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あずかり知らぬ所で

 朝起きると、 オスカーさんがベッドに腰掛けて私の髪を梳いていた。

 朝日を浴びながら、穏やかな表情で私を眺めていたオスカーさん。綺麗な紫紺の髪は、光に透けて透明感のある夜空のような色。陽光に縁取られたオスカーさんは、ただ綺麗の一言に尽きた。


 何処か幻想的な佇まいのオスカーさんは、私が起きた事に気付いたらしい。しっとりとした微笑みで、私の頬を撫でる。ひたすらに優しく、砂糖菓子でも扱うように、繊細な動作で。


 夢なんじゃないかと思うくらいに柔和な笑みを浮かべるオスカーさんに、私は頬を溶かして、そのままもう一度瞳を閉じる。


 オスカーさんが側に居るなら、何も恐くない。暖かくて、ふわふわとした感覚に満たされる。……ずっとこうしていられたのなら、幸せなのにな。




 気が付けば寝ていたらしく、起きたら大分日が昇っていた。

 オスカーさんは、側に居てくれた。ただ、眠かったのか、オスカーさんまでそのまま横になって転がっている。つまり、隣で寝ているという事だ。

 自ら隣で寝てくれるなんて珍しい。


 もしかして、私が朝起きるまで、見守っててくれたのだろうか。……分からないけど、多分起きてたのは間違いない。目元に、ほんのりと隈があるから。

 私を気遣って、側に居てくれたのだろう。


 優しい人だ、と思う反面、負担をかけてしまった事が申し訳なくなる。心配もかけてしまった。……頼りきりで、良いのかなあ。


「……何だよ」


 じ、と見ていると、オスカーさんが起きてしまった。眠りも浅かったみたいで、直ぐに覚醒したオスカーさんは、私の姿に少しだけ困ったように目を泳がせた。

 昨日のタオル一枚を見ておいて今更照れて、……うん、その前に私、下手したら全裸見られてるよね。オスカーさん、なるべく見ないようにしたって言ってるから、そう信じたい。


 少し気恥ずかしくて、起き上がって側にあったストールを肩にかける。きゅ、と身を寄せてはにかむと、オスカーさんも慌てて起き上がって背を向けた。

 ……見られるのが嫌という訳ではないのだけど、やっぱり恥ずかしい。昨日、あんな事があったから、過敏になっているのもあるかな。


「師匠」


 それでも、オスカーさんを恐がるなんてない。

 背中に抱き付けば、少しだけびくりと揺れる、大きな背中。


「師匠、ありがとうございます。……もう、へっちゃらですから」

「……そうかよ」

「怖かったとしても、師匠が居ますもん。大丈夫です。師匠に添い寝してもらえば元気百倍ですよ!」

「それはそれでどうなんだこの馬鹿。……兎に角、元気になったなら、良かった」


 振り返らずに、ただオスカーさんのお腹に回した手に、そっと自身の掌を重ねてくるオスカーさん。


 ああ、私はこの掌に触れられる事だけを望むんだな、と、改めて思った。

 触れても良いと、触れて欲しいは違う。テオやディルクさん、お兄ちゃんは、触れても良い。オスカーさんには、触れて欲しい。

 ……私は、オスカーさんだけに、全てを許すのだろう。それが、好きという気持ちの、もっと進んだ先なの、かな。


 ストンと胸に落ちた事実を噛み締めながら背中に顔を寄せて、私はひっそりと笑った。




 どうやら二人して寝ていた結果、もうおやつ時らしくて、朝昼食べ損ねた事になる。

 ……極端にお腹空いてる、という訳ではないから晩御飯まで待てば良いのだけど、そもそも晩御飯の為に買い出しに行かなければならないのだ。


 そう、昨日通った所を、通らなきゃいけない。


 それは怖かったけど、オスカーさんがついていくという事で、私は勇気を出して外に出る事にした。

 ……オスカーさんが、手を握ってくれる。不思議と、それだけで力が湧いてくるのだ。現金かもしれないけれど、私にとってオスカーさんは、それだけ重要な位置を占めている。


 だから、被害に遭った場所を通っても、怖くなかった。


「ソフィちゃん! 無事だったんだね!」


 市に行くと、昨日の騒ぎを知ったらしい屋台のおじさんが、顔を見るなり焦った様子で話し掛けてくる。

 どうやらあの時の騒ぎが伝わってしまったようだ。憲兵も呼んで色々と説明せざるを得なかったから……。


「ええ、大丈夫ですよ。自分で撃退しましたし」

「ソフィちゃんは魔法使いの卵なんだっけか。それなら良かったんだけど……気を付けてくれよ。今度からは、今みたいに保護者連れで歩いた方が良い。あんたも、気を付けてくれよ」

「ああ。痛感してる。……手離さないつもりだ」


 保護者扱いされても怒らないオスカーさん。それどころか、きゅっと繋いだ手をしっかりと握ってくる。

 ……ちょっと、恥ずかしいけど……でも、私はこれだけ心配されて、幸せ者だ。それだけ、大切にしてくれているって、分かるもの。


 えへへ、と腕に寄り添うと、全力で恥ずかしがる……かと思いきや、ほんのりと困ったように眉を下げつつ頬を染めて、でも手は握ったままのオスカーさん。……あれ?


 その様子に、おじさんは軽く瞠目して、それから安堵したような笑顔に。


「まあ、お師匠さんが居れば平気だろう。それに、暫くの間は心配要らないかもな」

「え?」

「例の誘拐組織、何か根城が見付かったらしいんだよ。憲兵が真夜中からうるさかったんだけどな。何でも、通報があって見に行けば全員が気絶して縛られていたらしい。人さらいに遭ったやつらが証言したんだが、男があっという間に奴等を昏倒させて縛って行ったとか何とか。憲兵が見つけたときには、壊滅状態だったらしいぞ」


 思い切った事をするやつも居るよな、というおじさんの感想は、何故か遠くに聞こえた。

 ……誘拐組織を、壊滅させた? そんな事出来る人なんて。


 まさか、とオスカーさんを見上げると、素知らぬ顔で「大胆な事をする奴も居るものだな」と他人事のように呟いて。


 ……ああ、私はどれだけオスカーさんに守られているのだろう、と何とも言えない気持ちになった。


「ま、それでも女の子は気を付けろよ」

「……はい」


 気遣いには頷いて、私達はおじさんの屋台を後にする。

 オスカーさんは、平常通りの顔で、歩いている。


「師匠」

「何だ」

「……無茶、しないで下さいね」

「何の事だか。というか、お前に言われたくはないな」


 何処までもすっとぼけるオスカーさんに、私は小さく「ありがとうございます」とだけ囁いて、そのまま腕に抱き付いた。

これにて四章終了となります。次から五章です。

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