7-1 先生は悪魔
一定の調子の揺れを感じて、私は目を覚ました。
「ん……」
目を開けると、菜摘の顔が目に入った。
「おはよう、さっちゃん」
「おはよう、なっちゃん」
目覚めの挨拶を交した。
私はどうやら菜摘に抱っこされているらしい。高校生にもなって恥ずかしい持たれ方だ。
菜摘は私を抱えて空中を飛び跳ね走っていた。
「その角、なに?」
菜摘の額に角が生えているのを見て、私は聞かずにはいられなかった。
「え、さっちゃんがそれ聞くの?」
「そりゃあ、初めて見るし」
知ってて当然、みたいな反応されても困るよね。
「あー。そういう共有はできてないんだ。さっき魔王にもらったんだよ」
「角を?」
「力を。もうただの村娘だなんて言えなくなっちゃった」
「全然話が見えない」
「あとで詳しく教えてあげる。今は、あたしがもうさっちゃんと離れられなくなったって事だけ覚えておいてくれるかな」
「何それ、愛の告白?」
「おぉ、魔王様に恋慕するなどとんでもない」
菜摘はふざけていた。
後で教えてくれるというなら、今は追求しないでおこう。
前の方を向くと、何やら見覚えのある後ろ姿が飛行していた。
「あれは、楓花先生?」
「そうだよ」
「なんでここに楓花先生がいるの?」
周囲の景色を見る限りまだダンジョンの中、海のある例の階層だ。
「わかんない。けど、いた」
菜摘は楓花先生を警戒しているようだった。
「いたんだ……」
「さっちゃんは、楓花先生が何者か知ってるの?」
「確かなのは、銀月高校の理事長ってことだけ。あとは自称悪魔」
「え、理事長!?」
「そうだよ」
「知らなかった……。てっきりただの若い先生だと思ってた」
「ホームページに名前でてるよ」
「そんなページ興味なかったから見てない。で、自称悪魔ってのは?」
「初めて会ったとき、自分で前世が悪魔だって言ってた」
「なるほどね」
菜摘は楓花先生の背中に厳しい目を向けた。
「それで、いまこれはどこに向かってるの?」
「草薙先生と儀同のところに向かう、ってその悪魔は言ってた」
距離を取って追っているのは、きっと菜摘も楓花先生を警戒しているからだろう。
もうすぐ陸地だ。
楓花先生は、その大きな島の海岸線、崖の上に降りていった。
草薙先生と儀同さんが手を振っているのが小さく見えた。
「さて、さっちゃん、ちょっと掴まってて。本物かチェックする」
菜摘に言われ、私は菜摘の背中に手を回して自分の手首を掴んだ。
何をする気なんだろう。
「くらえ、イナズマキィーック!!」
菜摘は空中を蹴り、儀同さんに向かって飛び蹴りで急降下していった。
「解放!」
儀同さんが剣を手に取ってそれを迎え撃った。
力と力がぶつかった。菜摘の赤いオーラと、勇者の剣が拮抗して跳び蹴りの勢いを止めた。
菜摘は儀同さんから距離を取って着地した。
「いきなり何するのよ」
「大事なときに力を使い果たして役に立てなかったこと気にしてないかなと思って」
「余計なお世話よ。というか、あなたその姿何なの?」
「儀同には教えてあげない」
菜摘はにやりと笑うと、変身を解いた。角が消えた。
「けち」
「けちで結構」
「……なっちゃん。そろそろ降ろしてもらえるかな」
「おっと悪い悪い」
菜摘に降ろしてもらって、私は地面に立った。
大丈夫。
ちゃんと立てる。体に不調はない。
「さて」
菜摘は楓花先生に向き直った。
楓花先生は菜摘と儀同さんのやりとりを見てニコニコしていた。
「それじゃ楓花先生、あらためて説明してもらえる?」
私と儀同さんも楓花先生に注目した。
「いいですよ。第一階層に牛頭馬頭の魔人が出たということで、演習中の2年生と1年生が急遽ダンジョンから逃げ出て、学校に連絡をくれたんですよ。草薙先生とあなたたちが残って戦っていると。
