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5-4 禁断

 

 草薙先生の帽子が宙に飛んだ。義手が砕け、部品が散る。


 とっさに誰かが走ったのが見えた。逆方向へ。草薙先生の方へ。

 後ろ姿のポニーテールが揺れている。

 儀同さんだ。


 1秒でも早く距離を取って逃げようとする1年生と2年生の集団の中、儀同さんが一人戦場に向かって走っていた。


 どうしよう。

 私が迷っている間に、儀同さんを援護するように6発の炎の矢が飛んだ。

 栗原さんがライフルを構え撃っていた。

 炎の矢が、牛頭の顔面に直撃し、立て続けに轟音をまき散らした。


 迷っている場合ではない。


「儀同さんっ」


 私は儀同さんを追って走り始めた。

 頭で考えた結果ではなかった。

 儀同さん一人に行かせるわけにはいかない。チームの仲間、クラスの仲間、それ以上に、儀同さん一人を置いて逃げるという選択肢は私の中に無かったみたいだ。


 牛頭は膝をついていた。

 草薙先生の切札フルバーストと栗原さんの射撃を受けてなお、牛頭はまだ生きている。


 牛頭がゆっくりと立ち上がる。

 その目が私を見て、その後儀同さんを見た。


「グォオオオオ!!」


 雄叫びと共に斧が振るわれた。

 儀同さんが斧をかいくぐると同時に胴を払った。

 刃が牛頭の胴を裂いた。

 牛頭の障壁はなくなっていた。草薙先生の一撃のおかげだろうか。


「ちゃーんす」


 いつの間にか、菜摘が私の横で走っていた。

 手にはいつものピッチフォーク。


「さっちゃんは先生を!」


 菜摘に言われ、私は走るコースを壁際に寄せた。


 菜摘は一直線に牛頭へ。

 牛頭の斧が、菜摘のフォークを切り払おうと振るわれた。斧がフォークの穂先を捉え、下へとたたき落とされた。

 菜摘はフォークが叩かれるよりも早く手を離していた。

 走る勢いのまま牛頭の懐に入り込む。

 菜摘の両手が牛頭の腕を取った。


 一本背負い。

 綺麗に決まった。

 牛頭の巨体が宙を舞い、背中から床にたたきつけられた。


 私は草薙先生に駆け寄った。

 草薙先生は、右手で左肩を押さえていた。変身は解けていない。まだ戦えそうだ。


「なんで戻ってくるのよ」

「私は勇者だからよ」


 草薙先生の問いかけに、馬頭と向き合いにらみ合いを始めていた儀同さんが応えた。

 私は苦笑した。


「だ、そうです」

「だそうですじゃないよ……。あなたたちが来てどうなるというの」

「先生一人よりはましでしょう」

「私はどうせ禁固3年だから平気だったのに」

「平気じゃありません。3年経ったら私たち卒業してしまうわ。もうちょっといろいろ教えてもらわないと」

「……ばか。来ちゃったものはしょうがない。こうなったら意地でも切り抜けるわよ」

「もちろん」

 菜摘が牛頭に対して警戒しながら、集まってきた。


「こっちには勇者と魔王が揃い踏みだぜ。なんとかなるさ」

「なっちゃん、魔王の方はちょっと期待しないでもらえるかな」

「するさ。大丈夫、さっちゃんは強いよ」

「じゃああえてフラグ立てるけど、無事に戻ったら数学の宿題教えてね」

「残念だけどそれはあたしが教わる方だよ」

「しょうがない、先生が直々に教えてあげるわ」

「頼もしい!」

「でしょ。それじゃ、儀同さんと鬼沢さんは馬頭、私と赤城さんは牛頭の分担で行くわよ」

「はい!」


 返事がそろった。

 私たちは草薙先生の指示の通りに隊列を整え、それぞれの敵に向かい合った。

 他の人たちは無事に草薙先生の指示に従って逃げ切ったようだ。あとは私たちが乗り切って逃げ切ればいい。


 私は目の前の馬頭に集中する。

 馬頭は、右手に大剣をぶら下げ、私たちの様子をうかがっていた。


「ブルル」


 その馬の口からうなり声が漏れている。


「馬の視界って350度あるらしいわ」

「詳しい……」

「おじが競馬狂いでね。モンスターとはいえ馬を斬ったと聞いたら悲しむでしょうね」

「儀同さん、余裕だね」


 相手は2年生たちが手も足も出なかったモンスターだ。


 私は怖くてたまらなかった。

 あの大剣を防御することは無理だろう。受け流すような技術もあまり自信がない。当たってしまったときの攻撃力は、さきほど2年生が牛頭から受けた攻撃の威力を考えれば、想像するだけでぞっとする。


