1-4 入学式
結論から言って、私は銀月高校に入学することになった。
彼と別れた後しばらく私は入学試験どころではなくなっていた。ぶん殴ってもすっきりすることはなく、気持ちをひきずったまま入学試験を受けた高校は全て不合格になった。
あれが事件にならなかったのは幸いだ。
人を殴ったのは初めてだけど、人があんなに飛ぶなんて知らなかった。殴られた人がふっ飛ぶなんてアニメの中だけの、創作的誇張とおもっていたけれど、本当だったとは。
高校受験に失敗した私に選択肢は残されていなかった。
私は差し伸べられている悪魔の手を取るしかなかったのだ。
考えてみれば、銀月高校には女の子しかいない。そう、彼のような、女と遊ぶことしか考えてないような男はいないのだ。
こうなったらもう、女の子だけの世界で、友達とご飯食べてスタバ行くという夢を叶えるしかない。
新しい世界へ。
新しい青春へ。
そんな世界に行けるなら、悪魔と取引してもいいと思った。
中学校から楓花先生に連絡を取ってもらうと、招待を維持しているということで、私は楓花先生と会うことになった。
「条件があります」
私の言葉に、楓花先生は優しく頷いた。
ネットで調べたところ、楓花先生は銀月高校の理事長だった。
ネット上には名前だけが出ていて写真も経歴もなかった。
見た目通りの年齢で理事長なんてやっていられるのなら悪魔的だし、理事長としてふさわしい年齢でこの見た目だとしてもやはり悪魔的だ。
「まず私は、自分の前世が魔王だと言うことは絶対に秘密にしたいです」
「いいですよ。女王ってことでいかがですか」
「ではそれで。次に、入学金、授業料、寮費、その他学校生活で必要な物すべてそっち持ちでお願いします」
「もちろん。在学中の特待生待遇をお約束します。給付奨学金もつけましょうね」
「卒業後はダンジョン攻略しなくてもいいですか」
「いいですよ」
楓花先生は秒で決断して私の条件を飲んでいく。
勝利を確信している様子だ。
私は最後の条件を告げた。これがもっとも重要な条件だった。
「最後の条件です。学校の近くにスタバがほしいです」
「校門の目の前に作らせましょう」
これも秒。
決断が早すぎて守る気があるのか疑いたくなるほどだった。
ただ、数日後には諸々の必要書類が送られてきたし、さらにスタバが月面店を開店するというニュースが発表されるに至って、私は楓花先生の力を痛感し、覚悟を決めなければならなくなった。
こうして私は銀月高校に入ることになったのだった。
そして4月になって、私は入学式に参加していた。
銀月高校新入生44名。
入学式は日本武道館で行われていた。
父兄は観客席に座り、武道場に新入生、教職員、来賓が並んでいる。
来賓には、総理大臣、防衛大臣、厚生労働大臣といった大物政治家たちも参列している。一私立高校の入学式としては異例だが、銀月高校には人類の存続がかかっていた。
国も一部出資した株式会社による私立高校。
それが銀月高校というものだった。
「皆さんには、勉学に励み、修練を重ね、卒業後は人類繁栄の礎として活躍していくことが期待されています。どうかその自覚を持って、精一杯頑張ってください」
総理大臣の長い来賓祝辞が終わった。
「新入生宣誓」
司会が次の式次第を宣言した。
「新入生代表。儀同瑞月君!」
「はい!」
新入生の最前列に座っていた少女が立ち上がった。
髪を後頭部で束ねて垂らし、ポニーテールにしている。儀同さんは堂々とした様子で中央まで進み出ると、壇上に一礼した。
「宣誓します」
マイクで拡大された声が武道館中に響いた。
「私は、前世で『勇者』でした。もちろん、その記憶はありませんから、どのような勇者だったのか、私には分かりません」
勇者。
私の知る限り、前世が勇者だったという人はこれまで一人もいなかったはずだ。
私の『魔王』も前例がないけれど、『勇者』もそう。
同じくらい珍しいとは言え、『魔王』と『勇者』では真逆だ。
勇者であることは全く隠す必要の無い、堂々と謳い上げるべき前世に違いない。
儀同さんの宣誓は続いている。
