18 ブラッドムーン。
三年ぶり更新です!
お久しぶりです!!
タイトルちょっと変えました!
ブラッドムーン。聞き覚えがあるそれをまた耳にした。
「それって、何?」
私は尋ねてみる。
「聞いたことはあるのだけれど……」
「三つ月の効力がなくなる紅い月の日だ。月に二回起きる」
「効力がなくなるって?」
「保護がなくなるってことだ」
三つ月の保護。
私は後ろを振り返った。
「えっ?」
素っ頓狂な声を出してしまう。
【ルーメンルナーエ】の門の柱になった宝石を見た。三つ月の宝石が、輝いていない。光を失ってしまっている。
魔物や魔人が入って来れない結界を作り出す宝石の効力がなくなる現象。
私はハッとして、思い出す。
月に二度行われるイベントだ。ゲーム【LACUMLUNA】の定期イベントの一つ。
保護の効力をなくした大都市【ルーメンルナーエ】を守る。
「確か……えっと、えっと、市長! 市長が狙われるんだよね!」
「お前達のゲームでは、そういう設定なのだろう。確かに【ルーメンルナーエ】の保護の三つ月の宝石を発動させているのは、市長だと聞く。だから狙うなら市長だと魔人は考えている。だが魔人は襲わない。オレがルベナの従者になったからな。魔物はどうか知らん」
市長を守り抜くことがルールだったはず。
真っ先に浮かぶのは、チェシャさんだ。
彼は、これを危惧していた。
戦えなくなった勇者達に、【ルーメンルナーエ】を守れない。
大変だ。住人もレベルの低い勇者達も、危ない。
魔物の雄叫びが、この草原に轟く。
「ど、どうしよう!!」
「戦うしかないだろう」
「あたしも戦うです!」
「当たり前だ」
狼女の魔人さんが、参戦してくれるけれど、初めから決定していたらしい。
魔王様、横暴。
「わ、私はっ、まず宿の戻るよ! チェシャさんもだけれど、戦えない人達っが心配!」
「わかった。オレが送る」
「きゃっ!?」
いきなり身体が浮いたかと思えば、お姫様抱っこされていた。
ヒュッと風を切って、門を越えていくレックス。
あっという間に、宿の部屋のテラスに到着した。
「あれ!? いない!」
中に入れば、もぬけの殻。
【月の覇者】一行は、いなかった。
カレーは完食している様子からして、どうやら入れ違いのようだ。
戦うために、向かったのだろう。
「失礼します!」
そんな部屋に入ってきたのは、よぞらさん。
「【ブラッドムーン】です!!」
「レベルが低い人達は、どうしてる!?」
「えっ、恐らく全員います!」
夕食の時間だったから、この宿で食事をとっていたのだろう。
これ幸いだ。
「あとは市長か!」
「オレは行くぞ。雑魚を食い止めておく。お前はここにいろ、ルベナ」
市長のチェシャさんは、どうしよう。
それを相談したかったのに、レックスは私の頭を撫でるとテラスから飛び降りた。彼もまた戦いに行ってしまったようだ。
「やはり、市長になったチェシャさんを狙いに来るのでしょうか?」
よぞらさんが問う。
「わからない……でも、守らなくちゃ!」
市長の家に行こうかと思ったけれど、呼び出した方が早いと思い立った。
「チェシャさん! 召喚!!」
杖を取り出して、SPを対価に猫人間のチェシャさんを魔法召喚する。
魔法陣が現れれば、そこに立つ猫人間。チェシャさんが驚いたように部屋を見回した。
「これが召喚……。ルベナ様」
「急に呼び出してすみません! 探しに行くより早いと思いまして!」
ペコッと頭を下げて、まず謝罪をする。
「構いませんが、何故召喚したのですか?」
「チェシャさんは、ここにいてください!」
「えっ?」
私はそれだけを言って、テラスに出た。
赤くなった空に、薄暗い都市を見下ろす。
SPが回復しているのを確認した私は杖を喉元に当てて、メガホン代わりにした。それで、都市中に私の声を届けるために。そう念じる。
「皆さん! ルベナです!! 【ブラッドムーン】というイベントが始まりました!」
私の声は、木霊した。成功したようだ。
