01 ゲーム【ラクムルナ】
ハロハロハロー
去年の今頃思い付いて6話まで書いて行き詰まっていたものを、今回取りかかってみました。
初めに、RPGもゲームもあまりやらないので、まだまだ勉強不足です。
楽しい冒険を、楽しんで書いていくつもりです。
天然ヒロインが、超能力を覚醒させて女神になっちゃう物語は、
20話ほどが目標です!
20151213
異世界に行きたい。
ゲームの中に入りたい。
そんな願望を叶えると謳う、日本の最先端のゲームが発売された。
仮想世界オンラインロールプレインゲーム。
タイトルは【LACUMLUNA】。
リアルな仮想世界でロールプレインゲームを楽しめると好評のそれは、なかなかお高い値段。かなり売り上げていると、先日ニュースでも聞いた。
一人暮らしでアルバイトの私は、少し貯めてから購入をした。
ヘルメットを被りログインをすると、脳にアクセスして仮想世界を見せる。夢を見ているような状態で、ゲームが開始されるという。
あとはコントローラーなしで操作。言い換えれば、脳がコントローラーだ。
脳にアクセスするから、徹底的に安全性を確かめたらしく、念のため制限される。
初ログイン後、プレイは一時間。どんなゲーマーでも疲労感を覚えるため、休憩させられるらしい。
首を痛めない対策として付属された枕をソファーベッドに置いた。
ネットに繋いだ本体機の名前は【LUNA】。
円形で黒。背には、三日月が描かれている。収納する際は、ヘルメットの中にしまえてしまうほど、コンパクト。
ケーブルを伸ばしながら、ヘルメットを持ってベッドに座る。
少しブカッとしたメタルブラックのヘルメットを被り、顎の下でベルトをカチッと閉めた。ログイン中はロックされて、外せない仕組みらしい。
専用枕に頭を乗せて横たわった。
真っ暗かと思えば、目の前のディスプレイに『ログインしますか?』と白い文字が浮かんだ。
「ログイン、します」
音声で、ログインする。
まるで急速に眠りに落ちるような感覚がした。
次の瞬間、目を開いたように光がフッと現れる。
白い雲が優雅に漂う青空を目にした。地平線の方は薄く、真上の方は濃い、美しい青のグラデーション。
そこに大きな三日月が浮いている。【LUNA】にもあったものだ。
三日月の中に小さな三日月があり、背にももう一つ更に小さな三日月が浮いていた。大きな三日月の下には輝く星。
このゲームのトレードマーク【三つ月】だ。
「ようこそ! 【ラクムルナ】へ!」
若い男の人の明るい声。
振り返れば、そこに案内人のシマシマ柄の猫人間が立っていた。振り返るという動作が、リアルだと実感する。
紫とピンクの猫人間、チェシャの後ろには、【ルーメンルーナエ】という大都市の門があった。
二つの門の柱の上は、三日月の宝石が向き合うようにある。黄色い輝きに眩しさを感じた。
三つ月の世界、ラクムルナ。
三つ月は全ての源。
勇者、魔人、魔物。三つの種族に、光を与えて、命を与えて、愛を与える。
チェシャはそう語ると可愛らしく首を傾げた。
「お名前は、なんですニャ?」
「……ルベナ」
「ファミリーネームは?」
え、ファミリーネームも必要なのか。
ゲームプレイ時に適当に考えて使い古した名前にしようと「ギルバ」と答えた。
「ルベナ・ギルバ様ですね。それでは、わたくしチェシャがご案内致します」
クルリン、と長い尻尾を曲げると、クルリと背を向けて歩き出す。
そんなチェシャは執事に似た格好をしていて、身体がとても細い。猫の足で、上機嫌に歩いていく。
ついていって門を潜ると白い光に包まれた。
瞬くと、そこは建物の中だ。ドンと置かれた立派なカウンターの前に、チェシャがいる。
「ここで職業を決めていただきますニャ」
職業、つまりは自分の役職だ。戦士、猟兵、魔術師、侍者、この四つに大きくジャンル分けしてある。
戦士は、主に前衛で戦う騎士や格闘家や侍など。
猟兵は、飛び道具使いの銃使いや弓使いなど。
魔術師は、魔法の類いを使う呪符師、召喚士など。
侍者は、治癒魔法を主に使うナースや神父など。
私がなりたい職業は、魔術師のジャンルにある召喚士。でも召喚士になるには、見習いの魔法使いから始めてレベル50にならなくてはいけない。
当然、私にはまだその資格はないので、魔法使いを選んだ。
「続きまして、着替えをしましょう。魔法使いの服はこちらに用意致しました。お好きなものをお召しください」
チェシャに案内されて、試着室の中に入る。言う通り、魔法使いの服を着たマネキンが並んでいた。十着ほどある。まぁまぁ、豊富だ。
鏡張りの試着室の中にいるから、嫌でも自分が目に入った。ぎょっとしてしまう。
自分の本物の顔を、そのままベースにするとは知っていた。
丸い小顔で目が大きくいわゆる童顔と言われる、私の苦手な自分の顔がある。
皆、初めは黒髪、黒目。
のちに自分のお金や素材を使って、髪型も髪色も顔も、変えることが出来る。今はこれで我慢だ。
体型も皆始めは同じ、中肉中背。女性は155センチ。男性は170センチ。
ジムなどで身長や体型も変更可能だと、テレビでも紹介されていた。
