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5-5 魔王


 目の前に、魔王城の城門があった。

 門扉は金属で作られているかのような漆黒の光沢があった。装飾はなく、ただただ黒い。

 背後には橋。

 ただ今回は橋の上には誰もいない。


 私は目の前の門に手を当ててみた。

 力を入れて押すまでもなく、私が触れると門はひとりでに内側へと開いていった。

 私は城門をくぐって城の中へと入っていく。


 そこは広間だった。

 3階から5階くらいの高さはありそうな高い天井に、いくつも採光用の窓が設けられている。窓から差し込む光はあるものの、中は薄暗い。

 広間は荒れ果てていて、かつての栄華を思わせるものは何も残っていなかった。

 その広間の中央に、そいつは前見たものと同じ闇色のローブを着て立っていた。傍らに、ボロボロの机と2つの椅子が置かれていた。


「やぁ、魔王様」


 私は努めて軽く挨拶をしながら歩み寄った。


「やぁ、私。久しぶりだね、待っていたよ」

「そんなに久しぶりでもないはずだけど」


 魔王は肩をすくめた。


「外で仲間に囲まれてるわたしと、廃墟で1人いる私とでは時間感覚に差が出るのは当然じゃない。まぁ、かけてくれたまえよ」


 と、目の前の椅子を手で示し、自分もさっさと座ってしまった。


「……話してる場合じゃないんだけど?」

「話してる場合さ。大丈夫、ここはわたしの脳の中で加速された時間にすぎない。話してる間に実は大暴れということもないから安心してくれていいよ」


 私は目の前の椅子を見た。

 かつては豪奢だったのだろう、朽ちてはいるが彫刻が施されていた跡がある。


「力が欲しくてきたんでしょう? それにはしかるべき通過儀礼ぎしきがなければね」


 私には魔王の微笑みが何かを企んでいるようにしか見えない。


「さ、座ってくれたまえよ。ボロい机と椅子だけど、これでもこの廃城の中では一番上等な一揃いなんだ」


 警戒しつつ、私は魔王の正面に座った。

 魔王は私の顔をじっと見て、


「うん、今の私もなかなかの美人だ。嬉しいね」


 などと言った。自分の顔に褒められてもあまり嬉しさはない。


「いいから本題に入らない?」

「いいとも」


 魔王は、ローブの中から1つの銀のゴブレットを取り出し、机の真ん中に置いた。

 魔王はゴブレットを置いた右手で指パッチンをするように構えると、親指の爪で中指を弾いた。


 爪が肉を切り血の雫が舞った。

 滴り落ちる血はゴブレットの中へ。赤い。魔王と言うから赤以外の血を想像したが、どうやら魔王も血は赤いらしい。


「必要な量が溜まるまで、すこし昔話をしてもいいかな」


 魔王は私の同意を待たずに話し始めた。


「この城は、私の城。不死を得て永遠に世を支配するはずだった魔王の城。さて、それではなぜこの城はこんなにも廃れているのだと思う?」

「勇者にでも負けた?」


 私の答えは全く不満だったようで、魔王ははん、と冷笑した。


「勇者。そういえば何度か人間達がそんな奴を選び出して挑んできたね。全て門前で返り討ちにしたけれど」

「わぉ。ならどうして?」

「負けたからよ」

「誰に?」

「さぁ。それが何者なのか正体は分からない。ただ、魔王軍わたしたち魔王わたしは敗北し、全てを失った。この城の光景は私が覚えている最後の状態だけど、きっと私が死んだ後、全て無に還ったことでしょう」

