表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/33

6-3 村娘とは

 

 赤城菜摘は、儀同と草薙先生が魔蛸に向かっていった後、沙耶の隣に並んだ。


 右手にはいつものフォーク、左手には鋼の籠手。胴には革のベスト。


 菜摘はチラリと、儀同の背中を見た。

 馬頭との戦いの際にものにしたのだろう、儀同は胴だけではなく全身を変身させていて、全ての能力が数段上がっていた。


 その姿を見て菜摘はぐっとフォークを握った。


(大丈夫、あたしはやれる)


 心の中で自分に言い聞かせた。


「さて、そろそろあたしもいくかな」


 菜摘は一歩踏み出した。

 足下から冷気がたちのぼっている。完全に凍っているからか、何かの魔法の作用か、足が滑ることはなさそうだった。


物理貫ペネトレート通強化エンチャント


 沙耶の声がして、一瞬、菜摘のフォークを淡い光が包んだ。


「ありがと!」


 背中に感謝を投げて、菜摘は走り出した。

 魔蛸は自由になった4本の足で儀同と草薙先生の二人を追い払おうとしている。


 太い足が氷面を叩き、払う。

 二人はその足を避けつつ、少しずつ攻撃を加えては離れ、魔蛸の注意を引きつけている。


 菜摘は一直線に魔蛸へと向かっていった。


 魔蛸の目が一瞬菜摘を見た。


 草薙先生に向けられていた足の一本が、くねりながら振りかぶられ、菜摘へと向けられた。

 魔蛸の足が鞭のようにしなり空を切った。

 先端は速すぎて見えない。


 菜摘は足の根本の動きでその軌道を見切った。

 右へと跳んだ。


 その一瞬後に蛸の足が氷面を打つ。


 氷の破片が飛び散った。


 破片のいくつかがぱちぱちと菜摘の体を打った。


 菜摘は再び魔蛸へと向かう。


 二度三度と立て続けにたたきつけられる足を避けた。

 4度目のたたき付け。

 難なく避けた。


「はっ」


 菜摘は次の打撃に移ろうとしているその魔蛸の足にフォークを刺そうとした。

 蛸の足の弾力でフォークの先端が入らない。


「あーくそ!」

(振り上げる勢いに乗って一気に近づこうと思ったのに!)


 企みが失敗して菜摘は再び走り始めた。

 ショートカットできないなら、地道に近づくしかない。


 その横合いから、魔蛸の足がなぎ払われてきた。


 菜摘はフォークを氷面に刺し、棒高飛びの要領で空中に飛びあがった。


 間一髪。

 魔蛸の足が踵をかすった。


 『勇者』のように際立つ身体能力もなく。


 『魔王』のように無比万能の魔法もない。


 『村娘』である菜摘には、天賦の武才と鍛えた技術だけが頼りだ。

 人型ではない魔蛸を相手にしては分が悪い。

 それでも、彼女は自分にできることをただやるしかない。


 菜摘はひたすら魔蛸の懐めがけて進んでいく。

 足の根本に近づけば、魔蛸には物理的な攻撃手段はない。氷にロックされ、距離をとることも出来ない。


 あと20メートル。


 あと少し。


 斜めにたたきつけられる足を左に飛んで避けた。


 そこにもう一本の足が飛んできた。


(やばいっ)


 避けられない。

 とっさに判断してフォークで受け止めようと構えた。


氷柱アイスピラー!」


 沙耶の魔法が飛んできて、菜摘の目の前に2本の氷の柱が立った。


 氷柱が魔蛸の足を受け止めた。

 ほっとしている暇はない。

 菜摘はまた駆ける。


構造変化クリエイション


 再び沙耶の魔法援護。菜摘の目の前の海面の氷が形を変え、階段を作っていく。


 階段の先には魔蛸の右目。


 菜摘は階段を駆け登った。魔蛸の巨大な瞳が目の前にある。


 フォークを両手で構えた。

 しっかりと体中の力を乗せて突き込んだ。


 びし。


 フォークの先端が何か堅い物に阻まれた。


 空中に魔法陣が一枚浮かんでいる。

 菜摘のフォークの先端は、その魔法陣を突き破ることができず、止められていた。


「くそっ」


 ならもう一度、と菜摘がフォークを引いた時、それは起こった。


 蛸の頭、生物学的に正確に言うなら胴体の部分だが、そこに無数の赤い線が生じ、『目』が開かれた。


 魔蛸が放つプレッシャーが増大する。


 離れた方がいい。

 そう判断して飛び退け駆けた菜摘の腰に、蛸の足の先がするりと巻き付いた。


(気付かなかった!)


