16 星の精霊。
星空の泉を飛ぶように浮上していくと、もう一つの水面に出た。
「ぷはー!」
まるでゼリーみたいに塊が散っていく。這い出てみれば、私の身体は濡れていなかった。面白い泉と小さく笑ってしまう。
泉の光で照らされているけど、離れたところは暗くて見えない。下よりも暗い。
同じく這い出たアーロンさんは、ダンジョン用の道具である【月の欠片】を灯す。三つ月の宝石の欠片。灯りになるし、少しの回復効果もある。
アーロンさんの横で、ふわりと浮かんだ。
「召喚術師がここに入ると、クエストが発生します。あれが封印されている精霊です」
アーロンさんが指差す方に目をやると、仄かに光を帯びた大きな大きな結晶が見えた。私の三倍はありそう。
近付いて見ようと歩いていくと、ソレに気付いた。
結晶の後ろにいる。頭の後ろに右腕を回し、捻れたようなポーズをしている巨大なピエロ。外見だけで既に恐ろしいのに、暗がりの洞窟の奥に立っていると倍増である。
思わず、私は後退して悲鳴を上げないように口を押さえた。
ピエロ怖いぃいいっ!!!
無理! 無理!!
口を両手で押さえながら、首を激しく横に振った。
「大丈夫ですよ。あの鎖に触れない限り、クラウンは動きません」
アーロンさんは笑う。
よく見てみれば、結晶には鎖が巻き付いていた。あれが封印の元なのだろうか。
【シークラウン】レベル55。私と同じレベルにまた恐怖する。エリアボスよりHPが高い。こんなの私だけで倒せる気がしない。
「や、やっぱり……私では攻撃力不足では?」
「そんなことありませんよ。援護します。ルベナ様ならば、倒せます」
にこ、とアーロンさんは余裕に笑いかける。ま、まぁ、80のアーロンさんがいれば大丈夫かな。
「シークラウンは火の攻撃が効果的です。水を使いますのでお気をつけください」
「は、はい」
物知りだなぁ、と感心しつつも火系の魔法スキルを確認する。
水系は確か、足をとられちゃうんだよね。麻痺と同じ。
「じゃ、じゃあ、行きますよ?」
「はい。回復はお任せください。どうぞ、攻撃に専念してくださいね」
アーロンさんの方は準備万端。私は頷いて、深呼吸をした。杖をくるりと回してから、ギュッと握り絞める。
【ガーゴイル】を召喚。
彫刻のように、強面の姿。二メートルはあり、翼と両手は赤い。炎系の魔法を使う。
よろしく、と笑みを向ける。ガーゴイルのガーくんは、軽く頷いた。
恐る恐ると結晶に歩み寄る。うっすらと美しい女性の顔が見えた。封印された精霊だろう。あとは見えない。早く解放してあげたいな。
杖で、つんっと鎖に触れた。
途端に、動き出す鎖が動き出す。ジャリジャリと結晶を滑っていく。
私は静かにさっと後退した。
結晶に手をついて、シークラウンがゆっくりと回転して、目の前に着地する。細い身体に、鎖が巻き付いていた。結晶と繋がっているみたいだ。
巨大ピエロは、動き出すとまたさらに怖くて、ガクガク震えてしまいそう。
でも、こっちから仕掛けないと。
「ガーくん!」
呼び掛けながら、私は杖でコマンドを叩きつけた。
辺りを真っ赤に照らす炎の柱が、シークラウンを包む。火系攻撃は、継続的にダメージを与える火傷にもさせる。
ガーくんは取り押さえた。そして手から炎を噴射させて攻撃。効果的で、どんどんシークラウンのHPは削られていく。
ゼロになるまでそうしてほしかったけれど、シークラウンも反撃に出る。
カッ、と光出したかと思えば、水の塊が撒き散らされた。水系の攻撃。当たれば、痺れを感じる。
ガーくんが弾かれたから、もう一度火柱を食らわせてやろうとすれば、また水系攻撃。
波に足をとられ、崩れた。スライムみたいに絡み付いて、立ち上がれない。その間、シークラウンが攻撃を続けた。
ガーくんも足をとられて、攻撃できずにいる。
私はシークラウンの顔面目掛けて【ファイヤーボール】を放つ。
シークラウンの攻撃が止んだ隙に、回復薬を飲もうとしたけれど、HPは回復した。
アーロンさんだ。攻撃力までアップしてもらった。
よし、また火で攻める。
先ずは火柱。そして【ファイヤーボール】をバトンを振り回すように、コマンドを連打して連続攻撃。
HPを削り続けたあと、私のスキルの中で最強の火系攻撃を踏み込んで放つ。
【フルイーグ】。二つの炎が大蛇のように渦巻いた。私も熱を感じる。
ぶわり、と燃え上がり、シークラウンに大ダメージを与え続けた。
「ガーくん!」
私の攻撃が終わると同時に、空中に飛んだガーくんに指示。両手が燃えたまま、頭上から突進した。地面にめり込むほど、シークラウンを押し倒す。
