12 真っ白な滝。
宿に行くと、なにやら騒がしかった。
「女神様、お帰りなさいませ」
中に戻ろうとしたら、先にジェイソンさんとガラクさんと一緒に、宿の亭主マイクさんが出てきた。
昨夜と同じく、ヘコヘコしてる。
「煩わせたくないのですが、新しく宿の名前を変えようと思いまして。ここはやはり、女神様に名付けてもらうべきだと思いまして。街一番の宿、いえ世界で一番の宿です。ここは女神様のように美しく聡明で偉大な名を」
「そのままでいいと思いますよ!」
昨夜と同じハードルの高い名前を求められて、元の名を選ぶ。
「え? いや、ここは心機一転、名を変えるべきではないでしょうか? ああいっそ、女神様の名をつけましょう!」
「そのままで決定!!」
ルベナ・ギルバの宿。なんて、絶対にお断りだ。
「クエストに行くので、勇者達をよろしくお願いします。色々とご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、女神様のお力になれるなら光栄です」
私が深々と頭を下げると、マイクさんは三回くらい頭を下げた。
見送られて、西の門から街を出る。その間、ジェイソンさんから従業員を近所からかき集めて、対応できていると聞いた。大丈夫そうで一安心。
裏から街を出ても、草原の名は【黄昏の草原】だ。
すぅー、と草原の香りを吸い込む。フレッシュな気分になれる。
「女神様、技の確認をさせていただいてもいいでしょうか? 女神様は私と一緒にサポートを引き受けてほしいのです」
「あ、はい。従いますが……女神様呼びは止めてくれませんか?」
「そんなご謙遜をなさらなくても。……では、ルベナ様でよろしいでしょうか?」
キラキラと輝かんばかりの笑顔のアーロンさんに、私はひきつった笑みを返す。長髪のブロンドイケメンなのに、どうも苦手だ。
「ルベナはいきなりレベル上げたんだろ? ずるいよ、せこいよ」
少し離れたところで準備運動をするキアくんが、むくれた。ごめんなさい、と苦笑を返すしか出来ない。
「ん? 召喚術師になりたかっただけなら、職業を変えればよかったんじゃないの?」
「たぶん、ゲームと同じで、結局はレベルを上げることになったと思うよ」
「あー、なるほろー」
キアくんは後ろに仰け反って準備を続けた。
召喚術師に転職するには、レベル50が条件。もしも先に召喚術師に変えていても、自動的にレベルも50になっていたのかも。
大きな石に腰かけて、ステータスを周りにも見えるように設定を変えて、アーロンさんに見てもらった。
パーティは初心者なんで、ちょっとドキドキだ。足を引っ張らないようにせねば。
最初はアーロンさんだけだったのに、やがてジェイソンさんが右から覗き込んだ。あれやこれやとアドバイスをもらっていると、キアくんまでも覗いてきた。
複数のイケメンの顔が近いなぁ。と思った瞬間に私はハッとした。
これは逆ハーレムでは!? い、イケメンギルドの逆ハー状態!?
