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4-5 サボり魔


 その日私は、誰にも会わないように寮に戻り、自室にこもった。

 誰にも会いたくはなかった。

 誰かが私を見たときに、最初にどんな表情を浮かべるのか。それを見るのが怖かった。


 翌日朝早く、誰かが扉をノックした。

 時計を見ると6時をすこし回ったところだった。


 たぶん菜摘だ。しばらく朝練も一緒にしようという話になっていたから。

 私は何も応えなかった。

 もう一度、扉がノックされた。


 私がやはり何も応えずにいると、それっきりだった。


 申し訳ない。

 そう思いながら、私は再び目を閉じた。


 再び目を覚ましたときには、9時になっていた。

 授業が始まる時間だ。

 枕元に置いていたスマホを見ると、儀同さんからメッセージが入っていた。


『どうしたの?』


 素っ気なく配慮のないメッセージが、儀同さんらしいと言えばらしい。

 私は少し考えて、文面を返した。


『ちょっと風邪ぎみで』


 仮病。

 返信はすぐにあった。


『そう』


 それ以上追求されることはなかった。

 風邪気味だと申告してしまえば、もう今日はいいかという気分が決まってしまった。


 銀月高校の学生寮は、用意がいい。

 風邪ですと申告すれば、寮の自室にまで食事を届けてくれる。


 不登校児には極楽の環境だ。

 思う存分寝転んでから、昼ご飯を食べた。

 昼食を食べた後は、昼寝。背徳感に浸りながらの昼寝は、一度体験したら忘れられない味がする。

 久しぶりの親友に会うかのような懐かしさと罪悪感の間を揺れ動きながら、私はひたすらぼんやりとすごした。


 思えば、高校に入学して以来、ずっと忙しくしていた。巻き込まれ、流され、こんなところまできてしまった。誘われるまま朝練して、授業を受けて、夜練までして。


 似合わないことをやっていたものだ。

 明日からはどうしようか。

 もうどうでもいいか、という気持ちは強くある。

 疲れた。

 クラスメイトは皆、ダンジョン攻略の役に立つのだと強く張り切っていて、とにかくがんばりやさんなのだ。


 どうでもいいと思っているのは私だけ。

 このまま寮にこもっていたら、退学になるだろうか。それはちょっと申し訳ない気もする。


(あぁ)


 気は滅入ったままだ。


(明日のことは明日考えよう)


