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LACUMOON~人間以上に頑張ったら女神になりました。~  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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11/20

11 新市長の依頼。

ルベナ視点に戻ります!






 地面に寝転がって、目を押さえたキアくんが呟いた言葉を聞いてしまった。

 キアくんが躊躇していた理由。

 サッカー少年だったけれど、怪我で出来なくなってしまったから。

 なのに私は心の準備が出来ていないキアくんを、無理に参加させてしまった。

 いたたまれなくて、黙ってレックスと先を歩く。涙が出てきてしまい、袖で目を押さえる。


「……いつまで泣いているつもりだ?」


 レックスが呆れた声をかけてくる。


「私よりもずっと……この感覚を必要としている人がいた」


 たぶん、きっと。キアくんは私の何倍も嬉しかったんだろう。

 私に何度も嬉しいと伝えてくれた理由がわかって、涙が止まらない。

 たぶん、きっと。キアくんは私の何倍も涙を溢れさせているんだろう。


「止まれ、ルベナ」


 レックスが前に出てきて、私を抱き締めるようにして歩みを止める。


「躓くだろ。さっさと涙を拭え。俯いていないで、前を向け」


 いつもより、優しい声。


「この奇跡を求めていた勇者は勝手に楽しんでいる。楽しめない愚かな勇者を助けに行くぞ」


 この素晴らしく美しい世界で、前を向いて生きるために、帰りたがっている人を帰してあげるために全力を尽くす。

 涙を拭き取り、深呼吸。


「うん!」


 顔を上げて頷けば、レックスは笑みを返してくれた。

 先ずは、市長さんに会いに行く。

 復活の噴水から、東にある洋館のような家。そこが市長さんの家だ。

 ドアノッカーでドンドンッと叩けば、一匹の猫が扉を開けた。否、一人の猫人間が扉を開けた。


「お越しいただき、誠にありがとうございます。ルベナ様」


 赤みの強いピンクの小顔と、翡翠の瞳。執事を思わせる燕尾服は、白を基調。身体は細くて、猫の足で立っている。

 クリンと揺れた細く長い尻尾は、紫とピンクのシマシマ。


「チェ、チェシャさん!」

「覚えていただけて、光栄です」


 ペコリ、と礼儀正しく頭を下げてくれた。

 【LACUMLUNA】の案内人チェシャ。もちろん、覚えている。ゲーム初日以来、初めての再会だ。

 クエスト受付所にいると聞いていたけど、すれ違いばっかだったんだよね。


「また会えて嬉しい!」


 願わくば、もふりたいと思っていた。毛が長いわけではないけど、顔を頬擦りしたい。

 それはたぶん、断られるお願いだろうけど。猫って構われるのは嫌いらしいし。


「わたくしもまたお会いできて、嬉しく思っております」


 アーモンドの瞳を細めて、チェシャさんは笑った。中に入れてもらえたので、レックスと一緒に入る。


「……覚えて、いるのですか?」

「はい。新しい勇者様を出迎えるのは、わたくしの役目ですから。お姿が多少変わっていても、ルベナ・ギルバ様はお一人だけです」


 新規のプレーヤーを案内するチェシャさんは、全プレーヤーを覚えているのだろうか。不思議だな。

 後に知ったけれど、ファミリーネームってなしって言えば必要なかったらしい。


「改めまして、新しく市長になったチェシャです。どうぞお見知りおきを」


 腰を曲げて深々と一礼。


「……チェシャさんが市長!?」

「はい、臨時ですが。お部屋はこちらですニャ」


 衝撃を受けて口をあんぐりしていれば、チェシャさんは廊下を歩き出した。

 新しく、ってことはなったばかりなんだよね?