 いつの間にか忍び寄ってきていたのだ。


 菜摘の体に恐ろしい加速度がかけられた。

 ぐん、と後ろへと放り投げられ、一瞬後には魔蛸を見下ろすほどの高い空の上にいた。


 菜摘は放物線を描いて飛んでいく。

 空中で姿勢を整えるような技は菜摘にはない。そのまま飛ばされるしかなかった。


 魔蛸の周囲の海氷が割れた。

 砕かれた氷は無数の柱状へと形を変え、菜摘めがけて飛翔してきた。


 避けることは出来ようはずもない。


 菜摘は殺到する数百の氷柱をただ見た。


(あ、これ死ぬ)


 先端がとがっていないのは殺さないためだろうが、氷柱の打撃に加えて落下時のダメージを考えると、自分の身はどうなるか。


 菜摘は自分の力を冷静に分析し把握していた。


 その菜摘の手が誰かに掴まれた。


 草薙先生だ。

 刀を口でくわえ、右手一本で飛んでいく菜摘を捕まえたのだ。


「先生!」


 菜摘は草薙先生に引き寄せられ、抱き留められた。


 景色が一瞬で変わり、氷上へ。


 草薙先生の瞬動術だ。

 飛翔していた氷柱は一瞬目標を見失ったが、すぐに転移した菜摘たちを見つけ、空中で急角度を付けて軌道が変わった。


 草薙先生は口の刀を手に、構える。


「生徒を守るのは教師の義務よ」


 草薙先生は刀を右肩に乗せて構えた。


全解放フルバースト


 宣言と共に、草薙先生の刀が炎に包まれる。

 菜摘は草薙先生の背後で距離をとった。


 刀が振り切られる。


「掃破斬!」


 炎は空中の氷柱たちめがけて広がっていった。


 氷柱が炎に包まれて溶け散っていく。

 炎は氷柱をすべて溶かして消えた。


 草薙先生が魔蛸とにらみ合う。


 魔蛸の周囲には氷がなくなっていた。

 魔蛸は海面に浮かんでいる。

 氷を砕き、飛ばしたことで氷のロックから解放されたのだ。


「先生?」


 どうする、と菜摘が声をかけた。


「プランC」

「了解!」


 応えて菜摘は背後の沙耶の方に駆けだした。


 プランC。

 魔蛸の氷ロックに失敗または解放されてしまった場合で、自由な移動は防げている状態における作戦。


「さっちゃん、Cだ!」


 菜摘は走りながら叫んだ。


 沙耶がうなずいた。

 沙耶は王笏を氷に突き立てると、魔法を準備し始めた。


 大きく複雑でありながら精緻な球形の魔方陣。


 美しい。


 そんな感想すら抱いてしまう。


 菜摘にしてみればうらやましいほどに強力な魔王の力。


 菜摘はぐっと歯をかみしめて邪念を払った。


 沙耶が魔法を完成させた。


「氷れる八頭竜フロストドラゴンズ!」


 沙耶の周りの氷面から、8本の柱が伸びたかと思うと、体をくねらせながら龍の形へと変わっていった。


 龍達の顔が一斉に魔蛸に向けられた。


 しばし、魔蛸と龍達がにらみ合ったかと思うと、龍達は一斉に魔蛸へと襲いかかった。


 魔蛸の触手が龍を迎え撃つ。


 龍達が魔蛸にかみつき、魔蛸は足を龍に絡めて締め上げようとする。


 怪獣大決戦だ。


 龍達は魔蛸に一度かみつくと離れない。

 龍がかみついた部分から、魔蛸の体表が氷に覆われていく。


 魔蛸は、足一本では龍に太刀打ちできないと悟ったのだろう。一匹あたり2本の足を使ってねじ切り、引きちぎろうとし始めた。


 龍達もまた、簡単にはやられまいと体をくねらせた。


 蛸と龍が1つになって水と氷をまき散らしながら踊っている。


 龍が一匹、ちぎれた。

 二匹目の龍が頭を潰され、砕け散った。


 魔蛸も、足の一本が完全に凍って動けなくなり、自らの足に絡まれて根元から折れた。


 互いを互いが喰らい合う。


 菜摘はその戦いをじっと見ていた。

 人間には手が出ないスケールの戦いだった。

 プランCでは、菜摘にできることは沙耶の近くで待機することだけだった。万が一、攻撃が沙耶に向かった場合に備える。それが菜摘の役目。


 だが万が一のことになったとして、菜摘に何ができるだろうか。

 身を挺して守ることしかできないだろう。


 菜摘はそれだけを決意して、魔蛸と氷龍の戦いを眺めていた。


 氷龍は残り3匹。

 ほどなく氷龍は全滅するだろう。


 魔蛸の足は2本減り、残り6本ある。

 氷龍がさらに一匹減った。

 後は早かった。しゅるりと2匹の氷龍に魔蛸の足が絡みつくと、がちりと引きちぎられた。


 その瞬間を待っていたかのように。


「「全解放フルバースト」」


 草薙先生と儀同の声が唱和した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