4-4 覚醒
天井が見える。
保健室の天井だ。
私は、目が覚めた後も、少しの間、ぼーっと天井を眺めていた。
降臨しようとして、その後なにがあったんだろうか。
まったく記憶が無い。
保健室の扉が開く音がした。
「遅いわよ、楓花ちゃん」
草薙先生の声がした。
私は顔を少し動かして、声のした方、草薙先生を見た。ちょうど楓花先生が入ってきて、草薙先生の前の丸椅子に腰を下ろしたところだった。
「ごめんなさい、少し遠くにいたものですから。鬼沢さんは?」
「別状なし。他の生徒も、怪我はなかったわ」
楓花先生相手でも草薙先生はいつもの調子で喋っていた。
「それは何よりです。一紗さんにお任せして本当によかった」
「分かってて私にやらせたんでしょう?」
「いえいえまさか。降臨で前世の力が暴走するなんて、予想も予測もできなかったことですよ」
草薙先生がため息をついた。
「ま、そういうことにしておいてあげるわ」
「ご理解ありがとうございます。それと、鬼沢さん、ちょうど起きたみたいですよ?」
「ん?」
草薙先生はこっちを見た。
目が合った。
「大丈夫? 痛いとことろない?」
草薙先生が私のベッドの横にきて座った。
「たぶんないです」
「そう。良かったわ」
「先生、何があったんですか?」
私は尋ねた。
先ほどの楓花先生の言葉が気になっていた。
草薙先生が楓花先生の方を振り向いた。楓花先生は小さく頷いた。
それだけで草薙先生には伝わったのだろう、草薙先生は私に向き直ると、語り始めた。
「降臨」
鬼沢さんが宣言すると、その鍵器の先の宝玉から、黒い光があふれ出した。
自然界には存在し得ない光だ。
その黒い光に侵食されるように、宝玉を中心に闇が広がっていき、鬼沢さんの体を包み込んだ。
闇の表面は炎が燃えているかのように揺らめいていた。
闇が形を変え、人の形を取っていく。
頭には二本の角が生えていた。それ以外は完全に人間の形だ。
真っ黒なその顔の目の部分にまん丸の白い円がふたつ、開いた。のっぺりしたただの白一色。だがそれは確かに目だった。
何か変だ。
草薙一紗は、それが通常の降臨プロセスでないことに気づいていた。
「ギ……ギ……」
口の部分に裂け目が生じ、声が漏れた。鬼沢さんの声ではない、しわがれた声だった。
鬼沢さんが周囲をぐるりと見回し、下を見た。
「イタ」
鬼沢さんの姿がかき消えた。
上だ。鬼沢さんはひとっ飛びで20メートルほど跳び上がっていた。
視界の端で儀同さんと赤城さんだけが上を見ているのが分かった。さすがこのふたりは目が違う。
鬼沢さんが杖を空に掲げた。上空に黒い火の玉が生まれた。
(あれはまずい)
「全員、一時退避しなさい!」
叫んで、私は腰の刀の鯉口を切り柄に右手を添えた。居合いの構えだ。
刀に気を込める。
鬼沢さんは真下を見ていた。ちょうど私たちがいるところだ。
鬼沢さんが杖を振るい、火の玉が落ちてきた。
私はその火の玉に向かって跳び上がり、抜刀し斬った。
気を纏った刃が火の玉を両断した。二つに分かれた火の玉が爆発音を響かせ、周囲に炎をまき散らした。
私は空中を蹴って鬼沢さんに向かっていった。
手の中の剣を返し、峰打ちになるようにした。さすがに生徒を真剣で斬るわけにはいかない。
「ジャマ……スル……ナ……」
鬼沢さんは私を敵と認識したらしい。
両手で杖を構え、迎え撃つつもりのようだ。
私は右手だけで剣を握り、振るった。杖で防がれた。そのまま2合3合、刀と杖で打ち合う。
私の刀は鬼沢さんの杖の防御を突破できなかった。
片手では使える技も限られている。左手の義手は、戦闘に使えるほどの動きはできないのだ。
