王と王妃②
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「…………様?……アナ様?ユリアナ様?」
名前を呼ばれてハッと気が付くと、目の前で少女が微笑んでいた。
ここは自室で、向かい合ってソファーに座る少女と話をしていただけなのに、気が付いたら意識が飛んでいた。
「どうかなさいましたか?」
「……わたくしは……今のは……」
あの方?
それは、愛しい方?
わたくしにとってそれはジークフリード様。
けれど、今のは違う。
ジークフリード様のことではなくて、もっと別の……けれど、わたくしにとって大切な方の……。
「大丈夫ですか?ご気分がすぐれないようでしたら、すっきりするような紅茶をご用意いたしますが」
「紅茶?」
「はい。薬草を使った紅茶です。入れる物次第で、ただの飲み物も薬にもなりますから」
そう言うと少女は、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。
少女は持って来た手提げ袋から折りたたまれた紙を取り出した。
紙を広げると、粉末状になった何かが入っていた。
「それは?」
「毒ではありませんよ。だって、貴女に毒を盛る意味が私にはありませんから。これは精神を静める効果のある薬草です。この子が少々激高しやすい性格をしているので、私が出た時に飲んでいるんですよ」
少女は自分の胸に手を当てて、ふふふと笑った。
ユリアナは少女が淹れた紅茶を一口飲んだ。
少女の言う通り、彼女がユリアナに毒を盛る理由はない。
むしろ、共犯者なのだから。
ある意味安心して飲んだ紅茶のおかげが、いつも通りの思考が戻ってきた。
「貴女、どれくらいの間、外に出られるの?」
「数日間は出られますよ。けれど、それだとこの子の記憶がおかしくなりますし、周囲にも気が付かれる可能性が高いですから、必要な時だけ出るようにしています」
「今はいいの?」
「今日のこの子は、機嫌が悪いので自主的に休んでいるんですよ。この後、適当な場所で交代します。そうですね、温室のベンチで交代すれば、この子は自分が寝ていただけだと認識するでしょう」
「そう。うらやましいわね、機嫌が悪くて休めるなんて」
「甘やかされた令嬢ですから。この子も一族の者たちも、どこか自分たちは特別なのだという意識がありますからね。特別な自分たちは何をやっても許される、そんな家風があることは否めません」
「特別、そうね、特別な家ね」
「特別なのは家ではないのですが、あの血筋が存在している限り、あの家に生まれる確率は高いんですよね。でも、もうそれも終わりです」
「終わり?」
「はい。元に戻る時が来たんです」
少女は楽しそうに笑った。
「……なら、もう生まれない?」
「生まれません。これから先、生まれることはありません」
「それが、どうして今なのかしら?もっと後かもっと前なら……わたくしたちと同じ時代でなければ、わたくしは手に入れられたのに」
「いいえ、今からでも間に合います。そのためにお手伝いいたします」
「どうやって?以前の薬は警戒されているから、使えないわ」
「はい。ですから、新しい薬をご用意いたします」
「調合はどうするの?」
「以前の薬師を使います。いざとなればそのまま切り捨てればいいので。もし捕まって十年前のことを聞かれたとしても、子供の言うがままに薬を作りました、そうしたら国が揺らぎました、なんて証言、信用されると思いますか?あれほどの騒ぎを起こした薬が、子供の言葉から生まれた薬だなんて、大人は信用なんてしませんよね?」
「信用されないわね。あの娘に言われて作ったとでも言った方が、まだ信用出来るわ。どう考えても、責任転嫁しているとしか思われないわ。まぁ、直接わたくしとの繋がりはないし、あの娘はすでに土の下。証言出来る者もいないわ」
「念のため、例のレシピもこっそりあの家に置いてきましたから」
「なら、その薬師の単独犯でいいわね」
ユリアナの家にあった禁薬のレシピ。
こっそり持っていたそれを、少女に渡してあった。
「それで、今回はどうするの?」
「表向きは私の薬として調合してもらいます。実際、あの男に作らせる物は、これと同じで精神を落ち着かせる薬ですから。ユリアナ様には、一緒に秘密の粉をお届けしますね」
「最後だけ、わたくしが入れるのね?」
「なるべく直前で入れた方が効果が高いので」
十年前もそうだったが、少女は笑顔で、今日の天気のことでも言うように何の罪の意識も見せずにユリアナに世に出てはいけない薬や薬草のことを教えてくれる。
ユリアナには少女の本音も、何を手に入れたいのかも分からない。
信頼は出来ないけれど、今この時だけは信用出来る。
なぜなら、少女にとってユリアナはあくまでも道具の一つだからだ。
それはユリアナにも言える。
少女は、ユリアナが望むものを手に入れるための道具だ。
お互い、ちゃんと使える道具として機能しているうちは、裏切ることはない。
ユリアナは少女が淹れた紅茶を飲みながら、艶然と微笑んだのだった。




