次女と岩の神殿②
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ヒルダはジークフリードが傍にいれば危険はないだろうということで、一緒に行くのを遠慮した。
セレスがオースティの娘になる前は二人で出かけることもあったと言っていたので、保護者の目がないこの場所で二人っきりにさせてあげようという年長者からのちょっとしたプレゼントのつもりだった。
実際はいつでも二人には見えない影からの護衛が付いているのだが、それでも目に見える状態でガチガチに固められているよりは全然自由だろう。
セレスも嬉しそうな顔をしていたので、ヒルダは快く二人を屋敷から送り出した。
「ヒルダさんも一緒に来ればよかったのに」
「最近は、外に出るのも自由にはならなかっただろう?一人でなんて絶対に許されないしな。久しぶりの自由な外出だから、ヒルダは遠慮してくれたんだよ」
「たしかに、どこに行くにも絶対護衛の方がいましたから、ちょっと窮屈でした。公爵令嬢って大変なんですね」
外出そのものが認められないことも多くて、自由に王都を行き来していたセレスとしては、必要なことだと理解していても精神的に疲れていた。
「セレス、君だって本来なら侯爵令嬢として、そういう生活を送っていたはずなんだよ?」
「……そうでした。言われてみればソニアお姉様には、誰かしらが付いていました。あれ?でもお姉様は、自由に外出をしていた気がします」
「こういう言い方はあれだが、ソニア嬢とセレスでは重要度が違う。彼女が狙われる理由は侯爵令嬢だからというだけで、セレス、君のようにさらなる価値があるわけじゃない。狙われる理由もないだろうしな」
「王族の方々が雪月花のお姉様たちを閉じ込めたのは、そういう理由もあるのですか?」
「否定はしないよ。自分の目の届かないところで大切な人が危険な目に遭うのは避けたい。寿命は仕方がない。けれどそれ以外の理由で命の危機におちいってほしくない」
出来ればセレスも大人しく守られていてほしいが、彼女を閉じ込めたままにしたら、それこそ彼女の良さがなくなってしまう。
身体の危険から守れても、精神的に追い詰めたいわけではないのだ。
不文律を作った王の気持ちが少しだけ分かった。
あれは自分の体験から来る子孫への戒めだ。
セレスと出会う前はさらっと流していた程度の言葉だったが、ジークフリードは改めて不文律を作った王のことを調べた。
不文律の王ザイオンは、子孫への戒めも兼ねて日記を残してくれていた。
そこには彼の後悔が綴られていた。
『ウィンダリアの雪月花』という存在に囚われたくなくて、彼自身が感じていた予感のようなものを無視していた。
たとえ彼の雪月花がこの世に生まれていようとも、出会わなければそれでいいのだと言い聞かせていた。
呪いのような感情なんて、知りたくなかった。
けれど、ずっと心のどこかで引っかかっていて、埋まらない空虚な想いが渦巻いていて、何をやっても満たされなかった。
そして、出会った彼の雪月花は、その寿命がすでに尽きようとしていた。
閉じ込められていた細い身体を抱きしめて、彼は後悔の涙を流し続けた。
もっと前に動いていれば、彼女がこんな場所で閉じ込められることもなかったし、痩せ細って少し力を入れただけで折れてしまいそうな小さな身体で生きることもなかった。
彼の雪月花が生まれた、そんな風に思ったあの時にきちんと調べていれば、今、こんな後悔はしなかった。
彼の雪月花に出会えたことで、後悔しているのに心は喜んで満たされている。
王宮に連れ帰り、彼自らが世話をして少しだけ庭で散歩が出来るようになり、何気なく彼女が、こうやって自由に外に出たかった、と呟いた。
妹たちが私みたいに育ったら嫌だと言ったから、彼女の願いを叶えるために不文律を作った。
あれは戒めであり願いでもある。
日記にはもっと色々と細かく書かれていたが、雪月花の自由を奪うことなく彼女の願いを叶えることが自分に出来る唯一のことだと書かれていた。
ザイオン王の日記を読み終えた時、ジークフリードは深く息を吐いた。
一歩間違えば、自分もこんな風になっていたかもしれなかった。
今、セレスと並んで道を歩き、彼女の笑顔を見ることが出来ている自分は、歴代の中でもかなり幸せな方だと思う。
「私、かなり自由にやらせてもらえていますよね?」
「いいんだよ、セレスはそれで。君のお姉様方が出来なかったことを君がやればいいんだ。妹が楽しんでいる姿を見て、お姉様方は喜んでいるんじゃないかな」
「アリスお姉様にもそんなようなことを言われた気がします」
夢の中で会ったすぐ上の姉は、セレスが楽しそうに生きている姿を皆で見て楽しんでいる、と言っていた。
「お姉様方って、こうして旅をすることもあまりなかったんですよね?」
「基本的に王族に見つかったら、王都から出ることはなかったそうだよ」
閉じ込めていたということもあるが、王族の方が傍から離したがらなかったということもある。
セレスが旅に出る時は必ず一緒に行くと決めているジークフリードは、歴代の王族の中ではまだ自由に動ける方だ。
信頼出来る部下と覚悟の決まった次代を持ててよかった。
「じゃあ私、もっと色々な場所に行きたいです」
「いいよ。知り合いに世界各国を旅している商人がいるから、アイツにお薦めの場所を聞いておくよ」
さらっと巻き込まれたマリウスは、この後、ジークフリードのお願いという名の命令で各地の観光冊子的な物を作らされ、試しに一般販売をして一儲けしたのだった。




