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LACUMOON~人間以上に頑張ったら女神になりました。~  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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13/20

13 女神感謝祭。




 宝石の効果は発揮されて、魔物とは遭遇しなかった。東の空に浮かぶ三つ月を目指して、のんびりと景色を味わいつつ歩いて街に帰ると。


「おかえりなさいませ、女神様!」


 盛大に出迎えをされた。出た時とは違い、街はお祭りムードだ。

 奏でられる音楽が溢れてきて、色とりどりの紙で作られた花がくるくると回転しながら降り注ぐ。人々は紙吹雪のように花を撒き散らしては、私に向かって笑顔で手を振る。

 私は笑顔がひきつらないように心掛けながら、手を振り返す。


「ど、どういうことですか、これ」

「見ての通りですよ。奇跡を起こした女神様への感謝祭を行っています」

「この世界の住人が感謝を示しているのですよ、ルベナ様」


 ジェイソンさんとアーロンさんは微笑みを崩さないまま、街を出ようとする私の背中を押して歩かせた。すぐに私の後ろについていたレックスが、その手を払い落とす。


「何故こうなったのですかっ? なにか唆したのですかっ?」

「違いますよ。市長も言っていたでしょう? 人々も手を差し出す、と」


 アーロンさんがなにか誇張して吹き込んだかも知れないと疑うけど、否定された。


「故郷に帰れない勇者をもてなしてくれているのですよ。勇者も旅行に来たと思って楽しんでくれるでしょう。これなら悪くない現実でしょう?」


 ジェイソンさんが私に話ながら、若い女性達に微笑んで手を振り返す。たちまち、黄色い悲鳴を上げて彼女達はよろけた。

 この騎士様は、なにからなにまで最強なのですか。


「……でも、逆効果ってこともあるのでは?」

「大丈夫ですよ。大勢の人間をまとめることに長けた人材が、不幸中の幸いにもいましたので」


 私に顔を向けて、ジェイソンさんはニコッと笑みを深めた。


「人材、ですか……?」

「はい。あとで紹介しますね。謝罪したいと言っていました」


 謝罪してもらうような人、ここにいただろうか。

 首を傾げつつも、花が降り注ぐ街を進んだ。

 すると、小さな小さなおさげの女の子がパタパタと目の前にきた。茶髪で、オレンジのワンピース。

 しゃがんで、なにかと訊ねてみる。


「めがみさま、どうぞ」


 舌足らずの口調で差し出してくれたのは、白い花の冠。頬を赤らめているのが可愛らしくて、頭を下げて乗せてもらう。

 その子は八重歯をチラッと出して満足そうな笑みを浮かべると、パタパタと歩き去った。

 可愛いなもう!