服もあとで買うつもりだから、一番好みのものを選ぶ。胸元を露出したドレスと、オフホワイトのフード付きのローブ。
ブーツを履くことまで、自分でやる。そんな動作があるから、とてもリアルにも感じた。
着替えを終えて試着室を出ると、チェシャが今度は武器を持たせてくれる。初心者用の杖だ。私の身長より長い木の杖だ。
くるくる、とバトンのように回してみた。重さは感じないけれど、重さの分だけ動かすことに時間ロスが生じるらしい。大振りの剣だと、きっと持ち上げるのにちょっぴり苦労するだろうな。
「ルベナ様」
職業案内の建物の外に出ると、チェシャに呼ばれる。
「冒険を、楽しんでくださいませ」
緑の瞳を細めてからチェシャが一礼をすると、ぱたんっと扉が閉められた。
案内してくれたお礼を言いそびれてしまったな……。
このあとは、自力で学ばなければならない。
他のプレーヤーが、街の中に溢れていて賑わっていた。
名前が頭上に浮かんでいるから、ゴチャゴチャしている。非表示にすることも可能らしいが、殆どが名前を表示していた。
街並みは、煉瓦が積み上げられた建物ばかりだ。プレーヤーもファンタジーらしい髪色や服装だから、それだけで異世界にいる感じがして口元が緩む。
腰につけた鞄には、必要最低限のアイテムもある。
オンラインゲームでも、誰かと交流するつもりのない私は、街の外へ出て早速戦ってみることにした。
目標はレベル50になり、召喚士になることだ。
【ルーメンルーナエ】の街を出れば、さっきの草原につく。広々とした草原には、今はまだ誰もいない。
ちょっとその場でクルリと回りたくなった。ローブが舞い上がる。視界もグルグルグルグルと、変わっていった。でも浮遊感も風の重さも、感じない。
三次元でリアルさを感じるゲームでも、感覚はイマイチだ。
人によっては感じるらしいけど、それは錯覚に過ぎないと言う。私も敏感だと自負していたけど、麻痺したような感じしかしない。
ちょっと目が回るくらいだけ。
バタリと草原に倒れてみる。痛みはない。草の柔らかさも感じなかった。
動作はリアル。でも感覚はなし。
「……こんなものか」
まぁ、文句は言えない。
目にするものは、全て美しいんだ。この風景が、私のお目当てのようなものだった。
うっとりするほどの美しい風景と、美麗イラストに描かれた敵ボスの魔人の王に惹かれたから、購入を決意したんだ。
まぁ、簡単に言えば、私は面食い。
最終目的は、敵ボスの魔人の王を目の前で見ることだ。
彼は絶世のイケメン! イケメンを拝むためならば、私はどんな試練も乗り越えられるはずだ!
面食いパワーで意気込むけど、彼の元に辿り着くまでは結構な無理ゲーらしい。彼を倒せたのは、今現在、たった一つのギルドだけだとか。一人は無理かな。
まぁ、倒すつもりはない。ただ一目みたい。欲を言えば、見つめたい、観賞したい。
「いかんいかん……バーチャルでよだれ垂れそう」
流石によだれは垂れないけど、気になるから口元を拭う。
立ち上がって、戦闘をしようと向かった。
【黄昏の草原】という名の草原には、敵であるモンスターは見付からない。初心者でも、景色を楽しめるエリアみたいだ。
草を踏みつける音が聞こえる。スキップするように歩いて、ラクムルナの月を見上げた。
ずっと東南の空に浮かぶ。このゲーム上に太陽も満月も星も存在しない。夕陽や朝陽は、地平線に現れるらしいけど。
夜の方がここも月も、きっと綺麗だろう。
丘を越えると、どっしりと地に根を張る太い木が並ぶ森があった。奥には山も見える。
色鮮やかな緑が生い茂っていた。でも、森の匂いはしない。きっとリフレッシュできる爽やかな匂いがするだろうに……。
この先から、モンスターが現れるはずだ。
ステータス画面を確認したいと考えると、フッと現れた。
【ルベナ・ギルバ レベル1】【HP550 SP150】。
攻撃コマンドは、【ファイヤーボール】と【ウィンドカッター】の二つ。レベルアップや装備で攻撃コマンドを得られるはず。
試しに炎の魔法【ファイヤーボール】を発動させるためには、武器でコマンドに触れる。仮想世界を体験できるゲームだけあって、その際にかっこつけることがセオリー。決めポーズだ。
誰にも見られていないことを確認して、私は杖をまたバトンのように回して、杖の先で空の上に向かってコマンドを叩いた。
その杖の先から、炎が生み出され、渦巻いて球体になったそれが、空へと飛んでいく。そのまま消えた。
熱さを感じてしまいそうなほど、リアルな炎だった。揺らめく光も、熱さを演出する陽炎も、素晴らしい。
感心した私は、早速実戦で使って見たくなり歩き出す。
どっしりした木を避けながら森を少し歩くと、開けた場所に出た。
【ピックマー レベル2】
小熊のような黒い毛に覆われている身体と、豚に似た顔のモンスターだ。
ピックマーも私を見付けると、身構えた。突進される前に、コマンドを発動させる。
けれど、見事にファイヤーボールはピックマーの真横に落ちた。
ほげー! 狙いをちゃんと定めなくちゃいけないのか!