鬼沢さんが右手を杖から離した。
右手全体が大きく鋭くなり、私を切り裂こうと襲ってきた。
私はそれを刀で受けた。力が強い。空中では踏ん張りがきかず、私は地面に向かって飛ばされ落ちていった。
空中で体勢を整え、着地。
その頃にはもうほとんどの生徒が校庭の端の方まで逃げられていた。
「先生、手伝うわ」
すぐそばからした声は、儀同さん。
その隣に赤城さんもいた。二人は逃げずにこの場に残っていたのだ。
「あれどうすれば元に戻んの?」
赤城さんが聞いてきたが、それは私にも分からない。
「分からない。降臨であんなことになることなんて普通は無いのよ」
敵が三人に増えたのを理解したのか、空中の鬼沢さんがゆっくりと降りてきた。
「ってことはさっちゃんの前世が原因ってことか。そんなら、降臨が解けるまであれに付き合えばいいわけだな」
「その可能性は高いわね」
「オッケー!」
赤城さんが拳をうちあわせた。
着地した鬼沢さんに向かって駆けだしていく。
「最初から全力でいくぜ。降臨!」
ガントレットが緑色に輝いた。
体育着の上から革のベストが装着され、右手には長い柄を持つ三つ叉のピッチフォークが握られた。
赤城さんはそのピッチフォークを二度見した。
「結局こいつか畜生!」
叫びつつ、赤城さんは走る速度を緩めない。
「あたしこれ降臨させる意味あんのかなー!!」
と、ピッチフォークを突き込んだ。
鬼沢さんはそれを杖で受け止めた。杖が三つ叉の間に挟み込まれた。
「ふっ」
気合いと共に、赤城さんがフォークを大きく回した。杖がフォークに絡め取られ、はじき飛ばされた。
「ちゃんと使えるじゃない」
赤城さんの後ろから儀同さんが飛び出した。
儀同さんはまだ変身しておらず、体操着のまま、剣で鬼沢さんに襲いかかっていった。
鬼沢さんはその剣を手で受け止めた。
「武芸百般があたしんちのモットーでね」
赤城さんはピッチフォークで突く。
儀同さん、赤城さんの2人がかりでの攻撃を、鬼沢さんは難なく防ぎ、かわしていった。
技ではなく、身体能力の高さだけで回避している。
その鬼沢さんに対し、2人の連携は見事だった。互いの隙を補い合って、反撃の暇を与えない。互いに手を知り尽くした間柄でなければここまでの連携はできないだろう。
(少しの間なら任せて大丈夫そうね)
私は思案した。
遠距離の支援が欲しい。私の目が栗原さんを捉えた。クラスメイトの友達と一緒に、おびえた目で3人の戦いを遠くから見ている。
わたしは栗原さんのところに駆けよった。
「栗原さん、鍵器を」
「せ、先生……」
「あなたの銃なら、あの2人の連携の合間を狙えるでしょう」
栗原さんがチラリと鬼沢さんの姿を見た。
「で、でも」
「鬼沢さんが例外なのよ。だからうまく前世の力を引き出せない。クラスメイトを助けてあげて」
私は肝心な部分を伏せながら頼んだ。
「……女王が、ですか?」
あの姿を見て素直にそれを信じろという方が難しい。
普通女王の頭に角は生えない。
「そうよ。彼女が、勇者と並ぶ、もう一つの私たちの切札」
それでも私はすべてを伝えることができない。
長々と説明と説得をしている暇はなさそうだった。
鬼沢さんが全身から闘気をほとばしらせ、儀同さんと赤城さんを押し返していた。
「頼むわよ!」
私は言い残して、戦場に復帰した。
「先生、遅いよ。どこで道草食ってたの?」
赤城さんが軽口を叩いてきた。まだ余裕がありそうだ。
「美味しい道草食うには仕込みが必要なのよ。赤城さん、あとどれくらい降臨してられる?」
「あー、たぶんかなり平気。というか、あたしほんと降臨してもしなくてもほとんど変わりないよ」