気付いてしまったら、動揺してしまった。
必死に堪える。たくさんの人に迷惑かけているのに、喜びにうちひしがれてはだめだ。
そう、だめよ。
例え、色気たっぷりな美形騎士様のちょっと艶かしい声を耳の近くで聞いても、意識してはだめだ。だめよ。だめなんだからっ。
「あれ? ルベナ、震えてない? そーんな緊張するなよ。レックスリオと対決するわけじゃないんだしさ」
キアくんは、冗談言って笑った。
「本当はさ、あの金曜日の夜にさ、もう一人の仲間と合流するはずだったんだよね」
「へ? 【月の覇者】は5人じゃなかった?」
「んーん。アーロンさんが一人勧誘したんだ。同じ高校生で、一流の魔術師! そいつも一緒だったら、よかったんだけどな」
新しいギルドメンバーか。きっとレベル80以上の凄腕魔術師に違いない。
一緒だったら、ご指導願いたかった。惜しい。
「ねー、ルベナは一回ログアウトしても、またログインしてくれるよな? 力使って」
私の目の前でしゃがむと、キアくんがじっと見上げて確認した。
私もログアウトをしたら、私がもたらした変化がどう変わるのかを確かめたい。少し前に、レックスとそれを話した。
五感はそのまま残るのか、またはなくしてしまうのか。
「ログアウトしたら、この世界にどう影響するかを確かめたいし……またログインもするつもりだけど、他人に迷惑かけちゃうから……」
「時間決めてログインしようよ! 異世界で冒険したいプレーヤー、きっとたくさんいるから声かけたりしてさ!」
キアくんは爛々と目を輝かせるけど、私はなんとも言えない。
ログアウト後、どうなるかは想像しにくい。
異世界に閉じ込めてどうもすいませんでした! と記者会見で謝罪する自分が浮かんだ。
戻ってこれることを願います。
「日曜日だったなら、恐怖に打ち勝って冒険するプレーヤーがたくさんいたでしょうね」
ジェイソンさんが一人言のようにぼやくけど、数多大勢がログアウト不可パニックに陥っていたと思うと顔が青くなる。
「それに日曜日だったら、"エリア解放"されてたのですが……残念です」
ジェイソンさんは、東の空に浮かぶ三つ月を見上げた。
「ああ、東のエリアが解放される予定でしたよね」
【黄昏の草原】の先は絶壁になっていて、見えない壁が塞いで降りることは出来ない。でも地表の低いその先には、湖と青灰色の城が見えていた。人間の国の城なんだとか。
15日の日曜日に、そのエリアが解放されると通知されていたっけ。
「我々は奇跡が起きた翌日に、城へ行こうとしたのですが」
現実化してすぐに知らないエリアに冒険しに行くなんて、勇者だなこの人達。
「残念ながら、壁が出来ていて進めなかったです」
アーロンさんは残念そうに肩を竦める。
「叩き切ろうとしたのですがね」
「撃ち壊そうとしても無理だった」
さらりと言い退けるジェイソンさんとキアくんが、ちょっぴり怖いと思った。
「やっぱこれはあれか? ゲームの名残でプレーヤーには制限ついちまってんのかね?」
草原に寝転がっていたガラクさんが、会話に加わる。
制限か。まだプレーヤーには残ってしまっているということかな。
「そこは女神様のお力で取り除いてほしいですね」
ちら、とジェイソンさんに期待の眼差しを向けられてしまう。
「しかし、あまり女神様に力を使わせてはいけませんね。エリアの解放の対価も高そうですし。一先ず諦めましょう」
「はぁーい……」
ログアウトが遠退くからと、諦めてくれた。すごく残念そうに、キアくんは俯く。
「壁と言えば、昨日魔人の国に入ろうとしたのですが、見えない壁が立ちはだかって通れませんでした。なにかしましたか?」
「え? 私はなにもした覚えはありませんが……」
魔人の国にまた乗り込もうとしたなんて、本当に勇者だなこの人達。
私のレベルでは到底たどり着けない魔人の国は、元から解放されているはず。
後ろを振り返って、レックスを見上げた。
「知るか」と冷めた一言。
「恐らく、ルベナ様が【月の王】を従者にしたからでしょう。【月の王】は魔人の頂点、絶対君主。勇者に従っている故に、魔人と勇者は戦闘行為ができない状態にあるかもしれません」
アーロンさんが一つ、可能性を告げた。
「プレーヤー同士の戦闘は禁じられていることはご存じですよね? あのような状態でしょう」
「リアルを追求したゲームですから、人間と人間の戦闘は禁止なんですよね。魔人が戦闘モードになる時、モンスター化するのはそれが理由です」
アーロンさんに続いて、ジェイソンさんが言い終わると一同がレックスに注目した。
「リアルドラゴンと対決したかったのに……」
「楽しかっただろうに……」
残念で一杯の眼差しを、ジェイソンさんとキアくんが向けた。
魔人の国に向かった目的は、大勢が悲鳴を上げて逃げ惑ったドラゴンバージョンのレックスと戦うこと!?