自動で敵に当たってはくれない。
ピックマーが突進してきたから、私は咄嗟に横に転がる。グルリと回る視界のせいで、敵を見失いかけた。すぐに視界に捉え、もう一度コマンドを発動させる。
今度は命中させた。ボン、と爆発して火の粉を撒き散らす。
うお、リアル……。
半分以上のダメージを与えられたから、もう一度ファイヤーボールを放つ。
HPが0になったピックマーは光り出したかと思えば、消えてなくなり、アイテムと経験値が表示された。アイテムは自動的にバックの中へ入り、経験値が満たされて私のレベルは2になる。
「うっひゃーすごい! うわーお!!」
迫力があるせいか、ドキドキがしていた。達成感も満足感もある。
スリルが好きな人には、堪らないだろう。私もそれだ。
ぞくぞくしてきて、いてもたってもいられなくなった。
レベルアップして、もっとインパクトある魔法を使ってみたい。召喚魔法は、絶対に楽しいはずだ。
先に進んで、モンスターと戦った。レベル2のモンスターと戦って経験値を詰んでいくと、レベル8まで上がった。
新たに杖を地面に叩き付けて発動する【ロッククラッシュ】を習得。レベルが上がるにつれて、威力も上がる。
レベル10を目指していたのだけれど、視界の右腕に【もうすぐ一時間です。ログアウトしてください】の文字が浮かんだ。
せめて今戦っているレベル5のカンガルーに似たモンスターを倒してからと、避けては攻撃をしていたのだけど間に合わなかった。
『時間です。強制ログアウトします』と表示が出て、モンスターが消える。
上に吸い寄せられるような感覚のあと、目を開いた。
ディスプレイには『次のログインまで20分』と表示がある。カウントだ。
ベルトを外してヘルメットを脱ぐと、見慣れた私の部屋の天井だ。
ブラウンのソファーベッド。いつもの感触を撫でて現実を確かめながら、頭を押さえた。
確かに、休憩は必要だ。
片頭痛が起きる前の重さと疲労を感じる。長くやっていたら、頭痛が起きていたかもしれない。
でも、本当に楽しかった。ストレス発散で暴れまくれたおかげか、魔法が使えているという感じが楽しいおかげか、はたまたファンタジー世界の美しさを堪能したおかげか。
「はぁ……」
思わず、息を吐く。
あと欲しいのは感覚だ。握り締める感触だとか、炎の熱だとか、地面を駆ける感じだとか、味わいたい。
流石に痛みはごめんだけど。それはスリルだけで充分だ。
立ち上がって、私はクルリと回ってみた。草原を想像しながら、くるくると回ると目が回ってきたので止まり壁に手をつく。
この浮遊感が欲しい。回っている時の風の抵抗も感じたいし、丘の上で風に当たりたい。
「欲張りね、人間って」
まぁ、だからこんなリアルを体験できるRPGゲームが開発されたのだろう。
あと数年、または十年くらいで、感覚も味わえるようになることを願う。
今後はバーチャルに入るこの技術を使ったものが、どんどん開発されるだろうしね。
一時間の戦闘を思い返し、私はじっとしていられなくなり、杖を振る練習をした。
「ていやっ!」
他人に見られたら、恥ずかしい行動。
でも、マンションで一人暮らしだから、誰にも見られない!