「しかし勇者とは、勇気ある者の称号であり、強大な敵と戦い、打ち破り、人類に希望と未来をもたらす者の称号であると理解しています。
私は、私たちの使命を理解しています。この銀月高校で研鑽を積み、月面ダンジョンに挑み、攻略するという使命です。いまだ月面ダンジョンは奥深く、人類は第四層までしか到達できていません。最深部まであと何層なのかすら分かっていない現状では、攻略など遙か遠い夢、不可能なようにも思えます。
しかしだからこそ、私は宣言したいと思います。
前世でそうであったように、今世でも勇者となることを。
私の剣が、強大な敵を打ち破り、ダンジョン最深部までの道を切り開くことを。
そのために必要な全てのことを銀月高校で学び得ることを。
私、勇者儀同瑞月は、人類の未来を勝ち取るために全ての力を注ぐことをここに誓います。
以上を持って私の宣誓の言葉とさせていただきます」
周囲の気温が上がったように感じられた。
儀同さんの言葉の熱意のせいだ。
キラキラ オブ キラキラな前世。
その自信と自負がみなぎっていた。
私だけが周囲の熱に当てられることなく冷めていた。
本当に私とは真逆。
人類のためとか、ダンジョンをどうするとか、私にはない。私は逃げてきただけ。ほどよく学んで卒業して、ダンジョンとは関係なく生きていきたいだけ。スタバ行って友達と無駄話したいだけ。
入学式は、儀同さんの宣誓で上がった熱を引きずったまま終わった。
私は他の新入生達と一緒に退場した。
武道館の外では、お父さんとお母さんが待ってくれていた。
お父さんがひときわ大きなスーツケースを持っている。私の荷物だ。
新入生は今夜学校が用意したホテルに泊まり、明日、飛行機で種子島宇宙センターに向かうことになる。その後そこから月へ向かうのだ。
お父さんとお母さんは、すぐに新幹線に乗って帰る予定だった。
しばらくお別れだ。
私はお父さんお母さんと軽く抱き合った後、スーツケースを受け取った。
「辛くなったらすぐにでも帰ってきていいからね」
「うん、大丈夫」
私は手を振って、二人を見送った。
姿が見えなくなるまで手を振った。
私の周りでも同じように親子の別れが繰り広げられていた。さっぱりと別れている子、いつまでも泣いている子、様々だ。
私は学校に指定されたホテルに向かった。
ホテルは武道館のすぐ近く、グランドパレスホテルというところだ。10分ほど歩いて、フロントで自分の名前を伝えると、部屋のキーを渡された。
エレベーターに乗って部屋に入った。
ベッドが二つ並んでいるツインルームで、先に来ていた新入生が窓際に立って外を眺めていた。
その子は私の入ってきた音に気づいて振り返った。
ショートカットの活発そうな子だ。
「はじめまして」
私は挨拶した。
高校で初めての友達になるかもしれない子だ。
第一印象は大事にしたい。
「うん、はじめまして」
その子は、見た目通りの元気な声で応えてくれた。
「あたしは赤城菜摘。君は?」
「鬼沢沙耶です」
「沙耶ちゃんね。あたしのことはなっちゃんでいーよ。仲良くしてくれよ」
「じゃあ私もさっちゃんで!」
私は言葉をかぶせてしまった。
しまった。友達作りなんて3年ぶりだから焦ってしまった。
「わかったよ、さっちゃん。よろしくな」
男みたいな言葉遣いだった。
髪型と合わせると男子のようにも見えてしまう。銀月高校の生徒だから、当然女の子のはずだけど。
「よろしく、なっちゃん」
「うん。で、さっちゃんは、前世なんだったの?」
きた、この質問。
しかし私はもう中学の頃の私ではない。
この質問は当然あるだろう事を予想して、お母さんと何十回も練習し、ネタを完璧に仕上げてきている。
「わたくし女王様なんだって。おーほっほっほっほっ」
頬に手の甲を当てて会心の高笑い。
「そっか」
なっちゃんは私の渾身の演技をスルーした。
すべった。
「私はね、村娘なんだ」
それは銀月高校には珍しい、どこにでもいるような平凡な前世だった。
自分の前世を堂々と言える。
私にはそれがとてもうらやましく見えた。




