6-2 魔王様のお手伝い
水面に足をつけて立ったことがあるだろうか。
私はなかった。
水というのは地面じゃない。
足で踏んでも水面を突き抜ける。とても当たり前のことだ。
そんな不可能を可能にするために科学があり、魔法がある。
『水面歩行』の魔法を自分にかけて踏み出すと、水面のすぐ下に真っ平らな板があるような感覚だった。
「うぉぉ、本当に水の上あるいてる……」
砂浜で菜摘が驚嘆していた。
「さっきなっちゃんにもかけたでしょ。早くおいでよ」
「大丈夫だよな? 飛行の魔法でごまかしてるだけじゃないよな?」
菜摘はおっかなびっくり足を伸ばした。
波が菜摘のつま先を洗う。
「そこじゃまだ砂浜だよ」
「わ、わかってるよ」
菜摘は思いきってもう一歩踏み出した。
ぱしゃんと小さい音がした。菜摘の足は水面から沈むことはなかった。
「おぉぉ」
一歩踏み出せれば、あとは何も怖くない。
菜摘はパシャパシャと水を跳ねさせながら私のところまで走ってきた。
「すごいじゃん、これ!」
「うへへ」
褒められ慣れてない私は、怪しい笑いを浮かべた。
「儀同も早くこっち来いよー!」
菜摘が振り返ると、ちょうど儀同さんが海の上に乗ったところだった。
「お前、あたしが大丈夫かどうか待ってたろ」
「そんなことないわよ」
儀同さんはきりっとしている。
あやしい。
「ほら、3人とも行くぞ」
草薙先生が無駄話を終わりにした。
草薙先生は自前の術で水面に立っている。
私たちは、作戦会議で決めた通りの隊列を組んだ。
先頭は私一人。
2列目に草薙先生と儀同さん、最後尾に菜摘だ。
私たちは6方向への警戒をしながら、海の上を歩いた。
前後左右上下。
攻撃はどこからでもありうる。
私の担当は水中。
水中を伝わってくる音波を拾い増幅してチェックする聴音探知の魔法を連続して使うことで、蛸が近づいてくることを察知しようというのだ。
相手は蛸だけにおそらく水中から来るだろう。
つまりこの作戦の索敵はほとんど私一人にかかっている。
あぁ、誰か一緒にやってくんないかな。
そんなことを思った。
『やろうか?』
突然、頭の中に声が響く。
誰だ。
『暇なんだよね。だからさ、すこし私の手伝いをしてもいいかなと思ったのさ』
この口調、知っている。
魔王だ。
突然出てきてどうしたというのか。そもそも出てこれたんだ。
『ようやく魔王の声が聞こえるようになってくれて嬉しいよ。これまでどんなに君にツッコミを入れても気づいてくれなかったんだからね』
ツッコミ入れてたんかい。
ようやく、ということはあの廃城での謎儀式がきっかけなのだろうか。
できれば邪魔をしないで静かにしていて欲しい。
『しないよ。君の死は魔王の死でもあるんだからね。ちゃんと手伝うよ』
そう言うなら、探知魔法での索敵を任せてあげてもいいだろう。
『ありがとう。それじゃあさっそく魔法の制御権限もらってくね』
そう言われるやいなや、私の頭から探知魔法の維持と結果分析の負担が消えた。
負担が消えたにもかかわらず、その結果だけは勝手に頭の中に流れてくる。
『あ』
魔王が何かに気づいた。
『探針音発信!』
水中に、コンという音が走った。
こちらが音を出すことで、水中の物体に反響させ、どこに何が潜んでいるかを明らかにしようとするものだ。
海中に隠れている物を暴き出すことができるが、こちらも音を出すから、向こうにも私のいる場所がばれる。
やっぱり魔王は信用してはいけなかったか。
思ったが、探知の結果が返ってきて、私は戦慄した。
「来るよ、前方あと100メートル!!」
いつの間にこんな近くにいたのか。
聴音では全く気づかなかった。
いや、きっと慣れない私の分析では捉えきれなかっただけなのかもしれない。魔王の方は気づいたのだから。
巨大なタコが水中をものすごい速度で進み、迫ってくる。
「作戦開始!」
草薙先生の声。
「降臨!」
事前の打ち合わせ通り、私は変身し、すぐに魔法を構築していく。