 花冠をもらえたのは嬉しい。でも、子どもにまで女神呼びされてしまった。今朝は違ったのに。

 街中が私を崇めてしまっている。色とりどりの花が舞う景色は、素敵なんだけれども。


「女神様! 【月の覇者】様! おかえりなさいませ!」


 宿に戻ると、亭主さんやプリマちゃん達が出迎えてくれた。


「宴に参加されますか? それともお休みになられますか?」

「……宴?」


 きょとん、とする。

「参加します」とジェイソンさんが、返事をした。

 案内されたのは、三階。宴会場になっていたらしく、プレーヤーで埋め尽くしていた。


「あ、女神様だ!」

「おかえりなさい女神様!」

「女神様!!」


 お酒をもう飲んでしまったらしく、「いえーい!」と一同が私に笑いかける。

 効果覿面らしい。飲み会テンションだ。


「み、皆さん、どうも……」

「さぁさぁ、女神様も一杯飲みましょうや!」


 一人の男性プレーヤーが私にお酒を持ってきてくれたのだけれど、レックスが阻んだ。

「近付くな」と睨み下ろす。

「す、すんませんでしたぁ!」と彼は去ってしまった。

 他の人もそれを見ていたので、顔を背ける。


「未成年は飲んではいけませんよ」

「え、私は成人ですが」


 ジェイソンさんが私に向かって言うものだから、反論した。

【月の覇者】が絶句した瞬間。


「私は二十三ですよ……」


 どうせ、元から童顔でおバカに見えたから、子どもだと思われたんだろうな。あか抜けないというか、大人になれていないというか。悲しい。


「え、同い年ですか」

「え、妹より上ですか」

「タメだと思った! 呼び捨てごめん!」

「女神サン、どこからどこまで整形したんだ?」


 最後が群を抜いて失礼だ。ガラクさん、酷い。


「デフォルトをそのまま髪色などを変えただけですよ。どうせ、中身すら幼いですとも……」

「そんな落ち込むなよ、女神サン! いやぁ、胸元とかウエストとか絶対領域とか、色っぽくていいぜ!」

「肉だるま、死ぬか?」

「誰が雪だるまだ、やんのか!?」


 ガラクさんのフォローかどうかわからないそれに、レックスが喧嘩腰になり、また火花を散らすので私が仲裁。


「ごめん、おれ呼び捨てにして……」

「あ、別にいいよ」


 キアくんが謝るけど、フレンドリーなら全然気にならない。平気だと笑って、レックスの背を押す。

 せっかく他の皆が楽しんでいるようだし、私はテラスに出てレックスといることにした。

 私とレックスの食事は、プリムちゃんがカートに持ってきてくれた。

 外に向かって椅子を置いて、背で賑わいを聞きながら、空を眺めた。暮れ始めて、紫色を纏いながらも藍色の夜空になっている。


「隣、いいですか?」


 声をかけてきたのは、料理とお酒を手にしたジェイソンさん。鎧は外してYシャツ姿だった。

 許可すると、私の右隣の椅子に腰かける。


「当分は心配いらないでしょう?」

「はい……すごいですね。一晩でこんなに変わるなんて」

「希望があれば、明るくなれます」


 帰れるという希望があると知ったから、こんなにも変わったのかな。


「それに街の住人の優しさでしょうね。気遣ってくれるならば、悪化することも少ないでしょう」


 いい人達で、本当によかった。この街の人達に、なにかできないかな。

 少し考えようとしたけれど、ジェイソンさんの顔に笑みがなくなっていることに気付く。なにか考えているような真面目な表情。

 そのジェイソンさんが、私のすぐそばのテラスの壁に寄り掛かっていたレックスに目を向けた。

 じとり、と睨むような視線を返すレックス。


「お酒は飲みますか? 持ってきますよ」


 ジェイソンさんは私に微笑んで問う。

 お酒か……あまり飲まないし、気が乗らない。


「誰も責めたりしませんよ。今夜は楽しみましょう」

「俺が持ってくるから、待ってろ。カクテルでいいな」

「あ、ありがとう……」


 ポン、と私の頭に手を置いてから、レックスが離れた。ジェイソンさんを牽制するように一睨みして。

 頭を片手で押さえて、意外だなと思う。私から離れたのは、初めてだ。

 ……ちょっと心細い。


「【月の王】ですが……」


 同じくレックスを見送っていたジェイソンさんが口を開く。


「彼は悪魔ですか?」


 妙な質問に、私はきょとんとする。


「吸血鬼ですよ?」


 【月の王】は魔人の頂点に君臨する吸血鬼。戦ったこともあるジェイソンさんなら知っているはずなのに。


