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3-1 サボり少女


 次の日、私は1限の英語の授業をさぼった。


 体調が優れないので保健室に行ってきます、と宣言して屋上にきたのだ。

 屋上に寝転がると、ドーム状になっている月面空洞の天井に並ぶライトの列が目に入った。

 まぶしいのを我慢してそのまま眺めた。


 昨日から、菜摘とはほとんど口をきいていない。

 どうしたらいいのか分からなかった。

 ぼーっと考えていると、突然声がかけられた。


「お、堂々とサボってる奴発見!」


 屋上への出入り口に草薙先生がいた。


「サボるんならせめてちゃんと保健室いってさぼった方がいいと思うわよ」


 草薙先生は私のところまで歩いてきて、隣に座った。懐からスティック状の電子たばこを取り出して加えた。すぐにぷか、と水蒸気の煙が出た。


「すみません」


 私は寝転がったままあまり悪びれずに謝った。


「授業出なくていいの?」


 草薙先生は咎めるでもなく、優しく聞いてきた。


「英語なんで大丈夫です。大学入学レベルまではもう終わってます」


 自習で。


「そんならいいわ」

「先生は何しに来たんですか?」

「たばこ。校内禁煙なのよ」

「屋上も校内ですけど……」

「サボってるの黙っててあげるから、鬼沢さんもそこんとこ頼むよ」

「わかりました」


 私は取引に応じた。


「あなたでしょ、楓花ちゃんのお気に入りって」

「そうみたいです」

「攻略者になるつもりはないんだってね」

「絶対にやですね」

「ま、いいと思うよ。前世がなんだったからって攻略者にならなきゃいけないわけじゃない。日本ここは個人の意思じゆうを尊重する民主主義国家だからね」

「ありがとうございます」

「攻略者なんてろくなもんじゃない。昨年の第四層からの帰還率知ってる?」

「いいえ」

「50%。第四層に入っていった攻略者の半分がダンジョンに捕まる。昨日まで一緒に笑い合ってた仲間の半分がいなくなるんだ。

 ただ、これでも良くなった方なのよ。私と一緒に第四層に入った人は、私以外全員捕まった。みんな、早い人でもあと4年は帰ってこない」


 私は草薙先生の話を黙って聞いた。


「モンスター達も、捕まえることを目的としているとは言え、戦闘能力を奪う程度の攻撃はしてくる。私は左手を失って、それでいまは教師してるの。片腕でも第二層のモンスターくらいまでなら負けないから、生徒達を守って育てるのにちょうど良いってね」

「先生は、なんで攻略者になったんですか?」

「他になかったのよ。荒れて、荒れ果てて、合法的に何かと戦って何かを壊すなら、銀月ここしかないし、ここが一番だと思ったわ」

「他になかった、っていうのは私も同じです」

「そうなのね。まぁ、ここじゃ珍しくもないわ」


 草薙先生は肩をすくめた。


「月面ダンジョン攻略を使命と信じて来てる人、周囲の期待に推されて来てる人、何かから逃げて来てる人、いろいろといるけど、だいたいがここに来るしかなかった人よ」

「……赤城さんもそうなんでしょうか」

「生徒の個々の事情までは私は知らないわ。けど、前世が村娘でここに来る、来られるっていうのは相当な業の深さよ。普通、村娘なんて人が合格できるような試験じゃないんだから」