迫力も難易度も一級品だろうけれども!
「ハン……なんだったらルベナに制限を解除してもらって、本気の戦いをするか? 敗北させて、覇者と名乗れなくしてやる」
ニヤリ、とレックスは挑発的な笑みを浮かべた。深紅の瞳は、好戦的にぎらつく。
「ほーう? それは楽しそうですね」
「やってやんよ!」
ジェイソンさんとキアくんも、嬉々として受けて立つ。二人だけではなく、離れていたレノくんも、立ち上がったガラクさんも、レックスを見据えた。
「随分と自信があるのですね」
アーロンさんは、腕を組んで嘲りを含んだ笑みを向ける。
「勇者相手には姿を変えて戦わなくてはならない決まりだった。三つ月が貴様らに与えたハンデだ。あんな姿、攻撃を受けてやると捧げたようなもの。この姿なら、貴様らの攻撃なんざ当たらん」
威風堂々とレックスが言い退けた。
以前、レックスの力は制限されて、【月の覇者】に勝たせてやったと言っていた意味を、今理解する。
確かに、あの巨大なドラゴンの姿だと、攻撃し放題。当たり放題。レベルの高いプレーヤーに、HPを削られては負けるのも仕方ない。
悪役って大変そうで気の毒……。
「へー? 試すか?」
「一捻りにしてやる、若造」
キアくんが挑発。レックスは見下す。
【月の王】と【月の覇者】が、バチバチと火花を散らせる。
間で火花を被る私は、慌てて両手で振り払った。
「クエストに行きましょう!」
「……そうですね」
「チッ」
ジェイソンさんは肩を竦め、レックスは舌打ちをする。
最強同士の対決は回避!
「クエストの際は、この道は一匹ずつ徐々にレベルが上がって魔物が出てくるパターンに制限されていましたが、この先は複数現れたりレベルもまばらで現れます」
アーロンさんがそれを教えてくれたあと、漸く出発した。
以前と今の違いを覚えながら、西の空を見上げる。ふわりと薄く綿毛のような雲が、いくつか浮いていた。
「あー、今日もいい天気!」
キアくんが背伸びをする。確かにいい天気だ。
ふわりと風が私の髪が舞い上がる。気持ちがいいと身を任せて、風を感じた。ちょっとよろけたら、隣を歩いていたレックスとぶつかる。
レックスは怒ることなく、私の髪を撫でるようにまとめてくれた。
前を向くと、ジェイソンさんが顔だけ振り返って見ていたけれど、すぐに向き直る。
「おっ! 敵来たぞ!」
先頭のガラクさんが教えてくれた。
身体が熊で顔が豚に似た魔物の【ピックマー】だ。数は三体。レベル33と32だ。
「射程範囲!」
キアくんとレノくんが銃を構えた。熊サイズの魔物が突進してくる。
ガラクさんはキアくん達と魔物の間にいるけれど、動こうとしなかった。
ドドドンッ!
キアくんとレノくんが発砲。響いた銃声にビクリとしてしまう。
一発目は当たると赤黒く爆発したけど、二発目は白く凍りついて、三発目は黄色い雷の塊が弾けた。
銃使いの技って、こんなランダムだったの?
「アイタッチをご存じないですか?」
「アイタッチ?」
驚いていたら、アーロンさんが口を開いた。
「はい。コマンドを選んで技を発動させますが、レベルが上がるにつれてコマンドが増えます。視線を向けるだけで、欲しいコマンドを引き出せるのです。キアくんもレノくんも、そのアイタッチを利用して技を発動させているのです」
「え、念力的なものかと」
今まで自動的に欲しいコマンドが欲しい位置に来て、ポンッと技を発動させてくれたのかと。
キアくん達は山ほどあるであろうコマンドを瞬時に引き出して、撃ち込んでいるのか。
や、やってみたい!
「イルカさんは可愛いですね」
ジェイソンさんが笑う。
……イルカさんって悪口!?