「吸血鬼だと名乗りましたか?」

「……はい」


 俺は吸血鬼だからな、と自分で言ったこともある。私は首を傾げた。

 中の灯りが目立つほど、外は暗くなる。微笑みを浮かべたまま私を見つめているジェイソンさんの瞳が、まるで奥の奥まで探っているような気がしてしまった。

 でもすぐに優しげな笑みが、ニコリと深められる。


「それなら、いいのです。意外でした、ルベナさんが私の妹より上とは。私の妹は今年二十二なんです」

「そうなんですか、一個下なんですね」


 話題は変わったので、ジェイソンさんの妹さんについて会話を続けよう。沈黙したら気まずい。


「妹さんは、ゲーム好きですか?」

「私と一緒でゲームはたまにやるくらいです。【LACUMLUNA】も、妹から誘われて友人達と一緒に始めたのですが……ふふ、今では私だけがハマってしまいました」


 意外なことに、ジェイソンさんはゲーマーと言うわけではないらしい。


「最初は一緒にエリアボス狩りなどをして、楽しんでいたのですがね……"手応えがない"と妹とその恋人が感覚がないことに飽きてしまい、そのあとはたまに付き合ってくれる程度。確かに感覚がないのはつまらないですが、私はレベルが高い怪物を倒す楽しさが病み付きになりました。そうだ。金曜日の夜も【月の覇者】に紹介をして、一緒に遊ぶ約束をしていたのですがね。……残念です」


 藍色に染まった空を見上げて、ジェイソンさんは肩を竦めた。

 せめて妹さんと一緒がよかった、のかな。


「……会いたい……」


 ぼそり、と憂いに満ちた表情で呟いた。


「す、すみませんっ!!」


 引き裂いたのは私なので、慌ててペコペコと頭を下げる。


「あ、いえ、責めているわけではないですよ。三週間ぶりに会うはずだったので、余計寂しいと言いますか。妹もきっと楽しんだはずです」


 ふふ、とジェイソンさんは笑った。


「あ、私の格好を決めたのも妹なんです、髪色とか」

「へー! あ、プレーヤー名も、妹さんが決めたそうですね」

「はい。本名は幸せな樹と書いて幸樹(こうき)なのですが、ジェイソンの由来が樹からきているからと、妹がつけてくれたのです」

「ほー、そうだったんですか」

「ルベナさんの名前は? なにか意味がありますか?」

「私も本名に因んで……あ、本名は鈴と大と示すの奈で鈴奈(すずな)です。現実では身長はちっちゃいんですが」

「鈴奈ですか、可愛らしい。そのままでもよかったのに……あ、鈴……ベルナを入れ換えて、ルベナにしたのですか?」

「はい正解です!」


 ジェイソンさんと妹さんが仲睦ましくて綻んだまま、本名を明かし合った。


「ふふ。本名も知り合えましたし、連絡先を教えてもらってもいいですか? 妹も連れてきたいですし、一度会っていただきたいです。私の妹は美人ですよ」

「はい、ぜひ!!」


 妹さんが美人だと聞くなり、つい反射的に返事してしまう。ジェイソンさん似の美人かと思うと、一目お会いしたい。


「こんばんは」


 そこで、レックスがいないからだろう、声をかけられた。

 見るなり、私は背筋をピンと伸ばす。

 あの赤毛の魔法使いさんだ。


「あ、そんな固くならなくとも。昨日はすみませんでした、女神様」


 そう言って苦笑をした魔法使いさんは、その場に正座をすると頭を下げた。


「え、な、なんでですか!? 私が悪いのに!」

「悪気があったわけではなく、解決をしようとしていたのに、わたしは八つ当たりをしたのです。実は……どうやらわたしは女神様と同時刻にログインしたらしいんです。恋人もログインしようとしたと思うのですが……間に合わなくてこっちには来れなかったようです」


 顔を上げた彼女は、悲しげな表情で話してくれた。つまりは、早い段階でログアウトが出来ないと気付いたんだ。余計、いたたまれなくなる。


「……交際を始めてから、こんなにも離れたのは始めてで……もう精神的に追い込まれ過ぎてしまい……あ、い、た、い」


 正座したまま床に突っ伏してしまった彼女は、わなわなと震えた。


「ひぃっ、ご、ごめんなさい!」

「あ、大丈夫です。非現実は大歓迎なので」

「!?」


 私は慌てたけど、彼女はあっさりと顔を上げてケロッとしている。


「出来れば一緒だったらよかったのですがね。彼さえいれば、この世界に永住してもいいくらい。あっちで最善を尽くしてくれているであろう彼が、無茶をしていると思うと心配で心配でなりませんが……」