 結論を先延ばしにして、私は再びまどろんだ。

 この連続のなれのはてが中学のときの状況なのだということは半ば自覚はしていた。


 コンコン。


 扉がノックされる音で、私は再び現実に戻された。窓を見ると、外はすでに薄暗かった。

 しばらく応えずにいると、再度ノックされた。

 だんだんとノックの間隔が短くなってくる。


 コンコン……コンコン…コンコン、コンコンコンコンコココンコン。


 リズムを刻み始めた。


「鬼沢さん、起きているんでしょう?」


 ドアの向こう側から、儀同さんの声がした。

 私は無視をした。

 今一番会いたくない人の一人だ。

 しばらく身動きせず静かにしていると、儀同さんも静かになった。

 このままどこかに行くのを待とう。

 私が決めた瞬間。


「わ、ばか儀同、やめ―――!!」


 菜摘の声がして、自室の扉が爆発した。

 驚いて飛び上がる私。

 砕け散った扉のあとから、儀同さんが部屋に入ってきた。手には勇者の剣。


「おはよう、鬼沢さん。お元気かしら?」


 その後ろから、菜摘が『あちゃあ』と額を手で覆いながら遠慮がちに入ってきた。


「ぎ、儀同さん?」

「開けてくれないから、無理矢理開けさせてもらったわ」


 しれっと犯人は自供した。


「なぁ儀同。開けるって言葉の意味知ってるか。これは壊したっていうんだぞ」

「そうなの。知らなかったわ」

「お前なぁ」

「大丈夫。勇者は人の家に勝手に入ってタンスをあさっても犯罪にならないんだから」

「おまえなぁ……」


 菜摘があきれ果てていた。


「さて、そんなことより鬼沢さん」


 儀同さんは剣を腕輪に戻した。まっすぐに私を見据えてくる。


「はい」

「自主練しましょう」


 笑顔が怖い。


「……」


 私は答えに窮した。面と向かって断るのが嫌だから居留守で乗り切ろうと思ったのに。


「儀同、そう脅すなって。さっちゃん怖がってるだろ」

「私のどこに怖い要素があるの?」

「全部」


 言い切って菜摘は私のデスクの椅子に腰掛け、片膝を立てた。


「まぁなんだ。昨日のことはあたしもちょっと驚いたよ」

「ごめん」

「いや、大丈夫だよ。あたし個人としてはちょっと嬉しさもあるんだ。儀同と草薙先生が攻めあぐねる相手にもあたしの技は十分通じるって分かって」


 菜摘は自分の手を見てぐっと握った。


「それはあたしの話として、今日はさっちゃんの話だ」


 私は唇を引き結んだ。


「今、さっちゃんの目の前には二つの道がある。一つは地球に帰る道。もう一つは月に残る道だ。どっちが好き?」


 菜摘は気軽な口調で聞いてきた。


「好き?」


 変な聞き方だ。私は思った。


「そうだよ。こういう大事な選択は、好き嫌いで決めちゃった方がいいんだ。べき、とかそういう真面目なのは、儀同みたいな勇者様やつに任せてさ」

「好き……。なっちゃんは、ここが好きなの?」

「あたしか。んー、まぁ好きな方だな。思いっきり技を試す相手にも困らないし。あたしはさ、自分の力がどこまで通じるのか試してみたいんだよ。村娘だからってここに来ることを諦めてたら、もうそこから上にいけることはない、それは嫌いだなって思ってね」

「……儀同さんは?」


 私は儀同さんに話を振った。


「私はもはや義務よ。前世が分かった瞬間から、選択肢なんて無くなってたわ。私は鬼沢さんも実はこっち側だと思っているのだけど」

「こっち側、って?」

「勇者だからダンジョン攻略を期待されている、といえば綺麗だけど、ようは勇者なんてイレギュラーな前世やつは月に押し込めておくしかないのよ。平和な場所に勇者はいらない。戦わない勇者なんて邪魔なだけ。イレギュラーである私たちは、月にいるしかないの」


 意外な答えだった。

 儀同さんの言う「私たち」には、私も含んでいるのだろう。


「月に、いるしか、ない」


 そのくくりでいくなら、私にも選択肢は無い。なるほど、地球では私は排除すべき対象だ。魔王と知っていながら歓迎してくれているのは銀月高校ここだけではないか。


「でも」


 儀同さんは逆説を繋げた。


「さっき楓花先生に会って、談判してきたわ。鬼沢さんが地球に戻りたいというのなら、貴方の前世に関する記録を書き換え、すでに知っている人にも対処を徹底するって約束を取り付けておいたわ。今戻るなら、鬼沢さんは魔王ではなく、村娘として戻ることができる」

「……どうして?」

「友達さえ救えない勇者に、人類を救うことなんてできないわよ」


 儀同さんは淡々としていた。

 私は目をそらした。

 ずるい。

 これは悪魔の策略か何かなのだろうか。楓花先生は悪魔だからおいておくとしても、儀同さんと菜摘はそうじゃない。

 中学には、地球には、この二人のように言ってくれて、動いてくれる人なんていなかった。


「なっちゃん、儀同さん、ありがとう」


 私は一頃お礼を言った。

 心は決まった。


「私は月に残るよ。明日からはちゃんとやる」


 この二人が味方なら、たいていのことはなんとかできそうな気がしていた。他のクラスメイトにどう思われようと、この二人がいれば大丈夫に違いない。

 儀同さんと菜摘は微笑んだ。


「よかったわ。それじゃあさっそくだけど」


 儀同さんの言葉に私は身構えた。まさかこれから練習とか言わないだろうか。


「私が扉壊したことの報告と叱られるのに、付き合ってくれないかしら」


 私は思わず吹き出した。


「なによう」

「いや、叱られることした自覚あったんだと思って。しょうがないなぁ」


 私は立ち上がった。





 翌朝HRの時間に、私は草薙先生に時間をもらって、教壇に立った。

 事前に何も伝えていないにもかかわらず、菜摘と儀同さんが無言で立ち上がって、私の両側に立ってくれた。


「一昨日は、驚かせてごめんなさい」


 私は頭を下げた。


「私の前世について、話しておかなければならないことがあります」


 私は教室中の顔を見回した。

 クラス全員、じっと私を見て話を聞こうとしてくれている。


 次の言葉を言おうとして、私は口を開けたが、声が出なかった。

 怖い。

 言うのが怖い。

 言った後どういう反応が返ってくるのかが怖い。

 心臓が早打つ。


 とん、と私の背中が軽く叩かれた。

 その手に勇気づけられて、私はぐっと手を強く握り、改めて口を開いた。


「私の前世は、魔王です」


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