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LACUMOON~人間以上に頑張ったら女神になりました。~  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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19 ログアウト。




 なんでこんなにも簡単なことに気付かなかったのだろうか。

 いや、気付きたくなかったのかもしれない。

 それは無意識に拒んでいたに違いないのだ。


「……」


 ドクドク。脈が速くなる。嫌な感じだ。


「……すぅ」


 息を大きく吸い込んで、吐いた。

 胸の中の騒めきを撫でて、落ち着かせる。


「……よし」


 私は静かに決めて、朝の支度をした。

 まだジェイソンさん達が来ない。

 扉に書き置きを残して、私はとある部屋に向かった。


「おはようございます」


 気怠げに私を見るのは、寝起きの様子のよぞらさん。

 真っ赤な髪も、少々乱れている。


「? おは、ようございます……?」

「ごめんなさい、こんなに朝早くに。どうしても協力してほしいことがありまして……」


 朝は弱いみたい。戸惑っている様子のよぞらさんは、じっと私を見上げた。


「なんだか、深刻な表情をしていますが……どうぞ」


 深刻な顔になってしまっていると言われて、頬をこねつつも招かれた部屋に入る。

 よぞらさんの部屋は、宿をグレードアップする前に私達が借りていた広い部屋と同じ作りだった。

 肘掛け椅子に座るように促されたので、そこに座る。

 髪を整えたよぞらさんも、向かい側に座った。


「私……気付いてしまったんです……」


 ポツリ、と零して、私は頭を深く下げる。


「ごめんなさい、よぞらさん」

「は、はい? なんでしょうか?」


 首を傾げているよぞらさんは、まだ私が何に謝っているかわかっていないようだ。


「あの。よぞらさんで試させてもらってもいいでしょうか?」


 単刀直入に言うことにした。


「ログアウト」


 よぞらさんの瞳が、大きく見開かれる。


「ログアウト、出来るようになったのですか!?」

「いえ、だから、試させてほしいんです……出来るかどうか。実験させてもらえないでしょうか……こんなこと頼んで申し訳ないです。でも一番帰りたがっているよぞらさんに」

「どうぞ!! 実験してください!! どんとこいです!」


 ガッとよぞらさんに両手を掴まれて、逆に頼まれた。


「実際どうなるか、わからないんですよ?」

「大丈夫です。なんとかなりますよ」


 よぞらさんは、そうのほほんと笑う。


「じゃあ……させてもらいますね、ログアウトの実験」

「はい」

「先ず、ログアウトを表示してください」


 言われた通り、ログイン画面を出したのか、よぞらさんは宙を操作してから頷いた。

 私はもう一度、深呼吸をする。

 そして、それを試した。


「ログアウトボタンを押してください」

「はい」


 指示に従って押したであろうよぞらさんの姿はーーーー目の前から消える。

 ログアウトをした現象。キラリと光りが、消えてなくなる。

 私の予想は当たっていた。

 力を抜いて、肘掛け椅子に凭れる。

 それだけではなく、顔を覆って悶えた。

 コンコン。

 ノックの音が部屋に響く。

 私は一瞥してから、のっそりと立ち上がってドアを開いてみた。


「ルベナさん」


 にこっと微笑むジェイソンさん。


「だめじゃないですか。一人で出歩いては。【月の王】もいないのですから、女神様が一人で出歩いてはいけません」


 そう叱り口調で言うと、ジェイソンさんは私の鼻をつついた。


「……どうして、レックスがいないと知っているのですか?」

「昨夜、【月の王】から留守にするからあなたを面倒見てくれと言われたからですよ」

「……」


 知らぬ間に頼んでおいてくれたみたいだ。

 いつもなら、ここで「イケメン」と呟いて惚けるところだけれど、そんな場合ではない。

 黙り込む私を見て、ジェイソンさんは首を傾げた。


「朝食、作りましたよ。よかったら、よぞらさんも誘いましょう」

「あ、よぞらさんは……」


 部屋の中を覗くジェイソンさんが、よぞらさんを捜すけれど、彼女はいない。


「もうこの世界にはいないです……」

「え?」

「ログアウト、しました」


 私は告げた。


「ログアウト、見付けました」


 場所を移動して、私の部屋。

 先ずは【月の覇者】一行に、ログアウトを見付けたことを報告した。


「先ず始めに……ごめんなさい。私がログアウトを阻止していたんです」

「え? どいうこと?」


 頭を下げて謝罪をすると、キアくんが続きを求めてくる。


「私達は【ログアウト】を対価に支払って、五感を得ました……その逆でよかったんです。【ログアウト】を得るために、五感を対価に支払えばいい。それだけだったんです」


 【ログアウト】の対価は、レアアイテムではない。 

 各々が持つ五感を支払えばいいのだ。

 それが対価だったのだから。


「え、でもっ! それじゃだめなんじゃないのっ?」


 キアくんが確認のために身を乗り出した。


「そんな対価でよかったなら、初めから出来てるよね? ……あっ」


 キアくんも気付く。

 そう、元々持っている対価なら、出来たはず。

 だから始めに、謝ったのだ。


「私が無意識に拒んでいたのでしょう……“やっと手に入れた五感を手放さなかったことが原因で、ログアウトが出来なかった“。私の気持ちのせいです……本当にごめんなさい」