「さぁ、すっすもー!」
もう数発で倒したらしく、魔物はいない。ガラクさんに続いて、キアくんは意気揚々と歩き出した。
私もそれに続きながら、コマンドを表示してアイタッチを試す。
おお、見ているコマンドがひょいひょい動く。これで連打攻撃も早くなる
「のわっ!?」
コマンドに夢中になっていたら、足元がおろそかになって躓いてしまった。
でもレックスが倒れてしまう前に、抱えてくれる。ひょいっと、レックスは私の身体を軽々と持ち上げると、自分の左肩に座らせた。
「な、なんで?」
「これで操作しやすいだろ」
確かにもう躓かないけれども、肩に乗せるのはどうかと。小さいからってどうかと。
ジェイソンさん達が振り返って見ているものだから、恥ずかしすぎてレックスの頭の上で顔を覆う。
「そう言えば、どんな経緯で」
ジェイソンさんがなにかを言いかけたけれど、新たな魔物が出現した。
トリケラトプスのように大きな顔にそそり立つ角が二つ持つ。サイズはサイほど。
【トリケライノー レベル48】の四体が突進。
その後ろには、ハンマーを持つ【トロール レベル50】が、ズシンズシンと歩いてきた。
「トロールは任せろ!」
ガラクさんが【トリケライノー】に突っ込んだかと思えば、見事に避けて【トロール】とハンマー対決。鐘が鳴るように、ゴンと音が響き渡った。
【トリケライノー】がガラクさんを振り返る前に、キアくんとレノくんが顔に撃ち込んだ。
「ルベナ、後ろだ」
ガラクさんと【トロール】の対決を見ていたけれど、レックスが後ろを向いた。
顔が二つある灰色の狼。【ジェメウルフ レベル50】がいる。
「ルベナ様に任せても?」
アーロンさんは、前を向いたまま私に声をかけた。ジェイソンさんも、【ジェメウルフ】を気にしてない。
引き受けることにしたけど、レックスが下ろしてくれなかった。
「【フェンリル】召喚!」
仕方なく、そのまま【フェンリル】を召喚する。
眩い召喚陣から、水色な模様がある白銀のフェンリルが現れた。
地面を抉ってフェンリルが走っていき、【ジェメウルフ】と咬みつき合う。
フェンリルを援護しようと、コマンドを探すと後ろから騒音が聞こえた。
ギョッとしてしまう。
キアくん達の足元から、岩の巨人が飛び出していた。
きゃあああ! 今までで一番巨大なモンスターだ!
……あ、ドラゴンがダントツだった。
【デネブロック レベル61】だ。目と口の穴があるだけの岩の巨人。
ひぃ、怖い。思わず、レックスの頭にしがみつく。
「ほっとけ。ただのレベル61だ」
レックスは全く気にせず、【ジェメウルフ】に集中させる。
「キャン!」とフェンリルが鳴くから、慌てて援護した。
一点を狙う【フラニゲール】を杖でついて発動させたのに、うっかり【サンダーサークル】までついてしまう。
すると、緑の鞭が雷を纏って【ジェメウルフ】に直撃した。ライフはゼロになり、光って消える。
「なにそれすげー!!」
声を上げたのは、キアくんだ。
【デネブロック】はそっちのけで、こっちを見ていた。
岩の顔をジェイソンさんが、黒く大きな剣で叩き切って倒す。一撃。すごい。
【トロール】の方も、ガラクさんがもう倒したらしく、悠然と立っていた。
「ルベナ様、今……技を二つ同時に発動しましたか?」
アーロンさんが、ポカンとする。
「……えっと」
一応確認のために、コマンドを見る。さっきの【フラニゲール】と【サンダーサークル】のリキャストタイムが過ぎた。二つに注目していると、まるで磁石が引き付けられるように重なる。今まではぶつかることもなかったのに。
また杖で叩いてみれば、雷を纏った鞭が出てきた。
「コマンドを重ねて合わせ技が出せるようになったか」とレックス。