「三つ月の効力が一時的になくなり、街に魔物が襲ってきます! 戦える人は、街の外に出て戦ってください! 侵入を食い止めてください! お願いします!!」
見えていないけれど、私は思わず頭を下げた。
「戦えない人は、宿の中に避難してください!! 【月の覇者】も【月の王】も応戦してくれています!! くれぐれも無理はなさらないでください!!」
しかし、と続けて言う。
「私達は【勇者】です!! 勇者とは偉業を成し遂げた者、成し遂げようとする者の称号! 自分が出来ることをしてください! 勇気を振り絞って! この事態を乗り越え、都市を守り抜きましょう!!」
最後に、皆で頑張りましょう! そう告げて、杖を喉から離した。
振り返ったら、よぞらさんが微笑んでいる。
「わたしも勇者になってきますね!」
そう拳を固めて見せたよぞらさんは、この部屋をあとにした。
よぞらさんも参戦か。
SPの回復を見た私は、【フェンリル】を召喚する。
「お願い、戦ってきて」
そう頼み込み、行かせた。
SPの回復を待つか、対価を支払って召喚をするか。
迷っていれば、声をかけられた。
「あの、ルベナ様。どうして、私は呼ばれたのでしょうか?」
「【ブラッドムーン】で、市長が狙われてしまうのでしょう!? 守るために決まっています! なんで早く言ってくれなかったのですか! ……いえ、聞かなかった私が悪いですね! ごめんなさい!」
「ルベナ様……顔を上げてくださいにゃ」
もう一度頭を下げれば、ふにっと猫の手が肩に置かれる。
「私のせいで市長という危ない役職を押し付けられたようなものですから……責任を感じて……だから、ここで守ります!」
「……わかりましたにゃ。ルベナ様にお任せします」
「大丈夫です! 戦える勇者は増えました! 必ず乗り越えられます!!」
ぎゅっとその手を、両手で握り締めた。
チェシャさんは、顔を綻ばせる。
「信じておりますにゃ」
私は頷き、またテラスに出た。
都市の壁が見える。そこでは、戦闘が行われているのだろう。爆発も目にした。
どうか、早くこの【ブラッドムーン】が過ぎ去りますように。
SPが回復したから、【ガーゴイル】と【スピカ】を召喚した。
ガーくんとスピカには、それぞれ別の方角に行ってもらう。
離れていても、召喚獣のHPは管理出来た。
特に苦戦は強いられていないようで、あまり減ってはいない。
定期的に行われるイベントだ。それほど高い難易度ではないのだろう。
それに、今回、魔人は対象に入っていない。そこは幸いだ。
テラスから見回せる限り、見張った。
壁を超えて侵入する魔物はいないか。
いたら、住人に被害が及ぶ。
守らなくちゃ。
私は強く杖を握り締めて、警戒をした。
あちらこちらで、爆音がする。
一時間が、経っただろうか。
赤みは消えた。三つ月の輝きが、戻る。
見慣れた藍色の空に変わった。
「【ブラッドムーン】は終わりましたにゃ。ありがとうございます、ルベナ様」
もふっと肩にまたチェシャさんの猫の手が置かれる。
私は朗らかな笑みを見上げてから、力を抜いてその場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか? ルベナ様。私は仕事に戻りますにゃん。被害などの報告をしにくるでしょうから」
「あ、なら私も行きます」
「いえ、ルベナ様は【月の王】様の帰りを待たれた方がよろしいでしょう。待つように言われていたではありませんか」
「あっ、そうだった……」
言い付けを守らなくては、お仕置きをされかねない。
いやどんなお仕置きされてもご褒美なんだけれどね。
いやいや待てよ。もしかしたら70レベルのエリアに放り込まれるという鬼畜なお仕置きをされるかもしれない。それは怖いし嫌だ。
なので、私は残ることにし、杖を振ってチェシャさんを元の場所へと戻した。
「ふぅー……」
一息ついて、またもや脱力をする。
「なんとか乗り越えた……」
見たところ都市に目立った損傷もない。
被害は最小限に抑え込めたはず。
これも勇気を振り絞ってくれた皆のおかげだろう。