 少し涙目になるけれど、すぐに笑顔を作るとジェイソンさんを掌で示す。


「笹野先生が……いえ、ジェイソンさんがいたので、なんとかなるだろうと思いまして!」

「あ、リア友でしたか」


 どうやら、現実で知り合い同士だったらしい。

「患者でした」と彼女は笑う。

「担当医でした」とジェイソン。

 あ、医者と患者の関係か。日本狭いなぁ……。

 本当に色んな人がゲームをしているんだな。しみじみ。


「よぞらさん。自己紹介がまだですよ?」

「申し遅れました。わたしは、よぞらです。ちなみに、本名です」


 正座のまま礼儀正しく一礼をしたよぞらさんは、顔を上げるとにっこりと笑顔を向けてくれた。とても愛らしい笑顔だ。

 明るい赤毛のストレートヘアーに包まれている顔が更にちっちゃく見えるので、本当に愛らしい。


「実はよぞらさんは恋人と一緒に、とあるSNSを管理していまして、簡単に言えば何でも屋さんもその中でやっているのですよ。ゲームで言うクエスト、ですかね」

「何でも屋、ですか」

「はい、猫探しからアルバイト求人などです!」

「かなりの人数が登録しているサイトを管理しているので、彼女にプレーヤー達を任せています」


 ゲームみたいだと感心していたら、ぎょっとしてしまう。

 さっき紹介すると言っていたのは、この子!?


「やだな、わたし一人ではありません。幹部……というか、管理仲間もいたので一緒になんとかまとめています。ギルド名【狐月組】にお任せください」


 にこっ、と無邪気に笑うよぞらさんだけど、結構すごいことをしている人なんじゃないかな、この人。


「女神様と【月の覇者】がレアアイテム収集の間、他のプレーヤー達は出来ることをやることにしました。戦闘に行ける者は、少しでも足しになるアイテムを集めるために行く予定です。他のプレーヤーは、各々で街の人の手伝いを今日から始めました。例えば、美容室です。女神様の髪をセットしたいから是非来てほしいと言ってましたので、よろしければ明日ダンジョンへ行く前にいかがでしょうか?」


 な、なんだかやり手の秘書さんみたい。何でも屋の仲介者をやっていたようなものだから、慣れているのかな。すごいな。

 気圧されながらも、私は頭を縦に振る。


「プレーヤーは推定500人ほどです。残念ながら強者プレーヤーはいませんので、他にダンジョンに行けるようなプレーヤーがいません。解決方法と時間がかかることは、皆に話しました。一応納得はしてもらえました。楽しむ人と、早く帰りたい人の衝突がないよう注意しながら、やりくりしておきますので、レアアイテム収集はどうぞよろしくお願いいたします」


 よぞらさんは、また正座したまま丁寧に一礼をした。

「あんな感じで」と後ろで賑わうプレーヤー達を指差す。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 私も床に座り込んで、正座をしてペコリと頭を下げる。


「あ、女神様にお願いがありまして……」


 立ち上がると、よぞらさんは誰かに向かって手を上げる。すぐに剣士らしきプレーヤーが、アコギギターを持ってきた。


「こんばんは! オパチョップと申します! この度は奇跡をどうもありがとうございました!」

「これ、エレキギターに変えてもらえますか? アンプとかも、出してもらえたら嬉しいです。わたしの所持したアイテムとかで出せませんかね?」


 笑顔で挨拶した彼を遮るように、アコギギターを受け取るとよぞらさんが問う。

 一応よぞらさんの持ち物を確認して、アコギギターに触れた。

 よぞらさんの持ち物を代価に、エレキギターを。そう念じれば、ふわりと月光の球体が無数舞い上がった。たちまち、よぞらさんに似合いそうな赤いエレキギターとアンプ。

 おお! できた!


