スローター事件
工場を出た後、併設する戦闘車両販売店<ワンダー・タンク>にて購入した四輪バギーでタクムは開拓者ギルドへと移動した。
およそ一週間前に行われた蟻の巣討伐依頼の報酬が決定されたからだ。依頼では敵集団の頭目は特型生体兵器である<ジャイアントスカイ>と言われていたが、実際には特大型、最上位種といわれる<ジャイアントスローター>であったためにギルドでは報酬額を増額することを決定した。
特大型の生体兵器が治める巣を討伐するとなれば、近隣の街に住む一流どころ――いわゆる甲種や乙種開拓者団を巻き込み、ガンマ都市軍からも一線級部隊と合流した討伐部隊を編成するのが普通だった。
しかし今回はギルドの調査不足――過失により、敵集団の頭目を見誤った。本来であれば討伐部隊への参加を見送っていたはずの丙種開拓者にまで参加要請を出してしまった。それが被害を増大させた一因であったのは間違いなく、報酬額を割り増しする必要があった。
死者や車両などの被害額を算出し、それを元にどの程度報酬を割り増しするのが妥当なのかギルド本部で検討された。その関係で報酬の支払いが滞っていたのである。
結果、報酬額は1300万ドル、日本円にして13億円の金額となった。これは依頼料であり、その他、開拓者の収入となる生体兵器カードや素材買取などは別口となる。ギルドから開拓者達に支払われる総額は2000万ドルにも上るだろう。
守銭奴として有名な開拓者ギルドとしては大盤振る舞いもいいところではあったが、それには事情があった。
まず、最も懸念されたのが高位開拓者の枯渇による経済問題であった。
今回の討伐では参加者の半数以上が死傷した。甲種開拓者団である<セリエ・アール>を始め、一般に一流開拓者と判断されるのは乙種以上の開拓者も多い。
高位開拓者の存在は街の運営に直接関わってくる。
乙種開拓者の取得基準は、<中型生体兵器の戦闘集団と一輌編成で正面からやりあえる程度の戦闘能力を有する者>である。これは個人の資質や実戦経験だけではどうしようもないレベルである。戦車や装甲車のような大型戦闘車両の保有の有無も前提条件に関わってくる。
つまり、街がどれだけの戦闘車両を有しているかという話になるのである。もしも大型生体兵器に襲われる、あるいは敵対都市から進攻されるなど、都市の防衛機構だけでは対処し切れない事態が発生した場合に、開拓者が所有する戦闘車両の数が生存の鍵になることは言うまでもない。
加えて平時においても、高位開拓者の存在は重要になってくる。まず、彼らが平常的に行う狩りは、街近郊の生体兵器が対象となるため治安の維持に直接関わってくる。
高位開拓者は皆、高い収入を持つため、彼らの消費(開拓者は身銭を残さないのが粋とされている)は街の経済に多大な影響力を持っているし、また、開拓者が消費する武器弾薬には数パーセントの<武装税>が掛けられており、街の税収に直接関わってくる。
また彼らが狩ってくる生体兵器素材は街の一次産業を支えており、素材が枯渇すれば産業は停滞し、それだけ経済が混乱する。
それに今回生き残った開拓者達は、女王蟻の討伐には失敗したものの、特型生体兵器である<ジャイアントスカイ>の討伐には成功しており、生物として<格上げ>された有望株ばかりなのである。
そんなただでさえ数が少ないというのに、そんな連中に逃げられでもしたらたまらない。早急に高位開拓者の数を戻したいギルドや都市政府の思惑もあって、このような膨大な成功報酬が約束されたわけである。
タクムがギルドの特別室に通されると、そこには既に討伐部隊の生き残り達が勢ぞろいしていた。
合計8つある椅子に各開拓者団のリーダが座り、メンバーはその背中を守るように壁際に経っている。
手に手に護身用の銃や短機関銃を持ち、装甲服や野戦服に身を包んだ50名にも及ぶ戦闘技能者が一同に介する姿は中々に壮観であった。
「それじゃあ、全員残ったところで報酬の割り当てを決めるぞ」
会議室の奥、上座に当たる席に座っている男が口を開いた。
討伐から生き残った数少ない高位開拓者、乙種開拓者団である<インク・ザ・モンスター>のリーダ、インクであった。鬼を思わせる強面、浅黒い肌に筋骨隆々の大柄な男で、単独行動時に近接戦闘距離で中型生体兵器を倒したと豪語する腕自慢の戦士でもある。
――こんなのが議長か?
