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LACUMOON~人間以上に頑張ったら女神になりました。~  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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9/20

09 女神様の楽月。

8話9話、連続更新。






 宿の亭主であるマイクさんに頭をペコペコしながら、プレーヤー達のことを頼んでいたら、三倍返しくらいに頭をヘコヘコされた。

 いきなり改装された宿で働くのは大変だろうと謝罪と感謝を伝えたかったけれど、レックスに担ぎ上げられて連行されてしまう。

 最上階の一室は、まるでスイートルーム。

 バスルームはあるみたいだけど、壁やドアで仕切ってはいない。

 トランポリンみたいに大きくて丸いベッドが、どーんと置かれている奥が、ベッドスペースみたい。

 ソファーやクッション、木製のコーヒーテーブルが置かれてリビングスペースがある。

 何故かキッチンがあって、私の家に似たカウンターキッチンだ。

 スイートルームというより、マンションの一室。全部の部屋がこうなのかな。

 私はもふもふとした白いソファーに下ろされた。まるで毛の長い猫みたいで、わしゃわしゃ撫でてしまう。


「全部ルベナさんがデザインしたのですか?」

「えっ、いえっ、なんというか……おまかせです」

「ほう……」


 ジェイソンさんは部屋を見回すと、キッチンに入っていた。


「うひょー! 超たけぇー!!」


 テラスがあって、キアくんが身を乗り出していた。


「見ろよ、レノ! 壁まで見えるぜ!」

「街で一番高いからね」

「やべー! たけぇー!」


 キアくんに招かれた同じ銃使いの少年レノくんは、特に表情を変えないまま隣に立つ。キアくんは、一人ではしゃいだ。


「ルベナさん、ココアがありましたよ。これで一息ついてください」

「あ、ありがとうございます」


 キッチンにあったみたいで、ジェイソンさんからマグカップを受け取る。

 でも、後ろに立つレックスが奪って、一口飲んだ。それから、私の手の中に戻す。

 ……毒味!?

 ジェイソンさんは気にした様子はなく、別のソファーに腰を下ろす。


「キアくん、レノくん。ココアをどうぞ」

「あ、いただきます!」


 ジェイソンさんに呼ばれて、キアくんとレノくんはテラスから戻ってきてテーブルの上から受け取る。

 騎士姿なのにジェイソンさんがお母さんみたいで、ちょっと口元が緩んだ。

 すると、コーヒーテーブルを挟んで、アーロンさんが向き合うように座った。

 まだキラキラした眼差しを向けてくるものだから、気まずくて目を背ける。

 ジェイソンさんの向かい側に、闘士の男の人が座った。ニカッと笑いかけられる。

 前髪を少しだけ垂らして、オールバックにした髪はアッシュグレー色。筋肉がもりもりのがっしりした体型。


「おれぁ、ガラクだ。まさか、こんな可愛い子が原因とはなぁ! おれぁてっきり、13日の金曜日とこのジェイソンが不運を招いてゲームを壊したのかと思ってたぜ」

「関係ありませんよ。この名前は本名に因んで、妹がつけてくれたものです」


 豪快に笑うガラクさんと、平然と返すジェイソンさん。

 私は、おずっと頭を下げる。

 ジェイソンさんは丁寧な話し方をしているから、年上。

 ジェイソンさんに対してタメ口をきくガクラさんも、豪快な笑い方から年上みたい。比べて見ると、ガクラさんの方が上かな。


「あ、こっちはレノです!」

「……」


 キアくんが、レノくんを紹介してくれた。

 青みかがった黒髪がストレートで、ダークブルーの瞳。口を開かないで、ただ頭を下げた。


「それでは教えてください。こうなった経緯を」


 ジェイソンさんに促されて、緊張しつつも私は話し始める。

 【ラクムルナ】を始めたばかりで、五感が欲しいと思った。【ラクムルナ】を感じたかった。

 元々、予知夢を時々見るから、超能力は存在していて、きっと自分からログインできるはず。そう思って、挑戦した。


「イルカの脳は人間より発達しているから、エコローションという能力を使えます。仲間とコミニュケーションをとるために使ったりするそれは、他の生き物の傷も見つけては助けると言います。ある種の特殊能力と言ったら、大袈裟かもしれませんね。海というなにもなくて、そして危険な場所で身につけた能力です。科学者ではないですが、予知夢を見る能力がありますし環境次第で、人間はもうちょっと頑張ってみれば自由に仮想世界を操れるはずだ! と思いました。そして、自力でログイン出来ちゃいました」


