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LACUMOON~人間以上に頑張ったら女神になりました。~  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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6/20

06 誓いと自覚。



三人称。







 レックスがルベナの頬に触れると、冷たかった。

 五感全てを得た戦いは、恐怖をより強め、ルベナは怯えた。

 レックスにとって、それは共感できないものだ。

 魔人の王は最強の座。最強のレックスは、戦いの恐怖など感じない。

 例え五感がはっきりした世界になっていても、レックスにとっては戦いはあまり変わらないものだった。

 ルベナを含むプレーヤー達は違う。

 ゲームなのだ。スリルを味わうための、ストレス発散するだけの、遊びだったのだ。

 現実の恐怖に涙を浮かべたルベナに、何を言うべきか、レックスは少し悩んだ。

 遊びではないのだと、諭すべきだと思う。しかし女性が泣きそうならば、他の言葉をかけるべきだとも思った。


「……どうしよう」


 先に口を開いたのは、ルベナ。


「ど、どうしよう……どうしよう……。私のせいで、怖い思いをしたら……私はどう償えばいいの? 私のせいで……巻き込んでしまった人達を、苦しめたら……どうしたら……」


 震える声を耳にして、レックスは目を見開く。

 今恐怖を味わったのはルベナだ。それにも関わらず、真っ先に他人の心配を口にした。

 今味わった恐怖に震えながら、その恐怖を他人が味わうことに涙を流そうとしていた。


「ルベナ……」


 レックスは、冷たい頬を撫でる。

 それもまた、レックスには共感が出来なかった。

 他人のことなど、どうでもいい。

 レックスにとって、他のプレーヤー達がどうなろうと知ったことではない。

 だが、ルベナは違う。責任を感じ、身を案じている。

 友人でもない。知り合いでもない。そんなプレーヤー達のために、涙を落とす。


「うああっ!!」


 そこで聞こえてきた男の悲鳴に反応して、二人は顔を向けた。

 プレーヤーの声だ。ルベナは立ち上がるなり、走って向かった。


「おいルベナ!!」


 レックスも追いかける。

 森を抜けた岩場に、ルベナは立ち尽くしていた。視線の先には、陥没して大きな穴があり、そこは戦場あとだ。

 武器が転がっている。プレーヤーが敗北したのだ。

 ルベナが降りて周りを見るが、既にプレーヤーは消えている。


「ゴブリンの仕業だろう。奴の攻撃は武器を弾くことが多いから……。弓……杖……剣……少なくとも、三人の勇者がいたにも関わらず負けたのか」


 弓使い、魔法使い、剣士のレベル60から所持できる武器が落ちていることから、レックスは推測して呆れた。

 タイミングが悪すぎる。

 ルベナを振り向くと、彼女はその場に崩れ落ちた。


「どうしようっ……どうしようっ!! 私のせいで! 私のせいで!!」


 ついに涙が溢れ落ちる。取り乱したルベナが、自分を責め立てた。

 レックスは肩を掴み、宥めた。


「違う! 何故お前のせいになるんだ! コイツらは自分達の意思で戦いに来たんだぞ!」

「現実に死ぬ世界にしたのは私だっ! 私がっ、私のせいでっ!」


 ルベナのせいではないと言うも、ルベナはレックスの顔すらも見ない。

 青ざめたルベナは呼吸も乱して、レックスの手を振り払おうとする。


「ああっ! 私のせいでっ、私のせいでっ! 死んだんだっ!!」


 悲鳴のような声を上げて、ルベナは怯えた。

 乱れた呼吸は激しくなる一方で、呼吸困難状態だ。目を合わせて言い聞かせたくとも、レックスの手を振り払い、視線を泳がせる。目を合わせない。声を聞かない。


「ルベナっ!!!」


 レックスは声を張り上げた。目を瞑ってしまうルベナの頬を両手で押さえ、無理矢理顔を合わせる。


「三つ月は勇者、魔人、魔物に命を与える! 勇者は無限に復活する! だから死んでいない! 死んでいないんだ!!」


 勇者は死の概念を持ち合わせていない存在だ。

 三つ月が必ず復活させる。奇跡が起きようとも、その世界のルールは今も変わらないはずだ。

 勇者は、死なない。

 それが届いたルベナは、また泣いた。その場に座り込んで子どものように泣きじゃくる。