「相変わらずよく分からないねぇ」

「私も分かっていないのだもの。ただ、気をつけた方がいいと思うよ。そいつと同じ気配を、わたしがいるこの月の中に感じるんだ」

「……覚えとく」

「そうして。さ、溜まったよ」


 ゴブレットの中に半分ほど、魔王の血が溜まっていた。

 ゴブレット。中に液体。これはつまり、そういうことなんだろうか。

 私は考えて、魔王の顔を伺った。


「飲むといい」


 あぁやっぱり。


「これ、飲まなきゃダメなの?」

「飲まなければ、魔王わたしの力とわたしの体が適合しない。また暴走するよ」

「うぅ……」


 ゴブレットを手に取って中を見てみると、血はとてもさらさらとして、それが血だと言うことを忘れてしまえるのなら、飲みやすそうではある。

 忘れることはできなさそうだけど。


 ええい。

 もう賽は投げられたのだ。

 私は思いきって、目をつぶってゴブレットの中身を飲んだ。

 味は……表現したくない。

 私は中身を一気に飲み干して、ゴブレットを机にたたき置いた。


「見事」


 魔王がそう言ったのが聞こえて、私の意識は瞬時に現実へと戻っていった。





 王笏から溢れ、視界を覆っていた闇が晴れていた。


 私は自分の体を見た。

 廃城で魔王が着ていたのと同じ、闇色のローブだ。軽く手を動かしてみると、ローブは全く動きを邪魔しない。着ていることさえ意識できないほど軽くしなやかだった。


 前を見ると、馬頭が、牛頭が、草薙先生と菜摘も私を見ていた。


 馬頭が、私に向かって大剣を構えた。

 全く恐ろしさを感じなかった。

 先ほどまでとは違う、全能感が体に満ちている。

 力の使い方が元から知っていたかのように分かる。ただ、この状態が長くは続けられないことも分かっていた。

 時間は約1分。


 十分だ。


 馬頭が大剣を振りかぶって飛びかかってきた。

 私は左掌に闇を凝集させ、その大剣を受け止めた。闇が障壁としての仕事を果たし、衝撃をゼロにした。

 身体強化もかかっている。馬頭が大剣を押し込もうとしても、苦も無く支えることができた。


 私は大剣の刃を力任せに握った。

 指が剣に食い込み、ばきん、と大剣が折れた。

 私はそのまま左拳を握り込み、踏み込みざま、馬頭の腹部めがけて突き込んだ。

 正拳突きが馬頭の腹をえぐる。


 拳に込められた闇が炸裂し、馬頭の胴体を吹き飛ばした。

 首と手が宙を飛び、上半身を失った下半身が数歩たたらを踏みながら後退した後、どうと倒れた。


「ブォォオオオ!」


 牛頭が吠えた。

 戦斧を構えてしゃにむに突っ込んでくる。


 私は手にした王笏を媒介に、魔法を構築した。

 私の周囲の空間に、数十の球形の魔方陣が連なって輝いた。


 魔方陣を発動させるのは言葉の鍵。本来地球にはない言語によるものだが、同じ意味を紡げばいい。


「ダークスターブレイズ」


 魔方陣が輝き、豆ほどの大きさの小さい闇の粒を生みだした。

 粒子はひゅっと牛頭へ向かって飛び、触れた瞬間、ごう、と膨れ上がった。

 牛頭が黒い炎の球体に包み込まれた。

 炎から放たれる熱風が私のローブと髪を煽った。


 炎が燃えたのはわずか数秒。

 炎は一瞬燃えさかると、一点に収束し、散った。炎に灼かれたはずの牛頭の形跡は何も残っていない。

 周囲に形容しがたいいやなにおいが漂っていて、私はローブの袖で鼻を覆った。


 今後焼き尽くす系を密閉空間で使うのはやめよう。


「ヒール」


 私は儀同さんに治癒の魔法をかけた。


「う、く……」


 気を失っていた儀同さんが動き始めた。


「そっちは?」


 菜摘と草薙先生に尋ねる。


「平気だよ」

「大丈夫よ」


 2人は元気そうなのを見て、私は変身を解いた。


 その瞬間、ダンジョンが揺れた。

 地震のようだ。

 立っているのも難しいほどの強い揺れだ。日本人の直感で、震度5は超えていると思った。


 床の石畳が踊り出す。

 がら、と音がすると、床が崩れ落ち始めた。


「何だ!?」


 草薙先生、儀同さん、菜摘が巻き込まれて落ちていく。

 変身を解いた私に3人を助けることはできない。3人が床が崩れてできた穴の暗闇の中に落ちていくのをただみることしかできなかった。


 揺れが収まった。

 崩れてできた穴の底を窺ってみるが、先は暗く、見通せない。かなり深い穴のようだ。


 私も飛び込もうか。

 一瞬そんな考えがよぎった。


「陛下」


 私の背から声がかけられた。

 振り返ると、そこに、いつの間にいたのか。

 白い仮面をつけた少女が跪いていた。


「ご帰還、お待ちしておりました」


 服装は攻略者のものではない。ネクタイを締めたパンツスーツ姿で、ダンジョンに全くなじんでいない。


「誰?」

あるじから魔王陛下をお迎えにあがるよう命じられた者です」

「……説明が足りないんだけど?」

「申し訳ありません、詳細をお伝えする許可を受けておりません」

「この崩落はあなたの力?」

「違いますという以上のことはお話しできません」

「3人はどこへ?」

「お話しできません。恐れ入りますが、主に直接お聞きください」


 話にならない。


「あなたの主なら話してくれるというの?」

「主の考えは私ごときには分かりかねます」

「一緒に行かなければ何もわからないぞ、ということね?」

「その通りです。どうか共にお越しください」


 私は一度、崩落した穴へと目を向け、再び仮面の少女を見た。

 どちらにするべきか、迷うまでもなかった。


「悪いけど、信用できないよ」


 仮面の少女にそう告げて、私は崩落した穴の中へ、暗闇へと身を投げた。




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