今、技もアレンジ可能ってことなのか。
「まーじーで!? やってみようぜ! やってみよう!!」
「いいですね、楽しそう」
キアくんもジェイソンさんも、喜んだ。試そうと先を進む。
私はフェンリルを手招きをした。ちょびっとだけHPが減っている。
「お疲れ様」
「クゥン」
お座りするフェンリルの鼻の頭を撫でてやる。
ふさふさしていて、気持ちがいいんだよね。
「もう痛くない?」
黄色い瞳を覗き込んで見れば、怪我はなさそうだ。わしゃわしゃーと両手で撫でたあとに、帰ってもらった。今度ブラシをしてから、頬擦りさせてもらおう。
その場に一つ、宝石を置く。これでここら辺には魔物が出てこなくなるはず。
「これは面白い。気付きませんでした。ゲーム内では出来なかったことが、色々と可能となっていて素晴らしいですね」
アーロンさんも自分のコマンドを確認して、合わせ技を考えているみたい。
ついさっきの戦闘がピークだった。
その後は、【月の覇者】の合わせ技の練習タイム。レベルも30程度ばかりだったから、もう楽勝だった。
ただ、組み合わせは大事みたい。氷と炎属性はよくなくて、不発に終わる。
プレーヤーの攻撃や防御などを上げるサポート魔法を使うアーロンさんは、少し工夫に困っていたみたい。でも、私には楽しそうに見えた。
新しい技だとキアくんも楽しそうで、レノくんとあーだこーだと言い合っている。レノくんはキアくんとだと口数が増えるみたいだ。
ガラクさんも破壊力が増したと、はしゃぐ。
ジェイソンさんも考えながら、楽しんでいる様子だ。
【月の覇者】の勇者ぶりには恐れ入った。でも楽しんでいる姿を見ていると、綻んでしまう。
よかった。楽しんでいる人がいてくれて。そのことに安堵できる。
「……ねぇ、レックス。そろそろ下ろしてくれない?」
「転ぶだろ」
「転ばないから」
森の中の戦闘を終えてまた一つ、宝石を置いたところで、やっとレックスの肩から下ろしてもらった。
ぐっと背伸びをして、森の香りを吸い込んだ。気持ちがいい。
「ん? さっきよりひんやりしてる」
滝が近いからだろうか。風が運んでくるのかも。
「こーゆーの、ゲームじゃあ味わえないから、最高だよな!」
キアくんは振り返って笑いかけてきた。
「ルベナ、競走しようよ!」
「え? 競走?」
「うん!」
「ええー?」
「あれ? 自信ないのー?」
「言ったな!」
「あ、ずるい!」
子どもらしい誘いに乗り、私はキアくんより早く走り出した。キアくんもレノくんも走る。
「おい、ルベナ!」
レックスが怒った声で呼ぶものだから、私はちょっと高いヒールのブーツで全力で駆ける。
風を切って突き進む。木の枝から落ちた葉が額にぶつかるけど、構わずに走っていく。
ポタリと鼻の先に雫が当たった。バッと眩しくて冷たく湿った空気に包まれる。
無我夢中でいつの間にか抜いていたキアくんとレノくんの前には、目的地の【純白の滝】があった。
上から勢いよく降り注ぐ水は、真っ白に見える。撒き散らされる細かい雫が、きらりきらりと輝いた。前に来た時よりも、美しく輝いて見えて心が踊る。
十メートルほどの滝壺を囲む大きな岩に飛び乗って、中を覗いた。奥は深いみたいで、滝の裏と同じく真っ暗だ。でも浅瀬は透明で仄かな青を放つ。
「落ちるなよ、ルベナ」
呆れ声で、レックスが私のスカートを掴む。
じっ、とレックスを見下ろしてみる。滝の飛沫に鬱陶しそうにしかめ、私を下ろした。
私はまたすぐに岩に乗る。
「おい」とレックスが手を伸ばすので、スカートを押さえて避けた。そしてちょっと奥にある岩の上に飛び込む。
そこだけ雨みたいに降り注いだ。しゃがんで、中を覗くとやっぱり暗い。