「ま、前の市長さんはいずこに?」

「お恥ずかしい話、逃げ出してしまいましたニャ」

「逃げ出したの!?」

「勇者様方が途方にくれ、街に居座られ、遅かれ早かれ問題が起こることを恐れたのです。街から出ない勇者様を見て、【ブラッドムーン】を危惧したのでしょう」


 逃げ出してしまう気持ち、わからなくもない。プレーヤーが地べたに座り込んでいた。街の責任を負う立場としては、今後が不安になったんだろう。

 呟くように小さく聞こえた【ブラッドムーン】という言葉に、聞き覚えがある。でもなんだっけ……。


「新しく現れる勇者様を案内する仕事もないので、わたくしが引き受けることになったのですニャ」

「ご……ご苦労様です」


 つまりは私のせいですね。

 新規のプレーヤーどころか、他のプレーヤーもログイン出来ていないみたい。やっぱり苦情か。苦情なんですか。

 市長室に通されて、ソファーに向き合って座っても、私は身構えた。


「勇者様方がバグと呼び、我々は奇跡と呼ぶ、今の事態の理由をお聞かせください」


 口を開いたチェシャさんは、それを訊ねる。市長として、把握したいということかな。

 あまりチェシャさんを混乱させないように、分かりやすく話すことにした。

 私が望んだせいで特別な能力が開花して、五感を手に入れた。けれども私だけではなく、この世界にいる全ての人が得た。

 どうやら代価は、勇者の帰還。勇者は故郷に帰れなくなってしまった。

 私は特殊能力で【月の覇者】を従えたり、建物を作り替えることも出来る。

 勝手に宿を作り替えてしまったことを、謝罪した。


「特別なお力を持つ勇者様……いえ、三つ月の女神様でしょうか」

「へ?」


 チェシャさんは、自分の顎をわしわしと撫でる。


「この世界ラクムルナの神は、いわば三つ月です。勇者、魔人、魔物に命を与え、復活させます。三つ月に照らされていれば、HPもSPも回復します。勇者の出征も帰還も、三つ月です」


 三つ月こそが、神。

 納得して頷く。復活させたり回復させるのだから、当然だ。


「だからルベナ様は、三つ月の女神様ですニャ」


 にっこり、と笑いかけられて、私は笑みをひきつる。

 何故、女神様に行き着くのですかね。


「故郷に帰れない勇者様は、気の毒ですが……我々にとっては恩恵ですニャ。この世界が鮮やかに色付いたのは、あなた様のおかげです。たくさんの方が喜んでおります。新たな生きる喜びをくださり、誠にありがとうございます。ルベナ様」


 チェシャさんは、頭を深く下げた。

 私に感謝をしてくれるもう一人。この奇跡を喜んでくれているもう一人。


「初めてお会いした時、ルベナさんは早く冒険したい気持ちで目を輝かせておりました。目の色は違えど、同じ輝きがあります。あなた様が女神様ならば、安心です。この世界を、これからも愛していただけたら幸いです」


 さっき泣いたばかりなのに、また込み上げてしまいそうになった。

 ガッと両手を掴みたくなったけど、間にコーヒーテーブルがあるから、届かない。右往左往する手を、パンッと合わせる。


「あ、ああ、あのっ! 大変不躾なお願いだとは存じますがっ」

「なんでしょう?」


 ソファーから身を乗り出して、恐る恐る頼んでみることにした。


「に、肉球か、尻尾に触ってもいいですか!?」


 顔に頬擦りはだめでも、握手よりも、肉球に触りたい。または尻尾を触りたい。


「えっと……はい、どうぞ。わたくしの肉球でよければ」


 目を見開いたチェシャさんは苦笑を浮かべると、そっと右手を出してくれた。

 立ち上がって、猫の手を両手で包む。滑らかな毛並み。私の手より大きい。それから、指先で黒い肉球をつつく。ぷに。


「あっ……優しく、お願いします……」


 チェシャさんは、恥ずかしそうに顔を俯かせた。

 ふ、ふわおわあああ!?

 心の中で悲鳴を上げてしまう。

 な、なんだろうこれ! なんだろうねこれ!! イケメン猫さんを辱しめてるこれ、なんだろうね!!


「わ!?」


 いきなり身体が浮いたかと思えば、今までソファーの後ろに立っていたレックスに抱え上げられた。


「用は済んだか? 猫」

「いえ、まだです」


 チェシャさんから話がまだあるらしい。レックスが、私をソファーに下ろす。


「帰還方法を可能にするために、アイテム収集をするのですね? それまで勇者様の大半は、ルベナ様が作り替えた宿に滞在……」

「あ、はい、そうなります。皆様にはご迷惑をかけてしまうと思います……申し訳ないです」

「市長としての権限はあまりありませんが、お力になれるよう最善を尽くします」


 チェシャさん、いい猫!