「ルベナ?」
レックスの声に振り返る。
テラスに乗り込むところだった。
イケメンがテラスに現れる。素敵か。
「おかえりなさい。レックス」
にへらと笑って見せた。
召喚獣達も帰ってきたので、お疲れ様と伝えて戻ってもらう。
「狼美女さんは?」
【ブラッドムーン】ですっかり忘れていたけれど、どうなったんだろうか。レックスの後ろを見ても、姿は見えない。
「いない。もう三つ月の効力は戻っている。人間の従者にもなっていないアイツが、この都市に入ってくることは出来ない」
「あ、そっか……」
レックスは【月の王】。魔人の頂点に君臨する存在。
本来なら、三つ月の効力で、この都市には入れない。
でも私の従者となっているから、こうしてここに居られる。
さっきの魔人の狼美女は、入ることを許されないのだ。
「……レックス。魔人の国に帰ったら?」
「何故だ」
私が全ての元凶だけれど、そう言ってみる。
「世界が変わって、レックスがいなくなって、混乱しているでしょう? 戻って安心させてあげようよ」
「魔人にそんな生優しさは必要ない」
きっぱりとレックスは却下した。
「そう言わずに、お願い聞いてあげて!」
私は食い下がる。
あの狼美女の願い。いいや、恐らく魔人の家臣達が願っていること。
「……」
レックスの美しい顔は、嫌そうに歪められた。
それでも、手を合わせてお願いを続ける。
「わかった」
承諾の声を聞いて、私はぱぁっと目を輝かせた。
「なら、褒美を寄越せ」
「へっ?」
王様が国に帰る。当たり前のことなのに、褒美を求められた。
レックスが歩み寄ってきたので、思わず後退りする。
「オレはルベナの従者だ。お前の命で帰ってやる。その褒美を寄越せと言っているんだ」
「ほ、ほう、褒美とは……?」
聞くことがなんか怖いけれど、後退りつつも問う。
レックスは歩みを止めない。
気付けば、いつも使っているベッドまで追い込まれていた。足がつっかえて、振り返る。そんな私の腕を掴むと、レックスはボフンと押し倒してきた。
長い白金の髪が舞う。
それに包まれるようにして、レックスの欠点のない美しい顔が迫る。
ベッドに押し倒された私は、身を縮めて、その顔を見張った。
「褒美を、寄越せ」
ゆったりと紡がれる声は低い。そして魅惑的。
ドッと速くなる鼓動。
真っ赤になって固まっていれば、レックスは満足そうな笑みを溢す。
「じゃあ、これをもらおうか」
レックスが指定したのは、私の唇。
親指で拭われて、私はその唇をハクハクさせた。
「それとも、今もらおうか?」
「っ!!」
私の心臓が、もう持たない!
そこでガチャッと開かれる扉。
私もレックスも反応をして見た。
「ただいまー……あ」
【月の覇者】こと、キアくん達のお帰りだ。
ベッドに押し倒されている言い逃れの出来ない状態。
耳まで真っ赤になる私。
「おや? お邪魔でしたか?」
なんてお馴染みの微笑みで聞きながら、中に入るジェイソンさん。
「ふぎゃあああ!!」
私は毎朝お決まりになった悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちた。
「チッ……」
舌打ちをするレックス。
「邪魔なら消えろ。なんでこの部屋に入ってきた」
「カレーを食べたあとの食器を片付けていなかったので」
吐き捨てるレックスなんてどこ吹く風。ジェイソンさんは鎧姿のまま、片付けを始めた。
「皆さん、無事でしたか!」
「【ブラッドムーン】は初心者にも優しいイベントだから、だいじょーぶ!!」
気を取り直して、私は戦闘について問おうとしたけれど、その前にキアくんが笑顔でVサインを向けてくれる。
「住人の方も【ブラッドムーン】を危惧して、壁の外には出ていなかったですし、被害はほぼないと言ってもいいでしょう。ルベナさんの励ましが効いたのか、レベルが低いプレイヤーも戦闘に参加していました」
「まさに勇者の誕生のようでした。これもルベナ様のお言葉があってのこと……皆を導く女神様のお言葉、素晴らしかったです」
