3-3 勇者の横暴
翌朝、私は儀同さんに拉致されて、学校5周からの自主練が始まった。
私は昨日よりずっと楽に走れていた。
「速くなったわね」
横を併走しながら、儀同さんがほめてくれた。
一晩でそんなに変わるなんてあるだろうか。疑問に思ったが、実際脚が軽い。肺も心臓も、昨日よりずっと楽にジョギングに適応していた。
明らかに、昨日よりスタミナが付いている。
「どうして?」
「これがスタバの力よ」
「ま、まさか!?」
「嘘よ」
騙されかけた。
「鬼沢さん、本当に何も知らないのね」
「私の知らないことが一杯あるって言うのは知ってる」
「素直でよろしい。いい、ここは月では、地球よりも速く強く前世の力が呼び覚まされることになるわ。月面ダンジョンがあるからなのか、ここが月という人類が遙か古代から天空の異界としてきた場所だからなのかは分からないけど」
「前世の、力」
魔王の力。
引き出して大丈夫なのだろうか。
「大丈夫よ。いざとなったら、私が鬼沢さんを斬るわ」
「フォローになってないよそれ!? 私の命は!?」
「諦めて」
「いーやぁー!」
私は走った。
走ったあとは、正拳突きの練習になった。
儀同さんに一つ一つ指導と指摘をされながら形を作っていく。
「鬼沢さんは、拳法はしばらくこれだけの方がいいわね」
「飽きそう……」
私の言葉に、儀同さんは腕を組んだ。
「昔、中国に高名な拳法家がいて、その弟子の中に1人見込みの薄そうな人がいたそうな。兄弟子に遅れ、弟弟子に追い越されて、なかなか上達しなかった。
師匠はその弟子に一つの突き技のやり方を指導すると、武者修行のため国中を巡りに旅立ってしまった。
5年間、師匠は帰ってこず、5年間、弟子はその突きだけをやり続けた。来る日も来る日も朝から晩まで、師匠に教わった一つ一つをしっかり守って。兄弟子が遊んでも、弟弟子が怠けても、ひたすら続けていた。
5年後、道場に戻ってきた師匠はその弟子の突きを一目見ると、弟子の筆頭にしたそうよ。後にその弟子は、そのひとつの突き技だけで中国中に名を轟かす名人となったわ」
「つまり、私もひたすら正拳突きやれと」
「その通り。とはいえ5年もやってたら卒業しちゃうから、まず1週間ね。一日一万回やりましょう」
一万回。何時間かかるんだろうか。
「終わるのそれ!?」
「祈ったり拝んだりしなければ3時間くらいよ」
朝は一時間ほど、正拳突きを繰り返した。
横で儀同さんが見ている。少しでも違えば即座に指摘され直される。これは結構きつい。
「よし、以上! 今朝の自主練ここまで!」
自主練の自主とは「生徒の自主」であって決して「私の自主」ではない。
なぜ私はこんな特訓しているのだろうか。
「じゃあ、朝のスタバの時間よ」
「儀同さん、スタバさえつければ私が自主練すると思ってない?」
「思ってるわ。違うの?」
「……あってる」
体が、魂が、甘いモノを求めていた。
シャワーで汗を流してから、私たちは校門の目の前にあるスタバに向かった。朝のスタバは、同じように朝の自主練を終えた生徒で意外と賑わっていた。
「儀同さん、私に付き合ってたら自分の自主練にならないんじゃないの?」
「大丈夫よ。教えるのも修行のうちだし、鬼沢さんに速く強くなってもらった方が、最終的に私も助かるもの」
「助かるって何が?」
「組み手相手が増えて」
「儀同さんの相手ができるほどのレベルまでいけるかな……」
「来れるわ。魂には前世の力と技と才能が刻まれている。それを『思い出す』だけでいいのよ。前世の何十年、場合によっては何百年という研鑽を蘇らせるの」