 力になってくれるなんて、有り難い。また握手、もとい肉球にさわらせてもらおうとしたけど、レックスに頭を掴まれ阻止された。


「しかし、こちらからお願いがあります」


 お願い?


「ルベナ様は、滝のクエストをやりましたか?」


 滝のクエスト。それで思い出したのは、初心者向きのクエストだ。

 【ルーメンルーナエ】の裏門から真っ直ぐ西に進むと、滝がある。街の水はそこから運ばれて使われるとのことで、魔物を退治して道を作ってほしいという依頼。

 レベル20近くの魔物が一体ずつ現れるから、レベルも腕も上げられるクエストだった。

 タイミング悪くて柄の悪いギルドがたむろしていたからゆっくりは見ていないけど、素敵な滝だったのは覚えてる。


「街の中にも井戸はあるのですが、勇者様の分もとなると滝の水も必要となります。……しかし」


 チェシャさんが言いたいことがわかり、私は顔を曇らせた。

 五感を得た今、痛みを味わうことが怖くて、魔物を退治する勇者がいない。クエストをやる勇者がいないんだ。


「以前は誰かしらクエストをやってくださっていたのですがね……。急いでアイテム集めをしなくてはいけないと重々承知ですが、悠然と冒険に行かれる勇者は【月の覇者】様とルベナ様だけです」

「は、はい! そのクエストを引き受けます!」

「ありがとうございます」


 必要なことならば、引き受ける。すぐに答えれば、またチェシャさんが頭を下げた。


「では、先ずは肩慣らしとして滝のクエストを行い、それからダンジョンへ行きましょうか」


 この場で初めて聞く声がしてきて、私は声の主を探す。見ると窓から顔を出すアーロンさんとキアくんがいた。


「い、いつの間に!?」

「最初からいましたよ」


 チェシャさんに握手しているところも見られてた!?


「これ、三つ月の宝石ですニャ」


 チェシャさんが棚から取り出して私の前にコトンと置いたのは、門にも飾られた三つ月の宝石。

 三つ月型の水晶の中に三つ月があってその中にまた三つ月がある。まるでトロフィーみたいなそれが、三つ。門のより、かなり小さいサイズだ。

 三つ月の保護で、魔物や魔人を近寄らせない。これで街も被害から守られている。


「道の真ん中に一つ、森の中に一つ、滝に一つ、置いていただければ、今後は安全に水を運べます」

「ほーう、なるほど! わかりました」


 理解して、その三つ月の宝石を腰のバックにしまう。


「事情は公表させていただきます。人々は理解し、勇者様方に手を差し出すでしょう」

「お世話になります。暫くどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 立ち上がって、一緒に頭を下げた。もう一回握手をしようとしたのに、レックスに腕を掴まれて連行されてしまう。

 イケメン猫さんの肉球ぅうう!


「き、キアくん、さっきは勝手に巻き込んでおいて、黙って行っちゃってごめんね?」


 気まずさを感じながら、笑いかける。


「ほんとだよー!」


 ぷくーとキアくんは膨れっ面をして、腰に手を当てた。


「誘拐されたのかと心配しちゃったぞ! フレンド登録してないからコールも出来なかったし、登録しよ!」


 心配してくれたのか。本当にいい子で潤んじゃう。


「……フレンド登録って、どうやるの?」

「え!? やり方知らないの!? フレンドいないの!?」

「うん……交流なしでソロやってたから……」

「可哀想!」

「うぅ……」

「フレンドになろう!」

「ありがとう!」


 キアくん、本当にいい子!

