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復讐相手

 家に帰ってきた。

 美波さんと凜花はまだ帰ってきていない。

 僕はソファに座り、今日の大石さんとのやり取りを思い出していた。


 大石さんが提示してきた引っかかり。

 香取の現住所について。

 なるほど。確かに、言われてみると引っかかる。


 そもそも、名前と地元が一致しているから香取はまだ地元に住んでいる。そう断定するのは早計だったかもしれない。

 香取が地元を去らない理由がないか。

 僕にはそれが判断出来ない。

 僕は、香取の家族構成も知らないし、あいつの仕事も知らない。


 あいつが長男ではなく家を出なければいけなかった可能性もある。

 仕事で転勤を命じられて引っ越した可能性もある。


 やはり、早計だったのだろうか、僕の判断は。

 そもそも、実は僕にも引っかかっていることは一つある。


『清水賢』


 それは、明美が自分の機種変更データ移行用のクラウドサービスのパスワードリセットのキーワードを僕に設定していたこと。


 最初は思った。

 きっと、僕が彼女のクラウドサービスを調べる事態になった時、少しでも気を紛らわせるためにそうしたんだと。


 だが、本当に彼女はそんなことをするだろうか?

 いや、少し違うか。


 彼女は本当にそんなことをする必要があったのだろうか?


 そもそも、僕が彼女の機種変更データ移行用のクラウドサービスに手を出したのは、彼女の不貞が発覚したから。

 じゃあ、どうして彼女の不貞が発覚したのか。


 スマホにパスワードをかけていないから。

 不貞相手の写真をスマホにうっかり保存しておくから。


 ……こう思う人もいるかもしれない。

 だけど、僕はそうは思わない。


 元はと言えば、彼女の不貞が発覚したのは彼女が急逝したことが理由なんだ。

 

 彼女が急逝しなければ……。


 彼女のスマホにパスワードが設定されていないことに気付くどころか、彼女のスマホを手に入れることさえ出来なかった。

 不貞相手の写真を見つけることだってなかった。


 スマホにパスワードをかけていないから。

 不貞相手の写真をスマホにうっかり保存しておくから。


 その発覚理由が通じるのは、余命宣告された死に限るのだ。


 逆を言えば、彼女の脇が甘かったのは彼女がすぐ死ぬ予定がなかったからに他ならない。

 だからこそ感じるのだ。


 ……彼女がパスワードリセットのキーワードに僕の名前を設定していたことに、違和感を。


 彼女が急逝しない限り、パスワードリセットのキーワードを僕が見ることはなかったはず。

 だったら、僕が最初に考えた僕の気を紛らわせるという説は頭から否定されることになる。


 ただ、だとしたら……。


 彼女は一体、どうして僕の名前をあのキーワードに設定したんだ?


 ……一時の感情、だとしたらここまでの悩みの全てが無駄になる。

 世間体……と、言うのもない。理由は一緒だ。世間体を気にする相手に、パスワードリセットのキーワードを知られる機会なんてやってくるはずもない。


 ただ、だとしたら……。


 それ以上、考えられることは……。


「ただいま」


 凜花の声が玄関から聞こえた。

 すっかり一人、考え込んでいたらしい。

 僕は慌てて、玄関へと向かった。


「おかえり」


「ただいま。お父さん!」


 元気な凜花の声が、室内にこだました。


「先生、皆をお家に送ったら来てくれるって」


「そっか」


「……お父さん?」


「ん?」


「大丈夫?」


「え?」


「少し、元気なさそうだから」


 ……見抜かれている。

 正直、最近の凜花は……美波さん以上に鋭い。

 僕は作り笑いをした。


「大丈夫だよ」


 凜花を抱えて頭を撫でるも、彼女の顔は晴れない。


「……むしろ、お父さん、凄い元気だよ?」


「本当?」


「本当だよ」


 当然じゃないか。

 ……もうまもなく復讐相手に会えるのだから。


「お父さん、嬉しいの?」


「うん」


「なら、凜花も嬉しい」


 小さい体の凜花が、僕に抱きついてきた。

 そう言えば、こうして凜花を抱きかかえるのはいつぶりだろう……?


 女の子にこんなことを言うと怒られるかもしれないが、前に抱えた時よりも、彼女は重くなった。

 それだけ成長しているということなんだろう。


 このまま凜花は……大きく健やかに成長していくんだ。


 そしていつか……今以上に、明美に似る、のだろうか?



 香取に似る、のだろうか……?



「……お父さん?」


「ごめんごめん。先生が来る前に、先にご飯作っていようか」


「うん!」


 凜花を抱きしめる手に、力がこもりそうだった。

 必死に堪えて、僕達はキッチンへと向かった。


 美波さんがやってきたのは、凜花が帰宅してから、二時間くらい経った頃のことだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  この思考の堂々巡り感が変にリアリティある。  中々その場から動けない感じ。  結局本人が亡くなってるからまさに死人に口なしというところが厄介ですねえ。
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