「なるほど、それで前世が大事ということ」
今世の数年、長くても10年程度の研鑽に比べれば、積み上がったものの深さは段違いだろう。私はようやく前世が重要とされている意味の一端を理解したように思った。
儀同さんに注文してもらって、私はティーラテにした。儀同さんは、今朝は呪文モノではなく、シンプルにアールグレイティーにしていた。
飲みながら学校に戻った。
さぁ、今日も授業だ。
昼は寮の食堂に戻って摂ることになっていた。
メインは2つほど用意され、好きなものを選んでいい。数には限りがあるから、早く行かないと選択肢が狭まってしまう。
午前の授業が終わった瞬間、何人かの生徒が走り出した。
先頭を走るのは儀同さん。
何でも一番を取る、とばかりの容赦ない走りで一目散に寮へと飛んでいく。
私はと言うと、残り物でいいと思っているので、普通に歩いて行った。
残っていたのは魚の煮付けだけだった。もう一つのメインが唐揚げでは、この結果は当然だろう。
トレーにご飯一式乗せて、空いている席を探すと、儀同さんが手招きしていた。
その横に菜摘がいるが、菜摘は黙々と目の前のご飯に集中しているようだった。
私は招かれるまま儀同さんの前に座った。様子を窺ってきた菜摘と一瞬目が合って、すぐにそらした。
気まずい。
儀同さんも菜摘もメインは唐揚げだった。
いただきます、と手を合わせて私は昼食を取り始めた。
「儀同、なにか話があるんだろ?」
切り出したのは菜摘だ。
「赤城さん、ちょっと組手に付き合ってくれない?」
「いいよ」
即答だった。
「今日?」
「一週間後」
「なんでそんな先なんだよ」
「私じゃなくて、鬼沢さんが相手するからよ」
「え?」「え?」
声がかぶった。私も聞いてない。
菜摘が私をチラ見した。
「さっちゃんも聞いてないって顔してるけど?」
「言ってないもの」
「あー、お前昔からそういうとこあるもんな。友達少ないの、そういうとこだぞ」
「いいのよ、鬼沢さんは昨日から私のおも、じゃなかった自主練仲間だから」
「今おもちゃって言おうとしたろ」
「気のせいよふふふ」
「気の毒に、さっちゃん、こんな人の気持ちが分からない奴に絡まれるなんて……」
「鬼沢さんも私をスタバに通うために利用してるんだからお互い様よ」
「釣り合ってないよな、それ」
呆れたように言ってから、菜摘はばつが悪そうに私を見た。
「あー、その、こないだはごめん」
と謝ってきた。スタバの件だろう。
「いいよ。私も、その、ちょっと気に障ること言ってごめんね」
私も謝った。事情を聞いてしまうと、私は間違ってないなんて意地を張るわけにもいかなかった。
「私が村娘なのも、ここじゃ前世が大事なのも、本当のことだからいいんだよ」
「そうはいっても……」
「まぁそう割り切れればあたしも苦労しないけどさ。ん、けどこれはもしや」
私が言いよどんだので、菜摘は何かを察したらしい。
「儀同、お前さては話したな!?」
「話したわよ。秘密にしたかったの?」
「秘密ってほどじゃないけど、言いふらす話でもないだろ」
「大丈夫、話したのは鬼沢さんにだけよ」
「そんならいいけど。今後は控えてくれよ」
「時と場合によるわ」
「お前なー、そういうとこだってほんと。ここは分かった約束する、でいいだろうに」
「私はそんな嘘つけないわよ」
「不器用ちゃんめ。さっちゃん、よくこんなやつと自主練できるね」
「結構優しいよ? 鬼だけど」
厳しいけれど、見捨てず、同じところを聞いてもいやな顔せずしっかりと教えてくれる。
「鬼じゃない、勇者よ」
『はいはい』
儀同さんの抗議は二人して聞き流した。