 うるうるしながらも、キアくんに教えてもらって登録をした。

 表示された相手のステータスをタッチしながらスライドさせて、視界の隅にあるフレンドリストに入れるだけ。登録完了。

 そのフレンドリストを表示すると電話のマークも出てくるから、それをぷにっとタッチすればコール。つまりは電話ができるということだ。

 三つ月の下では可能だけど、ダンジョンの中では使用不可。

 三つ月の光は電波の役目も果たすんだね、万能。


「もしもーし」

「もしもし! 繋がった!」

「ねっ?」


 ちょっと離れて【コール】機能を試させてもらい、はしゃぐ。頭に響いてくる感じで、面白い。

 そこで、何故か玄関からアーロンさんが出てきた。あれ、いつ中に入ったんだ、この人。


「わたくしも登録させていただきますね」

「はい、よろしくお願いします」


 さらりとアーロンさんともフレンド登録。


「わたくしともコールを試しておきますか?」

「いえ、結構です」


 コールの試しはもう充分です。

 ……コール拒否機能はないのかな。

 ジェイソンさん達と宿で合流してから、クエストを済ませることになったので戻ることにした。


「不思議だな……」

「なにがですか?」

「いえ、チェシャさんが案内の時を覚えてくれていたのが……今更ですが不思議で」


 一人言だったけど、左側からアーロンさんが顔を覗き込むから、歩きながら話した。


「私が世界を誕生させたとか、トリップさせたとか、昨夜は言ってましたけど……ゲーム中の私達とも会っていたというと……辻褄が合わないというか」

「そうですね。ゲーム上では用意された台詞を繰り返すノンプレーヤーキャラでした」


 ゲームの時は、豊富な台詞が用意されて良くできていたけれど、今は違う。


「んー……例えるなら、テレビ電話でしょうかね?」

「テレビ電話?」

「はい。向き合って会話をします。しかし、ノンプレーヤーキャラとプレーヤーの間には、見えない境界線があり、プレーヤー側にはノンプレーヤーの限られた台詞しか聞こえなかったのです。聞き込みをしたところ、よく噛み合わなかったという話を聞きましたよ」


 例えに納得。不安定なテレビ電話で、会話をしていたようなものだったのか。


「その境界線を、女神様は取り除いたのでしょう」


 にこ、と笑いかけるアーロンさん。

 境界線を取り除いた。あるいは、境界線を壊した。


「制限されていたのはノンプレーヤーキャラでなく、ログインをした我々でしょう。その制限を取り除いてくれたのは、女神様です」


 そう言って、アーロンさんは水色の空を見上げて微笑んだ。

 限られた言動しか見れなかった私達の方が、制限されていた。それの方がしっくりくる。

 制限した世界を、私が壊したんだ。


「まー、超能力を科学的に解明できなきゃ、今の状況を科学的に説明なんて出来ないんじゃね?」


 遠い目をしかけたら、キアくんが会話に入って笑い退ける。


「そうですね。今のところは奇跡としか言いようがありませんね」

「そうそう、奇跡ってことでいいじゃん!」

「そうだねー」


 三人並んで、異世界にいることを奇跡の一言で納得しておいた。

 まぁいいか、という雰囲気。……いいのだろうか、こんなほのぼので。


「ゲームが出来た逸話を聞きたいですか?」


 間を開けず、アーロンさんは話題を振ってきた。

 逸話ですか、聞きたいです。


「アイザックという名のある脳科学者が、恋した女性のために、夢を見せる装置を提供をし、異世界を体験できるゲームを作らせたのです。その女性が日本に在住していたから、日本スタップが作り日本で発売したというわけです」

「おお!」

「その女性は猫のような人だったそうで、だから案内人は猫人間になったのですよ」

「おお!」


 なんて素敵な逸話!


「愛って偉大ですね!」

「はい、偉大ですね」


 一人の女性のために、最先端のゲームを作らせてしまうなんて。愛は世界を救えるね!


「それで、アイザック博士の恋の行方は?」

「片想いのままです、残念ながら。発売前にアイザック博士は病死してしまったそうです」

「そ、そうなんですか……」

「はい。その女性がプレイをして楽しんでいるかどうかは、本人にしかわかりません」


 しゅん、と肩を竦める。


「せめてその想い人が楽しんでいたら、いいですね……」

「そうだな」

「はい」


 キアくんとアーロンさんの頷きを聞いたあと、私は顔をしかめる。

 ……この事態に巻き込まれていないといいけど。

 なんとなく、すぐ右隣のレックスを見上げる。レックスは昨日から、護衛仕事に徹してるボディーガードみたい。それとも機嫌が悪くなるだけだから、アーロンさんと喋らないのかな。

 レックスの手をとり、繋いで歩いてみる。笑みを向けると、少し柔らかい笑みを返してくれた。



 

20151220

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