「褒めすぎです」
報告してくれるジェイソンさんと、相も変わらずのアーロンさんの賛賞は受け流しておく。
被害がほぼない。それを聞いて、胸を撫で下ろした。
「皆も、【ブラッドムーン】があることを教えてくれてもいいのにー」
「いやごめんごめん。世界変わっても起きるとは思わないし、てか忘れてた! なっ? レノ」
キアくんに話を振られて、レノくんは無言で頷く。
世界が変わってしまってそれを忘れていた。
つまりは私のせいか。ガクリ。
そんな私の心情はお見通しなのか、ベッドから降りたレックスに、むにっと頬をつねられた。
「あ、カレー美味しかったよ! 嫌いなのに作ってくれてありがとー!」
「ほとんどはジェイソンさんがやってくれたようなものだけれど、どういたしまして」
「ああ、ほんと美味かったぜ。ありがとうさん」
キアくんに続いて、ガクラさんにもお礼を言われる。
勇者のことも、住人のことも、気になったのでジェイソンさん達と一緒に宿を降りた。
戦ってクタクタの様子がちらほら。私を見ると、皆揃って笑顔で親指を立てた。
それから、よぞらさんが報告をしに来てくれて、戦闘でHPゼロになった人はいないそうだ。住人も怪我をすることもなかったという。
ホッと一安心。
ちなみに【ブラッドムーン】中は、復活することが出来ないという。
復活できないってことは、その間はどうなるんだろうか。
小さな疑問が浮いた。
もう夜も遅いので、休むことになり、レックスと二人で部屋に戻る。
ちょっと緊張しながらも、寝支度を始めた。
「へっ? 帰る?」
「何を素っ頓狂な声を出している。貴様が頼んだことだろう」
寝支度をしないレックスは、魔人の国に一度帰るとのこと。
確かに私が頼んだのに、何を素っ頓狂な声を出してしまっているのだろうか。
「あ、ごめん。ありがとう!」
ぎこちなく笑ってしまう。さっきのことを引きずっているせいかな。
どこまで本気なのだろうか。私はレックスの顔を凝視してしまった。
「言っておくが、本気だからな」
私の心の中はお見通しのように、レックスは言う。
ご褒美の件。本気。
かぁああっと顔が熱くなった。
「オレは一日、ルベナから離れる。だから、明日のダンジョン潜りは禁ずる。オレがいない隙に怪我をされてはたまったものではないからな」
「はい。一日でいいの……?」
私としても、レックスのいない戦闘は心細いので賛成だ。
ラジャーと敬礼して見せてから、首を傾げる。
国の混乱を一日でおさめられるのだろうか。
「一日で十分だ」
悔しいほど、言い放つレックスはかっこよかった。
王様、イケメン。
「いい子にしていろよ」
私の顎をすくい取ると、レックスが告げる。
「ふぁい……」
まともな返事が出来ずに、見惚れた。
この美しい吸血鬼は、どこまで私を惚れさせるのだろうか。
「あのアホの登場のせいで、曖昧になったが……いい加減、はっきりさせてもらうからな。ルベナ」
「!」
そっと耳打ちされた言葉。そのあとに、ちゅっと耳に口付けをされた。
私は硬直したが、レックスは気に留めるなく、テラスから飛び降りて夜の中に消える。
冷たい夜の風が、私の髪を舞い踊らせた。
わざと二人っきりになることを避けているのかと思っていた。
【黄昏の草原】で言っていた言葉がよぎり、私はテラスの手すりを掴み、俯く。
その言葉の意味を考えないようにして、テラスのドアを閉めて、ベッドにダイブした。
思考を振り払って、眠りの淵にも飛び込んだ。
翌朝。悲鳴を上げることなんてない。
レックスが異性として意識しろと言わんばかりに何かしらしてきたが、そんなレックスのいない朝。
ポケーっと天井を見つめて、シーツの感触と広さを味わうように、腕を滑らせた。
レックスがいなくても、感じる。
レックスがいない。
ただひたすら、寝そべったままぼんやりして、なんとなく手を翳した。
「……!」
やがて私は目を大きく見開くことになる。
あることに気付いたのだ。
20190525




