10 奇跡に感謝。(キア視点)
今回だけ、キア視点。
元からゾンビのサバイバルゲームで、射撃が好き。
でも、一番はサッカーだ。小学生になる前から、サッカーばっかりしていたサッカー少年。
中学生の時にエースになって大会も優勝して、高校はそれで推薦もらって入学。
幼馴染みの親友は、サッカーでもゲームでも良き相棒。
毎日のように一緒にボールを追いかけていた。天気の悪い日には、ボールを抱えたまま一緒にゲームをやっていた。
ただ夢中になっていた日々を過ごしていただけなのに――――ある日、突然走れなくなった。
もうボールを蹴ってはだめだと、医者に言われた。怪我をした足が悪くなる一方だからって。
それ以来、時間はゲームに注ぎ込んだ。
幼馴染みの親友までも、サッカーを辞めて一緒にゲームをしてくれた。
おれがいなきゃ意味がないって。
サッカーが出来なくなっても、コイツのおかげで笑っていられた。
一緒にゲームに没頭していたら【LACUMLUNA】に出会った。
異世界を体験できる仮想世界のRPG。銃で戦う職業があると知って、食い付いた。
初めはコントロールを握るとは全く違うプレイの仕方には苦戦したけど、身体を動かして戦うリアルなゲームに夢中になってた。虜になった。
まぁ、元々運動神経のいい人は、わりと早く上達するらしい。
部活がない分、体力も余って夜更かしもできて、やり込んだ。
そんで、ある日ギルドを結成しないかと神父職業のプレーヤー・アーロンさんに二人揃って誘われた。
間違いなく、【ラクムルナ】の最強トッププレーヤーのジェイソンさんがいたから、すぐに頷いた。
ギルド名【月の覇者】は、そのうち最強ギルドなんて呼ばれちゃうようになった。
無理ゲーだって言われていた魔人の国に乗り込んで、大ボスと対峙して、そして倒した。
もう! 最高に楽しい冒険の日々だった!
それが、突然現実になった。
初めは、ログアウトが出来ないことに、パニックになった。
ジェイソンさんは冷静で「とりあえず、宿をとりましょう」なんて言うから、ついていった。
地面を踏んで歩いていく感覚。
風が吹いて身体に当たる感覚。
パニックを上回って、ゾクゾクと込み上がってきた。
懐かしい感覚。
それは試合のコートに立ったあの瞬間が、脳裏に浮かんだ。
一晩寝ても、ログアウトが出来ないまま。
ジェイソンさんとアーロンさんが何が起きているのか、色々と話していたけど、調べてみようってことで冒険に出ることになった。
火薬の匂いがツンッとするし、銃は想像より重いし、撃ってみれば反動がジンジンと響いた。
魔物の咆哮を肌に感じたし、臭いはするし、攻撃が当たればちょっぴり痛かった。
地面を踏み締めれば、足に負担を感じた。また怪我をするんじゃないかって、それの方が怖かった。
でも、おれは走れた。
森の中で、肺一杯に空気を吸い込んだ。美味いって、感じた。
息を切らしたまま見た夕陽は、最高に綺麗だった。
全力でしたサッカーの試合で疲れきったあの時と全く同じ感覚を味わって、ちょっとだけ涙が出た。
まさに、奇跡。
そんな奇跡を起こしてきたのは、おれと同じくらいに見える女の子だった。
真っ先にお礼が言いたかった。嬉しいって伝えたら、泣いてしまいそうな顔をした。
酷い言葉をたくさんぶつけられて、罪悪感に押し潰されそうだった彼女を見て、小学生の時の自分を思い出した。
たった一人に「下手くそ」なんて言われただけで、部屋にこもってしまって、サッカーが嫌になってしまいそうになったんだ。
「上手いよ」って励ましてくれたり、褒めてくれた人がたくさんいたのに、たった一言で押し潰された。
会ったばっかりのおれの言葉じゃあ、頼りないかもしれない。でも、おれはこうなって嬉しい。そんな人もいるんだって、ちゃんと知ってほしくって、何度も何度も伝えた。
これからだって、女神サンに伝え続けよう。
ログアウトするために、冒険をたくさんするんだ。
ワクワクして、なかなか眠れなかった。
ピカピカに銃を手入れをして、弾丸を込める。ゲームの時からこの動作が楽しめた。今はもっと好きだ。
リボルバーだけど、破壊力は抜群。
ちょっと試し撃ちしに行こうかと思って宿を出れば、子ども達がボールを蹴って遊んでいた。
宿、というかもうホテルって言った方がいいくらい高く建っている壁に、チョークでゴールが書かれてる。道の向かい側にも、同じものがある。
三対三だけど、サッカーだ。
地面で弾んだり、蹴られるボールの音。
つい、目で追いかけた。
今なら、サッカーが出来る。混ざってやりたかった。
でも、踏み出せなかった。目の前で見ていても、遠くに感じて――。
「仲間に入れてー!」
奇跡を起こしてくれた女神サンが、目の前に飛び出した。ちょっと眩しい白っぽい金色の髪が、ふわりと靡く。
子ども達から、ボールを受け取るなり。
「キアくん、パース!」
おれに向かって、蹴り上げた。なかなかコントロールが良くて、真っ直ぐにきたボールを、おれは胸で受け止める。
地面に落としたボールに、足を置いて止めた。
懐かしい、ボールの感触。
いつぶりだろう。見ることさえも嫌になってしまったボールを、触ったのは。
ずっとずっと、遠ざけていたそれを、今触れている。
「あれ、あのお兄さん、なに固まってるだろうね?」
呆然としていたら、彼女がしゃがんで子ども達と話していた。
あ、パスしなきゃ、だよな。
ボールを、蹴る。
もうボールを蹴ってはだめだ。そう医者に言われた記憶が過って、嫌な風に鼓動が速くなった。
「よし、私達でボールを奪おう!」
「えっ!?」
子ども達と結託して、ボールを取ろうと駆け寄ってくるからギョッとする。
まさか、おれ対全員!?