タクムは椅子にふんぞり返って座るインクを眺めて思った。
確か女王蟻と遭遇した時、先頭切って逃げ出した男である。
そう思うと途端に不愉快な気分になった。
タクムとアイはたったふたりでジャイアントスローターを地に落とすことに成功した。あの時、全員が一丸となって戦闘を行えば――アイ、そして機動力を失った開拓者の犠牲はなかったかも知れない。
たらればを言うつもりはないが、少なくとも彼等は女王蟻討伐に関わっていないのだから主導権を握るのはタクムであるべきはずだ。
「基本的に成功報酬は山分け、討伐した生体兵器のカードや素材は各自のもの。それから死亡者が討伐した生体兵器のカードや素材はギルドに売り払い、それを改めて山分けする。どうだ?」
「それが妥当だろうな」
「異議なし」
「問題ない」
報酬会議に出席している各開拓者団のリーダから賛同の声が上がる。
タクムもそれで問題ないだろう、と思った。
1500万ドルという報酬の8割は特大型に認定されたジャイアントスローター討伐の功績によるものであって、タクムとアイがいなければ得られないものであった。
しかし、通例として討伐隊で得られた報酬は、事前の取り決めがない場合には山分けが基本である。生き残ったパーティは8つ。1パーティにつき200万ドル。彼らにも命を危険に晒したのだから多少の権利を得るのも仕方がないことであった。
そもそもタクムには女王蟻のカードと素材がある。カード買取だけでも200万ドル、金色の外殻――軽量でありながら戦車装甲並みの強度を持つ素材は上質だし、かなりの量もあるため金額的には500万ドルは下らないであろう。
それ以外にも50体近く倒した小蟻や12体の大蟻、アシストボーナスで2割報酬が確定している空蟻のカードと素材。それらを合算すれば1000万ドル以上になる。戦車一台分の収益と考えれば悪くない結果だ。失ったものは大きいが、これも再会の感動を高めるための布石である。
それよりも早くこのくだらない会議を終わらせたかった。NPCなどに関わっている暇はない。女王蟻討伐による上限値アップの効果を確かめたいのだ。
「アリクイ、お前もそれでいいな?」
その言い様に多少カチンときたものの、タクムは頷いた。
するとインクはニタァといやらしく笑う。
「じゃあ、お前が持っているジャイアントスローターのカードと、解体した素材を渡してもらおうか」
「は?」
言っていることの意味が分からず、タクムが尋ね返すとインクは言った。
「言っただろ、死亡者の討伐したカードと素材は売り払って山分けだってよ。お前さんの相棒も死んだんだろ? だったらその権利は皆のもんだ」
「俺達はコンビを組んでいた」
死亡者の討伐した獲物は確かに山分けが基本だが、開拓者団を組んでいる場合は別である。強い絆で結ばれているのがパーティだ。その遺産を横から掠め取るような真似はマナー違反である。
「はぁ? 今、お前も承諾したよな? 死亡者の戦果は山分けだってな! そうだろ、みんな!?」
「そうだ、確かにさっき頷いたぞ」
「俺は見たぞ、承諾した!」
「そうよ! さっさとカードと素材を渡しなさい!」
インクの背後に立つ団員や、付近の開拓者達が追従した。
「満場一致だな。悪いが俺達も商売なんでね。さっさと引き渡してもらおうか」
インクが自信満々に言った。彼の取り巻きは更に高圧的な態度――いわゆる殺気まで醸し出し、タクムを脅しにかかってきている。
もちろん公平な会議での脅しなどマナー違反も甚だしいが、ルール違反ではない。彼らは『従わなければ殺す』と態度に表しているだけで<恐喝>に該当する発言を一切行っていない。
他の開拓者達も何も言わないばかりか、インクに賛同しているあたり、大金に目が眩んでいるのだろう。
このままいけばタクムは、アイの残してくれた遺産を失ってしまうことになる。
「ああ、なるほどね……ハハッ」
しかし、彼はそう呟いて笑っただけであった。
とても追い詰められているとは思えない態度。その表情には余裕どころか、楽しんでいるようなふしさえあった。
50人からなる高位開拓者から脅しを掛けられ、満面の笑みを浮かべるタクム。こいつ、気でも触れたんじゃないか、と近くの開拓者が不安げに見ていた。
――そういうイベントか。
タクムはこの時、そう思っていた。
脅しに屈しれば損失を負い、なにか上手いこと反論すれば1000万ドルの報酬を得られる、そういう分岐なのだろう。