 私の気持ちが、元凶だった。

 私の無意識で対価を支払いたくない気持ちが、阻んでいたのだ。

 ログアウトが出来なくても、得た五感を対価に出来なかった。

 いくらレアアイテムを集めても、無理だったかもしれない。

 それを手放さなければ、いけないものだったのだ。


「ルベナ……」

「ルベナ様……」


 キアくんの呟きのあと、アーロンさんが立ち上がる。


「誰も責めません。ルベナ様」


 私の隣に傅いて、アーロンさんは優しく微笑みを向けた。


「五感を手放すというのは難しいです。意識を傾けなければ、出来なかったことなのですから。仕方ありません」

「そうですよ。誰も責めたりしません」


 ジェイソンさんも、私を宥めるように肩を撫でる。


「レアアイテム集めも、無駄になってしまいました……」

「無駄じゃないって! 超楽しかったしな」

「うん」

「そうだぜ、女神サン。無駄なんかじゃねーさ」


 無駄じゃない。そう言ってくれるキアくん、レノくん、ガラクさん。


「それとも、楽しくなかった?」

「ううん、楽しかった……!」


 キアくんに不安げに見上げられて、私は慌てて答える。


「ですが、そうですね……。この情報は伏せておいた方がいいでしょう。あまり女神の能力を公開するのもどうかと思いますからね。レアアイテムでログアウトが出来るようになったと思わせておきましょう。嘘はつかず、ただ待たせたことを謝罪して、ログアウトをしましょうか」