 イルカを例えに出して、人間を超えてしまったと話す。イケメンボスに会いたいがため、という原動力だけは伏せておく。


「……人間は人間を、超えちゃいけなかった……」


 人間を超えたせいで、こんな事態を引き起こしてしまった。

 ずーん、と反省して俯く。


「つまり、予知夢を見る体質だったルベナさんが、本体機【LUNA】という環境で、超能力を開花したのですね。それは細部を操るような万能の能力ではない、のですね」


 他の人達がポカンとしている間に、ジェイソンさんだけが変わらず微笑んだ。

 あまりにも冷静な人だと戸惑いつつも、私は続けた。

 求めていたのは、五感。でもこの世界にいる全ての人が、五感を得た。代わりに、プレーヤーのログアウトが支払われてしまったらしい。

 服も髪もレベルさえも、所持金や素材を支払って自在に変えられた。でも、今ログアウトは出来ない。


「なるほど。今現在、ルベナさんがログアウトに見合う代価を持ち合わせていないから、我々は戻れないのですね。解決策は、見合うほどのアイテムやお金を集めればいい、ということですね」


 ジェイソンさんは、さらりと理解してくれた。


「じゃあ、やっぱりおれ達と一緒がいいんじゃね!? ソロだと難しいけど、パーティ組んでレアアイテムとかゲットしに行こうよ!」


 ココアを飲み終えたキアくんが、クッションに座ったレノくんに後ろからのし掛かる。慣れているみたいで、レノくんは拒みもしない。


「……ぅえ!? パーティ!? わ、私が【月の覇者】と!? む、無理無理、パーティでプレイ経験ないし、レベル低いですし!」

「えー、大丈夫だよー。女神だし? 【月の王】いるし? んー……とりあえず、ダンジョン行こう!!」

「ダンジョン!? む、無理無理!」


 にへらへらと笑いかけてくれるけど、私は左右に激しく首を振る。

 一人で行動をすることを、ソロという。

 逆に仲間で行動をすることを、パーティという。

 ダンジョンは、ソロでは入ることも出来ないらしい。パーティを組まなければ、進めない場所。

 つまりは、難易度の高いところなわけで、恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくて。


「あー、ダンジョン初めて? じゃあなおさら行こうよ! 楽しいよ、ダンジョン!」

「き、キアくんは……本当に楽しんでいるみたいだね」


 レノくんにのし掛かったまま飛び跳ねるキアくんは、心底楽しそうだ。


「うん! おれ、すっごく楽しいよ! おれ、このゲーム大好きだし! 景色は綺麗だし、空気は美味いし、銃の反動がジンジンくるし、火薬の匂いもするし、迫力増してるし! 楽しすぎる!!」


 手を突き出すキアくんの瞳は、アーロンさんとはまた違うキラキラで輝いていた。

 再び、胸の奥がジーンと熱くなる。


「そ、そうだよね! この世界は美しいし、空気は綺麗だし、風が気持ちいいし、魔法も半端ない迫力!」

「うんうん!」


 賛同してくれることが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、涙が溢れそう。


「おれはこうなって嬉しい! こんな体験ができて、ラッキーじゃん!」

「……帰りたいと、思わないの?」

「思うけどさ、でも帰れても、またここに戻りたい! その前に遊び尽くしたい!」

「……キアくん、高校生かな?」

「え。なんでわかったの?」

「元気さで」


 遊び尽くしたい。元気一杯な様は子どもらしくて、大体高校生だと当ててみた。

 このゲームは、プレーヤーの年齢は分かりにくい。自由自在に変えれるけど、年齢の方は推定十五歳以下は不可能。

 多分キアくんは、現実の自分に近い姿にしているんだろうな。


「キアくんがそう言ってくれると、嬉しいです」

「当然! だってこういうことって、ちゃんと伝えたいし! 言わないと伝わないじゃん! マンガだってゲームだって、楽しかったからそう言わなきゃ! さっきたくさん批難されてたっしょ? おれ、昔からサッカー少年だったんだ。でもある時、一人に下手くそなんて言われたら、急に自信なくしちゃってさ。周りは上手いって褒めてくれても、落ち込んじゃったまんまでさ。レノが無理矢理連れ出してくれて、やっと立ち直ったんだよねー」