「恐怖は動きを鈍らせる。私の敬愛するエースパイロットの言葉によると、戦いで生き残る秘訣は、世の中を甘く見ることよ」

「誰?」

「秘密」


 儀同さんが軽く腰を落とした。


「そういうわけで、あなたには私の成長の糧になってもらうわ!」


 橫に跳ぶ。

 横合いから馬頭に迫ろうとする儀同さんに対して、馬頭は、大剣を橫に切り払った。

 大剣と剣が交錯した。

 儀同さんは大剣をくっと受け流して大剣の軌跡の下をくぐり抜けると、馬頭の胴体めがけて剣を突いた。

 剣先が障壁で止められた。まだ馬頭の障壁は健在だった。

 儀同さんは馬頭から離れつつその足を切った。これも障壁に阻まれる。


 しかしこれでいいのだ。

 障壁はダメージを蓄積することで破れる。一撃で障壁を抜けない以上、小さな攻撃でも蓄積させていくことが大事だ。


「世の中を、甘く、見ること」


 私は口の中で小さく唱え、馬頭に打ちかかった。

 儀同さんの反対側から馬頭の胴に一撃。すぐに離れて安全圏へ。


 馬頭が私の方を向けば、私は逃げに徹して、儀同さんが攻撃を加える。

 馬頭が儀同さんに剣を向ければ、私が踏み込んで打撃を与える。

 私と儀同さんは2人がかりで馬頭を翻弄した。


 重い大剣があだだ。

 馬頭は同時に左右両側とは戦えない。

 このまま障壁を削りきって、押し切ってやる。そのつもりで私たちは攻撃を続けた。

 斬って、叩いて、何度となく攻撃を繰り返す。

 大剣をかいくぐり、無理な追い打ちはせず、慎重にヒットアンドアウェイ。


 儀同さんの剣の一撃で、ついに馬頭の障壁が破れた。


「やった!」


 倒すための第1段階を超えたことに、私は喝采をあげた。

 儀同さんが返す刀で馬頭の腕を斬ろうと剣を振るう。


 その剣がふっとかき消えた。

 降臨へんしん状態を示す胸甲も光の粒子になって散っていく。

 変身限界タイムアップ


 こんなタイミングで。

 馬頭の蹴りが儀同さんを襲う。

 胴に直撃。

 鈍い衝撃音がして、儀同さんの体が壁に打ち付けられた。


「儀同さんっ」


 馬頭は儀同さんに追い打ちをかけようと、私に背を向けた。

 追撃をさせるわけにはいかない。

 私は急いで距離を詰めた。


 くる、と馬頭が体を回した。

 罠だ。

 馬の視界は350度、ついさっき儀同さんが言っていたのに。

 誘い込まれた形になって、大剣が私を襲う。


 よけられない。

 わたしは杖をしっかりと両手で持ち、剣を防いだ。

 体に衝撃が走る。

 重い。


 私は弾き飛ばされて、ダンジョンの壁に背中を強く打った。

 着地すると、痛みで足がふらつき、膝をついてしまった。

 背中から広がる痛みが体を痺れさせるようだった。

 馬頭は再び儀同さんに向かって歩いている。

 その後ろで、儀同さんがあばらに手を当てながら立ち上がっていた。なんとか立った、という感じだ。


「鬼沢さん、逃げて!」


 儀同さんの言葉が飛んでくるが、私は逃げることができなかった。

 痛みで体が動かない。動かなければいけないのに。

 近づいていく馬頭に対して儀同さんが手を前に突き出した。


解放リリース


 唱えても、剣は出ない。


解放リリース!」


 もう一度唱えても結果は同じ。もう、鍵器を解放するだけの力も無いのだ。


 儀同さんが拳を握り、目を閉じた。

 諦めたわけではない。

 集中して力を振り絞ろうとしているのが分かった。


 馬頭が大剣を振りかぶる。


「儀同さんっ」


 私は声を飛ばした。儀同さんが目を開く。


「勇者を、なめるな! 降臨アドベント!」


 儀同さんの腕輪が金色に輝いた。

 光がその全身を包む。


 胸甲だけではなかった。羽根をかたどった飾りの施された頭冠に、精緻な飾りの肩当て。その下に纏う服も、攻略者の戦闘服ではなくうっすら輝く銀灰色のチュニックになっていた。

 もちろん、手には剣。


 その姿を私が見たのはほんの一瞬。

 儀同さんの姿はかききえ、馬頭の大剣を持つ右手が断ち切られた。

 速い。

 速すぎて見えなかった。


 儀同さんが床や壁を蹴る音だけがダンジョンに響く。

 馬頭の左手首が斬られ飛んだ。

 馬頭は手首から先がない左手を振りかぶり、突き出した。私には馬頭がその左手を無造作に突き出しただけのように見えた。

 その左手に勇者の剣が突き刺さる。

 切っ先が手首の傷口から入り、肘から外に飛び出して、串刺しになった。


「ブルヒ」


 馬頭が笑った。


 儀同さんの剣が、胸甲が、再び光になって散っていく。

 馬頭はもう一度左手を腰へと引き、儀同さんめがけて突き上げた。馬頭の腕が儀同さんのボディに突き刺さり、儀同さんの体を宙に浮かせた。

 儀同さんはその場に落ちた。


 馬頭はそれ以上儀同さんに構わなかった。

 くるりと体を翻し、牛頭と戦っている草薙先生と菜摘の方へと向かっていく。

 牛頭はまだ勢いよく斧を振り回していて、余力がありそうに見える。草薙先生と菜摘も元気そうだが、馬頭がその戦いに参加すれば形勢は一気に不利になることは間違いない。


 私は杖を持つ手に力を込め、立ち上がろうとした。

 膝に力が入らない。

 それでもなんとか立ち上がったが、一歩歩くのでも全身に痛みが走るようだった。


 これでは馬頭に追いつくことなどできない。

 追いついたところで何ができるだろう。

 私の武器は杖。打撃ができないわけではないが、決定力には欠ける。


「でも、でも―――」


 もう、それしかない。


 この場を切り抜ける唯一の解。


 理性が出しているその答えを、別の理性と感情が否定する。それをしてはならないと。

 馬頭が一歩足を進めるたびに、葛藤が膨らんでいく。


 助けなきゃ。


 助けられるのか。逆の結果になるんじゃないのか。


 菜摘が、馬頭が近づいていることに気がついた。

 菜摘は一目でこちらの状況を把握して、私と目が合った。


 言葉があったわけではない。


 ただ私は、その目から万の言葉を受け取った気がして、手にもつ杖、いや、王笏おうしゃくに力を込めた。


 先端の黒い球が闇色に染まる。


降臨アドベント


 私は禁断の門を開けた。



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