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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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少女と姉妹①

読んでいただいてありがとうございます。小説、漫画版、両方ともよろしくお願いします。

 その赤ん坊を見た時、心が喜びで満ちた。

 一生懸命伸ばされた小さな手にそっと触ると、思ったよりも力強く握り返してくれた。

 赤ん坊の温かな手がその命を伝えてくる。


 まもらなくては……。

 このこを、おねえさまたちがまもりたかったこのこをまもらないと。

 おとうさまもおかあさまも、きっとじゃまになる。

 このこのじゆうのためには、ふたりともいらない。

 ……かけらからうまれたわたしは、あまりおもてにでられない。

 でも、かけらでもおねえさまやおかあさまからうけついだちからはあるから。

 ちょっとしたことくらいなら、なんとかするから。

 あなたのじゃまになりそうなそんざいは、わたしがなんとかするから。

 だから、どうか、あなただけはしあわせになってもらいたいの……。

 ねぇ、わたしもあなたのおねえさんでいていい?


 少女が内側からそう問いかけると、赤ん坊が手をさらにぎゅっと握った。

 

 ごめんね。こうしてあなたにふれることもあまりできないわ。

 でも、うちがわからでもできることはあるから、わたし、がんばるね。

 だって、わたしもあなたのあねだから。

 あなたがあなただとわかったら、あのふたりではまもれない。

 まわりのひとたちにいわれるがまま、きっとあなたをおうけにわたすわ。

 そんなことはさせない。

 おねえさまのようにはさせない。

 それに、いまのあそこには……。

 そうね、あれもなんとかしないと。

 このからだもまだちいさいし、もうすこしたってから……。



『もう少し経ってから?何を?』


 目が覚めて急いで上半身を起こすと、少女はきょろきょろと周囲を見渡した。

 まだ外は暗くて部屋の中も暗いので、ほとんど何も見えない。

 サイドテーブルに置かれたランタンを灯すと、いつもと変わらない自分の部屋の中にいることに安堵した。

 

「……何なの?今のは……夢……?」


 夢にしては、何と言うか、自分のことなのに、自分のことではないような感覚がした。

 夢の中で赤ん坊に触っていたが、あれは弟だったのだろうか。

 けれど、弟だったとしても、あんな風には思えない。

 弟を守るためにがんばる?

 そんなことはしないし、したこともない。ついでにしたいとも思わない。

 大体、あの弟は何を考えているのか分からないし、あまり関わっても来ない。

 何か言えば忠告だの何だのと小言を言うだけで、姉を褒めもしない可愛げのない弟だ。

 姉弟ではあるけれど、距離感はそこそこある。

 お父様もお母様も侯爵家を継ぐ嫡男だから仕方なく大切にしているだけで、可愛がってもらっているのは私の方だ。

 その証拠に、父も母もどれだけ我が儘を言おうとも笑顔で叶えてくれる。

 ……さすがにルーク殿下の婚約者になりたいという願いだけは、王家の意向があるから、と言われてしまったけれど。

 

「……あぁ、気持ち悪いわ」


 水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。

 飲み干して、気が付いた。


「あれ?私、いつの間に寝たのかしら……?」


 覚えているのは、今朝、朝食を食べた後に家を出たあたりまでだ。

 今日一日、何をしていたのかの記憶がない。


「……え?うそ、いや……」


 記憶がないことに身体が震えた。

 けれど、そんなことは誰にも言えない。

 そんなことを言って、医者や神官を呼ばれたら困る。

 そんなことが少しでも噂になったら、学園でどういう目で見られるか……。

 これから先のことにだって影響が及ぶかもしれない。

 ルーク殿下に嫌われてしまう。


「……きっと、いつも通りのつまらない一日だったのよ。だから、記憶しておく必要もなかった。そうよ、そうじゃなければいけないのよ」


 自分自身への言い訳を考えて少女は、再び目を閉じて眠ろうとした。

 次に起きた時には、またいつもの日常が戻ってくる。

 お父様におねだりして、お母様とお買い物をして、友人たちと紅茶を飲んで話に花を咲かせて……。

 


 翌朝、目覚めた少女は、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。

 

 


 

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― 新着の感想 ―
姉の謎の一端が判明 これが両親が次女の存在すら忘れていた原因か
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