「へー、仲良しなんだね」


 にぃ、と笑みを深めたキアくんは、レノくんの頭をポンポンと叩く。リア友であり、親友みたいだ。微笑ましいなぁ。


「だからおれは伝えておきたいんだよね! 作った本人が落ち込まないように、何度も伝える!」


 ぱちくり、と瞬きしてまだキラキラしているその瞳を見つめる。いい子だとしみじみ思う一方で、引っ掛かった。


「……作った本人……ってうわ?」


 目が塞がれて、暗くなる。後ろに立つレックスに目を塞がれたらしい。

 な、なんなんだ。話している途中じゃないか。

「作った本人」とはどういう意味かと、私は手を外しながら問う。


「ルベナさんは、今の世界をどう思っているのですか?」


 ジェイソンさんの声。

 なんとかレックスの手を振り払って、目を合わせる。


「ど、どうと言いますと?」

「ゲームの中だと思っていますか? それとも異世界だと思っていますか?」


 今の世界を、どっちだと認識しているのか。ちらっと真後ろにいるレックスを見上げてみると、不機嫌そうに唸っている。


「……えっと、異世界だと思っています。レックスも、プリムちゃんも、この世界の住人は生きていたそうです。レックスも皆さんと戦った記憶があると言ってます。よくわからないのですが……今現在は、異世界にいると認識しています」


 ここは【異世界ラクムルナ】だと認識している、一応。

 ステータスやコマンドがあってゲーム要素がしっかりあるけど、錯覚ではなくて現実だ。【ラクムルナ】の住人は、皆生きている。


「我々も、そう考えていました。少し聞き込みしたところ、宿の亭主も他の住人にも、生きてきた記憶があれど感覚が朧気だそうです。ログアウトが出来なくなった瞬間、はっきりと五感を得たそうですね」

「あ、はい。そのようですね」


 レックスも、そうだと言った。

 聞き込み、なんてすごい。ログアウトが出来なくなったあとに、そんなことが出来たなんて。


「……ジェイソンさんは、刑事さんなのですか?」

「刑事? ふふ、いいえ。違いますよ。私は外科医です」

「お、お医者さんですか……」


 可笑しそうに笑うジェイソンさんは、意外なことに医者。いや、だからこそ冷静沈着なのかな。


「【三つ月の世界、ラクムルナ。三つ月は全ての源。勇者、魔人、魔物。三つの種族に、光を与えて、命を与えて、愛を与える】案内人チェシャが語ってくれた伝承は存在していても、プレーヤーである勇者が現れたのはつい三ヶ月前だそうです」

「え。ゲームの発売と同じですか?」

「はい。まさに"伝説の勇者"として、この世界の住人はプレーヤーの存在を受け入れたということです」


 ほぉー、と感心する。

「なんだそれも知らなかったのか」と後ろでレックスに呆れられてしまった。


「【月の覇者】が一番有名だと知られています」

「いやいや、一番強く偉大な勇者は【月の覇者】だと知られてるんだぜ」


 ガラクさんが割り込んだ。

 レックスが【月の覇者】を覚えているように、人々は私達プレーヤーを知っている。

「ふふ、恥ずかしいですね」と、ジェイソンさんは平然と言った。


「人それぞれらしいですが、我々と同じく五感を得たそうです。記憶の限りでは朧気、今は鮮明に感覚を味わえていると喜んでいますよ」

「はい……そのようですね」


 ひれ伏して崇めてくれた辺り、この世界の人は奇跡を喜んでくれている。

 私はレックスからしか聞いていないけれど、ジェイソンさん達は聞き込みをした。すごいな、頭が上がらない。


「我々は……というより私とアーロンは、仮説を立てました」


 ジェイソンさんから、アーロンさんに目を向ける。

 アーロンさんは、変わらない眼差しで見ていたから、ギョッとしてしまう。ずっとそれだったのかな。


「はい。二つのパターンだと思っています。一つ目は、【仮想世界ラクムルナ】が【異世界ラクムルナ】に変わって現実となったということ。二つ目は、【仮想世界ラクムルナ】と【異世界ラクムルナ】が繋がったということ」

