6-1 ダンジョン下層
私は、暗い穴の中を落下していった。
落下していく先に、小さな針の穴ほどの光が見えていた。この落とし穴の先には明かりがある場所があるのだ。
光はだんだんと大きくなっていく。
私はじっとその光を見た。
やはり出口だ。
青いものが出口の先に広がっている。
ぽん、と落とし穴を抜けた。
「え、海!?」
私は思わず声を上げた。
落とし穴を抜けた先にあったのは海だった。
ぐるりと見回すと四方八方を囲む水平線。ダンジョンの中のはずなのに、まるで地球の屋外かのように明るく、「空」が青い。
その中央にいくつかの島がある。
私はその島と島の間の海面めがけて落ちているようだった。
先に落ちているはずの3人はどこにいるだろう。
私は海面に目をこらした。
自動で魔法が発動し、望遠鏡をのぞいたかのように目の前に海面の拡大図が現われた。
頭の中に前世の魔法の知識が入っている。見ようと思った瞬間に勝手に頭がそれを参照して『望遠』の魔法を発動させたみたいだった。
「いた!」
見つけた。
海面に巨大なタコのような怪物が顔を出している。その足のうちの2本が菜摘と儀同さんを巻いて捕まえていた。
巨大なタコだ。
掴まっている2人と比較してもスケールが違い過ぎてタコの大きさが分からないほど。
草薙先生は、変身してタコと戦っているが、タコの障壁を突破できず、苦戦していた。
「降臨!」
私は再び闇色のローブを纏った。
残り時間は、20秒ほどしかない。
私は飛行魔法を発動させ、加速した。一直線にタコへ向かっていく。
私は使える無数の術式の中から、ひとつを選んだ。選んだと言うより、欲しい効果を思い浮かべると、勝手に術式が選ばれて出てくる感じだ。
魔方陣を描き上げ、魔法を発動させる。
「断頭の処刑巨人!」
私の背後に上半身だけの巨人の影が浮かび上がり、色彩をまとう。衣服を纏わない黒い肌。目は瞳ではなく炎だ。手には漆黒の両手剣が握られ、日の光を反射してギラついていた。
巨人はぴったりと私の背後について回り、私の持つ王笏の動きに合わせて剣を構えた。
さらにもう一つ、魔法を重ねる。
「流星墜」
私の落下速度がさらに数倍した。私と、その背後の巨人を包む結界が大気との摩擦で赤く燃える。
流星の速さで私はタコへと墜ちていく。
「切り、裂けー!」
タイミングを見計らって、王笏を、巨人の剣を振るう。
豪速の刃がタコの足に触れる。
障壁は刹那の間さえ耐えることができなかった。瞬間的な負荷に耐えきれずその部分の障壁が砕け、刃がタコの足を断ち切った。
流星墜を解除すると、魔法によって与えられていた速度が消えた。私は海面ギリギリで急停止した。巨人はまだ消さない。
見上げればタコの数本の足が切れて宙を舞っていた。その中に菜摘と儀同さんを捕らえていた足もちゃんとあった。
切られたタコの足は力を失って、菜摘と儀同さんを宙に放り投げていた。
「ななな、今度はなにー!?」
菜摘が叫んでいる。事態を把握できていないみたいだ。
私は飛行魔法を操作し、巨人の手でまず菜摘を、次に儀同さんを掴まえた。草薙先生は、と目を向けると、さすが状況をすでに把握していて、タコから離れ、近くの島へと向かって水面を走っていた。
「2人とも、口閉じててね!」
2人が身構えたのを見て、私は最大加速で島へと向かって飛んだ。
降臨していられる時間はあと5秒ほどしかない。
その間にできるだけ遠くに行かなければ。
変身が解け、巨人が消え、飛行魔法も解除されて、私たち3人は海へと突っ込んだ。
水しぶきが上がった。
海面に顔を出して島を探すと、波打ち際まで後20メートルと言ったところだった。
菜摘と儀同さんも次々に海面に顔を出した。
「2連続で助かったわ、鬼沢さん」
私は岸に向かって泳ぎながら、ぐっと親指を立てた。2人も後を追って岸へと泳ぎ始めた。
海底に足が付いて歩けるようになった頃、海面を走って草薙先生が追いついてきた。
幸い、タコの化け物は追ってきていない。
「3人とも、無事?」
草薙先生が私たちの安否を気遣う。
砂浜にあがって、ようやく私たちは一休みすることができた。
砂浜から少し陸に行くと木々が生えていて、薪になる枝も十分に落ちていた。草薙先生が薪を拾ってきてくれて、火をつけ、私たちはその日に当たって服を乾かした。
「それで先生、ここはどこか分かりますか?」
火に当たりながら、私は草薙先生に尋ねた。この中で一番ダンジョンに詳しいのは草薙先生だ。
草薙先生は首を振った。
「分からないわ。確かなのは、ここが第5層以下の階層っていうことだけよ」
これまでの人類の最高到達点は第4層。つまりここは人類にとって未知の階層だ。
儀同さんが空を仰いだ。
「ダンジョンの中だって言うのに空があるなんて」
「4層までは、第1層とそんなに変わらなかったけどね」
「じゃあここ、何か特別な階層なのかな?」
「その可能性はあるわね。ただ、今一番重要なのは、ここが何層目かね」
まさしく問題はそこだった。
上まであと何層あるか。何しろ私たちには食料の持ち合わせが全くない。水すらない。目の前にある海水はしょっぱく、見た目に忠実に海水だった。
「島に生えてる木の中に、食べれる実があったりしないかな?」
私の発言は、他の3人には不評だった。
「忘れちゃいけないけど、ここは敵地の中よ? その中に生えてる物なんて、罠じゃ無いと思うの?」
「すやすやおねんねして気がついたら禁固刑、なんてやだよあたし」
「えー、と、たぶんそこは大丈夫かなと。魔王の術式の中にうってつけなのあったよ」
視線が集まった。
「食物に含まれている毒を無効化する魔法のようなんだけど……」
「すごい」
菜摘が膝を叩いた。
「一言で言って神ね」
「ついでに、海水を真水にできたりしないの?」
草薙先生に言われてみると、ふっと1つの術式が記憶の底から出てきた。
「で、できそう」
「おぉー」
草薙先生が手を叩いた。
「便利な魔王様!」
便利なんて初めて言われた。
私はちょっとむずがゆいような、嬉しいような、複雑な気持ちになった。
少し休んで服が乾いた後、私たちは島を巡って調べてみた。
島は10分もあれば一周できてしまうような小さな島で、モンスターの姿もない。ただ、島の中心に、下に向かう階段だけがあった。
下の階層に向かう階段だ。
この状況で下に降りるというのはさすがに無謀すぎる。
期待したものの、島には食べられそうな木の実やキノコなどは1つも無かった。
「と、いうことは」
草薙先生がこれからの方針をまとめた。
「あっちに見えてる大きな島の方に行ってみるしかないわね。きっと、またあいつが攻撃してくるわ」
私は先ほど免れた巨大なタコのモンスターを思い出した。
障壁を抜いて足を断ち切れたとは言え、あれはほぼ完全な不意打ちだった。真正面から戦ったときにどうなるかはやってみなければわからない。
なによりもあの巨大さ。
近くで見てみるとやはり巨大で、山のような大きさがあった。短時間しか維持できない私の降臨では倒しきることは難しいだろう。
「作戦会議しましょう。儀同さんと鬼沢さんが頼りなんだから、頼むわね」
草薙先生に言われて、私はつばを飲み込んだ。