6つの球形の魔法陣が浮かび、それを包むように巨大な1つの球形の魔法陣が描き出されていく。
その周囲に球と平面の魔法陣が描き出されていく。円形の平面魔法陣20枚が、まるで巨大な砲身をかたどるかのように並んだ。
まさしくそれは砲なのだ。
球形の複合立体魔法陣が生みだすエネルギーに指向性を与え、撃ち抜くための魔砲。
『二極四大、六天は交わり一つとなれ。実は虚にして虚は実なれば、永遠は虚無と同義とならん』
魔王の詠唱に合わせ、魔法陣が力を発揮していく。
白、黒、赤、青、黄、緑に輝く光球が生まれ、回転して1つの白い輪となり、ねじれながらひとつの球体へと形がまとまった。
目を灼く強烈な光が放たれる。
だがその光はその球体がもつ莫大なエネルギーの単なる余波にすぎない。
光と闇の二極。
物質を構成する四大。
本来相反するそれを一切合切まとめることで生じる反発の対消滅のエネルギーの塊がそれだ。
目の前の海面が盛り上がっていく。
蛸の頭が飛び出てきた。
膨大な海水を引き釣りまき散らしながら、蛸が海面を飛び出し、空中へと躍り出た。
私は魔砲の照準を空中で足を広げる魔蛸に合わせた。
「六天魔砲!」
発動を宣告。
全てのエネルギーが魔蛸に向けて放たれた。
直視できない光の奔流が空を裂き、膨れ上がる光線となって、魔蛸の存在そのものを消そうと押し寄せていく。
魔蛸の障壁が魔砲を受け止めた。
力が拮抗する。
私は更に魔砲に力を込めた。
この一撃で蛸の障壁を抜かなければならない。
それがこの作戦の第一段階。
ここで失敗するわけにはいかない。
そのために最大火力を選択したのだ。
私は魔砲の維持に力を費やすが、光は次第に弱く細くなり初めていた。
まだ魔蛸の障壁は破れていない。
「まだまだぁー!」
気合いを入れて叫んだ。
光線が勢いを取り戻した。
障壁にひびが入った。
もう少し。
私は魔力を絞り出す。
ついに障壁が破れ散った。
すでに魔砲はエネルギーのほとんどを使い果たしていて、魔蛸本体にはほとんどダメージを与えることなく消失した。
しかし障壁は破ったのだ。
魔蛸は魔砲の衝撃に跳ね返されて海に着水した。
ビルのような大きさの波しぶきが上がった。
「よしっ」
私は拳を握った。
次。
再び魔方陣が展開される。
『死すら凍る地獄の子らよ、極光の玉座を持ちて集え』
蛸の四角い瞳孔が私を見据えた。
私はその目をにらみ返しながら、王笏の石突を海面に差した。
「氷雪王土!」
空にオーロラが走った。
その光に照らされて海が凍っていく。
私の王笏を中心として、氷はピシピシと音を立てながら急速に広がり、魔蛸へと迫っていく。
魔蛸の周りの海が凍りついた。
魔蛸自身も体表の海水が凍り、氷の中に包み込まれた。
おそらく魔蛸は中まで凍ってはいないはずだ。
海面を凍らせたのは、攻撃のためではなく、海中に潜られるのを防ぐためのものだ。蛸自体に加えられるダメージは大きくない。
私は変身を解いた。
ローブが光となって散り、攻略服姿に戻った。
リミットいっぱいまで変身していては、その後戦力外になってしまう。それを防ぐための変身解除だ。
代わりに。
「降臨!」
他の3人が一斉に変身した。
儀同さんと草薙先生が左右に散った。
私は今回遠距離担当。
蛸を包む氷が割れ、氷の破片が落ちていく。
やっぱりね、と思った。
蛸の足の何本かは海面より下の氷の中に閉じ込められたままだ。
凍ったときに海中に完全に没していたから、しっかりと氷に掴まれているのだろう。
魔蛸の自由になった足は4本。
半分は事実上潰した。
『むう』
魔王の悔しそうな声がした。
『あの程度のやつを一撃で屠れないなんて……』
まさか倒すつもりだったのだろうか。
『もちろんだよ。本当はさっきの魔砲だって島の一つくらいは軽く消せるくらいの術なのに。あーあ、やる気なくした。私寝る』
と宣言されるや、頭の中から魔王の気配が消えた。
魔王は不貞腐れた。