「……どういう意味でしょうか?」


 私は笑みをひきつりながら、首を傾げた。


「一つ目の仮説は、ゲームの【仮想世界ラクムルナ】に、感覚を与えたのではなく現実化にして【異世界ラクムルナ】を作り上げたということです。まさに神様の成せる技です」


 アーロンさんは、微笑んで言い切る。

 ひくり、と私は口元を引きつらせた。


「二つ目の仮説は、【仮想世界ラクムルナ】と別次元に存在していた【異世界ラクムルナ】を繋げたということです。漫画や小説の中に登場人物が入り込んでしまったり、転生するネタがあるでしょう? いわゆるトリップをさせたのではないかと考えております」


 私の頭上にハテナマークがたくさん浮かび、ついていけなくて顔色を悪くする。

 【仮想世界ラクムルナ】を壊したわけではない? いや、壊してしまって【異世界ラクムルナ】に繋げた?

 それとも私が【異世界ラクムルナ】を誕生させた?

 かなり砕けた説明をしてくれているけれども、飲み込むことに時間がかかり、混乱してしまう。理解力のなさを知られたくないわけで、ひたすら黙って努力した。

 けれども、どうやら私だけではなく、ガラクさんもキアくんもそっぽを向いてしまっている。レノくんは俯いていた。


「ルベナさんがログインした瞬間に、【異世界ラクムルナ】が誕生したパターンと、【異世界ラクムルナ】にトリップしたパターンですよ。イルカさん」


 必死に理解しようとしていたら、ジェイソンさんが横から優しく言ってくれたので、それをなんとか飲み込んだ。

 理解した! ……ん? 今、イルカさんと呼ばれた?


「まぁ、本人の意思ではなかったようですし、真相はわかりそうにはありませんね」

「女神様のお力が原動力となり、本体機【LUNA】が異世界への転送装置に変わったのでしょう。先程お話を聞いたところ、女神様が望んだのは五感。力が開花して自力でログインした瞬間、世界が現実化したまたはトリップをした。プレーヤー全員がログアウトを代価に支払ったのは、女神様が本体機【LUNA】を通った故。そして、世界中が女神様の望んだ五感を得たのでしょう。さしずめ、ゲーム創作者が【ラクムルナ】の創造主。しかし、【ラクムルナ】を支配し崇められる女神は、あなた様となったのでしょう」


 支配者、女神。

 アーロンさんの崇拝していると言いたげな眼差しが、一心に向けられる。


「つまり我々が存在するこの世界は、女神様のものだということです」


 にっこり、と笑みを深めた。

 途端にゾワッと悪寒が駆け巡って震え上がる。

 め、女神と呼ばないで!


「我々が自力でログアウトするためには、あなたと代価が必要です。【月の王】が片時も離れずにルベナさんのそばにいれば安心ですね」


 ちらり、とジェイソンさんがレックスを見上げた。


「ログアウトは表示されているのならば、代価さえあれば再び使えることは可能でしょう。相当の価値があると考えると、レアアイテムを大量に集めることが近道となります。ダンジョンなどでより価値の高いレアアイテムを手に入れるために、パーティを組んで共に行きましょう」