 にこ。ジェイソンさんはそう提案した。

 謝罪したい私の気持ちは、察してくれているようだ。


「よし! じゃあ朝飯食べたら、ログアウトしようか!!」


 目の前に並ぶ朝食をこのままにするのはもったいない。

 さっきから食べたそうにしていたキアくんは、早速手につけた。


「私はログアウトが出来る朗報を伝えに行きますね。よぞらさんがいない今、オパチョップさんから、皆さんに伝えてもらいます」


 ジェイソンさんだけが、一度食卓から離れる。


「え、今すぐの方がいいのでは?」

「ログアウトの方法がわかった今、焦る必要はありませんよ。朝食をとったあとに、復活の噴水前に集まってもらいましょう。ログアウトはそれからでも遅くありません」

「そうだよ! せっかくの朝飯を食べてからにしよう!」

「大差変わらないって! 朝飯前でもあとでもよ!」


 ジェイソンさんに続き、キアくんもガラクさんも朝食にがっつきながら答えた。


「妹にやっと会えると思うと、心が踊りますね」


 なんて、独り言のように言ってから、ジェイソンさんが部屋を出ようとする。見送るその目に映ったのは、レックスの姿。扉のところに立っていた。


「レックス……!」

「おや。早いお帰りですね」

「……フン」


 レックスは、ジェイソンさんと入れ違いに私の下まで来る。


「ログアウトの方法、わかったのか」

「う、うん……おかえり、レックス」

「……ログアウト、するのか」

「うん……」


 立ったまま見つめてくるレックスに、なんとなく視線を合わせずらくって、黙々と朝食をたいらげた。

 それから、意を決して立ち上がり、レックスと向き合う。


「ちょっと話そう! レックス。あの、少しだけ待っててもらえるようにお伝えください」

「わかりました、ルベナ様」


 ログアウトの件は待ってもらい、私はアーロンさんの返事を聞いてから、レックスと一緒に宿を出る。お互い黙ったまま、真っ直ぐに向かうのは、【黄昏の草原】だ。

 初めて、レックスを召喚し出逢った場所に立つ。


「あのね、【ログアウト】の対価には、【感覚】を支払えばいいって気付いたの。だから、よぞらさんで試したら成功して……これから、皆でログアウトを、する」

「……そうか」


 レックスの白銀の髪が揺れ、紅い瞳は草原を見回す。


「……レックスの言う通り」

「……」

「私、避けてた。二人っきりになること。……ううん、一線を越えることを避けてた」


 スカートを握り締め、俯きながら言う。

 私はレックスが好きだ。そのことを初めて会った日以外で、直接的に伝えたことはない。それを避けていた。

 レックスも、きっと同じ気持ちだ。でも私は、避けてきた。


「多分、私は……“お互い違う世界の住人”だから、一線を越えないようにしていたんだと思う……」


 レックスの紅い視線が、私に注がれていることはわかったけれど、顔を上げられない。

 もっと理由はあると思う。両想いになることを避けたのは、あまりにも大勢の人を巻き込んでしまったから。

 好きなのに。


「……おい」

「こんなにも、好きなのに……私は……」

「おい」

「それに私は……レックスを従者として縛っているし……」


 まだレックスの気持ちは半信半疑。

 もしかしたら、レックスを召喚したことで、そう思い込ませているかもしれない。植え付けてしまっているかもしれないのとか、そんなことを思ってしまう。


「おいっ!」


 ガッと両腕を掴まれたから、顔を上げるとレックスの顔が間近にあった。

 私を覗き込むように見つめる紅い瞳。


「告白するなら、目を見て伝えろ! 不安げに言うな! そんな告白を待っていたわけじゃない! 従者として縛っているだと? ふざけるな! このまなこが、支配されているように見えるか!?」


 ルビーのように燃える瞳に込められた熱情。

 ギュッと胸が締め付けられた。


「み、見えない……」


 そこにあるのは、レックスの意思。

 私に対する気持ち。


「ルベナ……愛している」


 息遣いが感じるほど間近に迫ったレックスが、私をとろとろにとかしてしまいそうなほど、熱い囁きをした。

 恍惚な気分に陥る。いつもとは違う。特段に。


「もう一度言ってくれ……オレを好きだと、初めて会った日のように、オレを感じて、言ってくれ」


 囁かれたその言葉を飲んでしまったかのよう。

 それぐらい、とても近い。

 初めて会った日、私は言った。

 レックスが好きになった。レックスと出逢って、もっと好きになった。

 堪らなくなって、私はレックスに腕を回して抱き締める。


「好き! レックスが好き! 本当に好き!」


 レックスの体温を感じて、強く抱き締めた。


「大好きっ!」


 ギュッと抱き締め返される。力強さを感じた。


「愛してるっ、レックス!」

「ああ、オレも愛している」


 私の髪に顔を埋めたレックスは、熱い息と共に出した言葉。

 くすぐったい。


「必ず、この世界に戻ってこい」

「うん」

「その時、この唇をもらう。いいな?」


 やっと両腕から放して、レックスは眩しいほどの笑顔で、私の唇を親指で拭った。

 キュンとする。これ以上は無理なほど。


「今欲しいが、この世界に戻ってきてからだ」


 額を重ねて、微笑み合った。




 大都市【ルーメンルナーエ】の復活の噴水の周囲に、人々は集まる。

 【勇者】であるプレーヤーだけではない。

 都市の住民も、皆が来ていた。


「女神様が帰られてしまうって本当ですか?」

「女神様がいなくなったら、この世界はどうなってしまうのですか?」


 そんな疑問が、あちこちから聞こえる。


「私が帰ることで、この世界にどんな影響を与えるかわかりません」

「案ずるな。この世界が滅ぶことにはならない」


 私の隣に立つ【月の王】レックスが言えば、安心した様子を見せた。


「この都市の皆様には、大変お世話になりました。どうもありがとうございました」

「都市を代表して、こちらこそルベナ様から偉大なものを与えていただき、誠にありがとうございますにゃ」


 一礼をすると、目の前に立つ市長のチェシャさんも頭を下げる。

 歓声が湧き上がった。

 中には「早く戻ってきてください、女神様!」という言葉がある。


「そして、プレーヤーの【勇者】の皆様。遅くなりましたが、ログアウトをお返しします。本当にごめんなさい!」


 こちらでも歓声が湧き上がった。

 やっと帰れることに感謝の言葉を言う人、謝らなくていいと言う人、皆が笑顔だ。


「それでは、ログアウトをしましょう」


 きっと妹さんに早く会いたがっているジェイソンさんが急かした。

 私は頷いて、もう一度一礼をする。


「ログアウトを押してください」


 そう声を響かせれば、たちまち周囲から光りが溢れた。

 光りは、三つ月に吸い込まれるように空へと消える。

 【勇者】がログアウトしたのだ。

 一斉にログアウトする光景を見た。

 もうとっくに【勇者】達の対価を支払っている。

 私も含めて。


「ルベナ」


 呼ばれてレックスを見上げる。

 手を伸ばしたレックスに触れるけれど、感触は曖昧だ。

 これが当然の感覚。でも、レックスの方はどうなんだろうか。

 レックスの顔を見れば、どこか悲しげに見えた。

 あまり見られたくない顔だと思い、私は微笑みを返してから、ふにっと表示されているログアウトを押す。

 空に吸い込まれるように、意識は浮上した。

 ログアウトをしたのだ。



 

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