよー、と言って身悶えていたが。
アルブレヒトは、『ウィンダリアの雪月花』というある意味、王族の憧れの存在に関わった叔父と弟を眩しく感じているのかも知れない。
「殿下、では凡庸な我らは、ここで出来ることをいたしましょう」
「……そうだな」
リヒトは、友人が出て行った扉の方を見た。
「……ヨシュア、私はお前のことも羨ましいと思っているのだよ……」
小さく呟かれたその言葉もまたリヒトの本心だった。