 こうして【月の覇者】が手伝う話になるんだ。

 【月の覇者】と行動することが、ログアウトの近道ならばお願いする方がいいと思う。

 でも、因縁のあるレックスが賛成してくれるだろうか。

 恐る恐る振り返ると、レックスは不機嫌そうな表情をしているけど、一蹴しようとしない。


「あの、では……よろしくお願いします」


 座ったままだけれど、深々と頭を下げる。

「よろしく!」とキアくん達は、笑顔で答えてくれた。


「はい。こちらも、帰りたいですからね。私は妹が帰ってくる予定だったので、あちらからも我々を戻す方法を考えてくれているはずです」

「……妹さん、戻す方法がわかるのですか?」

「……いえ、コネがあるのです。政府のお仕事に関わっています」

「せ、政府、ですか?」


 にこり、と笑みを深めるジェイソンさんは、ただ者じゃない。絶対にただ者じゃない兄妹だ。


「様々な人が、ゲームしているということです」


 アーロンさんが、その一言で片付けた。


「ゲーム中は、ヘルメットを外してはいけない。電源を切ってはいけない。そうCMでも大々的に注意を呼び掛けていますし、迂闊なことはされていないでしょう。下手をしたら完全に切り離されてしまいます」

「怖いな、それ」

「外の方では皆が病院にいたりして」


 一緒になって想像してみた。怖いな。

 現実の区別がつくようにプレイ時間は最大七時間。いつまでも起きなければ、周囲が気付く。新しいプレーヤーのログインもないから、当然事件となって騒ぎになっているはず。


「外を心配しても、仕方ありません。我々に出来ることをしましょう」


 考えていても仕方のないこと。ジェイソンさんの言葉に頷いた。


「ねーねー! 呼び名考えたんだ!」


 不安を全く感じていなさそうなキアくんが、言い出した。


「呼び名って何の?」

「この異世界!」

「ラクムルナ?」

「そ! 仮想世界ラクムルナとか、異世界ラクムルナってまどろっこしいし、別の名で呼ぼう!」


 この異世界の別の呼び名。ゲームと区別するため、か。

 どうやらさっき顔を背けていたのは、その話をしていたかららしい。


「【LACUMLUNA】のLUNAは月って意味だから、MOONに変える」


 ガラクさんがいつの間にか紙に書いたらしく、それを見せてくれる。


「ラクムムーン。ムが被るから、ラクムーン!」

「【LACUMOON】!!」


 どやぁあ!!

 傑作と言わんばかりに、ガラクさんとキアくんがそれを突き付けた。

 異世界ラクムーン。

 良くもなく、悪くもなく。とりあえず、この二人は心底楽しそうだと思った。


「だめですよ」


 反対したのは、アーロンさん。


「ここは女神様の世界です。名付けるのならば、女神様がつけるべきです。女神様のように美しく聡明だと一言で示せるような偉大な名をつけて、敬意を持って呼ぶのです」

「ラクムーンにしましょう、決定!」


 アーロンさんが熱を込めて提案するけれど、ハードルを上げられた私はラクムーンを選ぶ。

「ラクムーン!」とキアくんは、はしゃいだ。

「楽月でどうだ!」とガラクさんは漢字まで決めた。


「混乱させてしまうので、他のプレーヤーには言わないでおきましょう。明日集まってもらい、ログアウトを取り戻すためにレアアイテムを集めると伝えておきましょう。今日はゆっくり休んでください」


 ジェイソンさんは、コップを片付けてくれた。


「また明日! 女神サン!」

「じゃあな、女神サン!」


 レノくんは頭を下げるだけで無言。そのあとを笑顔で出ていくキアくんとガラクさん。


「おやすみなさい、女神様」


 にこ、とジェイソンさん。


「おやすみなさいませ、女神様。よい夢を」


 甲斐甲斐しく頭を下げてから、アーロンさんも出ていく。


 ……女神と呼ばないでっ!!


 頭を抱えたけれど、もう心身ともに疲労でボロボロ。支度を済ませて、ベッドにダイブした。

 シルクみたいで、シーツは滑らか。包み込むようなもふっとした柔らかいベッドに横たわっているだけで、あっという間に眠りに落ちた。




 目を覚ますと、見慣れない白い天井。なんとなく、横を向いたら、眠気が吹っ飛ぶほど麗しい容姿の王様。

 勢いよく離れたら、ベッドから転げ落ちてしまった。


「お前、毎朝それをやるつもりか?」

「な、ななな、なんで一緒のベッドに寝るのかな!?」


 呆れられるけど、同じベッドに寄り添って寝る理由を問い詰める。


「はぁ……お前は自覚が足りないぞ」


 起き上がったレックスは、ため息をつく。


「ログアウトをなくした原因はお前だと知られた。危害を加えようとする者、利用しようとする者から、守ることが俺の役目だ。片時も離れん」


 な、なるほど。利用されたりしたら、大変だもんな。

 ……あれ、添い寝はやりすぎなのでは? あれ!?


