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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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【小説6巻&コミックス1巻、同時発売記念】王立植物園

オーバーラップ文庫さんより、小説の6巻とコミックスの1巻が2025年11月25日に同時に発売されます。こちらは、発売記念の番外編になります。時間軸はまだセレスとジークが王都にいた頃、幻月の花を見に行った後くらいの話です。なので、セレスにとってジークさんはまだ師匠のお友達。

 王立植物園は、入場料さえ払えば誰でも簡単に入れる。

 入場料もそんなに高くはないので、王都の人間にとっては気軽に行ける憩いの場だった。

 さすがに王立だけあって、園内は綺麗に整えられているし、散歩出来るように道も設備も整えられている。

 植物園内には、気軽に食事が出来る場所もあれば、園内の美しい庭園を見ながら食事を楽しめる本格的な少しお高めのレストランもある。

 夜は植物がランプで照らされるので、それもまた幻想的で美しいと評判だ。

 多くの王都の人間にとって、植物園はその美しい花々や木々を眺めてのんびり楽しむ場所だった。

 極一部の人間を除いて。

 その極一部に所属するセレスは、植物園を管理している役人と交渉の真っ最中だった。


「確かに眠り草の相場はもっと上ですが、今年は森の方でも豊富に採れているんですよ。それに眠り草は鮮度が命なので、これだけの数があると帰ってからすぐにギルドにいる薬師全員で今日中に薬を作ってしまわないとせっかくの良質な眠り草が無駄になってしまいます。その間は当然、他の薬作りは止まってしまいます。その手間暇と人件費を考えたら、これくらいの仕入れ額じゃないとギルドとしても困るんですよ」

「しかし、こちらとしても作るのに肥料代などもかかっていますので、もう少し……」

「でしたら、この値段でいかがですか?」

「いいでしょう。では次は……」


 植物園の園内で育てられている植物の中には薬草なども含まれていて、月に一度、薬師ギルドの卸している。

 そのお金は植物園の維持などに使われているのだが、それなりの金額になるので、初めの頃は植物園の隅っこでこっそりと育てられていた薬草たちも、今では堂々と育てられている。

 薬草と言っても植物の一種ではあるので、美しい花を咲かせる物もあり、ちょっとした花畑のようになっている。

 薬師ギルドでは担当を持ち回りで行っており、今回はセレスが担当として交渉に当たっていた。

 アヤトの、薬を作るだけでは生きていけないでしょう?少しは社交性も必要なのよ、という言葉で、薬師たちが毎回、がんばって交渉している。

 薬草の価値を一番理解しているはずの薬師たちなのだが、交渉が下手すぎてギリギリの線になる者もいるが、一応、王立植物園なので極端な値上げまではしない。

 これがタチの悪い冒険者や商人に引っかかると、相場の何倍もの値段で買わされることもあるので、いい練習にはなる。

 職員の方も分かっているので、けっこうギリギリの線を攻めてくる。


「……では、今回は以上でよろしいでしょうか?」

「はい。これで終了です。しかし、お嬢さんは交渉が上手いですね。先月の方より手強い」


 お互い納得のいく値段交渉が出来たので、担当の初老の男性はにこにことしていた。

 ちなみに先月の担当者はセレスよりも年齢が上の先輩薬師だった。基本的に黙々と薬を作り続けることが出来るタイプの人間な分、人付き合いは苦手という薬師のイメージそのもののような先輩だ。

 知識は確かだし、指導をお願いすれば丁寧に教えてくれる良い先輩なのだが、同じギルドに所属している人間ならともかく、外部の人の前に立つと途端に口下手になる。


「一番上手いのはギルド長さんだけどね」

「うちの師匠は別格ですよ」

「おや、アヤト様のお弟子さんでしたか。あの方は昔っから交渉がお上手でね。気が付いたらアヤト様の言う通りの値段で売ってしまうことが多くて、うちの職員の若手だと少々危ないんですよ。なので、アヤト様が相手の時は、ベテランが担当するようにしています」

「貴方も師匠担当のお一人ですか?」

「はい。私もここに勤務して長いので。普通、お嬢さんのような年齢の方だともうちょっとやりやすいんですが」


 職員がくすりと笑ったので、セレスもにこりと笑っておいた。


「私の同期たちはもっと鍛えられていますよ」

「ほう。それは面倒……優秀な方々なんですね」

「ふふ、私は交渉が苦手な方です」


 同期たち曰く、セレスと一緒にいると何かと鍛えられた、らしいのだが、そこに交渉術まで入っている理由が解せない。まぁ、彼らの人間性には影響がない範囲の出来事だとは思うけれど。

 

