スローター事件 その②
――さて、どうやって奴を勧誘したものか。
車中のタクムは延々そんなことを考えていた。
ライムに車輌を引き渡して分かれた後、ベジーの手術が終わったという連絡が入ったため、タクムはギルドへと向かった。彼がギルドに入った瞬間、開拓者達の声が一斉に顰められる。
死したはずの<殲滅者>。彼の復活の噂はガンマの街中に轟いている。タクムが店内にゆっくりと視線をやれば誰もが俯き、視線を逸らした。
タクムはカツカツと鉄靴の音を響かせながら受付嬢に促され、ベジーと再開する。
「よう、いい感じにさっぱりしたな」
リモート爆弾の埋め込みは、脳外科手術の一種である。余計な毛髪は邪魔になるため、全て刈り取られることになっていた。
「新兵の時以来だ……もう帰るか?」
枝毛だらけでろくな手入れもされていなかったベジーの頭は見事に丸められ、その精悍な顔立ちを顕にしている。
「いや、どうせだから飯食って帰ろう。冷蔵庫の中、空っぽだったし。帰りに買出ししないとな」
タクムはギルド奥のカフェテリアに移動すると、そのままテーブルに腰掛けた。
「ほら座れよ。ずっとレーションばかりだったんだ。たまにはカフェで食事を取るのもいいだろう?」
「私は金を持っていないが?」
「奴隷の食事代は主人持ちだろう」
「承知した。馳走になる」
タクムが冗談めかして言うと、ベジーも小さな笑みを浮かべた。タクムがメニューを渡すと、なにやら真剣そうな表情でメニューを選び始める。思えば彼は最後の一日を除き、不味いが栄養だけは満点なことで有名なことでスティックタイプのレーションを食してきたのだ。
マトモな食事にありつけるとあってはその選定も難しくなるのだろう。
「ご、ご注文は……おおおきまりです、っか?」
その店員は、ベジーを更生者登録した受付嬢であった。彼女、いじめられているのだろうか。先輩に無理矢理<スローター>の注文を取りに行く言われる様を想像し、タクムは不憫に思った。
開拓者ギルドでは同じ室内にカフェやレストランを隣接させていることが多い。それは休憩所として解放することで開拓者同士のコミュニケーションを円滑にするためであるし、ギルドの顧客である彼等をそのまま食事客として取り込むことが出来るからだ。
ついでに人件費も浮かすことが出来る。ギルド職員――特に受付嬢はそのほとんどが昼間や夜間帯に隣接するカフェで給仕係に従事することになっていた。
受付仕事は朝と夕方に業務の90%が集中する。新規の依頼は朝に開示され、狩りを終えて帰ってくる時間帯は夕方というのが一般的だからだ。逆に飲食業は昼と夜が最も忙しい。そのため人員を両者で使い回して経営の効率化を図っているのだ。ちなみにガンマの開拓者ギルドでは、昼間はカフェとなり、夜間はお酒の飲めるバーとして営業されている。
「俺は日替わりプレートランチのBするが、ベジーは?」
「私は、え、えぃ――いやCで頼む」
「ああ、AとC二つ頼む」
「……すまない」
「かしこ、かしこかしこました、かし……いえ、お飲み物は……何に……」
「「ブルーベリージュースだ(を)」」
タクムとベジーの声が唱和した。そこだけは優柔不断なベジーも迷うことはなかった。兵士たるもの目には最大限、気を配らなければならない。アントシアニンは兵士にとって欠かせない必須栄養素である。
しばらくすると受付嬢はトレイをカタカタと震わせながら、注文されたプレートランチをテーブルに並べた。
「お、お待たせ、いいいいいたしいたしまふた、ごごごごゆっくりどどうぞぞぞ」
「……ああ、チップだ。受け取れ」
タクムは可哀想な受付嬢のために、ポケットに入りっぱなしだった100ドル札を何枚かつかみ出した。
「こ、こんな大金、受け取れ……ひぃ――ん!」
断りそうな雰囲気だったので、タクムは手近なワイシャツの隙間にねじ込んだ。さながらまるでストリップ嬢のような扱いに、受付嬢は涙を零して去っていった。
「ひどいな……」
「え、何が?」
タクムが小さく首を傾げる。常時見開かれた瞳孔のせいでそれが素でやった行動なのか、悪党一流の演技だったのかベジーには判断が付きかねた。
答えを保留し、タクムとベジーはプレートランチに向き直る。
「「いただきます」」
再び手を合わせて唱和。ガンマきっての悪党で知られる<殲滅者>と<八百屋>が同時に食べ物に感謝を捧げる姿はかなりシュールであったが、笑い出せるような雰囲気ではなかった。
厳戒態勢。これが一番しっくりくる言葉だったろう。誰もが二人の一挙手一投足を見逃すまいと神経を張り巡らせていた。何かの兆候があればすぐに逃げ出す準備をしている。厨房のコック達は今頃、天に祈りを捧げていることだろう。
「そういえばだな、家に戻ったら<越後屋>がいた」
「ほう……彼女か……懐かしいな」
暗殺者ギルドでの会合で同席した際、ベジーとライムは顔を合わせていた。奇抜な衣装の割りに意外と大人しく礼儀正しい少女だったという印象を持ったそうだ。ベジーはとつとつとそんな話をした。
実際には悪党達から発せられる本物のオーラに怯えていただけなのだが、殺人鬼たるベジーに人の心など分かるはずもなかった。
「そのライムが?」
「何でも俺に支援者になって欲しいそうだ」
「そんな……」
「ライムたんが……」
客達がいっせいに肩を震わせた。<越後屋>ライムの人気は開拓者の中では今でも高い。むしろ<スローター>によって傷つけられた被害者として認知されており、その人気は事件前とあまり代わっていないようだ。
パトロンと言えば富豪が、目を付けた芸術家などを支援するものだが――スローターが女に資金援助するとなれば印象はがらりと代わってくる。要するに妾である。
「……で、受けたのか?」
「ああ、車輌と当座の生活資金を貸した」
「理由は?」
「ちょっと(スキルの一端を)味合わせてもらった。少々面倒なところはあったが、俺との(戦術面での)相性は抜群だったよ。あの爆発力は大したもんだ。2、30万ドルぐらいで借りを作れるなら安いもんだな」
今後の運営方針に関わってくる話だけに、タクムは一段声を小さくした。
「随分とご執心だな」
「まあな、あれを見たら誰でもそうなるだろ。あれはいい。是非欲しい。問題は?」
「ない。委細承知した」
二人はぼそぼそとした口調で会話を続け、特に問題を起こすこともなく食事を終える。そのまま装甲トラックに乗って自宅へと帰っていった。
「馬鹿な……」
「……あの、ライムたんが……」
ギルドのカフェテラスには滂沱の涙を零す、開拓者達の亡骸があった。
翌日、とある駆け出しの開拓者パーティが解散した。
「ぱ、パーティ解散って、どういうことにゃん!? せっかくにゃーが車輌と資金を手に入れてきたのに……」
「ごめんね、でも……あの話を聞いちゃったらさ……」
「もう処女じゃないし……気持ちは分からないでもないけどさ」
「俺達も命が惜しいんだわ、ほんとごめん」
「さすがにあのスローターと肉体関係だけはいただけないよな」
「なー!?」
去っていくパーティメンバーを見送りながら、アイドル衣装の少女は肩を震わせた。
「あ、あああ、あああ、あの、あのッ、クソガキィィィイイィィィ――ッ!!」
その中で、こんなやり取りがあったとかなかったとか。
殲滅完了にゃん☆




