05 戦いの現実。
朝食を済ませて街の門を出ると、ルベナは重要なことに気付いて声を上げた。
「杖ない!!」
戦いに必要不可欠の武器がない。
レックスの召喚で、膨大なSPとともに対価として支払われてしまったのだ。
丸腰では戦えない。
「杖なら買ったぞ。ほら」
「え!? いつの間に!?」
「遅かれ早かれこうなると思って、昨日武器屋に入った時に買った」
しれっとした顔で、レックスは空間に黒い亀裂を作り出し、そこから杖を出すとルベナに渡した。
ダークブラウンの杖の先端は、丸く折れ曲がっていて中にはパール色の魔法石がある。
受け取ったルベナはわなわなと震えた。その様子を喜んだと受け取ったレックスは、にかっとはにかむ。
「サプライズプレゼントが成功して喜んだ笑顔……まさにイケメン!!」
「それは誉め言葉なのか?」
こっそり自分のために買われたことよりも、サプライズプレゼントが成功したレックスの顔に、ルベナはキュンとした胸を押さえた。
「ありがとう、なにからなにまで……本当に」
ルベナは杖を握り締めて、感謝を伝える。
昨日から金銭面まで支えられていた。感謝とともに申し訳なさで一杯になる。
「あの……お金は……」
「まだ言うか。俺は王だ。そんなはした金返されても、侮辱されているようにしか感じない」
ルベナが返したがっても、レックスは王のプライドで突っ張り返す。
「で、でも、レックスのお金でも、ほら、魔人の国のお金でしょ?」
「いや、俺に立ち向かってきた勇者どもが敗北した時に、落とした金だぞ」
「余計いたたまれない!!」
レックスがプレーヤー達と戦い、勝利して得たお金。
いたたまれなくなったルベナは、青ざめる。
「勇者って、負けたらお金を落とすんだね……」
「アイテムもな。戦い中に手放して死んだら、拾った者のものになるからな」
「ああ、そっか」
レックスから聞いて、ルベナは納得した。
モンスターを倒すと、アイテムと金を落としてプレーヤーは自動的に得られる。
逆の場合も似たようなものだが、装備武器を死亡時に手放していた場合は失うことがあるのだ。
【月の覇者】以外のプレーヤー達を返り討ちにしてきたレックスは、金が有り余っている。
とは言われても、ルベナはこのままではいられないと思った。
「……あれ、レックス?」
レックスに手を引かれて歩いていたルベナは、【黄昏の草原】を抜けたことに気付いて青ざめる。
そして、踏み留まろうとした。
「この先はレベル40のモンスターがゴロゴロしてるエリアだよ!? 私レベル30だから死んじゃうよ!」
ルベナがコツコツとレベル上げした南方面の森と沼地のエリアは、初心者向けで最大レベル30のモンスターが生息していた。
西のこの先は覗いたことがあり、森を抜けると荒野に出てすぐにレベル40と出会す。そんな場所は断固拒否。
「お前はレベル50だ」
「あ、そうだった。……違うっ! それでも怖い! せめてレベル20からでお願いします!」
踏み留まるルベナを、引っ張り歩かせようとするレックスが握る腕に痛みを感じるのだ。
痛みも感じる今、レベル50になっても覚悟がいる。痛覚も伴う戦いで、HPが0になることが怖い。
「俺は最高のレベル90だ。安心しろ、俺がいる」
「嫌だ嫌だ嫌だぁっ!」
「俺が信用できないのか、あ?」
地面にブーツが食い込むほど、ルベナは必死で踏みとどまる。
その態度が信用していない表れだと、レックスは凄みながら強く引っ張った。
「いいか? 今俺は王でありながらも、お前に召喚された。お前を守る使命を受け入れて従っているんだ。俺を信じろ」
これ以上ない強い味方だと、レックスは言い聞かせる。
「せめてレベル20にしてくださいっ!」
「お前、俺の話聞いているのか!?」
「従ってよー!!」
ずるずると引き摺られ始めたルベナは涙目になった。最強がそばにいても、怖いものは怖い。従うつもりなら、聞き入れてほしいと叫ぶ。
その気になれば担いで連れていけるが、本人に戦う気がないのならば意味がない。
レックスは一先ず引っ張ることを止めた。
「百歩譲ってレベル30だ」
「それで百歩!? 鬼!」
「俺は吸血"鬼"だからな」
方向を変えて、別のエリアへ向かう。北だ。
多少はましだと自分に言い聞かせながら、ルベナは受け入れることにした。
「急にレベルを上げたんだろ? スキルの確認をしておけ」
「は、はぁい……」
「俺はフォローする。好きに戦え」
「ふ、ふぁい……」
森を歩きながら、ルベナは言われた通りスキルの確認をする。
これだからもっとレベルの低い相手がいいと思いながらも、ルベナは頭に入れた。
「ほら……魔物の気配だ」
スン、と息を吸うレックスが、いちはやくモンスターに気付く。
「フェイスドラゴン、レベル32だ」
レックスが顎で指す先は、2メートはある巨大な顔を持つ二頭身のドラゴン。
【フェイスドラゴン】だ。ドラゴンと名付けられて翼も持つが、その顔が大きすぎるあまり飛べない。
2メートルの顔は離れていても迫力があり、ルベナは早速怖じ気付く。
しかし、レックスは自分を信じろと肩を押して戦うことを急かした。
よろけながらも、ルベナは杖を握り締めて向かう。
戦い方は世界が変わっても同じだ、と自分に言い聞かせた。
全ての感覚を味わう。変わったのは、それだけだ。
「ふぅっ!」
緊張を吐き出すように息を強く吐いて、ルベナは杖を回して、視界に浮かぶスキルを杖で叩いて魔法を発動した。
渦巻いた火の玉が、フェイスドラゴンの顔に直撃した。
「っ!」
ルベナは驚く。
杖を振ることは予想以上に重い。火の玉の熱を感じた。魔法の火の熱は、少しだけ肌に残る。
「ボケッとするな!! ドラゴンに火の魔法は効果的じゃない! 他のにしろ!!」
レックスの怒声で我に返ったルベナは、大きな顔が突進してきて噛み付こうとしていることに気付いた。
咄嗟にルベナは横に飛び込んで避ける。地面に転がり、手をついた。
砂が舞い上がる。手にはヒリヒリと痛みを感じた。
呆然としている間に、フェイスドラゴンがまた向かう。その生々しい悪臭を放つ口を大きく開けて、ルベナを噛みちぎろうと目の前に来た。
ルベナは動けなかった。地面に座り込んだまま、生温い悪臭を浴びる。
鋭利な牙と、ぶつぶつの舌と、暗い喉の奥。
それらが、ルベナに触れることはなかった。
フェイスドラゴンの尻尾を掴んだレックスが腕力だけで、ルベナから引き離して空に向かって投げる。
標的をレックスに変えたフェイスドラゴンは、真下にいるレックスを喰らおうと大口を開きながら落下した。
腕輪をつけた左腕を一振り。巨大な紅い刃が現れ、フェイスドラゴンを貫いた。
その一撃でフェイスドラゴンのHPは0となり、たちまち消える。
「ルベナ! 素人じゃあるまいし、戦い中に呆けるな!」
直ぐ様レックスはルベナを睨み、叱りつけながら歩み寄った。
まだ座り込んでいるルベナは、青ざめながら自分の手を見ている。その様子に、レックスは疑問を抱いた。
「……ルベナ?」
呼ばれてレックスを見上げたルベナは、涙を込み上がらせる。心の底から怯えていた。
戦いの現実が、そこにある。
戦いの恐怖が、そこにあった。
20151215




