4-1 鍵器
目の前に城がある。
湖の中央に浮かぶ巨大な城だ。
かつては壮大さ、絢爛さを世に誇っただろう城は、見る影もない。塔は崩れ、壁はあちこちで蔦に覆われ、いくつか大きな穴が空いているのも見えた。
廃城。
そう言うべきなのだろう。
私はその廃城へと向かう大きな橋の中央に立っていた。
橋の反対側は森で覆われ、何があるのか、あるいはあったのか、もはや分からない。
「ここは……?」
なんだろうか、と私は一人つぶやいた。
「私の城だよ。いや、城だった、というべきかしらね」
独り言に返事があって私は驚いた。
声のした方を振り向くと、そこに女がいた。全く光を反射しない常夜の闇色の生地に銀糸で刺繍飾りがなされた、きれいなローブを纏っている。
顔は私。
鏡で良く見るおなじみの顔だ。違うのは服装だけだった。
「あなたが魔王?」
私は尋ねた。
「その残滓、力と記憶の断片にすぎないものよ。私がどのような存在だったか、怒りも悲しみも、喜びも楽しみも、形になるものは何も残っていないわ。ただ、この景色、この城だけが私の象徴として残っている」
「よくわかんなくなるから詩的に言うのやめてくれる?」
私は容赦なく切った。
前世なんかに惑わされているほど暇ではないのだ。
「……ものごとには情緒ってものが必要だと思うんだけど」
「友達にはよく笑いの才能ないって言われるし、そういうの求めてないから」
「私の力が欲しいんじゃないの?」
「どっちかって言うといらない。あなたのせいでどれだけ私が悩んだか……」
前世が魔王。そのことで苦しんだ記憶が蘇ってきて、私はこいつを殴り飛ばしたくなった。
(いいか、別に。ここ私の心の中の世界だし)
私は拳を握り、踏み込んだ。
前世の顔面めがけて正拳突きをたたき込む。
前世の姿が黒い霧となって散った。私の拳はその霧を何の抵抗もなく突き抜けた。
「怖い怖い。私ときたら、好戦的だなぁ」
声だけが響いた。
「前世の柄が悪いもので」
私は皮肉った。
「なるほど、確かに。だからいらないと言いながら私の力をまとめようとしているんだね」
「それは学校の方針で仕方なくね。だから大人しくしてくれる?」
「大人しくも何も、残滓たる私には抵抗する意思すら発生しないよ。こうして話せているのは、むしろ抽出を終えた、水面の波紋のようなものよ」
いちいち煙に巻くような言い方をしてくる。
「終わってるなら、もう戻れるの?」
「目を開ければね」
私は、『目を開け』た。
視界が一変して、蛍光灯の並ぶ天井が見えた。
まぶしい。
私が起きたことを感知したのか、私の頭を覆っていたヘッドギアが離れていった。
私は体を横たえていたベッドから上体を起こした。
すぐ近くに技師が座っている操作卓があって、その脇には草薙先生が立って待っていた。
「おかえり、鬼沢さん。気分は悪くない?」
「普通です。終わりました?」
「あぁ、終わったよ」
草薙先生は、技師からそれを受け取った。
腕輪だ。シンプルな金属の輪で、黒い宝石が一つ、はめこまれていた。
「はめてみなさい」
草薙先生から渡されて、私はそれを左手にはめた。
サイズはちょうどよかった。
私は目を閉じて、気分を落ち着かせてから、こないだの授業で習った呪文を唱えた。
「その身は滅べども、力は我が内にあり。形なき過去よ、形を成せ。鍵器形成」
腕輪の宝玉が光った。
光があふれ、粒子となって形を変え、細長い形に集約されていく。
かん、と金属質の物が床を打つ音がした。
現れたのは一本の杖だった。
上の先端には大きな黒い球体が付けられ、その表面を細い銀の茨が這い回っている。杖そのものの材質も銀色の金属でできていた。
鍵器。
前世の象徴として、その力を引き出しやすくする触媒のような物だ。
「杖ね」
「杖、ですね」
魔法使いの杖のようにも見えた。
「魔法型なんでしょうか」
「うーん。王笏かもしれないわ」
「王笏って何ですか?」
「王権を象徴する王の持物よ」
「なるほど。まぁ、殴るのに使うには良さそうですね」
私は杖を構えて振ってみた。
先端の宝玉の重さが振るのにちょうど良かった。
「武器じゃないけどね。まぁ、女王としても合うもので良かったわ。次の人を呼んでくれる?」
「はい」
私は杖を元の腕輪に戻すと、部屋を出た。
部屋の外の廊下には、順番を待つクラスメイトが数人並んでいた。
「栗原さん、次どうぞ」
出席番号の次の人に声をかけた。
「鬼沢さん、何が出たの?」
その栗原さんが私に聞いてきた。栗原さんは、最初の模擬戦で儀同さんと組んでいた魔法使いの子だ。
「私は杖だったよ」
「そっか、私は魔法使いだから、同じかもね!」
そう言って栗原さんは部屋の中に入っていった。




