少女と姉妹③
読んでいただいてありがとうございます。祝日ですので、昼間に投稿させていただきます。
セレスは読んでいた本を置いて、窓の外を見た。
ジークフリードが急いで王都に戻って行ってから、セレスは大人しく公爵家にある本を読んだり、岩の神殿や薬師ギルドに行って薬草の世話や薬作りなどをして過ごしていた。
護衛としてヒルダが付いて来てくれているので、危ない目にあったことはない。
むしろ、ちょっとガタイのいい男性たちがヒルダを見て顔を引きつらせながらどこかにそっと消えて行く様子を見てしまい、思わずヒルダを見るといつも通りにこにこと笑っていた。
……ちょっとその姿が怖かった。
そういう存在になりたいような、なりたくないような、複雑な気分になった。
彼らに、師匠とヒルダさんを並べて、どっちを選ぶか聞いてみたい。
新作の薬が一番最初に飲める薬師ギルドの方がましか、確実に強くなれて色々と鍛えられる訓練が待っている騎士の方がましか……。
「いけない、いけない。こんなことを考えるなんて、きっと疲れてるのよね、私」
肉体的にはそうでなくても、精神的に少々疲れがあるのだろう。
思えば、王都でルークに捕まって以来、色々と忙しかった。
オルドラン公爵家の中では安全を保証されていたとが、どこか緊張感を持って過ごしていた。
いくら義父が強い権力を持っているのだとしても、王家は王家だ。
国王が、セレスを王家に寄越すように命令を出した場合、臣下として拒否は難しいけれど、義父は間違いなく拒否するだろう。
オルドラン公爵家はかつて一度、愛する雪月花を国王に取られている。
もしもう一度、同じ様な状況になったら、今度こそオルドラン公爵家は王家に反旗を翻すだろう。
そうなった場合、間違いなく国内が二つに割れる。
けれど、王家の『ウィンダリアの雪月花』に対する執着は度を超している。
最初の姉エレノアと国王アレクサンドロスの間にあった想いと太陽神の介入が事態を複雑にしたのは間違いないが、もう少し何とかしてほしかった。
太陽神は人間の想いを甘く見過ぎていたのだと思う。
少々ピリ付いていた王都に比べて、この別邸は本当にのんびりとした空気が流れている。
港街特有の潮風も、そんな雰囲気に拍車をかけていた。
もういっそう、ここに引き籠もっていたい。
安全で薬草園もある。何なら珍しい薬草を使いたい放題だ。
神官の皆さんは優しいし、ここの薬師ギルドの人間は王都に比べればまだ常識の範囲内で生きている。
「……でも、ここにはいないのよね……」
知識が豊富で面白い師匠もいなければ、その恋人でセレスを気にかけてくれている吉祥楼のオーナーの女性もいない。可愛い弟たちも、セレスを育ててくれた使用人たちも、友人になった王太子も、セレスを気にかけてくれている人たちが、ここにはいない。
……何より、ジークフリードがいない。
出会った時は、師匠の友人だから信じた。
あの師匠の友人なのだから一般人ではないのかな、とは思ってはいたけれど、そんなことは関係なく、いつの間にかジークフリードという存在が心の中に入ってきていた。
今は、彼が何者でもいいと思っている。
今なら少しだけ姉たちの想いが分かる。
残り僅かな命しかないと分かっていても、一緒にいたかったのだろう。
「ナーシェルお姉様の場合は、相容れない二人だったみたいだけど……」
今頃、ナーシェルを挟んでバチバチとやり合っているのかもしれない。
「お姉様たちの寿命は短かったけど、私にはおそらくその制限はないわ」
今までの姉たちと何もかもが違う最後の妹だから、『ウィンダリアの雪月花』の課されていた全ての制限は消えている。
ジークフリードの方が年上なのでその分は仕方ないとしても、人としてそれなりの寿命分は一緒にいられるだろう。
そのことを、姉たちは喜んでくれるだろうか。
「……きっと喜んでくれるよね?」
セレスは天に向かってそう問いかけていた。