この世界には目の前に三択が現れるなどのアドベンチャー要素はなかったが、それは裏を返せば、通常のアドベンチャーゲームに比べてずっと自由な行動を取れるということでもある。
「お断りだ。つーか、お前等、女王蟻が怖くて依頼放棄したんだ。お前等の取り分はゼロだろ?」
「は?」
「聞こえなかったのか? お前等は依頼放棄で取り分はゼロ。最後まで残って依頼を果たした俺の総取りだ」
「ふざけんな、このクソガキ!」
ガタッ、と椅子から立ち上がるインクとその取り巻き達。
「舐めてんじゃないわよ!」
「てめえ一人でやったと思うなよ!」
「さっさとカードと素材を寄越しやがれ!!」
「なんならこの場で白黒付けたっていんだぞ!?」
激した一部の開拓者達が一斉に拳銃や短機関銃を抜く。
タクム目の前に幾筋もの補助線が生まれた。その内の一本が白い弾道予測線が、タクムの肩に僅かに触れた、
――|瞬間、彼らの額に穴が開いた(ダダンダダダッ)。
魔弾<ダブルショット>とその上位種にあたる<トリプルショット>である。遊底を引き、銃を撃つたびに引金を弾かなければならない自動拳銃だが、このスキルを介すことにより、予備動作なしの連続射撃を可能となる。拳銃使い(ガンスリンガー)にとっては必須技能といえる。
魔弾の性質上、銃弾の弾道や狙いは固定され、全く同じ軌道を描くはずだが、タクムは3ヶ月の訓練により、スキル発動中に強引に銃口の狙いを変える術を学んでいた。現在では拳銃では短機関銃のように扱うことが可能だ。
5発の弾丸は確実に開拓者の命を奪っていた。
「は?」
「いやぁ……」
「え?」
そんなタクムの卓越した技量はさておき、会議の主要なメンバー達が一瞬のうちに床に臥す、という異常事態に呆然する開拓者達。
「おい、どうした? 白黒付けるんじゃないのか?」
そんな中、タクムは、もう終わりですか? と挑発を行う。
「てめぇえぇぇぇ!!」
見事に引っかかった男は奇声を上げ、腰に吊り下げていたグロック18を抜いた。フルオート射撃で引金を弾きっぱなしにして9ミリパラベラム弾を周囲にばら撒いた。
「きゃああぁぁッ!」
「馬鹿野郎!!」
狙いの外れた弾丸や壁に弾かれ跳弾した弾丸が、開拓者達を襲う。
タクムは銃弾はもとより、跳弾に至るまでの悉くを進路から逃れることで躱す。弾道予測線と上位生体兵器を倒したことで得られた人外めいた反射神経や俊敏性がそれを可能としていた。
「くそッ! 殺す! 絶対に殺す!!」
錯乱しながらも男は――普段の修練の賜物か――空になった弾装を外し、素早く入れ替えて更に銃撃を続けた。
タクムに殺到する20発の9ミリパラベラム弾。しかし、タクムはそれを身を捻るだけで回避する。再び跳弾。開拓者達が更に傷つき、何名かが命を落とす。
「お前が死ね!」
「そうよ、こんなところで銃弾ばら撒くなんて!!」
その内何人かが反撃を開始し、戦闘は更に激化した。
銃撃に次ぐ銃撃。跳弾に次ぐ跳弾。会議室が隙間なく真っ白に染まるほどの弾丸量。
「<エアアーマー>」
タクムは全身に力を流して、近接戦闘(CQB)用のスキルを発動させた。
以前であれば9ミリパラベラム弾のような高威力の拳銃弾には歯が立たなかった風の防護だが、生物としての<格>の上がったためか、銃弾はひとつとしてタクムの体に触れる前に止まり、あるいは弾き返された。
しばらくすると銃弾の嵐は止み、会議室には弱弱しいうめき声だけが残った。
タクムを完全に守り切った<エアアーマ>だが、他の開拓者達にそこまでの防御力はなかったようだ。
多少威力は軽減されているとはいえ、大口径の拳銃弾の嵐の中、無事でいられた者はいない。タクムを除いた開拓者は全てがその身に深い傷を負い、半数以上は事切れていた。
タクムは腰ポーチから回復薬を取り出すと、生き残った連中に尋ねた。
「この回復薬が欲しきゃ、報酬は放棄しな」
銃声がしてもギルド職員がこの場所に足を踏み入れることはないだろう。タクムを脅すと決めていたからか、連中が選んだ会議室はわざわざ防音加工が施されているものだった。
外からの救援には期待できない。生存者達は、タクムの提案に乗らざるを得なかった。
そうしてタクムは合計2000万ドルにも及ぶ、収益を得た。
ジャイアントスローター討伐に端を発する争いと顛末は<スローター事件>と呼ばれ、その事件の首謀者とされるタクム・オオヤマは以後、<虐殺者>という二つ名と共に恐れられるようになるのだった。