……それでも二十代に突入したのだから、恥ずかしさを覚えるけどね。
今日は仕事がお休みなので、一日中プレイすることにした。初日は一時間プレイする度に、休憩を強制させられるけど。
モンスター退治のクエストをやりながら、レベル上げに専念した。
レベル10になると、半径三メートル以内にいる敵に、攻撃を与えることが出来る魔法を習得。
それまでひたすら避けては攻撃を繰り返していた私は、敵を複数誘き寄せて一気に退治する戦い方に変えてみた。
一気に経験値を貰えて、レベルアップも早いもの。
通常、モンスターは攻撃されてから反撃を開始する。勿論モタモタしていれば、モンスターから飛び付く。
【ファイヤーボール】と【ロッククラッシュ】は、注意を引くことにも最適だ。
【ファイヤーボール】はためて撃てば、巨大な球となり派手に爆発して火の粉を撒き散らす。
【ロッククラッシュ】は岩の塊が飛び出していくし、音が巨大だ。
反撃しようと飛び掛かる敵達に、【サンダーサークル】をお見舞いする。
半径三メートルのサークルに入った敵に雷を食らわせるのだ。
迫力も威力も抜群だけれど、発動まで少し時間がかかるので度々先に攻撃を受けた。
発動までの時間を、キャストタイムって言う。
痛みはないものの、迫りくる恐怖や振動は精神的にもダメージだ。
いくらスリル好きでも、何度も攻撃を受けたくない。視界がリアルすぎて、接近戦は遠慮したいしね。
だから計算することにした。キャストタイムは約五秒。距離とモンスターのスピードを考慮して、発動するタイミングを遅れないようにしないと。
間に合わないと判断したら、別のコマンドを選ぶ。
再び使うための待機時間を、リキャストタイムという。
リキャストタイムが一秒程度の【ファイヤーボール】と【ロッククラッシュ】ならば、続いて使うことも出来る。
【ウィンドカッター】は鋭利な風を巻き起こすから、敵を吹き飛ばすことに最適。囲まれ過ぎてまずいと、判断した時に使うことにした。
一度複数の敵に食われてHP0になってしまったプレーヤーを見た。すごくおっかなかったから、同じ目に遭うのはごめんだ。
レベル15になって、沼地エリアで気性の荒いレベル18のゴブリンと遭遇。勝てればかなりの経験値を得られるから、逃げずに立ち向かった。
ゴブリンの顔は、まるで悪魔。長い鼻は尖って下向き。耳に届きそうなほど大きな口の中には鮫のような牙が並んでいる。
鎧を纏ったゴブリンは、大きな斧を振り上げて向かってきた。
二メートルはありそうな巨大なのに、鎧をがしゃがしゃと鳴らしてあっという間に目の前にきた。
【ウィンドカッター】を発動したけれど、レベル18の相手を吹き飛ばすことができなかった。
ギョロっとした目のゴブリンと目が合って、固まってしまう。
次の瞬間、斧が横から振られた。
杖を縦にしたけど、吹き飛ばされた私のダメージは大きく、HPは残り僅か。
すぐに反撃をしようとしたけれど、今のダメージで麻痺して動けなかった。
「っ!!」
その間に、またゴブリンが目の前へ。
斧が振り下ろされて、HPは0となった。
身体は薄くなり、光の泡のように消え始める。それまでゴブリンを睨み上げた。奴はまるで笑っているようだった。
それが初めての死亡だ。
死亡すると、【ルーメンルーナエ】の中にある噴水の中に飛ばされる。
噴水の真ん中に、円形の土台があって、復活の場なんだ。復活の噴水。
経験値も所持金も減らされて、そこで再スタートさせられるのだ。
「あのゴブリン……次会ったら燃やしてやるっ!」
階段を飛び下りて、杖を握り締め、リベンジに燃える。
更なるレベルアップを目指して、装備の強化をしてからまた戦いに行った。
初日だけでレベル17まで上げた。明日は仕事があるから、これくらいにしてゲームを切り上げなくちゃ。
流石に疲れきってしまった感を引き摺りながら、【黄昏の草原】に歩いて戻る。
【ラクムルナ】のトレードマーク。三つ月が浮かぶ夜空は藍色だ。
薄い雲はまるで羽ばたく白い翼のように、月を避けて広がっていた。
昼よりも、はっきりした月光は神々しい。その美しい光景に見とれて、丘に立ち尽くした。
感動ものの光景。
夜空を遮るものは、何一つない。壮大な空と、大きな月。
数分、あるいは数十分、経っただろうか。物足りなさを感じた。
この光景が美しいからこそ、物足りなさを感じてしまう。
欠けてしまっていることが、残念でならなかった。
夜の冷たい風を感じられたら、どんなに満たされることだろうか。
澄んだ匂いを嗅げたら、どんなに満たされることだろうか。
風で乱れる髪を押さえ、腰掛ける岩の固さを感じたい。
その欠けた感覚が「所詮はゲームなのだ」と、思い知らせているように思えた。
どんなにリアルに魅せていても――――現実ではない。
冷たい風を想像しながら、ただ藍色の空に浮かぶ三つ月を見つめた。