冷たくて気持ちいい。
「ルベナ、戻れ」
レックスは怒った風に手を差し伸べる。私は唇を尖らせながらも、仕方なくレックスの手を掴む。
「てい!」
立ち上がるふりして、勢いよくレックスを引っ張って落とす。
バシャン! とレックスは沈んだあと、すぐに水面から顔を出した。びしょ濡れになったレックスは、ギロリと睨む。
「冷たい」
私が笑いかければ、思い出してくれたのか、目を丸めて睨むのをやめてくれる。
初めて会った日に、噴水の冷たさを一緒に感じた。
今だって、水の冷たさを感じる。楽しんでほしいな。
水も滴る麗しい王様は、優しく微笑んだ。次の瞬間、私の腕を掴んで水の中に落とした。冷たさに抱かれる。
「ぷはっ!」
滝壺の渦に巻き込まれそうだったから、レックスにしがみついて息を吸い込む。
仕返しされることは覚悟の上だったから、私は吹き出して笑う。
「冷たいな」
レックスも、仕方なさそうに笑った。
「若いですね」
声をかけてきたジェイソンさんも、口元に拳を当てて笑う。
「あーあ、ルベナ。びしょ濡れになってどうするんだよ?」
キアくんも同じ。岩に身を乗り出して見下ろした。
「チッチッチッ! 私は魔法使いだよ? 服を乾かすぐらい出来ますとも!」
あとのことを考えずに飛び込んだりはしないとも!
レックスに持ち上げてもらって這い出て、岩に立って杖を構える。キアくんにはちょっと離れてもらった。
【フラボンファイア】を押して、服が重かったけれどクルリと回る。杖の先から炎が噴射されるから、クルクルと回り続ければ火に囲まれた。
鮮やかな赤と橙の炎が、熱風に包んでくれる。息を止めながら、クルクルと回り続けた。
「とう!」
炎を振り払って、止まる。ちょっと回りすぎて、クラッとしてしまう。
また水の中にダイブしないように、腰に手を当ててレックスが支えてくれた。
全身ドライヤーで服が乾いたし、髪の方はちょっとまだボワンとしてる。レックスは何故かもう完璧に乾いていた。
「若いですね」とまたジェイソンさんが笑う。
はしゃぎすぎ? ジェイソンさんだって、さっきまではしゃいでたと思うのに。
「やっぱりいいな! 魔術師って! 杖の先からブオオって出せるもんな! おれの技も、炎とか氷とか出るけど当たってからだからなぁ」
「やっぱりファンタジーを楽しむなら、魔法だよね!」
またクルリと岩の上で回る。舞い上がる細かい水飛沫を浴びながら、真っ白な滝を見上げた。
魔法が使えないとしても、こんな光景を味わえるならば、充分ファンタジーだ。
「冒険、最高!」
両腕を広げて、またクルリ。それからレックスの手を取り、彼と踊るように回りながら楽しんだ。
「ルベナって、勇者だな」
キアくんがそう言ったのが、聞こえた。私より、【月の覇者】にぴったりだと思うけどな。
「若いっていいなぁ。よし、女神サンのダンスを眺めながら、休憩しとくか」
ガラクさんが地面にどっかりと座り込んだ。
「そうですね。美しいルベナ様の踊りを拝見させていただいたあと、街に戻りましょう」
アーロンさんも中央に宝石を置いた。
見せるための踊りじゃないので、止まる。
「あれ、ダンジョンに行かないんですか?」
「まだ準備が出来ていません。今日は戻って、明日出発しましょう」
質問にはジェイソンさんが答えた。
今ふざけていた私が言うのもなんだけれど、そんな悠長でいいのだろうか。
「大丈夫ですよ。プレーヤーの皆さんなら」
「え?」
「今日明日とダンジョンに潜ったところで、ログアウト分のアイテムは手に入りません。そう焦らないで。冒険を楽しみましょう」
ジェイソンさんは私の心の声が聞こえたみたいに、微笑んだ。
20151222