「ふえっ……うわあんっ!」

「……ルベナ……」


 安堵しても、泣く。

 そんなルベナに服を握り締められながらも、レックスは頭を撫でようと手を伸ばした。

 すると、ルベナがピタリと泣き止んだ。目を見開いて、掠れた声で問う。


「さっき悲鳴が聞こえたばかりなのに……モンスターは、どこに行ったの?」


 ルベナとレックスは悲鳴を耳にして、直ぐ様駆け付けた。モンスターはそう遠く離れていないはずだ。

 レックスは、周囲を確認することを怠ったと思い知る。

 レックスの後ろに立つモンスターが、金棒を振り上げた。

 咄嗟にレックスはルベナを突き飛ばすが、間に合わず棘のついた金棒がレックスとルベナを殴り飛ばす。


「がはっ! ゲホッ……っあ!」


 地面に転がったが受け身を取ったレックスは、咳き込むルベナの声が随分離れていることに気付いた。

 金棒の先だけ当たったルベナは、レックスとは違い、そう遠くは飛ばされていない。ダメージも少なかった。

 攻撃してきたモンスターは、はぐれゴブリンだ。レベル66。


 ここにいた勇者はみな、レベル66ごときのゴブリンに倒されたのか。


 ルベナのように、戦いの恐怖に放心したのだろう。

 大した勇者だ、と心の中で毒づく。

 こちらに歩み寄る二メートルのゴブリンを相手しようと、立ち上がろうとした。だがそれは出来なかった。

 背後からの攻撃を受けると、麻痺状態に陥ることがある。ゴブリンはその攻撃を得意とした。

 少しの間、麻痺状態で動けない。


「チッ! ルベナ! 杖を拾え!!」


 ルベナに戦闘体制に入るように怒鳴る。ゴブリンは先ず、レベルの高いレックスから潰すつもりだ。

 引き付けているうちに、攻撃するように指示した。


「えっ……あっ……」


 ゴブリンに殴り飛ばされた拍子に手放してしまった杖を見たルベナは、躊躇を浮かべる。ルベナの杖は、後ろの隅に転がっていた。

 ルベナはその杖より、レックスとルベナの間にある剣を見る。


「止せルベナ!」


 剣に向かって走り出したルベナの姿を見て、レックスは声を上げた。


「お前は剣を扱えない! それにそれはレベル60の武器だ! 触れるな!」


 魔術師は剣を扱えない。

 レベルが低い者が、レベルの高い武器を持とうとすれば拒絶される。

 レックスが言ってもルベナは聞かず、剣を掴んだ。途端に、ルベナの手元にバチバチと電流のようなものが弾けた。ルベナの顔が苦痛に歪む。

 適応できないレベルの者に、武器が示す拒絶反応だ。


「放せルベナ!!」


 レックスが怒号を飛ばしても、ルベナは放さない。


「うあああっ!!」


 痛みと戦うように声を張り上げて、拒絶されながらも剣を持ってゴブリンに向かう。

 巨体でレックスの前に立つゴブリンが振り落とそうとした金棒に、ルベナは剣を振り上げて叩き付けた。

 一度ゴブリンの金棒を弾いたが、すぐに二人を叩き潰そうと降り下ろされる。

 その時だ。レックスの麻痺状態が解除された。

 直ぐ様レックスはルベナから剣を奪うと、ゴブリンを切り裂く。黒い斬撃が当たりに散らばる。

 レックスはこの一撃で終わらせようと思っていたが、レベルの低い武器のため、HPがまだわずかに残っていた。

 落ちている杖を踏みつけて、ゴブリンは倒れかける。そこで、レックスはトドメを刺そうとした。

 しかし、ルベナが飛び出したため、動きを止める。

 長い髪を靡かせたルベナは、蹴り上げられたように宙を飛ぶ杖を掴むと、切り裂くように振り上げた。

 魔法の風で、切り裂いたのだ。残りのHPはその一撃で消え、ゴブリンは消えた。

 経験値を多く得てレベルが上がったルベナは、杖を放して息をつく。


「痛い……」


 掌は自分のレベルを超えた武器を使った反動で、火傷を負ったように黒ずんでいる。まだ残る痛みで、小刻みに震えていた。


「何を考えているこのバカ!!」


 レックスは肩を掴んで向かい合わせると、怒鳴り付ける。


「俺に任せればいいのに無理して掴みやがって!! 俺を守る必要なんてない!!」


 ルベナが剣を掴んで向かった理由は、動けないレックスを守るためだった。

 レックスのために、その手を犠牲にしたのだ。

 レックスは衝動的に怒鳴り付けたが、すぐにルベナを両腕で力強く抱き締める。


「……すまないっ! 今のは自分の不甲斐なさを八つ当たりした!」


 ルベナは痛みや恐怖から守りたかったのだと、理解していた。

 だが、だからこそ、情けないと思う。