「おお!」

「すげー魔法! やべーテンション上がる!!」


 よぞらさんは拍手をして、オパチョップさんも興奮した。

 よぞらさんがまたペコリと頭を下げてから、オパチョップさんはアンプを運んでいく。


「可愛い人ですね……よぞらさん」

「はい。髪が違っていたのですぐには気付かなかったのですが、声でわかったんです」

「声も可愛いですよね。……あれ、私もどこかで聞いたことある気が……」


 昨日の怒鳴る声は違ったけど、ジェイソンさんに言われて普通に話す声が聞き覚えがある。どこだっけな。


「よぞらさん。有名ですからね」


 ジェイソンさんは、クスクスと気品に笑う。


「声優さんですか?」

「違いますよ。見ていたら気付くかと」


 そう言って、ジェイソンさんは指差した。

 会場の真ん中に、よぞらさん。魔法使いのコスチュームの彼女が、エレキギターを持っている姿は可愛い。

 注目を浴びる中、よぞらさんは弦を弾き出す。始まるメロディに聞き覚えがある。

 頭が必死に思い出そうとしているけど、先に身体は思い出したのか、ゾクゾクとなにかが沸き上がった。

 そして、よぞらさんが口を大きく開けて力強く歌い始めた瞬間。

 ビクリと、私は震え上がった。会場に響いた歌声は、艶かしい吸血鬼のことを歌っている。


「ひ、ひ、ひってる!」


 がくがく震えつつも、私はジェイソンさんを振り向く。


「はい。彼女は愛名ですよ」


 ジェイソンさんは私の反応がおかしかったようで、お腹を抱えて笑った。

 愛名。メジャーデビューをせず、ただネット配信や路上ライブをしているシンガーソングライター。素性は謎だけれど、若い女性ということは知っていた。

 基本は、ラブソング。ひたすら甘く、そして優しげなバラードばかり。

 今歌っているのは、珍しく強い曲。美しくも妖しい吸血鬼を歌い上げた曲は、三年前に配信されて、私もお気に入りだ。

 本人だ! 本人様がいる!! しかも私喋っちゃったよ!! しかもしかも、本人様を私が異世界に拉致しちゃったよ!!!

 感動と混乱と罪悪感が一気に来て、椅子に凭れつつも生演奏を聞いた。隣ではジェイソンさんが笑い続けている。


「シンガーソングライターやりながら、サイト経営ですか……すごい人ですね。人って裏ではなにやってるか、わかりませんね」

「ふふふ、裏……ですか。よぞらさんの裏なんて、可愛らしいものですよ。というより、両方彼女の表です」


 一息ついて、ジェイソンさんはよぞらさんを横目で眺めながら言った。


「怖い裏の姿を持つ人には、注意しなくてはいけませんよ。鈴奈さん」


 そして、私に向かって告げる。微笑んでいるけど、琥珀色の瞳は真面目な眼差し。


「貴様のようにか?」


 やっと戻ってきたレックスが、私にカクテルを差し出す。

 三つ月の飾りがついたお洒落なグラスに、赤と青が重なったお酒が入っている。綺麗だと見とれながらも受け取った。


「遅かったですね。女性に囲まれて、楽しかったですか?」

「!」


 また壁に凭れたレックスに向かって、ジェイソンさんは問う。私はバッとレックスを見上げた。

 なかなか戻ってこなかったのは、女性プレーヤーに囲まれていたから!?