「……あ、だから昨日は毒味したの? ジェイソンさん達を疑ってるの? 反対しなかったのに」

「お前に敵意を抱く喧しい勇者どもを早くログアウトさせるなら、奴らに手伝わせるべきだと判断したまでだ。信用はしていない。そもそも、あの騎士は……」


 気に入らなさそうにレックスは顔をしかめて、言葉を止めた。

 ジェイソンさん? いい人だと思う。ちょっと女神様と呼んでからかってきた辺り、Sっ気は感じるけども、優しい人だ。


「……ただ者じゃない」

「そうだねー」

「……全然わかっていないな」

「え?」


 物凄く不機嫌そうな目を向けられてしまった。

 そこで、コンコンとドアが叩かれたので、私は床から立ち上がる。でも先に、レックスが追い抜いて開けた。


「おはようございます、女神様、【月の王】様。ご朝食はいかがなさいますか?」


 そこにいたのは、フリルの真っ白いドレスに身を包んだプリムちゃん。アッシュグレーの長い髪は結ってある。緊張した様子でガチガチ、目も合わせようとしなかった。


「ど、どうしたの? プリムちゃん。素敵なドレスだけど」

「女神様の前に、みそぼらしい格好で出れません」

「そ、そんなことないよ? いつも通りで大丈夫だから! それじゃあ仕事しづらいでしょ? 私も一人の客としてもてなしてくれれば大丈夫です!」


 萎縮してしまっている。宿の亭主さんもこうだった。

 ああ、そうだ。特別扱いしないでほしいことと、改装した件を話さなくちゃ。


「あと、市長が会いたいと伝えてほしいと仰っておりました」

「市長!?」


 【ルーメンルーナエ】の市長様からの呼び出し。この事態の苦情だろうか。

 脳裏にぷっくりした体型のバーコードヘアーのオジサンが浮かんだ。

 会いに行かなきゃダメだよね。プレーヤーが居座る以上、話を通さなくちゃいけないんだろうな。胃がキリキリしそう。

 終始頭を下げっぱなしのプリムちゃんが運んでくれた朝食を食べてから、同じ階の部屋に泊まったジェイソンさんの部屋を訪ねた。


「はい、行ってきてください」


 甲冑を着ていないジェイソンさんは、美男でうっとりしてしまいそう。レックスに背中を押されたので、観賞は出来ずじまい。

 さらりと見送られたので、私とレックスで市長さんに会いに行ってきます。

 エレベーターで一階まで下りて、そのまま宿を出た。

 そこで、キアくんを見付ける。壁に凭れていたキアくんは、ボールを蹴って遊んでいる子ども達を眺めていた。


「おはよう、キアくん」


 ギクリと肩を震わせたキアくんは「お、おはよう」とぎこちなく挨拶を返した。


「しないの? サッカー」


 変な様子だと思いながらも、混ざらないのかと訊ねる。自分でサッカー少年だって言ってたもんね。


「あー……おれは、医者に止められてるから……」

「ん? ジェイソンさんに、なんで止められてるの?」

「いや、ジェイソンさんじゃなくて……」


 苦々しそうに顔を歪めてしまうキアくんが、何を躊躇っているのかわからなくて首を傾げた。

 やりたそうな目をしてるし、やればいいのに。


「仲間に入れてー!」


 私は子ども達に声をかけた。

「いいよ!」と元気な声で、男の子達が許可してくれる。

 駆け寄って、ボールをもらったら。


「キアくん、パース!」


 軽くボールを蹴り上げる。狙いはバッチリで、キアくんはギョッとしながらも胸でボールを受け止めて、地面に落とす。

 それから、キアくんは立ち尽くしてしまった。



 

20151218

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