 誰かを痛みから守るために、ルベナは痛みを負った。泣くほど怖がったにも関わらず、他人を心配する。

 それはやはり、レックスには共感できないものだった。理解に苦しむ。

 なにより、レックス自身を思いやるそれが胸を苦しくする。


「俺を守ろうとするな! 俺がお前を守るんだ! 仕えると決めたんだ、守る義務があるっ……」

「……私にも、守る義務があるよ……。痛みも、恐怖も、あげたかったわけじゃない……」


 ルベナを見ると、また涙を流していた。


「俺は戦いに恐怖を感じない。痛みなんて以前からあったも同然だ。だがお前が傷つく方が怖い……だから、俺に守られていろ」


 またレックスは、抱き締める。


「この温もりも、匂いも、柔らかさも、鮮明にして喜びとして与えてくれたのはルベナ、お前だ」


 力強く、締め付けた。


「守らせろ」


 冷たかったルベナの肌から、温かみを感じる。柔らかい長い髪を感じる。

 この奇跡を与えたルベナを守りたい。守るために仕えた。


「信じろ」

「……うん、信じてるよ。レックス」


 ルベナが背中に腕を回して、抱き締め返す。

 レックスは自分の胸の中に、熱く焦がれるものを確かに感じた。


 拒絶を受けた手は、アイテムでも魔法でも治せない。痛みはなく、少し酷い擦り傷として残るそれは、自己治癒を待つしかないのだ。

 布を巻くだけの処置をしたあと、続行した。少しでも早く、プレーヤー達をログアウト出来るように、金やアイテムを集めるため。

 レックスを信じたからだろう。

 ルベナの動きは徐々によくなり、レックスの援護なしでも戦えるようになった。

 レベル40の魔物が住み着くエリアの【赤熱の荒野】を過ぎていくと、また森がある。

 レベル50ほどの魔物のエリアの【深淵の崖】のそばの岩に腰を下ろす。

 本日の冒険はここまでだ。

 崖の向こうでは岩山が並び立つエリア。西北の方には魔人の国の城が聳えているのも見える。レックスの城だ。

 地平線の雪を被った山々の頂点から、赤みの強い橙色の光が世界中に向かって放たれる。

 地も森も空も、その光に染められた。水色の空は藍色に変わり、橙色と混ざり合って紫色がある。

 風を受けて、ルベナの白金髪は舞い上がる。一本一本が夕陽を帯びるように、輝きながら靡く。

 怖くとも他のプレーヤーのために散々戦ってきて心身ともに疲労を感じているが、この光景を見てルベナが笑みを溢す。

 同じく崖に腰掛けたレックスは、そんなルベナの姿を見つめる。


「私、美しいものが好きだって言ったでしょう?」


 少しだけ疲れた声で、ルベナは話し始めた。


「私の世界では、俯いてばっかりだった。美しいものはあるんだよ、でもそればかりじゃない。友だちや家族と一緒に楽しくするのは好き。でも、不満や怒りもどこかしらにあって、嫌なものを目にしちゃうことがある。だから、一人俯いて、美しいものばかり見続けた。興味のあるものしか見ないのは、コミュニケーション力が欠けてるって、世間で言われちゃうダメ人間なんだよ」


 苦笑を溢してから、ルベナが両腕を広げて、深呼吸をした。


「美しいものを求めて、この世界に行き着いたの。どこもかしこも美しいから俯いていたくない。この世界を隅々まで見たい。そう思える今の自分が好き。この世界が好きな自分が好き」


 ルベナは藍色の瞳をレックスに向ける。


「前を向いてもっともっともっと! この素晴らしく美しい世界を思う存分味わいたい! だからこそ、プレーヤーの皆を帰してあげるために全力を尽くす! 一緒に頑張ってくれる? レックス」


 無邪気に輝いたその瞳を、レックスは静かに見つめ返した。


「私を守ってくれますか?」

「……何度も言わせるな」


 もう誓っている。

 ルベナを守る。召喚されたその時に、その使命を受け入れた。

 奇跡を与えてくれたルベナを、守ることを選んだ。


「うん」


 確認できたことを安心したように頷くと、ルベナはまた世界を見つめる。


「この世界……好き」


 恍惚とした声で呟いたルベナが幼い顔をしていても、レックスの目には綺麗な女性に映った。


「……俺もだ」


 自分の胸の奥で熱いものが、込み上がるのを感じる。徐々にゆったりと鼓動が高鳴っていく。

 鮮明に色付いた世界で、レックスは確かにそれを自覚した。



 

20151216

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