「頼もしいわ。儀同さんは、さっきの感じでどれくらいいけそう?」
「2分ほどは」
「いいわ。じゃあ、降臨して一気にいくわよ」
「はい」
儀同さんが頷いた。一瞬、栗原さんの方に目線を送ってから、改めて鬼沢さんに向き直る。
「降臨」
儀同さんが変身した。
「じゃあ、私が真ん中から。2人は左右からお願いね」
私は一足先に鬼沢さんに向けて駆けていった。鬼沢さんは猫背でだらりと両腕を垂らしていた。ただただ真っ白い虚無にしか見えない目が、私を見据えている。
刀を振るい、2合を切り結ぶ。
その間に儀同さんと赤城さんが追いついてきて、剣とフォークが鬼沢さんを襲った。
3対1。
しかしそれでもまだ鬼沢さんの防御は堅い。全ての攻撃が空を切り、爪で防がれていく。
さすがに分の悪さを感じたのか、鬼沢さんが飛び退こうと膝を曲げた。
「させるかっ」
私はひとつの術を発動させ、鬼沢さんの背後に転移した。瞬動術。前世の私の得意技の一つだ。
私は上段から頭めがけて振り下ろした。
鬼沢さんが振り返って私の刀を防いだ。
そこに赤城さんがフォークを突いてくる。
避けられたと思った瞬間、赤城さんがフォークを手放した。
一息で鬼沢さんの懐に潜りこんで、ガントレットに覆われた左拳を力一杯たたきつけた。
拳は胴の中央に。
しかし鬼沢さんはびくともしなかった。
鬼沢さんが反撃の爪を振るう。
赤城さんは爪を振るおうとする腕を取った。
音もなく鬼沢さんの体が回る。
得意の投げ技だ。
私も何度か合気の師範に稽古をつけてもらったことがあるが、赤城さんはすでにそれに匹敵する技量があるのではないだろうか。
赤城さんは鬼沢さんを地面にたたきつけず、空中に放り投げた。
「飛ばれた!」
鬼沢さんは投げられたのではなく、自分から飛んでいったのだ。
鬼沢さんは空中で体勢を整えなおし、両手を開いて揃え、体の前で私たちに向けた。手のひらの間に闇が集う。夜の闇よりも、宇宙の闇よりも深い闇黒。
その闇が凝縮していき、次第に黒い光を放ち始めた。
(防げるか?)
私は自問しながら刀を居合いに構えた。
直感が否定を返してきた。それなら。
「全開放」
深く力を引き出す。降臨していられる時間は短くなるが、ここはやむを得ない。
刀の鯉口の隙間から炎が漏れ出た。漏れた炎が細く赤い帯となり、私の周りで円を描いて回る。
私と鬼沢さんは互いに力を収束させ、タイミングを計った。
その鬼沢さんの背に炎の矢が突き刺さり爆発した。
立て続けに6連発。
栗原さんが魔法銃で援護射撃をしてくれたのが見えた。
その頭にテンガロンハットが乗っている。変身しているようだ。
背中に魔法攻撃を受けて鬼沢さんが怯んだ。
チャンスだ。
「いざ、我が剣にて修羅に入らん」
本来、抜刀し居合い斬る技。しかし私は刀を完全に鞘に収めた。この技は峰打ちでも危ない。
「炎獄次元斬!」
斬った。
一直線に炎が走り、灼いた。
「と、いう戦いを経て元に戻れた鬼沢さんは、保健室で寝ていたというわけなの」
草薙先生が話を締めた。
予想以上の大事だった。
「……も、もしかしてクラス全員もう私がただの女王だなんて思っていないんじゃ」
「さすがに、そうね」
どうしよう。
明日からどんな顔をしてクラスメイト達と会えばいいのだろうか。これまでのようにクラスメイトとして迎えてくれるだろうか。
中学での記憶が私の中に蘇って、私は掛け布団を握った。
「沙耶さん」
「はい」
「以後、私がいいと言うまで、降臨は絶対にしないでください。一紗さんもいいですね?」
「わかりました」
「もちろん」
楓花先生の言葉に、私と草薙先生は頷いた。




