5-2 第1層
ダンジョン第1層。
そこはまさに、「ダンジョン」と聞いて思い浮かぶ典型的な構造の場所だった。
幅3メートルほどの古びた石造りの廊下。
廊下は時に急角度に、時に緩やかなカーブを描いて曲がりくねり、中を歩む者を惑わせようとしてくる。
それに加えて、所々が扉で隔てられ、構造の複雑さをましていた。
「いいか、開けるぞ」
菜摘は行き止まりにあったその扉のノブに手をかけていた。
私と儀同さんが同時に頷く。
菜摘はノブを回し、扉を一気に押し開けた。押し開けて、すぐに飛び退いた。
奥から、カサカサ、ペタペタというかすかな音が流れ出てくる。
「来るわよ」
儀同さんが剣を構えた。
私は杖、菜摘は拳、栗原さんがライフルを構えた。
「降臨!」
私以外の3人が同時に変身した。
隊列はいつも通り、先頭に私と菜摘、中段に儀同さん。後方に栗原さんだ。
ほぼ同時に、扉の奥から2種類のモンスターが飛び出してきた。
1種類は、巨大な蜘蛛。全長50センチほどもある大きな蜘蛛だ。
もう1種類は、スライム。薄い青色の透き通った体を震わせながら飛び跳ねてくる。
数は多い。
次から次へと飛び出してくる。
巨大な蜘蛛が群れを成して迫ってくるのを見て、背中に生理的な嫌悪感が走った。
8本の足を器用に動かして先頭を走ってくる蜘蛛の一体が、私に向かって飛びかかってきた。
私はそれを杖で打った。
杖が蜘蛛の頭に当たる直前、杖が何か見えないものに阻まれた。薄い障壁だ。この障壁こそが、モンスター達に銃が効かない最大の理由である。単純な運動エネルギーではこの障壁を貫けないのだ。
「鬼沢さん、もっと気合い入れて打たないと障壁ぬけないわよー!」
栗原さんの横で観戦している草薙先生が指示を飛ばしてきた。
「はいっ!」
私はもう一度、しっかりと杖に魔力を注ぎ込み、ぶったたいた。
障壁は一瞬持ちこたえたが、砕け散って、杖が蜘蛛の頭にめり込んだ。
衝撃で蜘蛛が吹っ飛ぶ。ホームランだ。
次。
スライム。
スライムは不可思議な動きで飛び跳ね、私めがけて飛びかかってきた。
この青いスライムは、張り付くことが唯一の攻撃手段だ。顔に張り付けば呼吸できなくなり、手足に張り付けば重さで動きが鈍る。
逆に言えば、張り付かせさえしなければ何も怖くない。
私は跳んでくるスライムを迎え撃ち、打ち返した。
だがさすが軟体生物だ。
杖は障壁を破ることなく、柔らかい感触が手に残った。杖にまとわりつくような形になったスライムが、地面に落ちていく。
私はその落ちていくスライムめがけて杖を振り下ろした。
ばちん。
杖と地面に挟まれて、スライムが破裂した。
どろりとした水のような中身が床に広がった。
息つく暇も無く、すぐに次のスライムが襲いかかってきた。
空中でスライムを打っても柔らかさで防がれてしまう。
床にいる瞬間を狙うが、スライム達はなかなかすばしっこく、うまくタイミングが合わないとぽよんと避けられてしまう。
その間にも別の蜘蛛やスライムが迫ってくる。
そのうちの1体のスライムが背後からの栗原さんの援護射撃に打ち抜かれた。
私は夢中で杖を振るった。
何分戦ったのだろうか、それもわからないくらいで、モンスターからの攻撃が途切れたときには、すっかり息が上がっていた。
飛び出してきたモンスターは全て仕留めることができたようだった。
肩で息をしながら周りを見た。
蜘蛛とスライムの残骸が広がっている。
菜摘も息を弾ませていた。菜摘の回りにはあまり残骸がない。
儀同さんはというと、涼しい顔をしていた。儀同さんは前列をすり抜けてきたモンスターを仕留める係だった。足下には真っ二つになった蜘蛛がいくつも転がっていた。
「よーし勇者チームお疲れ様。次、先頭を騎士団チームに交代ね」
草薙先生が手を叩くと、1年2組の4人が前に出た。警戒しながら扉の奥を伺い、入っていく。
その後ろから、2年生の2チームが後方を警戒しながらやってきた。
「お疲れ様。初めてにしては上手かったわね」
2年生がねぎらってくれて、一緒に先へ進んだ。
1年生が先頭を進んで切り開き、2年生が背中を守る。それが今回のダンジョン演習の基本の形だった。
1年生にダンジョンの空気を知ってもらうと共に、経験をたっぷり積ませるのだ。
第1層については、すでにこれまでの攻略で全域のマッピングが完了しており、罠もほぼ全て記録されていて、引っかかる心配も無い。
