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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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王と王妃③

11月25日に小説の6巻&コミックスの1巻が同時に発売されます。よろしくお願いします。

「先輩、王都から追加の情報が来てるッス!」


 ヨシュアが上空を見ながらそう言ったのでジークフリードも上空を見ると、見慣れた連絡用の鳥が近付いて来たので走らせていた馬を止めた。

 ヨシュアは、自分の腕に器用に止まった鳥の足から小さな紙を取ると、すぐに確認してジークフリードに渡した。


「……今のところ犯人は不明。だが、ユリアナの命に別状はなく、今は部屋で休んでいる、か」


 ジークフリードは、ユリアナが無事でほっとした。

 王と王妃だが夫婦ではないという前代未聞の間柄ではあるが、この十年、共に王国を支えてきた仲だし、なにより彼女は兄の妻であった女性だ。

 無事だと連絡が来て、本当によかった。

 

「良かったッスね」


 同じ様に心底ほっとしている様子のヨシュアを、ジークフリードは意外に思った。


「お前はユリアナを嫌っていると思っていたが」

「嫌いッスよ。自分の旦那さんの暴走を止められなかった人ッスから。でも、だからと言って、苦しんでほしいとかは思ってないッス」

「まぁ、兄については弟である俺も同罪だな」

「一応、先輩は自分の手で決着を付けたッスから。でも、本当にあの人、何を考えているんッスかね?十年前も今も」

「……正直、分からん。あの時は必死だったし、色々あってそこまで考えられなかったが、冷静に考えるとおかしな状況だったよな。ユリアナは兄さんとリリーベル・ソレイユのことは知っていたはずだ。兄さんが暴走していることも」

「夫婦仲が悪かったってことはなかったッスか?」

「二人の仲がこじれているという話は、一度も耳にしたことがない。政略結婚だったが、仲の良い夫婦だったと思っていたんだが……」


 それは表面だけの話で、内実は違っていたのかもしれない。

 けれど、だからと言って王太子である自分の夫の破滅を望む理由が分からない。

 兄がいなくなれば、自分の立場だって危うくなる。

 まだ子供だったアルブレヒトを王位に就けて、自分が政治を意のままに操るという野心でもあればまだ分かるのだが、いずれアルブレヒトが王位に就くという条件とはいえ、一時的にジークフリードが王位に就くことに反対するどころか真っ先に賛成していた。

 そして、王妃という役割に就くことも。

 そのことで父親のノクス公爵と少しもめていたようだが、最終的にノクス公爵もその案に賛成した。

 ノクス公爵にしても、あの時点で強引にアルブレヒトを王位に就けて自分が権力を握ろうとしても、他の三公爵家が反対に回りアルブレヒトではなくジークフリードを擁立しただろうから結果だけを見ればおそらく変わらない。

 むしろユリアナを排除されて、アルブレヒトの立場をなくすことにもなりかねなかった。

 それを考えれば、ユリアナが王妃になりアルブレヒトが王太子の地位に就き、ジークフリードがアルブレヒトの成人したら王位を譲るという約束をしたことで、ノクス公爵はひとまず様子見の体制に入った。

 ジークフリードにしても、あの混乱の中で高位貴族まで動き始めると国そのものが揺らいでいただろうから、四大公爵家が味方に付いたのはありがたかった。

 だからこそ、ユリアナのことは亡き兄の妻として不自由のないようにしてきたつもりだ。

 

「おかしいと言えば、先王陛下と王太后様もッス」

「父上と母上か」

「いくら陛下の体調が悪かったとはいえ、当時は国王と王妃ッスよね。あれだけ問題になっていたッスから当然、お二人もリリーベルのこととか知っていたと思うッスよ。でも、動かなかったッス。自分の息子を見殺しにしても、動かなかったッス」

「そうだな」


 以前、母は兄のことを残念そうに語っていたが、そこに、自分たちが止めていれば、というような後悔の念はなかったと思う。


「……試金石、か……?」

「国王として相応しいか試したってことッスか?でも、そのお試しで何人もの学生たちが犠牲になっていいことはないッス。むしろ、犠牲になるなら責任のある大人だけで十分ッスよ」

「そうだな。ひょっとしたら子供が犠牲になることまでは見えていなかったのか……何にせよ、二人は動かなかった。その結果があれだった。過去は変えられない以上、それが全てだな」

「今更、当時の責任云々を追求するつもりはないッスけど、俺からしたら先代の国王夫妻も信用出来ないッスよ」

「あぁ、それでいい。お前はセレスを守れ。それがどんな人間相手だろうが、だ」

「はいはい。上司命令ッスから」

「そうだ、今この時を以て命令する。お前が守るべきは『セレスティーナ・ウィンダリア』、『ウィンダリアの雪月花』の名を持つたった一人の少女だ。俺がこれから先、国王としてどんな命令を下そうとも、お前の生涯に渡る最優先命令は今、この時の命令だ。これは解除されることはない。いいな」

「何か不吉ッスよ、そういう言い方」

「……正直、何が起こるのか分からないからな。俺がミスをして兄のようになったら困るだろう?今、ここには俺たち二人しかいない。誰にも知られないうちに、明確にしておこうと思ってな」


 ジークフリードの言葉に、ヨシュアも真剣に返した。


「了解いたしました。『セレスティーナ・ウィンダリア』嬢を守ることを最優先事項にいたします。これから先、陛下よりこの命令に反する命令を受けたとしても、私は彼女を守ることを優先いたします」

「それでいい。頼んだぞ」

「はッ!」


 アヤトにもオースティにも守るべき大切な人や家族がいて、彼らは公爵家だって守らなくてはいけない。もちろん、セレスのことだって守ろうとするだろうが、限界がある。セレスただ一人を守ろうとする者がいた方がいい。

 その点、ヨシュアが守るべきものは上司命令ただ一つ。

 そのたった一つの上司命令は、解除されることはない。

 ジークフリードはヨシュアを一生縛ることだと分かっていても、その命令を下したのだった。

 

 

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― 新着の感想 ―
つまりジークフリードが薬で操られてセレスを害するような命令を出したとしても、少なくともヨシュアは絶対にセレスを守るために動いてくれるということですね これを先見の明というのか虫の知らせと言うのか分かり…
ちょっと不穏な、というか不安というか・・・ ジークさん、妙なフラグを立てていませんか? 王妃の望みを知らない状態でこの命令。 気になります。
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