少しの譲歩と、零れる気持ち
「これで終わりっと」
内側で練った魔法を紫電として具現化させ、魔物に向ける。
一応頭部を中心に放ったので、食らえば確実に脳は焼ききれる筈。魔物は大抵脳か心臓を壊せば生命活動は停止する、まあ人間や動物とそこは大差無いのだ。
断末魔の叫びを上げて地に倒れた狼型の魔物は、暫くピクピクと動いていたものの、やがて物言わぬ骸になる。……あまり気分が良いものではないけれど、これもお仕事なのでどうしようもない。
辺りには、倒してきた魔物が転がっている。今回は、ちゃんと自分の力で倒したものだ。
「ん、これで終了だな。お疲れ様」
「……むぅ」
「何だよ」
あくまで付き添いであり見守るだけのオスカーさんは褒めてくれたけど、私はちょっぴり不満だった。
「……簡単なのばかり選んでませんか?」
そう、依頼を受けるのは許してくれたのだけど、ワンランク上のものを選ぼうとすると別のものに変えられる。出来そうなものを選んでいるというのに、オスカーさんは駄目出しするのだ。
心配なのは分かるのだけども、これは心配しすぎではないだろうか。
「何言ってんだ、まだまだ慣れてないんだからこれくらいで充分だろ」
「……師匠が居ない間は一人で行ってたもん」
「はいはい。じゃあ見てない分ゆっくりと実力を見せてくれ」
「もおお!」
ああ言えばこう言う! そりゃあオスカーさんにとっては心配だろうし無茶されても困るのは分かってるんだけど、もうちょっと信じてくれたって良いのに!
ぷうう、と頬を膨らませるとオスカーさんは「可愛くない顔」と評価してくれたので、私はオスカーさんの脛をげしげしと蹴ってやった。服が汚れたけど洗うのどうせ私だもん、問題なし。
可愛くないだなんて、失礼しちゃう。……まあ極端に可愛いかといえば嘘になるけど、そこそこの見掛けだもん。見るのも嫌になる程じゃないもん。
「……そんなに私って弱いですか」
「いや、充分に魔法使いと名乗れはしそうだが」
「じゃあもう少し難しいのだって」
「それはそれ、これはこれ」
「けち!」
「けちで結構。……失うなんて、あってはならないだろ」
あ、と思った瞬間には、オスカーさんは苦笑を浮かべていた。
……多分、オスカーさんは、水竜の時の事を思い出しているのだろう。
あれは、本当に特殊な状況だった。魚人種だけなら、問題なく対処出来たのに……報告になかった水竜が居たからこそ、私は危うく命を失いかけたのだ。
オスカーさんはあの時油断した事を後悔しているらしく、私を危険にさらすのはなるべく避けようとしている。誘拐未遂があったのが、余計に効いているのだけど。
「師匠」
「……臆病だと思うか?」
「いいえ。……大切にしてくれている、ってのは分かりますよ。でも、私、師匠から離れたりしませんし、居なくなったりしません。師匠が望む限り、いつまでも側に居ますもん。そう易々と死んだりしませんよ?」
師匠は、きっと二度とあんな目に遭わせたくないのだろう。思えば、私はオスカーさんに酷な事をしている気がする。何度も何度も、心配かけてるから。
でも、私もいつまでも守られている訳にはいかないから、自衛出来るように頑張りたいし、オスカーさんの側に居る為にも強くならなきゃいけないんだ。
オスカーさんの側に居ますから、と抱き付いた私に、オスカーさんは少しだけ眉を下げて、やや困ったように笑った。……少しだけ、安心したようにも、見える。
本当に、オスカーさんは心配性だ。私、そんなに危なっかしいのかな。
「もー、師匠ってば心配性ですね。そんなに私の事大切なんですか? 照れちゃいます」
からかうように笑って見上げる私に、オスカーさんは、唇をきゅっと結んだ。それから、ふい、と顔を背けて。
「……悪いかよ」
小さく、唸るように呟いてから私の頭をぐしゃりと掌で掻き乱すオスカーさんに、私は固まらざるを得なかった。
……あれ? 今、もしかして肯定した? 私の事、大切だって。
そ、そりゃあ大切にしてくれてるのは自覚してるけど、オスカーさんの事だから全力で否定すると思ってたのに。あれ?
「馬鹿弟子め。ほら先にお前だけ帰ってろ。協会に報告は明日で良いから。俺はこのまま自分の仕事してくる」
「ちょ、今のもっと詳しく――!」
懇願も虚しく、私は転移によって自宅の地下室に送り返されてしまった。……オスカーさん自身がついてなくても帰る事は出来る所を、と初めて知ったのだけど、それどころじゃない。
オスカーさんは、かなり、私の事気に入ってくれてる、のかな。……大切にされてる自覚とかはあったのだけど、それを認めてくれる、だなんて。
思い出すと、何故か急に恥ずかしくなってきて、その場にへたり込むしかなかった。
……どうせなら「大切だ」って素直に言ってくれた方が嬉しかったのだけど、オスカーさんはそんなの無理だろうな、とも思う。……それでも、進歩したのは確かだ。
この調子ならいつか好きになってくれるかな、なんて甘い考えを抱きつつ、私は小さくため息をついて「期待を抱いても良いのかな」なんて呟いた。




