少しの油断
色々と学んでちょっと大人になった、というか肉体的にも立場的にも大人なんだけど、ばっちり成長した私。
オスカーさんは、私にドキドキしてくれている、らしい。少なくともくっついたらドキドキしてくれるので、異性としては認識してくれるようだ。
オスカーさんに注意はされるけど「師匠にしか進んで触りませんし触らせたくないです」と笑顔を向けたら、頭を抱えてしまった。ちゃんと本音なんだけどな。
一応、理解してる、けど。……それを踏まえて、オスカーさんにくっついてるから、何も知らない頃とは大きく違うもん。私は理解して、良いと思ったからオスカーさんにくっついてるだけだもの。あ、嫌がられない範囲でね。
……私が好きなのはオスカーさんだけ。触れて欲しいのも、オスカーさんだけだもん。
それを心に刻んで、私はオスカーさんと接するようになった。
「あれ、今日はお師匠さんと一緒じゃないのかい?」
食材を買いに市に出ると、串焼きの屋台を出している顔馴染みのおじさんから声をかけられる。
「はい。常に一緒に居る訳じゃないですから」
「ソフィちゃん、いくら昼間とはいえ女の子一人で歩かない方が良いと思うなあ。最近物騒なんだよ?」
「うーん、でもたかが買い物に師匠を連れ回すのもなあ、と」
オスカーさんは、あんまり外をうろつくのは好きではない典型的な引きこもりだ。や、ずっとこもってる訳じゃないし必要に応じて外には出るのだけど、好んで外に行かないだけで。
そんなオスカーさんを、買い物の為にあちこち連れ回すのは如何なものか。確かに居た方が荷物持ちになるし、パッと転移で帰れるのだけど。
私も転移習得したいし、ユルゲンさんに聞いてみようかなあ。オスカーさんには内緒にしておいて、出来るようになって驚かせたいし。
「女の子に買い物させるってのもどうかと思うんだけどなー」
おじさんはちょっぴり不満そうだけど、実はオスカーさんはちょっと心配そうに着いてこようとした。毎日出掛けさせるのも悪いし、私一人で大丈夫と言ったので今日はお留守番ってだけなんだよね。
「私が尽くしたいから尽くしているだけですよ。美味しそうにご飯食べてくれる師匠見るだけで、幸せです」
最近は分かりやすく美味しそうに食べてくれるし、ちゃんと美味しいって言ってくれるから、私は満たされているのだ。
それに、オスカーさんのお世話は個人的に好きでやってるので、苦ではない。オスカーさんは魔法特化の人だから、まあ生活能力皆無だし。支えてあげなきゃなって思うの。
えへへ、と笑う私におじさんは「のろけも良いけど、本当に気を付けなよ」とちょっと呆れ気味に忠告してくれたので、笑顔で頷いて串焼きを買っておいた。安くしてくれたので本当におじさんはいい人である。
食材を買って、紙袋を抱えてさあ帰ろう、と帰路に就いた私。
今日はミネストローネを作ろう、と家にあったトマト以外の材料を買い込んでのんびりと歩く私。急がなくても十分晩御飯までには間に合うし、お散歩がてらまったり帰っても良いかな、と思っている。
水竜の件があって依頼とかもオスカーさんにストップさせられている状態だし、王都からはまず出られない。
そろそろ私に任せてくれれば良いのになあ、帰ったらオスカーさんにお願いしてみようか……なんて考えながら歩いて……急に、体を引っ張られる感覚。
紙袋を取り落とした。地面に転がる野菜。
突然の事に固まる私に、掌らしきものが口許に回されて、声を出さないように塞がれる。掌の大きさと、背中に感じる密着した体の感覚が、相手が男なのだと如実に伝えてきた。
――失敗した、そう頭によぎる。
どうしても通らないといけないとはいえ、人通りが少ない道を歩くなら、もう少し周囲に気を配れば良かった。おじさんも、先日のおばちゃんも、物騒だから気を付けてと忠告してくれていた筈なのに。
「騒ぐなよ。騒いだら痛い目見るからな」
そっと囁かれる言葉に体を震わせると、耳元でくつりとなんだか粘着質な笑みが触れる。それに怖気立ってしまったのは、その声に不愉快なそれを感じたからだろうか。
気付けば、路地に引きずり込まれていて、周りにはあまり身なりの良くない男の人が、複数人。
……おばちゃんが、確か集団の誘拐犯が居るから気を付けて、とか、去り際に言っていた気がする。彼らが、それなのだろうか。
「随分と上玉じゃねえか。こりゃ高く売れるぞ」
「先に身代金でも要求した方が良いんじゃねえか? 良いとこの嬢ちゃんだろ」
「その前に味見でも」
会話を聞いていて間違いない、と確信したのも束の間、私を捕らえているのとは別の男の人が、遠慮も何も知らずに、体に触れてきて。
ぞわ、と鳥肌が立った。……駄目だ、気持ち悪い。違う、オスカーさんとは違う。こんな、気持ち悪い目的で触れてくるなんて、冗談じゃない。
オスカーさんの申し出を断らなければ良かった。迂闊だったとしか、言えないのだけど。自衛出来るからって、一人で外に出なければ良かった。自業自得と言えば、そうなのだけど。
知らない男の人の掌が肌に触れるのがおぞましくて。頭が、沸騰したようで、その癖冷えついたような、寒気のする感覚に、真っ白になって。
気が付けば、私は、全方向に紫電を撒き散らしていた。
ああ、久し振りに無意識に魔法を振るったんだな、と気付いた頃には、周りにいた誘拐犯は地に転がっていた。
地面に倒れている男の人達の服は焦げて、何とも嫌な臭いと僅かな煙を漂わせている。呻き声こそするものの、全員死んでいる訳でもなさそうで、少しだけ安堵して……それから、一気に怖くなった。
もし、加減を間違えたら、私はこの人達の命を奪っていたのではないだろうか。もし、魔法が使えなかったら、とてもおぞましい事になって、もうオスカーさんの下には戻れなかったんじゃないか。
その可能性を今更に思い知って、それから肌を這う感触を思い出して、体が自然と震えた。
……気持ち悪い。早く、帰って、綺麗にしなきゃ。自分が汚れた気がして、一刻も早く、身を清めたかった。
「今此方から男の悲鳴が――!」
人の声が、聞こえる。
私は、地面に転がる男の人達を見て、ぎゅっと自分の体を抱き締めた。
(本編がシリアスなので言いにくいですが活動報告に小話上げておきました。8月2日の○○の日に乗っかったネタ話です)




