<越後屋(サービス)>ライム
「うにゃ~!! はぁ、どいつもこいつもスローターって騒ぎすぎだにゃん! ショーバイ上がったりにゃ!」
少女はそう言い放つと手にしていた新聞を縦に切り裂いた。もはやちり紙にもならなくなったそれをテーブルの上に投げ捨てる。
山となって積み上げられたそれらは、その筋では有名なゴシップ紙ばかりであった。
『スローター、今度は<八百屋>ベジーを美味しくいただく!』
『スローター、次は<右腕>マウス宣言!?』
『暗殺者ギルド壊滅の危機!!』
『検証! スローターが次に狙う組織はどこか!?』
等々、半分に割れた一面にはの文字が躍っている。粉々に切り裂かれた紙片の一つがはらりと床に落ちる。
『<越後屋>ライム、新曲発売』
そんな記事が芸能面の隅にひっそりと書かれている。
「右を見てもスローター、左を見てもスローター! ばかじゃにゃいの!! ちゃんとにゃーの新曲紹介しろよ!! どれだけ裏金使ったと思ってんのにゃ!!」
ライムが髪を掻き乱しながら叫ぶ。薄桃色の可愛らしいアイドル衣装、大きく広がった裾が頬や鼻をぺちぺちと叩く。
「うがー! ヴザッデェーム!!」
「まあまあ、そんなに怒らないで。どうせ一過性のものだよ」
穏やかな笑みを浮かべるスーツ姿の男性が、とりなしにかかる、が――ライムは男の襟首を掴みあげると、片腕で持ち上げる。
「だまれ、鈍腕マネ!! この薄ら豚トンコツ背油男が!! 乾麺と一緒に茹でてやろうか!? 一過性だろうか、なんだろうが、こっちの営業邪魔されてんのに違いはねえんだよ!! あ”ッ、っわぁってんのか!?」
そのまま壁まで投げ飛ばし、げしげしと無駄にそこの厚いアイドルブーツで蹴り上げる。ちなみに内部は鉄板入りだ。
「ああッ、ライム様! そんな乱暴に、強く! ア――ッ!!」
ライムの本業は殺し屋ではなく、アイドルである。チャームポイントは笑うと頬に出来るえくぼ、艶のある黒髪、あるいは153センチという小さな体に似つかわしくないほどの大きなハート。
王者の風格漂うFカップのそれ――ではなく、物理的な強さであった。
ピンク色のアイドル衣装で生体兵器の群れに単身飛び込み、機関銃でなで殺しにするPVが話題となり一躍名前を上げた至上最強のアイドルなのである。謳い文句は『狩りに往けるアイドル』である。
生存競争の厳しいこの世界では、『強い』ことはそれだけで一種のステータスとなりうる。この世界では有名な野球選手の代わりに、高名な開拓者や軍人あるいは殺し屋などのトレーディングカードが高値で取引されていた。
それは芸能の世界でも同じで、つぶらな瞳とぷるるんとした厚い唇、八重歯、えくぼ、時折、衣装からまろびでそうになる豊かな胸――そんな可愛らしい容姿に戦闘能力が付けば鬼に金棒どころか、生体兵器に戦略核といった具合なのである。
『パワフルアイドル』いわゆるパワドルというジャンルでの最前線に立つ彼女であったが、その人気にも陰りが見えてきた。最近、CDの売り上げが落ちている。ライブを開いても以前より客が集まらない。トレーディングカードの売り上げも落ちていると聞く。
原因は分かっていた。
「スローターがいるからにゃー!!」
ライムは机を蹴り上げ、壁まで吹き飛ばす。小柄な女性なら蹴った足が折れてしまいそうなものだが、数多の戦場にて生体兵器を屠ってきた彼女のレベルからすれば大したことではなかった。
「くそぅ……あの野郎……ミンチやベジー、ぶっこみやがって目立ちすぎ……つーか、黒髪でキャラ被ってるし……」
「ライムちゃん、キャラ戻ってる」
「うるせー! 控え室くらい好きにさせろー!」
「ひでぶー」
再び壁まで飛ばされるもののすぐに復活するマネージャ。見る者が見れば大したタフネスだと感心したところであろうが、パワドルたるライムのマネージャーを勤め上げるためにはこれくらいのVITは必要不可欠であった。
そうやってひとしきり暴れ狂った痕、彼女はぽつりと零した。
「いやだな、このまま皆に忘れられちゃうのかな……」
「大丈夫、ライムちゃんのやってきたことは無駄じゃないさ……」
優しい言葉をかけられ、ライムのパワドルとしての仮面が外れる。
「マネージャー、嫌だよ。あたし、せっかくここまで苦労して最強のアイドルになったのに……酷いよ、こんなのってないよ」
元々彼女はこんな世界にいるべきではない――とても気の弱い、普通の女の子なのだ。
「大丈夫だよ、絶対に大丈夫……僕がなんとかするよ」
「ホント……?」
「信じて。今日までのライムちゃんの頑張りは決して無駄にならないから」
マネージャーは割れたメガネをくいっと持ち上げ、携帯電話を取り出す。
「マネージャー、どう、するの……? どうすればあたしはまたちゃんとしたアイドルに戻れるの……?」
「簡単さ。スローターをぶち殺してしまえばいいんだよ」
「でも、相手はあのベジーさんを倒した人だよ……私なんかじゃ絶対に勝てないよ……」
ライムは一度、殺し屋達の会合に出席したことがある。まるで大型生体兵器を目の前にしているような絶対の恐怖に見舞われた。あの時、彼女は一言もしゃべることが出来なかった。殺し屋ギルドに彼女の信者を増やすという作戦はものの見事に失敗した。
――スローターは、きっと本物の戦士なんだ……あたしみたいな紛い物とはきっと違う……殺すためだけに強くなって、殺す度に強くなっていく、きっとそんな人なんだ……。
勝てない。絶対に勝てない。ライムはそう思った。自然と手が震え、膝が笑う。歯の根が噛み合わず、お腹の具合もすこしおかしい。いやだ。こんなのってないよ。アイドルはうん○なんてしないのに……。
「大丈夫だよ、ライムは戦う必要なんてない。君はただ捧げられる勝利を待っていればいいんだ」
マネージャーは言うと、送信ボタンを押した。
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FROM:マネージャ
TO:親衛隊メーリングリスト
表題:八時だよ、原因集合
みんな、大変だ! 聞いてくれ!
スローターのせいでライムたんが悩んでいる。
あれだけの力をなんで平和のために使わないんだって。
このままじゃお仕事に手が付かないって、こんど直談判に行くつもりみたいだ。
ライムたんが危険だ。
みんな力を貸してくれ!!
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次々に舞い込んで来る返信。
『スローター許しまじ!!』
『もちろんだ、すぐに駆けつける!』
『ライムたんは俺の嫁ー!』
それを次々に開封しながらマネージャーは言った。
「いいかい、ライム。数は暴力だよ?」