「キア、パス!!」
宿を飛び出したのは、幼馴染みで親友で相棒のレノ。
反射的に、ボールを蹴った。
ボン、と弾力を足に感じる。懐かしい、感触。
地面の上を飛んでいったそのボールを、レノは受け止めた。
「負けないぞ!」
女神サンはまた白っぽい金色の髪を靡かせて、子ども達と一緒にレノへ向かう。
レノがパスをすると、アイコンタクトしてきた。
また反射的に走ったら、その先にレノがボールを蹴り飛ばす。
空中で止めた。
このあとどうしよう、と迷ってレノを見る。ゴールに向かうレノの間に、子どもが三人阻んだ。パスは危険だ。
ゴールに向かって、ドリブルをした。久し振りすぎて、ちょっと転けそうになる。
「いただき!」
「うわっ!?」
横から飛び込んだ女神サンに、ボールを取られた。
な、なかなかやる!
女神サンは迷わず、子どもにパスをした。
おれは地面を踏み込んで、ボールを奪い返すために駆ける。ズシズシと、地面の固さが足の裏から響く。
ゴールに向かおうとした男の子の前に出て、ボールを奪い返す。
ドリブルをする前に、追いかけてきた女神サンが目の前にいた。
ちょっ! こんなぐいぐい来る女子とサッカーしたことねぇ!
ドリブルは無理。パスがいいと判断して、かわしてからレノにパス。すぐに誰もいないところに、移動すればパスが戻る。
女神サンや子どもを避けながら、パスとドリブルをしていって。
思いっきり、シュートした。
ボンボン、と弾んで転がっていくボールを、息を切らしながら目で追いかける。
「……はは」
地面に寝転がって、深呼吸。空は水色だ。少し汗をかいたから、当たる風が冷たく感じた。
心臓がバクバクする。でも、悪い感じじゃない。冒険の時と同じ。
目を塞ぐように片腕を置く。そばにレノがいるのを感じた。
「レノ……おれ、走ったぞ。ボール、蹴ったぞ。シュートしたぞ」
だめだって言われてたのに。
前にみたいに走れなくて、前にみたいにボールを蹴られないって思っていたのに。
息を切らして走った。その足でボールを蹴り上げた。
「もう――――一生出来ないと思っていたのに、出来たぜ」
出来ないから、絶望した。目を逸らして、ゲームに没頭していたのに。
またこれを味わえた。
「知ってる……おれも一緒に走った」
レノは静かに言った。
落ち込んでサッカーを辞めようとしたあの時、レノはおれの腕を引っ張ってサッカーが大好きだって立ち直るまで一緒にボールを蹴ってくれた。
サッカー部を引退したら「相棒がいなきゃ意味がない」ってレノも辞めて、今の今まで一緒にゲームに没頭してくれた。
今だって、一緒だ。
一緒で、よかった。
涙が溢れるほど、嬉しさが沸き上がるこの瞬間も、一緒にいてくれて。
こんな奇跡に一緒にいてくれて。
ああ、たくさんたくさん、お礼が言いたい。嬉しくてたまらないんだって、言いたい。
泣いてしまったおれには、今言えそうにはなかった。
けれども、幼馴染みで親友で相棒のレノには、言われなくてもわかってるんだろう。でも、しつこいって怒られるくらい、何度だって伝える。
眩しい白っぽい金色を靡かせる――ルベナにも。
この奇跡をくれたルベナに。
何度だって伝えよう。
奇跡を、ありがとう。
20151219