マップを見ながら設定された目的地まで行き、戻ってくるだけの、ひよっこ1年生にはちょうどいい演習だ。
私たち1年1組「勇者チーム」と1年2組「騎士団チーム」は交代でモンスターと戦いながら、目的地を目指した。
目的地にはちょうど昼頃に着いた。
交代でお弁当を食べる。
「んー、ダンジョンの中で食べる弁当って新しいね」
菜摘がおにぎりを頬張りながら感嘆していた。
「私はもうへとへとだよ」
おにぎりの塩味が体にしみる。
変身禁止の制約がある私は、どうしても体力的な消耗が激しい。
「私も……」
栗原さんもすっかり疲れた様子で弁当箱の卵焼きをつついていた。
「変身して、限界まで維持して、休んだらまた変身してって、MPが疲れる……」
「そお?」
菜摘は不思議そうだ。菜摘と儀同さんは見るからに元気だった。
やはりこの2人は物が違う。
「筋トレと同じで、ギリギリまで追い込むから成長するのよ。それはそうと赤城さん、あなたちょっと撃破数少ないんじゃない?」
「あー、気づかれた?」
「当たり前じゃない」
儀同さんはそう言うけれど、私は全く気づかなかった。そもそも周りを気にしている余裕があまりなかった。
「そうだよな。あたしの武器って拳とフォークじゃん。なかなか障壁ぶち抜けなくって、とりあえず投げたり弾き飛ばしたりしちゃうんだよね」
「第1層のモンスターの障壁すら抜けないようじゃ、この先第2層第3層、更にその奥の階層とあるんだから、辛いわよ」
「あぁ、わかってるよ。午後はまた気合いいれなおしてくよ」
菜摘はやや憮然として応えた。
障壁を破る力は、『魔力』とか『気』とか、そういうMP的なものに依存しているという。
もしかすると、村娘の菜摘にはやはり少し辛いのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は午前の反省会を兼ねる昼食を食べた。
午後も、進み方は基本的に同じだ。
勇者チームと騎士団チームとの交代でモンスターに当たって進んでいく。
帰り道は行きとは別の道だ。
ダンジョンを出た瞬間に倒れる位まで1年生を鍛えるつもりだという演習である。
疲れを感じながらも、私たちは何度かのモンスターの襲撃を打ち破った。
「はい、それじゃあ次は騎士団チーム前に」
草薙先生の指示で、騎士団チームが先頭に出て行く。
「先生っ!」
後ろの二年生から緊張した声があがった。
「ストップ」
草薙先生は騎士団チームを止めると、後方の2年生の方に歩いて行った。
私も気になって後ろを見た。
ダンジョンの先は暗く、何があるとも見えない。
「どうした?」
草薙先生はなんでもなさそうに2年生に尋ねた。
「すこし大きい奴が来ます」
「大きい奴なんて第1層には出ないはずよ。何者か分かる?」
「分かりません」
「じゃ、全員戦闘準備」
草薙先生の声が初めて緊迫感を帯びた。2年生たちが一斉に鍵器を構えた。
「もうすぐ見えるはずです。今、角を曲がってきます」
2年生のその言葉通り、そいつは私たちがやってきた角の奥から、ぬっと姿を表してきた。
黒い肌が闇に沈んでいるが、巨躯だ。人型で、身長は2メートルを超えているだろう。
その頭は馬の頭だった。
馬頭の巨人。むきだしの上半身の背中に巨大な剣を背負っているが、手に取る意思はないようだった。
「馬頭魔人!」
2年生の誰かが叫んだ。
「そんな、第3層のモンスターじゃない! なんでこんなとこに!」
階層が深くなればなるほどモンスターは強くなる。第3層のモンスターとなると、攻略者たちのチームでも楽勝とは行かない相手である。
「慌てないの。防戦に徹すればなんとかなる相手よ。落ち着いて逃げるわよ」
草薙先生の冷静な指示が浮つきかけた皆の心を静めた。
しかしそれはほんの一瞬のことだった。
戦闘の騎士団チームから声が上がったのだ。
「前から牛頭魔人が!」
これも第3層のモンスターだったはずだ。
「ちっ、やっぱ牛頭馬頭セットか」
草薙先生が吐き捨てた。
「2年生、前へ。牛頭を足止めしつつ、突破しなさい。決して倒そうとは考えずに、あくまですり抜けること。抜けたら、全員一丸で出口まで全力ダッシュよ。指揮は梅木さんが取りなさい」
「はい。先生は?」
草薙先生は刀を抜き、変身した。赤いマントが翻った。
「私は馬頭」