 そ、そうだよね。宣伝にも使われた美麗イラストのレックスに、惹かれる女性プレーヤーは私以外にもいるよね。な、ナンパもするよね。


「……なんだ、ルベナ」


 甘いカクテルをちまちまと飲みながらレックスの返答を待ったけど、不機嫌な顔をしたレックスはジェイソンさんから私に目を向ける。

 そして、にやりと口角を上げるとその笑顔で近付いた。


「妬いてるのか?」

「っ」


 レックスが近い距離で艶かしく囁くものだから、ボッと真っ赤になって私はジェイソンさんの横に避難する。


「おやおや、真っ赤になって可愛らしい」


 すぐ横でジェイソンさんが艶かしく囁くものだから、私は床に崩れ落ちた。グラスは落としてない!

 やっぱりジェイソンさんはSだ!!

 やだこのイケメン二人、Sコンビ!! 弱いと知ってて攻める! ご馳走さまです!!


「突き落とすぞ、貴様」

「おやおや、嫉妬ですか? 王様ともあろう吸血鬼が」


 ただし、結束力はなし。ジェイソンさんは微笑んだまま、レックスは不機嫌な顔で対峙した。

 喧嘩する気はないらしく、ジェイソンさんが立ち上がる。


「ここがゲームの中ではなく、異世界だと言うことは、各々の解釈に任せることにしました。よぞらさんには話しましたが、大半はリアルすぎるゲームの中だと解釈しているでしょう。元々、異世界の冒険を売りにしたゲームですし、人は信じたいものを信じます。裏にある現実なんて、知らなくともいい……。我々も楽しみつつ、レア収集をしましょう」


 最後におやすみなさい、と挨拶をしてジェイソンさんは、よぞらさんのライブで大盛り上がりの会場の中に消えていった。


「……貴様のもう一つの名は、初耳だぞ」


 空いた椅子にどっかりと座ると、レックスがじとりと責めるような眼差しを向けてくる。

 二人っきりだと色々話していたけど、確かに本名は明かしてなかった。


「レックスには、ルベナって呼ばれたいな……」

「言われずともそう呼ぶが、奴より早く他の名を明かしたことが気に食わん」

「ご、ごめんなさい」


 むすっとしたレックスが、紅い瞳をすがめた。

 教えてしまったものは仕方ない。謝っても機嫌が良くならないようだ。

 よぞらさんの演奏は、甘い想いを歌うバラードに移る。私は顔を向けて、人前で歌うことに慣れた様子のよぞらさんを遠くから眺めた。

 優しくて愛らしい歌声が、想い人への真っ直ぐな告白を歌い上げる。生で聴けるのは嬉しいな、と顔を綻びつつもレックスと向き直った。

 紅い瞳はまだ、私に向いている。ただ、真っ直ぐに。


「見つめて、キスをして」


 そんな歌詞がちょうど耳に入り、私は妙な緊張に襲われてしまう。

 どうやら、聴覚がよくて賑やかな中でジェイソンさんとの会話を聞き取っていた。

 バクバクした心音を誤魔化すように、グビッとカクテルを飲む。


「一気に飲むな。酔うぞ」


 手を伸ばして掴むと、レックスは止める。一気に緊張が高まった瞬間。


「ダンジョン、奴らとは行かん」

「……はい?」

「二人で行く」

「……はい!?」


 呆気にとられたあと、驚愕する。すぐに激しく首を左右に振った。


「無理無理無理! 【月の覇者】についていくから、行くことに決めたんだよ! レックス、今朝はいいって行ったじゃん!」

「気が変わった。今日奴らと行動したが、不快で仕方なかった。ルベナと二人で行く」

「無理無理無理!」


 ふんぞり返る王様に、また首を激しく振る。


「ほーう? 初体験を他の男どもと、どうしてもしたいと?」

「そうだよ!?」


 ん? なんかいかがわしく聞こえたような。気のせいか。


「ダンジョンは一つではない。ランク上のダンジョンを奴らに行かせ、別行動の方がよっぽど早いだろうが」

「お願いだから【月の覇者】とのパーティで行かせてください!」


 その後、ご機嫌斜めなレックスに必死こいて頼み込んだ末、しぶしぶ頷いてもらえた。



 

20151228

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