ただ、ちょうどその時学校に戦える先生がいなかったので、私が入ることにしました。
2年生から聞いたポイントに行くと、どうしたことか、床に大きな穴が空いていて、誰の姿もない。
もしかしたらその穴の先に落ちているのかもしれない。助けを求めて途方に暮れているかもしれないと思うと、いてもたってもいられず私も穴に飛び込んだんです。
すると、草薙先生と瑞月さんを見つけたので、事情を聞きながら一旦ここに連れてきて、菜摘さんと沙耶さんを助けに戻ったところ、菜摘さんがちょうど蛸のモンスターを倒すところだった、というわけです」
楓花先生はよどみなく説明した。
流れ自体におかしいところはない。
「質問があれば答えますよ」
「楓花ちゃん、ここからどうやって戻るかアイデアある?」
質問の口火を切ったのは草薙先生だった。
「私の転移術で学校に戻れますよ」
楓花先生はさらっと述べた。
「できればモンスターに嗅ぎつけられる前に早く戻ってしまいたいんですけど……」
楓花先生は私の顔を見た。
「そうもいかなそうですね?」
私は頷いた。
儀同さんと菜摘は警戒しているという程度だが、私は疑っていることがあった。
その真相によっては、楓花先生の転移に乗っかることは危険きわまりないことになる。
「いくつか質問してもいいですか?」
「どうぞ。生徒の疑問に答えるのは教師の義務です」
「楓花先生は、どれくらい強いですか?」
「強さはたいしたことないですけど、隠れるのは得意ですよ」
「牛頭馬頭に勝てますか?」
「勝てます。悪魔として、あれくらいには負けられません」
「ここは第何層ですか?」
「私にも分かりません。人類がこれまで到達していない階層であることは間違いないですけど」
「今ここで、変身してもらえますか」
「もちろん。では、降臨」
楓花先生がはめている腕輪が純白の光を放った。光が楓花先生を包み、姿を変える。
ばさりと広がったのは、白い鳥の羽。天使の羽だ。視線が吸い込まれていくような清らかな白。それが楓花先生の雰囲気と真逆すぎて違和感があった。
「これでいいですか?」
「……その羽じゃ天使じゃないの?」
「神に反逆するまでは天使だったみたいですよ」
堕天使。それもくくりでいえば悪魔といっていいのだろう。
楓花先生は変身を解いた。
「他に何かあります? いまなら特別サービスでなんでも答えちゃいますよ」
「年齢いくつですか?」
「秘密です」
「なんでもって言ったじゃないですか」
「乙女の秘密は例外ですー。他の質問でお願いします」
楓花先生は両手で×を作った。
私は少し疑問の核心に迫ることにした。
「じゃあ、私をこの演習に参加させるように決めたのは楓花先生ですか?」
「そういう流れになるようには仕向けました」
「はじめての降臨の授業で、私を儀同さんの次に指名させたのは?」
「私の指示です」
「なぜですか?」
「ダンジョン攻略には、強い力が必要だからです。強くなる可能性のある人は鍛えていかないといけません」
理屈はその通りだ。
「楓花先生は、目的のためなら嘘をつく人ですか?」
「嘘つきが嘘つきかと聞かれてはいと答えるわけないじゃないですか」
楓花先生は、ただ違うと言えばいいところをわざわざはぐらかして答えた。
これはどう解釈すればいいのだろう。
素直に信用するなという警鐘か、ただの愉快犯か。それとも嘘つきなりの真摯さか。
ただ、楓花先生が完全な正直者だとは思えないことだけは確かだ。
「もういいですか? そろそろ転移して脱出してしまいたいんですけど」
「最後に1つだけ」
私は食い下がった。
「最後の一つですよ」
「ありがとうございます」
私は礼を言って、最後の質問を発した。
「楓花先生は、ダンジョンの味方ですか?」
私の言葉に、楓花先生は楽しそうに笑った。