「そうなんですか」

「えぇ。戦闘実技があるもの。実技を受けてないのは、鬼沢さんと儀同さんだけよ」


 勇者と魔王。

 なるほど、特別な前世というわけだろう。

 草薙先生はたばこをしまい、立ち上がった。


「さて、私はもう行くわ。そろそろ仕事に戻らないと、楓花ちゃんにバレちゃうからね。鬼沢さん、あなたもあまりサボらないように」

「はーい」

「私の授業だけはサボったら斬るから心してね」

「はいっ」


 殺気がした。

 草薙先生は多分本気だ。


 草薙先生が屋上から出ていった。

 私はそのまま屋上に寝っ転がっていた。

 しばらくして、チャイムが鳴った。

 私はさらにしばらく待って、2限が始まる直前に教室に戻った。

 誰からも話しかけられることなく2限が始まった。


 2限の授業も私は半分聞き流していた。


 2限が終わると、私の席に儀同さんがやってきた。


「鬼沢さん」

「はいなんでしょう」


 儀同さんの放つ圧に私はつい敬語で返した。


「放課後、ちょっと顔貸してくれる?」


 儀同さんは真剣な表情で私を見ている。


「なんでですか」


 私は勇者とは関わりたくはない。


「いいから顔貸しなさい。いいわね」


 儀同さんは有無を言わさない調子で言い、私の答えを聞かずに席に戻っていった。


 困った。

 正直いやだが、逃げて帰ったらもっと面倒なことになりそうだ。

 そもそも、学生寮で同じ建物で寝起きするのだから、完全に逃げ切れるとも思えない。

 しょうがないのか。


 私は憂鬱な気持ちで残りの授業をこなした。

 最後の授業が終わった。

 私が逃げる間すら与えず、儀同さんがやってきた。その手には体操着の入っているボストンバッグがある。


「行くわよ」

「どこに?」

「いいから来なさい」


 儀同さんは私の机にかかっているボストンバッグも持つと、さっさと教室から出て行こうとした。


「待って待って」


 私は小走りに儀同さんを追いかけた。クラスメイト達が奇異の目で私たちを見ていた。

 儀同さんは歩く速度を緩めない。

 教室を出て、体育館に向かっていく。


「何の用なのか教えてよ」


 儀同さんに追いついて尋ねるが、儀同さんは答えない。

 たどり着いたのは、やはり体育館だった。


 体育館には誰もいなかった。

 無言のまま、儀同さんは私のボストンバッグを投げてよこし、着替え始めた。

 これはつまり私も着替えろ、ということなんだろう。


 もう断る気力すら起きず、私も体操着に着替えた。

 着替え終わって、私たちは向かい合った。


「そろそろ、何の用か教えてもらえないかな?」

「鬼沢さん、あなた特待生でしょう?」

「……」


 私は答えに窮した。


「今年の特待生は二人。一人は私。もう一人が誰かは教えてもらえなかったけど、あなたなのでしょう?」


 儀同さんはじっと私を見ていた。

 迷った私の反応できっともう気付いているのではないだろうか。


「どうして?」


 私は聞いた。

 それを気付かれることのないよう発言には特に注意していたはずなのに。


「自己紹介でも、模擬戦でも、特待生になるような人はいなかった。腕前では赤城さんが別格だけど、彼女は村娘、特待生にはなり得ない。もしかしたら2組にいる人なのかもしれない。そう思って2組も様子を見てみたけど、それらしい人はいない。なら、誰が?」


 私は否定できなかった。

 もう確信している相手に白々しい否定は意味がない。


「銀月高校に普通に入学するには戦闘試験は必須科目。なのにあなたときたら、あなただけがまるで素人。近接戦闘向きの前世でないことをいれても戦う気持ちがなさすぎて、戦闘試験を通れるとはとても思えない。ならもう、あなたしかありえないでしょう?」


 論理を積み重ねて儀同さんは真実を言い当てた。


 私は観念してうなずいた。


「そうなのね。あなたきっとただの女王じゃないんでしょう?」


 言うしかないのだろうか。

 私は少しの間迷った。


 相手は魔王を打ち倒すべき勇者。

 私の前世を聞いてどういう反応をするだろうか。排斥してくるだろうか、言いふらすだろうか、それを聞いた菜摘はどう思うだろうか。


 ただ、私の中でどうなってもどうでもいいかという思いの方が強く沸き起こってきた。私は平凡で平和な青春学園生活なんて期待してはいけないんだ。

 半ばは自棄だ。

 私は私の正体を告げた。


「魔王」


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