少女と姉妹④
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ユリアナが倒れる少し前、その少女は彼女の前に現れた。
「お久しぶりでございます、王妃様」
「えぇ、十年ぶりかしら」
ユリアナは目の前の少女に、慌てることなく優雅に微笑んだ。
ここはユリアナの私室だ。
招かれた者しか入れない私室に、少女は当たり前のように入ってきた。
ユリアナは彼女を招いていない。
それどころか、少女は正面の扉ではなく隠し扉から入ってきたのだ。
いざという時の王族の抜け道ゆえに、その存在は秘匿され外部に漏れることなどあってはいけないことなのだが、少女は当たり前のように王宮内の隠し通路を利用していた。
十年前もそうだった。
あの時も同じように、隠し通路からこの少女はやってきたのだ。
その当時、ユリアナは王太子妃の部屋に住んでいたのだが、ユリアナでさえ結婚して初めて義母になった王妃にその通路の存在を教えられたくらい秘匿されていたのに、少女は当たり前のようにそこから入ってきたのだ。
その時は本当にまだまだ子供で、ユリアナは最初、人外の存在かと疑ったものだ。
幽霊ではないが、確かに人外の存在ではあるけれど。
十年前、少女に隠し通路のことをどうやって知ったのか聞いたら、かつてその部屋を使っていた人から聞いたのだと言っていた。それが誰のことか分からなかったけれど、現実に少女は知っていたのだから、どこかで秘密が漏れていたのだろう。
本当なら隠し通路は塞いでしまった方がよかったのだろうが、ユリアナは誰にも言わずにそのままにした。
いつかまた、こうして少女が訪ねてくることになっていたから。
そして、少女はあの当時と部屋が変わっていても関係なくこうしてやってきた。
「またここに来るとは言っていたけれど、ずいぶん時間がかかったわね」
十年前、彼女とは何回か会ったが、いつも必要なことだけ告げるとすぐに帰ってしまっていた。
当時の少女の年齢を考えると、あまり家を留守にすることは難しかっただろうから仕方ないにしても、再び会うまでに十年もかかるとは思っていなかった。
もっとも、王国の貴族である少女には何度か挨拶を受けたことがある。
ただそれは、身体だけの話だ。
精神まで揃った状態の少女と会うのは、本当に十年ぶりになる。
「申し訳ございません。成長が必要でしたので」
この身体も、あの子も。
そこは声に出さずに、少女はユリアナに向かって頭を下げた。
少女にとって、ユリアナは大切な協力者だった。
十年前はしくじった。
上手くいけは、あの男を引き離すことが出来たのに。
思った以上に強かった太陽神の加護と、姉たちの過保護があの男を守った。
成功していれば、今頃あの男はユリアナのものになっていて、あの子は王家から解放されていたのに。
……あぁ、でも、王妃の子供の一人があの子に夢中になっているのは問題だったわね。
でも、あの子は彼のことを何とも思っていなかったし、いざとなればこの身体を使えば何とでもなるだろうから、彼はさほど驚異ではない。
むしろ兄の方を警戒していた。
太陽神に似ている兄の方が、あの子の相手になる可能性が高かった。
結局、兄の方はあの子のことを妹のような存在だと認識したようだったのでよかったのだけれど。
「それで、あの時みたいに私に協力してくれるのよね?」
「はい、もちろんです。こちらを」
少女はユリアナに一枚の紙を渡した。
ユリアナが中身を確認すると、薬の名前と薬草の必要量などが書いてあった。
「あら、今度はいくつも教えてくれるのね」
書かれている薬のレシピはいくつかあり、それぞれ効果が違う。
必要な薬草がありふれた物なのか珍しい物なのかはユリアナには分からないが、父に言えばたいていの物は揃うだろう。
「でも忌々しい銀の飴の効果で無効にされるのではなくて?」
「いいえ。一部の薬草は太陽神様に縁のある薬草です。銀色の飴の効果を打ち消してくれます」
「あら、そんな薬草もあるのね。初めて知ったわ。ふふ、月の女神様は太陽神様に負けるのね」
機嫌が良くなったユリアナに、少女はにこりと微笑んだ。
しょせん太陽神が月の女神様の真似事をしただけに過ぎないのだが、そんなことを言うつもりはない。
それにいくらただの真似事で生み出された薬草とはいえ、太陽神によって生み出された薬草は強力でもある。
本当にろくな事をしないけれど、今回は役に立つ。
きっと月の女神様も、太陽神のやらかしに頭を抱えていたのだろう。
だからこそ、『ウィンダリアの雪月花』たちは生まれたのだけれど。
「王妃様、今度こそしっかりと貴女のものにしてください。他の女に目がいかないように」
「言われなくても。あの人は私だけのものよ」
「えぇ、そうです」
これだけ手を貸すのだから、今度こそ失敗しないように周り全てを巻き込んでやればいい。
王家がどうなろうが、あの子さえ自由ならばどうでもいい。
にこやかに微笑む少女の黄金色の髪が、ふわりと揺れていた。