離れてもらい、また火柱。シークラウンが振り払い水を放つけれど、宙にいたガーくんが捩じ伏せた。
シークラウンの攻撃を阻止しては、攻撃し続ける。赤色が弾ける。熱く、眩い。
それでも、標的は見逃さない。
反撃されたら、主導権を握られてしまう。火攻めを続けた。
そして、HPがゼロになった瞬間。
鎖とともに、結晶が砕けて飛び散った。冷たい雫のように降り注いだ。火照った肌が、冷める。
大きな結晶の代わりに、大きな美女がいた。きっと十頭身。胸がふっくらとあり、ドレスが包んでいる。スカートはふわふわと波打つように揺れていた。ドレスも肌も藍色の夜空色。
ラピスラズリーのつぶらな瞳が、私を見つめている。
召喚に新しく【星の精霊】のコマンドが浮かんだ。【星の精霊】は口を開くことなく、ペコリとお辞儀した。
「よ、よろしく、お願いしますっ!」
なんて美しい精霊なんだろうと、私はまた見とれてしまうけど頭を下げる。
それから、アーロンさんを振り返った。
「お見事です。流石は女神様」
いつもの笑顔だ。キラキラした眼差しが、私に真っ直ぐに向けられている。
「星の精霊を従えるのは、あなた様しかいません。夜空に浮かぶオーロラのような女神様と星の精霊……神秘的な美しさを間近で目にすることができるなんて。私は幸福者ですね」
とても嬉しそうに、笑みを深めた。
「この世界にいることが、堪らなく幸せなのです。ありがとうございます、ルベナ様。本当に……ありがとうございます」
少し、涙が浮かんでいるように見えた。心からの感謝の言葉。
ガーくんも星の精霊も、召喚陣の中に消えていき、私とアーロンさんだけになる。
灯りも、泉の光だけ。
「……さぁ、戻りましょう。ルベナ様」
「あ、はい……」
にっこりと明るく笑いかけて、手を差し出してくれる。その手を取った。
「下りる時は潜らなくてはいけません。わたくしが先に下に着地して、受け止めますね」
「あ、あの。ありがとうございました」
「光栄です」
来る時は簡単に浮上してくれたけれど、泳ぐように潜らなくてはいけないみたいだ。
すぅ、と吸い込んで、また星空のような泉の中へ飛び込んだ。
この光景を目に焼き付けるように眺める。空を泳ぐような気分を記憶に刻み込む。この冷たさを肌に染み込ませた。
言った通り、アーロンさんが先に下りる。私は周りを見回してから、名残惜しいけれどそっと足元の水面から出た。
ポチャン、と落ちる。
すると、私を受け止めたのはアーロンさんじゃなかった。
「他の男と一体なにしていた?」
お怒りの【月の王】様。麗しいお顔で冷ややかに見下してくる。
「しょ、召喚クエストを……あ! 新しい従者がゲットしたの! 星の精霊で、すっごく美人でっ」
「ほーう? 他の男と初体験を?」
嬉々として報告しようとしたけど、レックスは低い声を出す。
「え、えっとぉ……」
「……」
じろり、と鋭い眼差し。
「目障りな勇者どもをログアウトさせてから、召喚クエストをやろうと思っていたのに……」
「ご、ごめ……」
予定してくれていたのに、先にアーロンさんとやってしまった。
「ご、ごめんなさい。もうしないから。ログアウトのあとで、連れてってくれる……?」
きっと私のために、考えてくれたのだろう。まだ有効だといいけれど。レックスを見上げてみる。
「二人で?」
「う、うん」
「……約束だぞ?」
頷けば、レックスは満足げな笑みになってくれた。
「この世界を思う存分味あわせてやるのは、この俺だ。忘れるなよ?」
「は、はい……」
勝ち気な笑みが美しすぎて、うっとりしてしまう。横抱きにされているから、近い。
「は? なんで? みんなと一緒に楽しめばいいじゃん」
キアくんの声。
レックスの肩越しから、キアくん達が見えた。揃っている。
どうやら、キアくんがはぐれてしまったと知り、タイマン中のレックスとジェイソンさんのところに戻ったらしい。それでみんなで捜してくれたそうだ。
「初めてのダンジョンで迷子になったら大変だもんな!」とキアくんは笑い退ける。
君のせいで迷子になりかけたんだけどなぁ。
「休憩も済ませましたし、ボスの元に行きましょう。召喚クエストをやったところすみませんが、出番ですよ? ルベナさん」
ジェイソンさんが優しく微笑んでくれたけれど、私は口元が痙攣してしまう。
今、強敵を倒したばかりなのですが。やっぱり一層ボスは私が前に出て戦うのですね。
大丈夫、巨大ピエロも倒せたもの。今度はレックスも【月の覇者】もついている。心強さを再確認して、私達は進んだ。
20160127