「来月はもう少し楽な方を希望したいですな」

「あんまりやり過ぎると、師匠が出てきますよ」

「アヤト様に対抗するためには、国王陛下にお出ましになっていただいた方がいいですかなぁ。王立植物園なので、最高責任者は国王陛下ですから」

「陛下と師匠の交渉ですか?うーん、想像が付きません」

「陛下とアヤト様は同じ年齢なので友人関係なのですが、さすがに陛下が薬師ギルドに来られることはありませんか」

「そうですね。師匠のお友達は、冒険者の方とか商人の方とかが多いですね」

「なるほど。お嬢さんもいつか陛下にお目にかかることがあるでしょう。格好良いですぞ」

「格好良いですか」

「陛下はいつも仕事に真面目に取り組んでおられるのですが、その姿がまた格好良いと若い娘たちがわーきゃー騒いでいますな」

「もしお目にかかる機会があるとしても、きっと緊張でそこまで認識出来るかどうか……」


 セレスは国王に謁見する自分というものを想像してみたが、マナーのことで頭がいっぱいになって、たとえ言葉を交わしたとしても覚えていられる自信はない。


「ははは、素顔は気の良い青年ですぞ。その時は気負わずに話をするといいでしょう」

「はい。ありがとうございます」


 セレスは知らなかったが、今回の交渉担当者である初老の男性は、この植物園の責任者だった。

 薬師ギルドの長の秘蔵っ子が来ると聞いたので、嬉々として交渉担当者になったのだ。

 昔っから彼ら二人のことを知っている……何なら、アヤトとジークフリードの無茶ぶりに笑顔で断ったり、危ないことをした時は怒ったりしていた男性は、あのアヤトの弟子にしては素直過ぎる少女の将来をちょっぴり心配したのだが、帰りに見送った時、植物園を出たところで彼女に声をかけた人物を見て、別の心配をすることになるのだった。




「セレス」


 植物園で買った薬草は別でギルドに運んでもらっているのだが、一部の薬草を個人的に買い取ったセレスは、薬草でパンパンに膨らんだ袋を持っていた。

 これが案外重くて、多少休憩しながら帰ろうかと思っていたら、声をかけられて横から袋をひょいっと持ち上げられた。


「ジークさん」


 そこには、アヤトのお友達のジークフリードが立っていた。


「案外、重いな。何が入っているんだ?」

「薬草です。植物園で購入した物なんですが、ちょっと欲張りすぎました」


 当初は、ここまでパンパンになるほど買うつもりはなかったのだ。

 ただ、気が付いたら、あれもこれもと購入を決めていた。

 もう少し持てるくらいにすればよかったと反省はしているが、後悔はしていない。


「ここの薬草は物が良くて、ついつい買いすぎました」

「そうなのか?森で採取してくる物と違うのか?」

「森で採取してきた薬草だと、品質がけっこうバラバラなんですよね。ここは植物の専門家の方が揃っているだけあって、育て方が上手いんです。特に分けなくてもそのまま使えるので、大変助かっています。仕分け作業って地味に辛いんですよ」


 特に駆け出しの冒険者が採ってきた薬草は、必要な部分がなかったり、色が変色していたり、採ってから時間が経ったのかしんなりしていたりと、とにかく仕分けが大変なのだ。

 その点、この植物園の薬草は、高品質で必要な部分は綺麗に揃っている採り立て新鮮な薬草ばかりだ。

 仕分けの必要なんて一切なし。


「確かに、野生の薬草はその時次第で品質は変わるな」

「天候不順が続くと、それだけでもう全滅してしまう薬草もありますから。こういう場所は大変ありがたいです」

「薬師に喜んでもらえるのなら、作った方も喜んでいるだろうさ」


 この植物園は、元々『ウィンダリアの雪月花』と暮らすために当時の王弟が作った屋敷だった。

 広い土地には、王弟と雪月花が住んだ屋敷と雪月花を喜ばすためだけの庭が整備された。

 短命だった雪月花が亡くなった後も王弟はこの地に住み続け、晩年、彼はこの植物園を作った。

 きっとその雪月花が、妹のために残してほしいとお願いしたのだろう。

 雪月花の願いを無碍に出来る王族はいない。

 それが惚れた相手ならなおさらだ。


「そういえば、この植物園を作ったのは王族の一人だったんだが、セレスは名前を知っているか?」

「勉強不足で申し訳ありませんが、お名前までは存じ上げません」

「ジークフリード」

「え?」

「この植物園を作ったのは、ジークフリードという名の王族だったんだよ」

「過去のジークフリード様ですか」

「俺の名前はその方からもらったんだ。けっこう有名な方だから、王都にはその名前を持つ者が多いな」


 ただし、ジークフリードより上の年代の人に多く、同年代はほどいなくて、もっと下の年齢にぽつぽつといるぐらいだ。

 同年代に少ないのは、ジークフリードより先に生まれていた人はともかく、同じ年代に生まれた王族と同じ名前を子供に付けるのは、貴族の間ではタブーとされているからだ。


「じゃあ、過去のジークフリード様に感謝をしませんと。ありがとうございました」


 セレスが植物園に向かって深々と頭を下げる姿を、ジークフリードは優しく見守っていたのだった。



 

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